《バミューダ・トリガー》二十八幕 決意表明

一月二十六日、土曜日。

「おはよー、人ー」

「・・・ああ、おはよう」

紗奈のいつになくトーンの低い聲によって、俺はいつもよりマイルドに起こされた。

「ご飯できてるから、さっさと食べちゃってねー。あたしはすぐに出ないといけないから、もうあまり時間無いんだよー。人、もし時間が余ったら、食だけでも洗ってくれてたら嬉しいなー」

「言われなくてもそれぐらいやるよ」

「ホントっ?じゃあお願いするねー」

喜んでいるのは伝わってくるが、何かが引っ掛かった。今日はどうも紗奈に元気がないようにじられる。

(冷え込みの厳しいこの時期だからな・・・風邪でも引いたのか・・・?)

「なあ、紗奈。今日はどうしたんだ?そんなに元気が無いのは珍しいんじゃねぇか?」

人は察しが良いようで悪いねー?」

「・・・どういうことだよ」

「あたしの憂鬱は、人のせいだってことだよー!」

「・・・え?」

予想外の切り返しに、面食らった。

しかも、紗奈の言い分が正直な真実であるなら、俺はとんだ間抜けだ。

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相手を不調に陥れているのが自分自であるということにも気づかずに、その相手の不調の理由を問うたのだから。

人、またこの前みたいな危ないことするつもりでしょー。家を出るときの顔も、私が帰ってきたときに見せる顔も、なんか張してるもんねー?」

俺は何も答えられなかった。

以前怪校が警察署に設されていた頃に、五影兄弟による襲撃と、怪校高校生二年部の擔任であった永井 幸四郎ながい こうしろうの裏切を防いだことがあった。

俺は他の怪校生たちと共に防衛戦を展開したのだが、し、いや、かなり危ない目に遭った。

その時も、だ。

俺はまた、紗奈に心配をかけてしまった。

伝えざるを得ないだろう。

今の怪校に起きていることの全てを。

そして俺と、怪校生の意思を。

「紗奈、実は今、怪校では―」

俺は紗奈に、先日怪校であった五影兄弟との和解と、それにともなって結んだ協力制の締結、そこに至るまでの経緯を伝えた。

「そーなんだねー・・・ありがとう、人」

「何で謝されるんだよ」

「前の時はこんな話、してくれなかったからねー」

「そうかもしれねぇけど・・・」

そこで、會話は途切れてしまった。

土曜日ともあり、學校が休みであることが災いし、ゆっくりと流れる時間を気まずい靜寂が満たす。

実際はほんの數秒しか経過していないはずだが、まるで數十分に拡大されたようにじる。

「じゃあ、人ー」

その靜けさを斷ち切ったのは紗奈であった。

「聞くまでもないかもしれないけどー、一応聞いておきたいことがあるよー」

「・・・」

人は、また戦うつもりなのかなー?」

「・・・ああ、そうだな」

答えを迷うことはなかった。

「どうしても?」

「どうしてもだ」

連続して投げ掛けられる、一貫した問いを俺は即座に切り返した。

「俺だけのためじゃねぇ。怪校のみんなのために、失った家族のために・・・紗奈のためにも、俺は戦いたいんだ。話した通り、敵は強い。勝てない可能も無くはねぇし、むしろ負け戦みたいなもんだ」

「じゃあ、やめ―」

「でも、その「勝てないかも」なんていう弱くて脆い考えで、奪われたもの全部を放棄するなんてこと、俺にも、皆にもできねぇんだ。こればっかりは、紗奈にはわからねぇかも知れねぇけど」

「・・・わかるよ、人。それは多分、今あたしが人に対して思ってることと、とてもよく似た考えだねー。・・・手離したくないんでしょー?今すぐ側いる仲間と、今、側にはいない大切な人たちを」

「ああ、そうだ。大正解だよ、紗奈」

紗奈は的確に、俺の思いを明言する。

出會って一年も経ってないのにこうまで見破られるとは、俺は相當に分かりやすい人間なのかもしれない。

「なら、あたしにできる事は、元気に帰ってくる人のために大量のご飯を作りまくることぐらいだねー」

「別に、今すぐ出撃っ!・・・って訳じゃねぇんだから、一旦落ち著こう、紗奈」

最後はいつもの調子で話を締めくくる紗奈。

俺もいつものようなけ答えをすると、紗奈は満足げに頷いた。

「じゃあ、朝飯食ったら俺はちょっと散歩でもしてくるから」

「洗い頼んだのは忘れないでねー?」

「ああ、そうだったな・・・作りおきの晝ごはんに期待してもよかったりするか?」

「時間がないって言ったのに、姉使いが荒いなぁー。でも、期待に応えるだけの腕は持ち合わせちゃってるからねぇー。任せてよ、人ー」

「ありがとう、いただきます」

「お上がりくださぁーい」

程なくして、目にもとまらぬ早業で、鍋で晝食を作った紗奈が家を出た。

飯は、久々のフレンチトーストだった。

以前より甘味が増したのは、紗奈の意向が変わったのか、はたまた俺の好みに會わせてくれたのか。

どちらにせよ、味しいことに変わりはなかったのだが。

ガチャ

洗いを手早く済ませウエストポーチに財布と攜帯をれた俺は、黒のジャージをにつけ、スニーカーを突っ掛けてから玄関のドアを開いた。

怪校生であり、高校生二年部に所屬する雲雀 鈴ひばり すずは、怪校の寮を出て、エレベーターのボタンを押した。

二階分上へと上り、地上の一階につくと同時、獨特の浮遊を包む。

ピンポーン

「うっ、寒っ!」

パーカーの下には二枚しか著込んでいないため、寒さに拍車がかかっている。

「・・・さて、行こっか」

闊達自在が取り柄の鈴にしては珍しく、哀愁に満ちた様子で呟いた。

古民家風のカムフラージュが施してある新設怪校を出て、商店街の方角へ歩いていく。

五分ほど歩き、商店街の幟と賑わいの聲が聞こえてきた頃、目當てのバス停についた。

霊峰町商店街前。

鈴の目當ての場所へ向かう便は、三時間に一本しか通っていない。

「久しぶりになるね・・・お祖母ちゃん」

雲雀 鈴は、故郷へ赴く。

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