《あなたの未來を許さない》第二夜:01【堂小夜子】
第二夜:01【堂小夜子】
どくん。
鼓に似た音と共に、小夜子は目覚めた。
「……ここは」
自室のベッドではない。そもそも橫になってすらいない。
周囲を見回すと、どうやら大型のスーパーマーケットらしき建の中にいるようだ。
広々とした店は照明で明るく、売り場には食料品が整然と並べられている。
『みんなで楽しくお買い~! 安くて新鮮! カサイマート~!』
店に流れる軽快なBGM。だが客も店員の姿も全く見られず、普段見知っているスーパーマーケットという存在との違和に、小夜子は恐怖すら覚えた。
今立っているのは生鮮食料品売り場のようだ。野菜の鮮度を保つための冷気が、ショーケースから溢れて彼のをくすぐっている。
「噓でしょ、またなの……!?」
自分のを見る。服もパジャマではなく、學校指定の紺のセーラー服。
これは続きなのだ、と小夜子は瞬時に理解した。
昨晩と同じ。あの悪夢と同じ。そして悪夢だが、夢ではない。
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拳を握りしめ、歯を食いしばって吐き捨てるように呟く。
「……本當、クソね」
◆
『空間複製完了。領域固定完了。対戦者の転送完了』
男の聲が、小夜子の頭の中に流れ込む。
『Aサイドォォ、能力名【スカー】! 監督者【キョウカ=クリバヤシ】ッ!』
昨晩と同じ男の聲だ。あの時も芝居がかった口調であったが、今回はさらに調子に乗っているようにすらじられた。
そして読み上げた文言が、これも昨晩同様に眼前へ形となって浮かび上がる。ただ違うのは、その下に「一勝〇敗〇分」という今までの戦績も表示されるようになっていたことか。
『Bサイドッ! 能力名【ホォォォムランバッター】ァッ! 監督者【アルフレッド=マーキュリー】!』
正しい能力名は【ホームランバッター】で、読み上げている男が妙な抑揚をつけているのであろう。Aサイドに続き浮かび上がった文字列には、やはりそう記されていた。その下に表示される戦績は、「〇勝〇敗一分」。
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『領域は店となります。店敷地に上下の制限はありませんが、駐車場など、外の敷地は含まれません。対戦相手の死亡か、制限時間一時間の時間切れで対戦は終了します。時間中は監督者の助言は得られません。それでは対戦開始! 対戦者の皆さんは、張り切って相手を倒して下さい! ご健闘をお祈りしております!』
そしてぽーん、と開始音が鳴り響く。
だが間の抜けたその音は、今の小夜子にとって処刑の鐘に等しいものであった。
◆
咄嗟に、野菜が積まれた臺のにしゃがみ込む小夜子。背中が臺へ當たった衝撃で、山積みされた人參が數本、ぼとりと床へ落ちる。
幸い大した音はしなかったものの……床に落ちる瞬間を目撃した小夜子の揺は、心臓が止まるかと錯覚するほどのものであった。
(大丈夫、大丈夫よね?)
臺のから恐る恐る周囲を見回し、耳をすます。
きはない。聞こえるのは店BGMだけだ。相手もこちらのきを探るために、様子見をしているのかもしれない。
窓の外へ視線を向ける。キョウカの言葉が確かであれば、対戦開始は真夜中二時のはずだ。
だが外は明るくが差しており、この場が晝間であることを小夜子に教えていた。
(現実とは、時間が一致していないのかしら)
今度は建の出り口側へ顔を向ける。
自ドアがけば、容易に外へ出できそうだが……。
(アナウンスでは、領域は店だけって言ってた)
と思い出した小夜子は、その方向で考えるのを放棄した。
わざわざそう告げるということは、外に出られるようにしてあるとは思えない。出られないだけならまだしも、出たら負ける……死ぬ仕組みになっている可能すらある。
は思い出す。遊んできたゲームでも、領域を離するとゲームオーバーになるシステムのゲームは數多い。
二十七世紀のゲームでもそうなのかは分からないが……小夜子たちでも理解しやすいよう、今の時代に倣ってその手のシステムをとっている可能は十分にあるだろう。
「あの羽蟲が説明不足過ぎるのよ、ほんとクソだわ」
碌に説明もせず面談時間切れを起こしてしまったキョウカに対し、一人毒づく小夜子。
(もし生き殘ったら、次はもうし考えて々聞き出さないといけない)
勿論生き殘れたらの話だが、と獨白へ付け足しそうになり、小夜子は頭を橫に振った。
(必ず生き殘るのよ)
後一年半、高校を卒業するまでは。恵梨香と離れるまでは。
あの毎日の十五分がある間は。あの溫もりとらかさに甘えることができる間は。
「絶対に、死んでやるものか」
◆
そうして五分は過ぎただろうか。十分か。張と恐怖もあり、小夜子には時間が摑めない。
あれから【ホームランバッター】はいていない様子だ。いや、無いように思えるだけか。
(しかし【ホームランバッター】かぁ。もうし、漫畫みたいに灑落た能力名にはできなかったのかなあ)
ふと思う小夜子だが、すぐに「ないわね」と頭を振った。
いきなり現れた得のしれぬ相手から非現実的な話を勝手に進められた上で、使ったこともない特殊な力に対し即答に近い命名を求められるのだ。気の利いたネーミングを即興でつけられるような人など、そうそうおるまい。
だからおそらくほとんどの者が、安直な名前に決めてしまっているのではなかろうか。キョウカも昨夜は、やはり能力に由來する命名を求めていた。
……ということは能力名からある程度、容予測が立てられるということでもある。
(きっと相手の能力を推測するというのも、対戦のポイントなんだわ)
敢えてそういう風に仕組んで、娯楽を増しているのだろう。勿論當事者側ではなく、観客側、視聴者側に対しての。
そう考えると能力名が偶然駄灑落で通ってしまった小夜子は、むしろ偽裝の點においてアドバンテージを得ているのかもしれない。テレパシー使いでもなければ、経緯など分かるはずもないのだから。
もっとも能力自が【スカ】だから【スカー】なわけで、その點を恵まれているというのもどうか、という話だが。
(相手の【ホームランバッター】という名前が能力そのままなら、きっと棒か何かで毆ったりするような能力なんだと思うけど)
それならば【グラスホッパー】のように、一気に距離を詰められることはないはず……と推察する小夜子。
(なら、試すなら今の……? それで相手の反応がなかったら、移して別の場所に隠れてやり過ごそう)
そうして十數秒ほど逡巡した後。意を決し、大聲を上げたのである。
「ホ、【ホームランバッター】さん! こ、こんなこと止めません!? 私たちがその、戦う? 必要なんて無いと思うんですよ! えーと、このまま時間切れで引き分けにし、しませんか!?」
舌もも、震えて上手くかない。だがそれでも、これだけは何とか伝えなければならない。キョウカに話していた通り、小夜子は相手を説得するつもりなのだから。
殺されたくはないし、殺したくもない。それは相手だって同じはず。普通なら。普通の人間であるならば。
とはいえこれは賭けだ。しかも小夜子の一方的な思い込みのみを拠とする、無謀な賭けである。
(でも、これに賭けなきゃ生き殘れない!)
小夜子は唾を飲み込み、相手の反応をじっと待った。
……返事は無い。
駄目かと諦めかける小夜子。しかし頭を振って気力を取り戻し、もう一聲を振り絞るように上げる。
「えーと、わ、私はM県Y市A高校の二年生、堂小夜子って言います! あの、お願いです! 話を聞いて下さい!」
返事はやはり無い。
二度も大聲を上げてしまった小夜子の位置は、相手に大察知されてしまっただろう。つまり相手の位置は分からないまま、一方的に不利な狀況へ陥っただけだ。
(隠れる場所を変えなきゃ。他の売り場、何処かへ)
震える手足を懸命にかし、ナメクジのように床の上を這い始める。できるだけ姿は隠しておきたいし、音も立てたくないという意図もあるものの……それ以上に、張でが思うようにかない。
しかし小夜子が、人參の臺からオレンジの臺まで移したその時であった。幾つかショーケースを挾んだ向こう側と思われる方向から、大きな聲が屆いたのだ。
「分かった! そっちが手を出してこないなら、俺も攻撃しない!」
【ホームランバッター】の聲だろう。低い、男子の聲である。
「俺は田崎修司! G県T市のA高校! そっちと同じ、二年生だ!」
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