第二夜：０３【堂小夜子】

「……あの。た、田崎さんは、未來人に私たちが戦わされている理由については、聞かされましたか？」

「ああ、大學の授業だっていうんだろ？　ふざけた話だ」

そのあたりも、説明をけているらしい。この件に関する認識も小夜子と同じようだ。もっとも、あの理由を聞かされてそう思わない當事者はいないだろうが。

「そ、その、私たちが選ばれた理由も？」

「俺らはくだらない人生を送って、ろくでもない死に方をするだけ。早死の役立たず。いてもいなくても変わらない存在だ、だから実験材料にする、って話だろ」

早死にということは聞いていないが、大容は合っている。頷く小夜子。

「俺は二十代でクスリ覚えて三十代で臓壊して死ぬ、とか言われたぞ。あんたはどうだって言われた？」

苦々しげに語った後、田崎は問う。

「うへ。そんな、私、自分の未來の話までは聞かされてないです」

小夜子は自分の無価値さを説かれただけで納得した。だが田崎はそれに加え、自の未來が悲慘なものであるという予言までされたらしい。

普通の人間であれば、たとえ自らの人生が無価値で終わると知ったとしても、それを理由に無関係な他人を殺める、という踏ん切りはつかないだろう。

そこで田崎の監督者は、やがて訪れる苦痛と破滅の回避という、分かりやすく切実な餌をぶら下げたのかもしれない。ただ目の前の田崎が、それをけれているようには見えなかった。

「まあ多分、聞かされて愉快なモンじゃないだろうとは思うけどよ。でもさ、そもそも連中がそう言っているだけで、本當なのかどうか。俺たちを戦わせるために、わざとそんな理由をでっち上げたんじゃないか？」

田崎や小夜子らの歴史的存在価値について未來人が行った説明に対し、この年は懐疑的な様子である。

「そ、そうですね。私もそう思います」

噓をついた。

小夜子自は自分が無価値だと思っている。いや、信じている。

それ故に、彼が未來に何にも繋がらない人間だから、歴史に影響しない実験として選ばれたのだ……というキョウカの話にも、天啓をけたかの如く納得したのだ。

それに……し話しただけ、しかもアバター越しの會話ではあるものの、キョウカは噓をついていないと小夜子はじていた。

確たる証拠があるわけではない。

ないがキョウカはそもそも、小夜子に対し小細工をする必要も無いのだ。そんな手の込んだ話を作り上げてやる気を起こさせても、能力【無し】の普通の人間が、漫畫みたいな異能力対決を勝ち抜けるはずがないのだから。

だが、そんな認識を他の【対戦者】が持つのは困る。未來人の言葉を信じられては困る。

自の未來は悲慘なもので確定していると思われては、未來人がぶら下げた『未來へのご招待による、人生の救済』という褒に飛びつく輩が出てきかねない。

……いや。キョウカの話では、既に出ているのか。

つまりこれから先は、そんな者たちの説得もせねばならない。かと思うと小夜子は、胃が締め付けられるような覚に襲われるのであった。

しかし何にせよ、未來人の思に乗る人間を眼の前で増やすわけにはいかない。

（言葉には、気をつけないと）

そう思いながら小夜子は、張で口に溜まった唾を靜かに飲み込んだ。

◆

その後小夜子は、田崎から対戦ルールについて教わっていた。勿論、彼が知る範囲で。

要約すると、

・対戦は、現実世界を複製した空間で行われる。

・対戦者は毎晩午前二時に、現実世界から複製空間に転送される。

・能力は対戦用に用意された複製空間でのみ使用可能である。

・対戦中に死亡した対戦者はそのまま複製空間に放置され、死は現実世界へは戻らない。

・対戦終了時に生き殘っていた対戦者は現実世界へ転送される。的な負傷や疲労は全て修復される。

・場外エリアへの離は即座に死亡。

といった容であった。

わざとルール解説を運営側が行わず、限られた時間で監督者が対戦者とコミュニケーションを取り説明して納得させる……という方式も、未來人の【教育運用學】とかいうお勉強の観點からなのだろう。

その點において田崎の監督者は、及第點を超えていたようだ。

一方で小夜子から田崎に提供できた報は、未來で世界大戦や核戦爭があったとか、キョウカたちが住んでいるのはアメリカを中心に統合された國だとかそういう話ばかりで、生き延びるのに必要な報とはとても言い難いものである。そのことに、彼は若干の申し訳無さすらじていた。

しかし田崎にとっては新鮮な報だったらしく、彼がたどたどしく未來人の歴史や背景を話す度に、興味深げな相槌を打っていた。

「……そういえばさ、堂さんは能力ってどんなのが當たったの？」

報換も終わり一時的に會話が途切れたあたりで、ぼそりと切り出す田崎。

「えっ、の、能力ですか」

あるいは年からすれば、単純に會話を続けようと口にしただけなのかもしれない。

だが今のにとっては、最も尋ねられたくない事柄であった。

「あ、あの私は、そのっ」

狼狽する小夜子。田崎はその様子に気付かぬのか、無視しているのか。そのまま喋り続けていく。

「堂さんは【スカー】だっけ？　俺は【ホームランバッター】って名前にしちゃったんだけどさ。まあちょっと見ててよ」

年は座っていたレジカウンターから降りて、小夜子とは逆の方向へ歩き出す。そしてぶぉんと羽蟲が飛ぶような音を響かせて、右手を赤く輝かせたのだ。

やがては筋となり彼の手元からび、幾重にも折り重なって棒狀の姿を形していく。

（うわ、能力系バトル漫畫の武召喚みたいで格好いい）

などと一瞬目を煌めかせた小夜子だが……が消えた後に田崎の手に握られていたのは、ありふれた普通の金屬バットであった。いささか落膽。

「俺の【ホームランバッター】は、こんな風にバットを作り出して」

そう言いながら田崎は、近くの「お買い得品コーナー」という臺から特価シールのついた焼き鳥の缶詰を一つ取り出す。それから軽く上に放り投げ、バットを振りかぶった。

グラウンドで野球部が行う守備練習。そのために打者役は、トスしたボールを打つ。そんな景は小夜子も教室の窓から幾度か見たことがあるが、これはまさにそれと同じだった。ノックそのものである。

だがバットがボール代わりの缶詰に命中した瞬間だ。

缶詰は青い炎のようなに包まれ、ごおん！　という空気を叩き破るような音をたてつつ、ものすごい勢いで陳列棚を貫通、なぎ倒しつつ店の奧へと飛んでいく。

口を開け目を剝く小夜子の視界で「ふう」と一呼吸置いて振り返り、言葉を続ける田崎。

「打ったがスゲーじで飛んでく能力なんだわ」

缶詰が飛んでいった方向には、大きな。そしてその周囲では様々なものが引き裂かれ、倒れ、散らばっており、まるでニュース映像で見た外國の戦現場を彷彿とさせる有様であった。

ホームランどころではない。砲弾が飛んで行くようなものだ。

「す、すごい……！」

「ただ俺、野球部じゃなくて道部なんだよね。ちょっとでも野球やってたなら、もっと飛ばす方向とか打ち分けができたかもしれないけど、そんな用な真似、とても無理でさ」

手に握ったバットを見つめながら、眉を顰める田崎。

「おかげで昨晩は電撃使いから一方的に追いかけられてばっかりでよ。話しかけても返事もして來ないし……まったく、あの時は殺されるかと思ったぜ」

數秒の沈黙の後「マジで殺されかけたんだよ」と彼が低く呟いたのを、小夜子は聞きとった。だがそこからすぐに田崎は笑顔を作り直し、會話を復舊させる。

「堂さんの相手は昨日、どんな能力の奴だった？　話は聞いてくれたかい？　それとも」

それとも。

それとも？

その先を田崎は続けなかった。

忘れでも思い出したかのような、何かに気付いたような、そんなハッとした表を一瞬見せた後、口をつぐんでしまったからだ。

（私、何かまずいこと言ったかしら！？）

何が田崎にそんな表をさせたのだろうか。小夜子には分からない。

ただ彼の様子が、あの一瞬を境に変わったのだけは明らかであった。

を見る目つきが、先程までとは別になっている。

田崎は息を吸い込んでしばらく溜めた後にゆっくり吐き出し、再度尋ねてきた。

「で、【スカー】はどんな能力なんだい？」

やはり田崎は、小夜子の能力を知りたがっているのだ。

（いけない！　田崎さんにばかり話をさせて、なのに私が自分の能力を説明しないから、不信を抱かせたんだわ！）

協力しようというのだ。お互いに手のを明かしておくのは、別段おかしい流れではない。

小夜子とて説得には相手の信頼を得なければならないのだから、これは互いに必要な譲歩といえよう。問題は無い。無いはずであった。

「私の【スカー】は……【スカー】は……」

そう。小夜子に特殊能力が割り當てられていれば、相手の信頼を得るために躊躇なく話していただろう。だが彼には、何も無いのだ。相手を攻撃する力も、自らを守る力も何も無い、としか語れない。

もし話したら？

確実に勝利が拾える相手を前に、田崎は思わないだろうか。

できるかどうか分からない全員の説得より、目の前の確実な一勝を、と。

不確定な可能よりも、しでも生存率を上げておく方がいいのではないか、と。

考えたくはないが、無防備な相手を一方的に躙する求に駆られるかもしれない。

ならば、能力が無いことは隠しておくべきだろうか？

（いや、駄目だ）

拳を握りしめる小夜子。汗ばみ、ねっとりとしたがある。

（ここで彼を信用できなければ、彼一人の信頼を得ることすらできなければ、これから先全員の説得なんてとても無理よ）

田崎の顔を見る。その顔に笑みは無かった。

返答を躊躇う小夜子の様子を、訝しがる表だ。

（これは賭け。今回だけじゃなく、これからずっと賭け続けなければならない、博打なんだわ。その一回目で足踏みしては、生き殘れない）

覚悟を決めて口を開く。張で舌が上手く回らない。しかしそれでも。

「わ、私の能力は何も割り當てられなかったんです。だからハズレで、スカで。そ、その、駄灑落で【スカー】になったんです」

は正直に話した。自分は無力である。無防備である、と。

（変に小細工したって、ボロが出るだけよ！）

自らの口下手とコミュニケーション能力の低さを、小夜子は嫌というほど自覚している。だから正直に話す。後は相手の人間に賭けるしかない。

小夜子は目を瞑り、田崎の顔から視線をそらす。豹変した彼がすぐにでも襲い掛かってくるのではないか、あの能力を使って「打球」を打ち込んでくるのではないか、と怯えたからだ。

……しかし、彼は襲ってこなかった。

數秒おいて、視線を田崎の顔へ戻す小夜子。

年の顔には、笑みが浮かんでいる。

襲って來ない。

微笑んでいる。

その二點の事実から、賭けに勝ったと安堵の溜め息をつく小夜子。

だが。

「噓つくなよ」

目を見開いてもう一度、田崎の顔を見つめる。

「噓を、つくなよ」

そう。小夜子は勘違いしていたのだ。

最初から田崎は、微笑んでいたのではない。

「噓言ってんじゃねえよ！」

震える聲で、年が怒鳴った。

（ああ、違うんだ、これは……）

ここで小夜子は、ようやく理解したのである。

田崎のこれは笑みではない。年は、顔を引きつらせていただけなのだ。

小夜子はずっと、自分が攻撃されることに怯えていた。勿論、自が無力なのを知っているからである。だからそのため相手が自分を恐れる、などという考えには及ばなかったのも仕方はあるまい。

だが今はっきりと、は理解したのだった。

……田崎修司は、堂小夜子に怯えているのだ。