第三夜：０２【堂小夜子】

「返事をして下さああい！」

す、ぱぁん！ と、またショットガンらしきものの撃音。

どうも今度は點いていない蛍燈が犠牲になったらしい。先程とは違う天井で火花が散り、パリン！　という破砕音をも響かせていた。

（警告撃？　本當に戦う気はないの、かしら）

相手は不戦を強調している。しているが、冗談ではない。返答なんかできるものか。そう小夜子は思った。

あんな武を持つ相手に聲を上げて、自分の居場所を知らせるなど、あまりにもリスクが高すぎるのだ。

確かに相手は〇勝であり、今まで誰も殺していない。しかしそれはあくまで昨晩までの話であり、今日のこれが罠でないという保証など、何処にも存在はしないのである。

「【能力容確認】」

小夜子は小さく呟き、相手の能力確認を試みる。

おそらく相手の能力は、銃生もしくは召喚能力なのだと思われた。そこでキョウカから教わった機能を用いて、それを確認しようと考えたのだ。

（今まで得られた報と推理だけでも、書き換えられるのかしら）

そう思いながら右手側に表示された文字列を見ると、そこには、

能力名【ガンスターヒロインズ】

・銃を召喚する。

と記されていた。他の能力や條件、制限はまだ何も分からないが……これだけでも、脅威に証明書がつけられたことになる。

（やっぱりだ！）

「【殘り時間確認】」

先程の文字列は消え、今度は算用數字で「五十分二十五秒」という殘時間が表示される。

（まだ後、五十分も！）

果たしてそんなにも長い時間、隠れ続けられるのだろうか？

不安と焦り、恐怖が寄ってたかって、小夜子の胃を握り潰すべく爪を立てていた。

◆

あれからも【ガンスターヒロインズ】は、不定期に威嚇撃を続けていた。そのため天井だけでなく、周囲の車の窓ガラスやサイドミラーといったものも砕されている。

當初は打ち盡くせば相手が無力化されるのではないか……という希的観測もしたが、どうもこの現狀を鑑みると、弾切れはないのかもしれない。希的観測は、希のままで終わりそうだ。だがそれでも、時間は稼げている。

（これならこれで、いい）

自に言い聞かせるように心の中で呟き、車のボディへそっと背中を預ける小夜子。

そしてそれから何分か、何十分か……息を潛めて様子を窺ううちに、【ガンスターヒロインズ】による警告撃は、もう止んでいた。

向こうもようやく、同じ場所で居場所を知らせ続ける危険に気付いたのだろう。位置を変えるため、き始めたらしい。

誰もかなければ、何も音がしない戦場である。散したガラス片やプラスチック片を踏みしめる、しゃり、しゃり、という音が小夜子の耳にも小さくってきた。

（ひょっとしたら、導燈の明かりで相手の姿が確認できるかもしれない）

そう思ってバンの後ろにを隠しつつ、頭だけを出して【ガンスターヒロインズ】がいるとおぼしき方向へ視線を向ける。

相手が移する音は、まだ微かに聞こえ続けていた。だが導燈の明かりの中には、【ガンスターヒロインズ】の姿はってこない。

（まあこの狀況で明かりの下なんかに來ないわよね。常識的に考えて）

再びバンの後ろへ小夜子が隠れようした瞬間に、「ごん」という音。

そして直後に、

ふぁんふぁんふぁんふぁんふぁんふぁん！！

大音量で警告音が鳴り響き、一臺の高級そうな乗用車のヘッドライトが點燈する。車からも回転燈のようなが広がり、周囲を照らし出したのだ。

おそらく【ガンスターヒロインズ】がうっかりと、か銃でもぶつけてしまったのだろう。それで、車の防犯裝置が作したに違いない。よりによって警報発時は派手にライトまで付くような、そんなカスタマイズを加えた車輌の。

「きゃああっ！」

絹を裂くような悲鳴を上げながら、【ガンスターヒロインズ】がよろけて歩み出た。突然のことに驚き、思わずの作なのだろう。

しかしそこは丁度非常燈の下であり、そして點燈した高級車のライトが、明るく照らす範囲でもあった。

（え？）

……何で？

小夜子は自らの目を疑った。

脳は理解を拒絶した。

見覚えのある、紺のセーラー。

すらりとびた長。長く綺麗な黒髪。

麗しく、しい顔。

ありえない、と小夜子の意識は連呼する。

だが見間違えるはずがない。

見紛うはずもない。

どうして、聲だけで気付かなかったのか？

いくら極限狀態とはいえ、何故分からなかったのか？

予想もしなかったからだ。

いるはずがない。彼が選ばれるわけがない。

彼は、選ばれてしまった自分たちとは対極にある人間なのだから。

だからその可能は、始めから思考の埒外にあったのだ。

自らの愚かさを呪う小夜子の目から、涙が筋となって伝う。

聲を必死に堪え、は自らの口蓋を押し潰さんばかりに押さえつける。

瞳に映る【ガンスターヒロインズ】。

彼の名前を、小夜子はよく知っている。誰よりもよく知っている。

その名を聞くだけで、小夜子のは溫かいもので満たされ。

その名を口にするだけで、心は躍った。

親のを込めて、何度呼んだことだろう。

慕のを込めて、幾度中で呟いたことだろう。

……彼の名は、長野恵梨香。

小夜子の想い人である。