第四日：０２【キョウカ＝クリバヤシ】

主の寢息だけが聞こえている、小夜子の部屋。そこに突然、けたたましい音が響く。

彼が目覚ましに使っている、アニメ主題歌だ。ぱっと手がび、解除されるアラーム。

時刻は正午。

毒ガスに関しての調べを一段落させ疲れた小夜子は、頭を休めるためにし仮眠をとっていたのだろう。これは、その終わりを告げるものであった。

起き上がったは気合いをれるためか、両手で自らの頬をパシン！　と叩き、再び勉強機のノートパソコンに向かう。

そこへ聲をかけるべくキョウカがアバター投影を行ったことで、接続端末は面談時間の計測を開始した。

『起きたかい、小夜子』

「おはよう。待っていたのよ、キョウカ」

小夜子が振り返り、口を開いた。

最早彼の顔には驚きも、困もない。

『すまないサヨコ。面談時間のリセットは正午なんだ』

「そうなの。これからの參考にさせてもらうわ」

さほど意味の無い短いやりとりだが、キョウカは堂小夜子に違和を覚えずにはいられなかった。

（これは、本當にサヨコなのか？）

昨晩の対戦記録は、既に視聴している。だから彼に何があったのかについても、キョウカは把握していた。対戦終了後の小夜子の様子も、メインフレームによるモニター記録と共に観察済みだ。

それに合わせていくつもの會話パターンを想定し、用意してきたキョウカではあったが……視線と言葉をわしただけで圧倒され、臺本臺詞など口にできなくなってしまったのである。

（狼狽えやすいくせにすぐにカッとなる、あの緒不安定なナードガールが）

極限狀態に追い込まれた人間がいかに変化するか。そこから何を観察できるか。そしてそれを、どう導くか。

それがキョウカたちが學ぶ【教育運用學】における、今回の試験での題材であった。能力で殺しあわせるのはその理由付けと、テレビ局との連攜によるエンターテイメント確保に過ぎない。

（このような変貌を引き出すことが、わざわざ敢えて生の人間を使って教材にする理由なのかもしれないな）

確かに、この小夜子の豹変をシミュレーションや計算で弾き出せるとは思えない。いや不確定要素の多い現実生の人間を用いねば、絶対に得られぬ観察だろう。そしてそれは伝聞ではなく実際目の當たりにしなければ、理解することは到底葉わないのだ。

キョウカは震える思いでそのことを実しながら、もう一度小夜子の目を覗き込んだ。

（同じ顔、同じ聲。だが、昨晩までとは決定的に違う）

面談時、監督者の意識はアバターに同化している。

アバターの一挙手一投足はまさにキョウカの神によるイメージそのものであり、逆にアバターの視界は、そのまま當人の視覚にフィードバックされるのだ。勿論、他の覚も。

地球の四分の一近いの距離と幾つかの未來技を経由しながらも、キョウカは小夜子を眼前に相対するに等しい覚であった。

（ああ、そうか）

昨晩一晩だけで、堂小夜子は別の生きに変わったのだ。

芋蟲が蝶になるように、小夜子という芋蟲は、あの一夜という蛹を経て変態したのだ。

蝶ではなく、何かそう、もっと。暗く、熱く、悲しく、恐ろしい生きに。

キョウカは頭ではなく、臓腑と神でそう理解せざるを得ない。

「……何があったのかは、知っているんでしょ？」

『昨晩の対戦映像も記録も、見せてもらったからね』

気の毒だったねと言葉を続けようとしたが、小夜子がそれを手で制する。

「単刀直に話すわ、キョウカ。アンタにこの試験で二番目の績を取らせてあげる。だから、力を貸して」

靜かだが、強固な意志と狂気のが燈った瞳だ。向き合うキョウカには、それがより強くじられていた。

「アンタ、められているんでしょう？」

『……違うよ』

目を逸らし、視線を外す。

「私は腹を割って話をしたいの。もうつまらない意地を張ったり、腹の探り合いをしたりする余裕は無いのよ。私も正直に言うから、アンタも素直に返事をしてしいの」

じっと見つめ続ける小夜子。

キョウカはしばらく顔を背けていたが、やがてその視線に耐えられなくなる。一瞬だけ目を合わせて再び顔を逸らし、そして頷いた。

『……ああそうさ。僕はあいつらからめられているよ。毎日、毎日、毎日！　同じ教室の奴らだって一緒になって嘲笑ってるだけさ！　學校だって知らんぷりだ！　でも、でもだから何だっていうんだよ！　君には関係ないだろう！？』

震える聲は、涙聲に近い。

「アンタへのイジメで私の能力が割り當てられないとか、初日の面談時間がほぼ無いに等しいにされたとかさ……そんな妨害をけたアンタが、むしろ連中を上回る績を出したとしたらどんな気がする？　ズルをしてまでアンタを貶めた連中を打ち負かしたら、よ？」

『別に、何ともじないさ』

「アンタ昨日、私が生き殘るだけで『連中の鼻を明かしたことになる』って話してたわよね。じゃあ私が連中お抱えの対戦者を倒したら、もっとがすくんじゃないの？」

『それはまあ、そう……だけど』

キョウカは目を合わせない。いや、合わせられないでいる。

小夜子に気圧されているだけではない。昨日といい今日といい、思わず面を曝け出してしまったことを恥じているのだ。悔やんでいるのだ。

実験扱いしている相手に、自分が認めていなかった、いや認めようとしなかった痛みを、心の傷を暴かれてしまった……なんという軽率、なんという迂闊。優位を保ち、常に指導し指示すべき上位存在にあるまじき失態である。

……だがそれで心がし軽くなった事実も、キョウカはどこかで認めていた。

両親を失い、祖父母を亡くし、天涯孤獨となった自分。

績を認められて飛び級で大學に進んだものの、一人の友人もなく、それどころかいじめの対象にまでされている。頼る者も相談できる者もおらず、周囲は全て自分を苛む敵でしかなかった。

小學校に戻してもらおうにも、國の奨學プログラム対象である彼にそれは許されない。本來十歳のの子に過ぎないキョウカにとっては、心を磨り潰されるような絶の日々である。

そんな中、キョウカは小夜子に出會ったのだ。

緒不安定で態度も悪く、口も悪い、頭まで悪い。話せば反論ばかりする。外では気弱で気なナードガールのくせに、汚言癥でクレイジーなサイコの分際で。

おまけにキョウカが必死になって認めず堪えていたことまで聞き出し、平気で踏みにじってきたのだ。

……それが、嬉しかった。

小夜子は未來人を、キョウカを憎んでいる。それは分かる。

だが彼は、キョウカを見下していない。小夜子のは、水平にキョウカへ向けられたものだ。それはげられ、孤獨であったにとって、新鮮なですらあった。だから、嬉しかったのだ。

それ故にあの時より、小夜子に対するキョウカのはしずつ変化し始めていたのである。

「私は【ガンスターヒロインズ】……えりちゃんを助けたいの。だから他の対戦者を殺すわ。全て」

彼の狀況を考えれば、妄想に等しい発言だ。だがその目は、その瞳は「できる」と語っている。いや、斷じているのだ。

キョウカは、そうじずにはいられない。

「悪いけど、アンタには一位を取らせてあげられない。だから二位で我慢して。でも、えりちゃん以外の対戦者は全部殺す。アンタを苛めている奴らのお抱えも、みんな殺してあげるわ」

その言葉で、キョウカは小夜子の計畫を全て察した。

『……連中は、さぞかし腹を立てるだろうね』

「アンタはこの試験で二番目の績を取れる。連中に意趣返しもできる。悪い話じゃ、ないはずよ」

あいつらに仕返しできる。あのクズどもの鼻を明かせる……そのことはキョウカの心を強く揺さぶった。それは事実だ。

だが、それ以上にキョウカは思ったのである。

このがどこまでやれるのか見てみたい、と。

彼がやり遂げられるのか観察したい、と。

小夜子の思いが、どのような結末を迎えるのか見屆けたい、と。

だから彼は小夜子に対し、ゆっくりと、そしてしっかりと頷いたのである。