《あなたの未來を許さない》第四夜:01【スカー】
第四夜:01【スカー】
どくん!
鼓と共に、小夜子へ意識が戻る。
(今度はどんな場所なの?)
もう揺もせず、落ち著いて周囲を見回す。
今度の戦場は明るい。時間設定はどうやら日中のようで、太がほぼ頭上から小夜子と地表を照らしていた。
視界の中に並ぶのは住宅、民家、一戸建て。その先もまた同じ。反対側もだ。高度長期からバブル頃までよく見られた木造住宅もあれば、プレハブ工法で最近作られた住宅もある。右前方やや遠目に見えるあの家は、鉄筋造りのコンクリート住宅だろうか。
割合からすれば従來型の木造住宅が多いところからみて、おそらくは団塊世代向けに作られた分譲住宅地なのだろう。年月を経て高齢化と老朽化が進んで建て替えも増えたため、このような統一のない家並みになったのだと思われる。
無論彼にそれらのことなど分かりはしないが……とにかくこれは近年日本各地で見られる、ありふれた住宅地の景なのであった。
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『空間複製完了。領域固定完了。対戦者の転送完了』
頭の中に響く、例の聲。小夜子は真剣な面持ちで「來たわね」と小さく呟く。
『Aサイド! 能力名【スカー】! 監督者【キョウカ=クリバヤシ】!』
小夜子の左正面に、能力名とキョウカの名前が浮かび上がる。戦績は「一勝〇敗二引き分け」。
『Bサイドォォ! 能力名【モバイルアーマー】! 監督者【セオドア=ゴメス】!』
同様に浮かび上がったのは敵の能力名と、監督者の名前だ。そして勿論その下に、戦績が表示されている。ここまでの流れはいつも通り。
小夜子の目も敵能力、監督者、戦績と順に文字を追っていく。だがそこで彼の視線は止まり、表は強張った。左目の下がぴくぴく、と痙攣する。
そこには、「三勝〇敗〇引き分け」と記されていたからだ。
(こいつ、初日から「やる気」になっていた奴だわ!)
背筋を冷たいものがつぅ、と伝い落ちる。即座に拳を握りしめ、後退しそうな戦意を踏み留まらせる。
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『領域は現在いる場所、百二十メートル四方の領域となります。今回の制限時間は二時間。対戦中は、監督者の助言は得られません。それでは対戦開始! 皆さん張り切って戦ってください!』
ぽーん。
間の抜けた、これまたいつもの開始音。
だが堂小夜子、いや【スカー】にとっては……真の意味での初陣を告げる、角笛の音であった。
◆
素早く電柱のにを隠す小夜子。
「えーと、【対戦エリア表示】。こんなのでいいのかな?」
一字一句同じでなくとも人工知能が判斷してくれる、とキョウカは説明していたが……果たしてその通り。口にした瞬間小夜子の視界には、オレンジをした半明の壁が表示される。
ずっと向こう側にも壁。空には天井。振り向けば、し離れたところにも壁。丁度小夜子は、巨大な半明の立方の中にいる形となる。おそらくこれが、視覚化された対戦領域なのだろう。そして彼の位置は立方の隅、地表側にあたる面。その四方の一角に位置していた。
百二十メートル四方といえばあまり広くないようにも思えるが、ここは住宅街である。
一般的な分譲住宅で考えれば、百二十メートルという幅に収まるのは六から八軒程度。それが背中合わせで二列合わさって一並びとなり、百二十メートル四方という範囲であれば、道路幅も含めておそらく三つは並びが存在するはずだ。
つまり適當に計算しても三十六から四十八軒もの住宅が建っていることになる。これは、相當な障害の量であった。
(道路にいるかそうでないかで、索敵力は大きく変わってくる)
道路以外は當然ながら住宅が建っており、視界は遮られる。植え込みや生け垣のある庭に進すれば、尚更だろう。家屋にり込んでしまえば、もう外からは存在が分かるまい。
広いが隠れられる場所のなかった【グラスホッパー】戦、月夜の生コン工場。
視界は極度に悪いが範囲が店だけという、【ホームランバッター】戦のスーパー店。
それらに比べると範囲がそこそこ広く、かつ隠れる場所には困らない今回の住宅街は、を潛め生き殘るにはかなり適した場所であるといえよう。
(でも、ダメなのよ)
そう。それだけでは足りないのだ。小夜子はここへ、戦いに來たのだから。
恵梨香の生存を脅かす相手を倒すため。いや……殺すために。
だから、生き殘るだけでは駄目なのだ。
(考えなきゃ)
住宅が多いということは、も多いということだ。ナイフのような骨な武は期待できないだろうが、包丁程度どの家にもあるだろう。場合によっては金屬バットやゴルフクラブのような、鈍類も手にれられるかもしれない。
死角の多い場所にい込み、刃で腹を刺突するなり鈍で頭部を毆打するなりの奇襲を行えば、小夜子の軀でも相手を倒せる可能は十分にある。
いくら特殊な能力を持っていたとしても、本は所詮生の人間である。刺せばも出るし、毆れば骨も折れる。繰り返せば、當然死ぬ。そこが大幅に戦力の劣る小夜子にとって、最大の付けりどころであった。
だが気になるのは、相手の能力である。
能力名【モバイルアーマー】。小夜子もよく見ていた、ロボットアニメで出てくる架空兵の名だ。元となったロボットを基準に考えても、単語の容から推察しても、裝甲系、防系の能力である可能が高かった。
もし予想通り、防を強化する鎧のような能力であれば厄介である。
今まで対戦した【グラスホッパー】や【ホームランバッター】のような出鱈目な破壊力があるならまだしも、小夜子が繰り出せる攻撃は、包丁やゴルフクラブ程度なのだ。
しかも相手は、初戦から連勝の強豪。三人の能力者に勝利し、殺害している難敵である。
(その場合、どうやって倒したらいいのよ)
ごすっ!
弱気になりかけた直後に、自分の右頬を毆りつける小夜子。
(弱音を吐くな!)
己で自を叱咤する。
(大丈夫、やれる! やってみせる!)
今度は左頬を毆りつけた。
(そうよ、三人殺している相手だからって何よ。むしろ相手に手加減する必要がないだけ、気が楽だわ)
そうだ。相手はこの狂った試験に賛同した殺戮者なのだ。當然、遠慮しなくていい。相手も承知の上で話に乗ったのだ。
(だから、殺していい)
そこまで考えて、小夜子はふと気がついた。あることを思い出し、自嘲する。
「ああ、そうね。多分、そう」
おそらく【ホームランバッター】も小夜子に対して、同じように考えたのだろうな、と。
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