《あなたの未來を許さない》第四夜:02【スカー】
第四夜:02【スカー】
まずは何にせよ、武の調達が必要だ。どこかの家の窓を割って鍵を開け、そこから侵しするのが妥當だろう。そう考えた小夜子は電柱から離れ、正面にある民家へと向かう。
いや、向かおうとした。
途中で作が止まったのは、左手にびている道路、その百メートルほどの先に人影が見えたからである。
灰ブレザーの制服を來た、小太りの男子學生だ。最初に周囲を見回した時はいなかったので、小夜子が逡巡している短時間の間に駆けてきて視界にったのだろう。急いで走ってきたのか、もう肩で息をしているようにも見えた。表は、流石に遠すぎて分からない。
(え!? 速攻!?)
今まで対戦してきた相手は皆、最初は様子見をして、それから行していた。能力の把握ができていなかったり、相手の力が分からなかったり、戦意が無かったりしたからだ。
だがこの相手、【モバイルアーマー】は初から一気に小夜子を探しに來た。
おそらく自分の開始位置から、相手も似たように対戦エリアの隅にいるのではないかと考えたに違いない。きっと、その時點で走り出したのだ。大した思い切りの良さである。
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が、問題はここからだろう。考察も周囲の確認もせず、相手がどんな能力かも分からないのに彼が一気に距離を詰めてきた、という事実は……つまり相手がどんな能力を持った対戦者でも、その攻撃もしくは防を突破する自信があることを意味しているのだ。
◆
ぶにゅり。
視界の中の【モバイルアーマー】が、膨らんだように見えた。いや正確には、彼自が膨らんだのではない。【モバイルアーマー】の周囲に黒いぶよぶよとした塊が発生し、そのをすっぽりと包み込んだのだ。
それはまるで黒い泥人形のような外見をしていたが、すぐにモゴモゴと形を変えていく。
(やっぱり、何か防を強化するような能力なの!?)
即座に逃げるべきという選択肢と、一度相手の能力を視認しておくべきという二択を迫られた小夜子は、後者を採った。
ただ、そのままを曬し続けることはしない。正面に建つ古めの木造住宅の門へと駆け寄り、塀から顔をしだけ出して相手を観察する。敵が接近する素振りをみせたなら、すぐ庭へ駆け込み、さらに隣家へと逃げるつもりだ。
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ぶよぶよの泥人形が、変形を終える。がらりと変わったフォルムは、角張ったパーツの集合だ。頑丈そうな腳部、太い腕、分厚そうな部、そして奇怪な兜のような頭部。全を黒い金屬のようなもので包んだ彼の長、いや全高は二メートル近くあった。
距離があるために細かいディティールは分からないが、その見た目は「アーマー」、西洋の甲冑……というよりはロボットアニメの人型二足歩行メカを彷彿とさせるデザインをしている。おそらくこれにを包むことが、彼に與えられた能力【モバイルアーマー】なのだろう。
小夜子がそう察した直後。
ちゅいいいいいいいいいいいいん!
と金屬のれる耳障りな音が耳にってきた。
見れば【モバイルアーマー】の足元に火花が散っている……と思った瞬間、その巨は猛烈な勢いで走りだしたのだ。
いや正確には、走ってはいない。中腰に構えたまま、足はかさずそのままの姿勢で加速し始めたのである。
(こっちに來る!)
現在の位置はまずいと直した小夜子は、を寄せていた塀からを離し、転がるようなきで距離をとった。
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飛びのいたが地面の上で回転するのとほぼ同時に、
ごがん!
と塀を突き破って現れる黒い巨。
そしてそれに留まらず巨は住宅玄関まで突進してガラス張り引き戸を砕し、さらに直線上に位置する玄関の壁まで破壊してから、ようやくそのきを止めた。
折れた柱、散する壁材、輝くガラス片。立ちこめる埃の中、勢い余ったせいで前のめりに倒れていたが起き上がる。勿論その正は、【モバイルアーマー】だ。
唖然とする小夜子の前で、ゆっくりと立ち上がる黒鎧。どうも頭を揺さぶられたらしい。首を二、三度軽く振り調子を整えてから、巨は周囲を見回していた。當然小夜子は、すぐに発見される。
剎那、【モバイルアーマー】の頭部裝甲についた二つの目のようなパーツが、瞬きをするかのように點滅した。黒ずくめの全のなかで、そこだけが不気味に、赤く輝く。
「そっちにいたのか。し、的を外したな」
パイプ越しのようにくぐもった聲は、【モバイルアーマー】から発せられたものだ。彼はゆっくりと向きを変え、頭部だけでなく全を小夜子の方へと向ける。
あれだけの破壊を引き起こしながら、黒い沢を見せる裝甲には傷一つついてはいない。それは、見た目が語る防力の高さを実地で証明していた。
ぐぐっ、と【モバイルアーマー】が左腕を振りかぶる。見るからに毆りつけるぞという予備作を見て、小夜子は素早く行を開始した。立ち上がっていては間に合わない。そのまま橫へと數回転して、位置をずらしていく。
やや遅れて、小夜子がいた場所めがけ振り下ろされる黒い腕。全で飛び込むかのような勢いで打ち込まれた拳は狙いを外し、地面を深く抉り、った土を周囲に撒き散らした。
小夜子は回転による慣を活かして立ち上がることに功すると、【モバイルアーマー】の位置を一瞥だけして確認。すぐに駆け出し、家の角を曲がって庭へ走りこむ。
すぐにその後を巨が追う。きを邪魔する壁面や、その部に含まれる柱を造作もなく打ち砕き、倒し、直進し……小夜子と同様、そのを庭へと躍らせた。
(は、速い!)
恐怖が、小夜子の心臓を鷲摑む。
鈍重に見える図でありながら、最初に見せた奇っ怪な走法といい、を躍らせて毆りつける打撃といい、生の人間を上回る速度である。
おまけにあの破壊力! まともにければ、一撃で小夜子のなど破壊されてしまうだろう。
庭に踏み込んだ【モバイルアーマー】は一瞬そのきを止め、首をぐるりと回して周囲を見回す仕草を見せた。視界だけは、あまり良くないらしい。だがそれでもすぐに小夜子の姿を捉えると、三度目の打撃を叩き込むため左腕を振りかぶる。
だっ。
しかしは逆に、【モバイルアーマー】へと薄した。巨の右側へと全力で走りこみ、そのまま脇を駆け抜けていく。そして先程【モバイルアーマー】が開けた壁のから、住宅の中へと飛び込んだのである。
侵した部屋は、來客を迎えるための応接間であった。そのまま走りぬけ、廊下を目指す。
黒鎧が窓と壁を破砕して後を追いかけてくるが……遅れた。打撃で破壊して侵口を作り、それから踏みれるという手順を要するため、そのまま飛び込める小夜子に比べ時間がかかるのである。
そしてその巨には、それにふさわしい重量があったようだ。
部屋侵後、一歩目でいきなり床板を踏み抜いた【モバイルアーマー】は、そのバランスを大きく崩す。それでもなんとか姿勢を立て直し、力にを言わせて床材を破壊しながら進んでいくものの……もうこの時點で、小夜子の姿は廊下へ消えている。
「あ! こら!」
【モバイルアーマー】が後を追うためには一歩ごとに床板を踏み抜きつつ進み、さらに廊下へ続く通路を強引に拡張する必要があった。裝甲を纏う巨には、日本家屋はドアも廊下も幅が狹過ぎるのだ。
「おいブス! 待ちやがれ!」
罵聲を背に、二階へ一気に駆け上がる小夜子。
辿り著いたところで、息が切れた。階段間近にある部屋へり、跪いてを押さえる。
「はぁ! はぁ! はぁ!」
呼吸を整えながら顔を出し、階段越しに階下を見る小夜子。するとしばらくしてメキメキという音を立てつつ、一階廊下に黒い鎧が姿を現す。床と壁面を破壊しながら無理やり廊下へと出てきた【モバイルアーマー】だ。
彼は強引に進み、そのまま階段を上ってくる……が、それは失敗した。
ばきばきばき!
階段の板材は彼の重量を支えきれずに折れ、割れ、壊れたのである。姿勢を崩した【モバイルアーマー】は手をつき姿勢を維持しようと試みるが、壁面までもが衝撃と荷重に耐えられず砕け、彼は無様に転倒した。
「やっぱり重いんだ、あれ……」
重量と出力はそのまま攻撃力の高さに繋がる。だが、それがどの狀況でも活かされるとは限らないのである。破壊力と巨から単純に過重を期待した小夜子であったが、どうやらその賭けには勝ったらしい。
あのデカブツは二階に上がれない。重すぎて、跳躍もできないのだろう。
「おいこらメガネ! 降りてこいボケ!」
先程と同じく、くぐもった聲で【モバイルアーマー】が怒鳴っている。取りし苛立ったその聲は、小夜子の予測が正しいことをそのまま裏付けていた。
危機が去ったわけではない。優劣が逆転したわけでもない。だがとりあえず、間斷ない追撃は中斷させたのだ。呼吸を整える余裕と、考える猶予も手にった。
「それをいで登ってきたら良いじゃないの、デブ!」
言い返す小夜子。階段は派手に壊れたものの、彼が言う通りあの裝甲を解除すればよじ登れるだろう。
だが、そんなきをとれば小夜子の部屋からでもすぐに分かる。それに登ってきて二階で能力を使えば、彼は即座に床板を踏み抜いて落下するだけだ。家の外から生で登ってくるにしても、相當の時間がかかる。何よりあの裝甲を解除した狀態で、彼が小夜子の前にを曬すとは、到底思えない。
(裝甲がなければ【スカー】の能力をまともに食らうことになる……と考えるものね)
階下で喚き散らす【モバイルアーマー】を目に、小夜子は部屋を見回す。階段に注意を向け、いつでも対応できるようにしながら。
「男の人の部屋、か。汚いし臭いなあ」
部屋中央に置かれたテーブルには吸い殻がったままの灰皿が置かれ、その脇には一般的な銘柄のメンソール煙草とオイルライターが置かれている。テーブルの脇には空となった酒瓶が、何本も床の上に立てたまま放置されていた。機と椅子にはぎ散らかされた男の服、床にも放ったらかしのリュックサックが落ちている。
(酒瓶って鈍になるわよね。それに割れば、刃代わりに使えるかも)
【モバイルアーマー】の中が二階へ上がってきた時を想定し、手に酒瓶を握って即応の武にした。次いでリュックを失敬して、卓上に置かれた輸らしき酒瓶も數本収容する。機の引き出しを開けるが、めぼしいはない。急場凌ぎとしてボールペンとハサミ、マイナスドライバー、機の上のオイルライターも拾い上げ、これらもリュックに突っ込んでおく。
だが殘念ながらこの部屋にはナイフやスタンガンといった、あからさまな武は無いようだ。まあ、日本の家庭にそうそうそんなものはあるまいが。
(仮にあったとしても、あの裝甲に通じるとは思えないけど……ああもう。化學ガスが止されていなければ、まだ何とかなりそうなのに)
そう小夜子が舌打ちした直後だ。
ぐわん。
と、家が大きく揺れたのは。
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