《あなたの未來を許さない》第七夜:07【スカー】

第七夜:07【スカー】

【ハートブレイク】がトラックの運転席、そのすぐ脇へ來たところを見計らい……小夜子はポケットから小さなスパナを取り出し、投げつけた。

ぴゅん。

飛んでいく銀の輝きはすぐに【ハートブレイク】の自機能の対象となり、即座に分解され、運エネルギーを奪われ単なる金屬と化すだろう。

だが小夜子の目的は、スパナを敵本へぶつけることではない。【ハートブレイク】の自機能を、作させることが目的だったのである。

ぱっ。

小夜子の目論見通りだ。作へと飛び込んだスパナは、【ハートブレイク】の自を正常に作させた。

半徑八十センチ程度の円周へ瞬間的に分解障壁が展開され、スパナを、周囲の地面を、周りのを、一緒くたに塵へと変える。

そしてその剎那。

ぼんっ!

とてつもなく大きな音とともに、【ハートブレイク】の全が左側トラックの側面に叩きつけられたのだ。続けて両脇トラックの車が「がくん」と音を立て、跪くように傾いて止まる。

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……もうもうと埃が舞い散る中、過ぎる數秒の時。

咄嗟に顔を背けていた小夜子が向き直ると、そこには無殘な姿で橫たわる【ハートブレイク】の姿。

にめぼしい外傷は無い。だが著は先の一瞬で下著までずたずたに引き裂かれ、半となっていた。そしてそのは、もうぴくりともかない。

「はぁ……」

小夜子は肺の中を全て吐き出すように長く深い息をつき、その場へ座り込んだ。

から力が抜けていく。気が抜けたことで右手の痛みが蘇り、の顔を歪ませた。

「……うまくいったわ」

タイヤバースト。

外傷や走行時の加熱、衝撃、老朽化といった様々な原因により、タイヤの構造部の空気を抑えきれず、破裂する現象である。タイヤ部には高圧の空気が充填されており、それが一度に解放されてしまえれば大変な破壊力を持つのだ。

小型車両でも十分に危険な現象だが……大型車両用タイヤが破裂した場合、その威力は桁違いだといっていい。

乗用車ならば、弾き飛ばされるホイールが主な死因となる。しかしトラックタイヤの場合、近くにいる人間はその衝撃波だけで死に至るのだ。

つまり小夜子は【ハートブレイク】の自発し、すぐ両脇に位置していたトラックタイヤの構造を、一度に分解させたのである。

その結果【ハートブレイク】は至近距離から衝撃波をけ、臓、脳、管に致命的なダメージを負い即死した。

トラックの側面に叩きつけられていたのは、既に破裂の時點で死亡していたため、自がもう発しなかったのだろう。

対戦の舞臺は、日常の社會生活が行われる空間を複製したものが多い。それに気付いていた小夜子は資料集めや調べの際に、労働災害の事例も多數調査しておいたのである。そしてそのことが今回、彼を救ったのだ。

「くくく」と小夜子の口から笑いが溢れる。

やってやった。

やってやったわ。

このイカサマめ、いい気味よ。

本當ならもっと後悔させて、もっと怯えさせてから殺してやりたかったけれど。

即死っていうのは、殘念だったわ。

でもまあ狀況的に、仕方ないわよね。

息をつく小夜子。

だが彼はすぐにはっとした表となり、左手で自分の顔を鷲摑む。ずれた眼鏡が顔へと食い込み、なおも強まる力に軋みを立てていた。

(私は今、何を考えた!?)

の中の赤く、黒く、粘りを持った「何か」が急速に萎み、消え去っていく。

自分の中に蠢いた、兇暴でおぞましい衝。これは數々の夜が彼の中に生み出したのか、それとも元々潛んでいたものなのか……慄いた小夜子は、頭を振って懸命に正気を取り戻そうとする。

その耳には勝利を告げるファンファーレも、アナウンサーの聲も、屆いてはいなかった。

どくん!

と共に、小夜子の意識が復活する。

『サヨコ! 戻ってきたんだね!』

飛びついてくるキョウカ。例によって小夜子のを貫通し、背後へと抜けていく。

「ええ、かなり危なかったけど。いやメチャメチャ危なかったけど。何とか勝ったわ」

流石に疲れた顔で答える

に対する損壊も疲労も、修復、回復されて実世界に送還される「対戦」だが……神的な消耗というものは、取り戻せないのだ。

本來であれば、今すぐにでもベッドへ倒れ込みたい。しかし小夜子には、絶対に確認しなければならないことがまだ殘っている。

「【対戦績確認】」

小夜子の前に表示される一覧表。黒地に白文字が死亡者。白地に黒文字が生存者。

震える指で、畫面をスクロールさせる。

もう、殘っている白枠自ないのだ。探すのに、苦労はしなかった。

能力名【ガンスターヒロインズ】。戦績は、三勝〇敗四引き分け。

「えりちゃん……」

小夜子の頬を、熱いものが流れ落ちる。

恵梨香は今夜も生き延びていた。生き延びてくれていた。

もう勝利數が増えていることには、何も言うまい。何も思うまい。

『エリ=チャンは生き殘っているようだね』

いつの間にか肩の上に乗っていたキョウカが、一覧を見て語りかけた。涙を拭いながら、小夜子が頷く。

(そしてもう一晩、生き殘ってくれれば)

殘る対戦者は、あと四名。

【スカー】、対戦績五勝〇敗二引き分け。

【ガンスターヒロインズ】、対戦績三勝〇敗四引き分け。

【ペロリスト】、対戦績二勝〇敗五引き分け。

【ライトブレイド】は対戦績五勝〇敗一引き分け。一戦分ないのは、今夜が不戦勝のためだ。

「あと一回」

『うん』

おそらく、いや間違いなく。

次の小夜子の対戦相手は【ライトブレイド】である。これを倒せば。これを殺せば。そして恵梨香が、【ペロリスト】戦を勝てば。

(いや引き分けに終わったとしても、私が次で【ペロリスト】を始末すればいいだけよ)

そうすれば恵梨香は救われる。小夜子の戦いも、終わる。

「疲れた……」

神の生存を確認し安堵したことで、急激に眠気が押し寄せてきた。

小夜子はその旨をキョウカに伝え、『今日は晝に三十分の面談時間を設けよう』と決めてからベッドへと倒れ込む。

『君は本當に頑張っているよ。ゆっくりお休み、サヨコ』

キョウカの聲を聞きながら……小夜子は、沈むように眠りへと飲まれていった。

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