第八夜：０３【ライトブレイド】

ずっと、死にたいと思っていた。

子供の頃から何に対しても、「熱」というものを彼はじられなかった。スポーツでも、學業でも、遊びでも、というやつにも……出來不出來の問題ではなく、打ち込む、楽しむ、ということ自が分からないのだ。

だから趣味や目標、そして生き甲斐を見出していく友人たちを、彼はずっと羨の眼差しで眺めながら生きてきたのである。

年の世界は……いや、年の灰の心に映る世界だけが。皆から切り離され、取り殘されたように冷たく、凍りついていた。

【ライトブレイド】……北村魅王。彼が自らの本名を嫌うのは、別に煌びやかな名前だからという理由ではない。

あの戯曲の主人公のように熱を持って生きることができない自分を、年は恥じていたからである。名前に負けた自らの神を、呪ったのだ。

おそらく自分は、何か人として大事なを欠いているのだろう。は人間のそれでも、心は出來損ないなのだ、と。皆が當たり前に備えるものを持たぬ自に失しつつ、彼はそう考え続けてきた。

やがてその思いは強い自己否定へと繋がり、心を縛る鎖となる。だから自分という人間は何もし遂げられないはずだ、何者にもなれぬのが當然なのだ、と。

ああ、自分は人間として失敗作なのだ。

ああ、自分の生には意味が無いのだ。

その信仰に近い思いが、彼に「生」ではなく「死」をませ続けていたのだ。

ならば何故、彼は自ら生命を絶たなかったのか。

答えは簡単だ。「理由が無かったから」という理由である。

自らの「生」に意味が無いと信じる彼にとって……自らの「死」にまで理由が無い、などというのはとても耐えられなかったのだ。

……中學二年生の時である。小児がんを患っていた、い頃からの友人が亡くなったのは。

だがその時に彼の心を支配したのは、悲しみでも病に対する怒りでもなく、ただただ「羨ましい」という思いだけ。

（羨ましい。死ぬ理由がある君が、羨ましい）

そして同時に年は、そのような思考に至った自らを嫌悪した。自己否定は、ますます強まることになる。

だからこそ彼は未來人の言葉を、すんなりとけれたのだ。

『君は未來に繋がっていない。何もし得ないし、何者にもなれない。存在する価値も意味も無い人間だ』

それは年の暗くった哲學の肯定以外、何でもない。

そして同時に彼は、死ぬ正當な理由を手にしたことにも歓喜していた。

つまり【ライトブレイド】は、最初から生き殘るつもりなど無かったのである。未來人の意図とは百八十度違う合意點で、年は彼らの計畫に乗っていたのだ。【ハートブレイク】や【ハウンドマスター】と違い、能力の改竄を頑としてけれなかったのも當然だろう。

だが皮にも。強いられた生命のやり取りが、矜持と共に挑んだ戦いが……彼に生まれて初めての「充足」を與えた。「熱」を與えた。「希」を與えた。

（僕はこうして彼らと戦うため、今まで生きてきたんだ）

あるいはそれは、真剣勝負に魅られた剣奴の姿だったのかもしれない。

しかしどうあれ彼にとって対決は神聖にして犯すべからざるものであり、「正當な」対戦者は皆、敬意を払うべき敵手であった。

だからミリッツァから【スカー】が【能力無し】で対戦者を倒し続けてきた人だと聞かされた時は、のあまりを震わせたものである。

一どれほどの覚悟で、ここまで勝ち進んできたのだろう。

一どれほどの想いが、その人を突きかしたのだろう。

一何が、【スカー】の強さとなったのだろう。

戦いたい。

是非、そのような戦士の熱量をじたい。

會って、敬意を伝えたい。

そしてひょっとしたら、あるいは。

（【スカー】は、僕に答えをくれるのかもしれない）

彼は焦がれるような気持ちで、この対戦へ臨んだのである。

◆

ずぅぅぅん。

四階建ての校舎の階段を一つ、下から上まで落とし終え、彼は息をついた。

地道な反復作業の結果……校舎はあと階段一つだけを殘し、非常階段を含め全てが潰してある。これで校舎を上下に移するには、唯一殘った経路を使わなねばならないだろう。

「下準備に、時間がかかっちゃったな」

【ライトブレイド】がほとんどの階段を潰したのは、「追いかけっこ」による堂々巡りを嫌ったからである。校舎に幾つも昇降場所があれば、そこから他の階へ逃げられて見失う危険が高いためだ。

（相手は能力無しで対戦者相手に勝ち進んでいる猛者だ。おそらく【スカー】という人の能力は、極めて高いに違いない）

【ライトブレイド】は、自の力にもにも自信を持っていない。そのため走って追いかけても相手に追いつくことはできまい、と彼は予測していた。だから校舎で延々と駆け回ることになる危険を、事前に摘んでおいたのだ。

階段を一つ殘しておくのは、上の階に【スカー】が隠れていたのを見落としていた場合、戦できなくなるでは……という危懼による。

どちらが先に飢え死にするかという不な我慢大會は、【ライトブレイド】のむものではない。

「さて戦場も作り終えたし、改めて【スカー】を探すかな」

この階段は下から落としつつ上ってきたため、今、彼がいるのは普通教室校舎の最上階。四階の廊下だ。つまり窓からは反対側の三階建て校舎の、青い金屬屋が見えている。

いわゆる、切妻型という形狀か。屋の中央が一直線狀に一番高くなっており、そこから建の端に向けて斜めに傾いている。斷面で見れば、三角に見えるだろう。そんな屋が向こうの校舎だけでなく、連絡棟の上まで続いている。

ふと、並ぶ窓を見る【ライトブレイド】。構造的にどうしてもそうなるのだろう、今年が立つ廊下の一部は、連絡棟との接続部分を開ければ屋へと飛び移れるようになっていた。

「こういうのはイタズラっ子がヤンチャで乗ったりして、騒ぎになりそうだよな……小學校なら、きちんと対策すべきだろうに」

いや子供でも、こんな骨に危ない場所へは乗らないか。そう小さく笑った【ライトブレイド】が視線を廊下へ戻そうとした時……彼は見つけたのだ、向かいの屋の上に立つ、あの人影を。

他の誰でない、彼が求めた【スカー】である。