第八夜：０４【ライトブレイド】

ぞわりと全の産が逆立つとともに、【ライトブレイド】が彼を見る。

【スカー】の外見は、想像とはまるで違う。長で筋骨隆々のスポーツマンや、日々喧嘩に明け暮れる大柄な不良だと彼は勝手に思い込んでいたが……実像は真逆であった。

長はかなり低い。セーラー服を著ていなければ、小學生と勘違いしそうだ。

一本おさげの三つ編みに眼鏡、長めのスカート。こんな殺し合いの場にいるよりは、図書館で靜かに本を読む姿がしっくりくるだろう。彼は、そんな大人しそうな外見をしていた。

しかしそのは屋の上で、包丁とカッターナイフを両手にこちらを睨めつけている。

間違いない、間違いあるまい。彼こそが【スカー】なのだ。【ライトブレイド】の口から、「おお」と嘆の息がれる。

見るからに非力な、闘爭とは無縁に見えるあの小柄なが！　特殊能力を持たぬで立ちふさがる強敵を打ち倒し、勝ち殘って來たのだ。

「すごいな」

そのことに思いを巡らせ、目の端に涙すら浮かべる【ライトブレイド】。

「今行くよ」

そして彼は嬉々とした表を浮かべながら窓を開け、枠を乗り越え……【スカー】と同じ、屋の上へと降り立ったのである。

◆

足場は極めて悪い。しの油斷が足元を危うくし、落させるだろう。

だからおそらく【スカー】は能力の有無や能の差を補うため、ここで待ち構えたのだと思われる。隙を突き、彼を突き落とすためか。あるいはフットワークを殺すためか。

そしてもし【ライトブレイド】がこの屋へ現れなければ、それこそ飢えて倒れるまで待ち続けたに違いない。

そんな覚悟と執念が、この距離から見ただけで伝わってくるようであった。

（ここが彼の戦場なんだな）

だがそもそもこの【ライトブレイド】。彼の歓迎を無礙にするつもりは、頭無い。

（全力でこちらを迎え討ってくれるというわけだ……嬉しいなぁ）

じわりじわり、と足をらせぬよう注意しつつ、距離をめていく【ライトブレイド】。

それなりに近付いたところで彼は【スカー】の足下に、タイツがぎ散らかしてあると気が付いた。

（そうか。しでもこの足場できやすくするため、足になったのか。なるほどこのように細かい配慮と工夫を重ねて、彼は不利を補っているわけだ）

自分もそうしておけば良かった……と思いつつも。今更敵の眼前でのんびり靴と靴下をぐわけにもいかず、彼は刃を【スカー】に向けて構えたまま、歩幅を狹めることで注意を増しつつ近付いてゆく。

（だが幾らこちらの足を封じようと、僕には全てを焼き切る武がある。これをそちらへ向けている限り、そうそうけまい）

そして【ライトブレイド】はリーチの差を生かして徐々に、しずつ、文字通り相手を削っていけば良いのだから。

（きのとりにくいこの環境は、諸刃の剣だぞ、【スカー】！）

ついに両者の距離は四、五メートル程度に。踏み込んだ一瞬が決著をつける、まさにそんな間合いまで迫った時だ。

【スカー】が右手に持っていた包丁を持ち上げ、【ライトブレイド】へと向けたのは。

（どう來るんだ【スカー】！　投げてくるのか！？）

しかし彼はそのまま左側へと、武を放り捨てたのである。

「は！？」

あまりに突拍子もない、予想外の行。思わず【ライトブレイド】の視線が、放線を描き落ちる銀の刃に吸われていく。

だがその瞬間突如としてしなる、【スカー】の右手。

ぶわっ。

【ライトブレイド】の浴びせられる、多量の細かい末。顔に、口に、そして目にまでそれは叩きつけられた。

目潰しをけることとなった【ライトブレイド】が、怯んで姿勢を崩す。

「うぐっ！？」

欺瞞である。

【スカー】は包丁を投げ捨てる腕のきを予備作として、掌の中に隠した、不織布を割いた使い捨てカイロ……その中である細かい鉄を、手首のスナップをきかせて投げつけたのだ。

そして素早く踏み込み一気に距離を詰めたは、左手に持ったカッターナイフを【ライトブレイド】の右眼球めがけて突き出す！

生として當然の反行により、【ライトブレイド】は上を逸らすが間に合わない。

刃先が、まさに彼の目元へと迫った瞬間。

ぶぉん。

が走り、【スカー】の左腕が宙に浮いた。

手で払いのけるかのように、本能的に年が振るった刃。左から右へと一閃したそれが、の左腕を焼き切ったのである。

（危なかった！）

だが彼が危機を乗り越えたと思った剎那だ。そのに、何かが強く押し付けられるのをじたのは。

「何だっ？」

視線を下げると、そこには小柄な。その彼が、彼の板に額を付け抱きついているのだ。

「うおおおぉぉ！」

【スカー】の咆吼。そしてその瞬間、【ライトブレイド】は理解したのである。

投げ捨てた包丁も、怯ませた目潰しも、そして斬らせるように突き出した左腕も……このための布石でしかなかったのだ。そう。全ては彼が【ライトブレイド】の懐へ、全力で飛び込むための囮。

そして突き飛ばされる程度ならば……格差も重量差もあることだ。あるいは年は、踏ん張って堪えることができたかもしれない。

だが【スカー】は最初から考えてなどいなかったのだ。彼を突き飛ばそう、などとは。

そんな半端な覚悟では、なかったのだ。

「おおおぉっ！」

彼の腰へ右手を回し、足へも自らの足を絡ませて彼の勢を崩し……【スカー】は【ライトブレイド】を押し倒すようにして、諸共に屋から転落したのである。

◆

「……っ、げほっ！　げほっ！」

復活した年の意識と視界の中で、片腕のがよろよろと立ち上がっている……が、苦悶のきと共に膝をついていた。

【ライトブレイド】もそれに倣い立ち上がろうとするが、がかない。

「あれ……？」

手も、足も、首すらも。辛うじて目と口はくようだが、それだけだ。

骨か？　か？　筋か？　何処がやられたのだろうか。

（いいや、違うな）

きっともっと大切な、決定的な何処かが壊れたのだ。【ライトブレイド】は、そう理解する。

そこまで認識したところでようやく直前の記憶が蘇り……彼は自分が三階の屋から落下し、コンクリートへ背面から叩きつけられたのだと、把握した。

（【スカー】は……けるようだな）

おそらくは【ライトブレイド】を下敷きにすることによって、彼よりもの損壊が幾らか軽微で済んだのだろう。

しかしそれでも狀態は深刻らしく、彼は視界の隅でずりずりと這いずることで、【ライトブレイド】の「柄」を懸命に拾い上げようとしていた。

それで何をしようとしているかは、想像がつく。

「……なぁ【スカー】。教えてくれないか」

聲を絞り出し尋ねる、【ライトブレイド】。

「……何よ」

苦しそうな呼吸の合間で、応える【スカー】。

「君は、何のために戦っているんだ？　生存求か？　未來で功をむからか？　勝利への願か？」

やっと立ち上がった片腕のは、黙ったまま聞いている。

「教えてくれ【スカー】。君は何のために戦っているのかを。そして僕は、君の何のために死ぬのかを。教えてしいんだ。頼む」

【ライトブレイド】の切なる願いを聞かされた彼は顔を逸らし、目を瞑り、逡巡しているようにも見えた。

だがしばらくの後に彼の方へと向き直ると、一言。

「よ」

短く、だが噛み締めるように言い放つ。

それを聞いた【ライトブレイド】は一瞬大きく目を開いたが……じき得心したように瞼を閉じると、深く染みった聲で呟いた。

「あぁ……なるほど……か」

そしてやがて、堪えきれなくなったかの如く笑い出したのだ。

「ははは……ははははは！」

「何よ、おかしいっていうの？」

「ははは……いや違う。そうじゃない。そういうつもりじゃあ、ないんだ。すまない、本當にすまない。ただ僕は嬉しいんだよ、嬉しいだけなんだ。そうか、か。なのか」

再び上がる、笑い聲。

……だが、誰がこれを止められようというのか。

【ライトブレイド】。いや北村魅王の人生は、たった今満たされたのだから。

【スカー】はしの間黙ってその様子を眺めていたが……やがて思い出したかのように「柄」のグリップを握り剣をばすと、弱々しく振りかぶる。

その刃が振り下ろされる最後の瞬間まで、年の心は幸福に包まれていた。

歓喜の笑い聲を上げながら、彼は思う。

……ああ、そうだ。そうだよな。

なら、仕方ないな！