《その數分で僕は生きれます~大切なを代償に何でも手にる異世界でめに勝つ~》プロローグ

 小高い丘の上、そこからは三千を超えるヘルハウンドの死と、そのわ黒いに比例する様に、赤黒くに濁ったが、辺り一面の草花に飛び散っているのが見渡せた

 頭部からはらかな二つの山の、顔を上げれば朝日に照らされた、見知った顔の

 ────膝枕かな……。

 僕は右目と左腕は無く、右目に至ってはまぶたがだらりと垂れ下がり、見られたものでは無かったと思う。

 「私は貴方に、をしました」

 「僕も貴方に、をしたかも知れません」

 「でも、私は數日後には殺されます。殺されなかったとしても、おぞましい姿になって村人を襲うでしょう」

 「知っています」

は可い顔を驚き染めたが、すぐに元の落ち著いた顔に戻した。

 「なら、私を殺してください。殺されるなら貴方がいい……」

 ────僕は…………

 「僕は貴方を………」

 

 これは、自己犠牲の語。

 大切なと引き換えに、何でも手にる。殘酷で悲慘な世界の語。

 がした自己犠牲の未來は。

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 が代償にした未來は。

 「僕は貴方を……救います」

 

 

 これは、自己犠牲の語。

_______________

 小鳥の歌聲と、が薄緑のカーテンの隙間をって訪れ、囁かな天使の梯子が僕の部屋に朝を伝えた。

 橫で貧乏揺すりをしている目覚まし時計で目が覚めた。──が重い。別に眠たい訳では無い。ただ、これから始まる一日を想像すると憂鬱──なんだと思う。

 理由は知っている。僕の通う県のトップクラスの進學校、清聖學園の全校生徒にめられているからだ。

 めをどう定義するかにもよるが、一般的には、的、神的、立場的に自分より弱いものを、暴力や差別、いやがらせなどによって一方的に苦しめる事と知られている。

──実に漠然としすぎている。苦しめるがどの範囲なのか、どれからがめと區分されるか等は、一切記載されていない。故に、解決方法の正解もあるはずも無く。それによって、解決方法も無いめに自ら飛び込み、僕の妹、黒田さちはめに合い、過去に苦しんでいた。それは今の僕も然りなのだが。ただ、萬人が萬人、めと言うだろう境界線には達している自信がある。

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 家を一歩出れば上記の事象が僕のに降りかかると分かっているのだから、気も重たくなるのも當然。

 められている所を見ていて、止めなかったから『こいつも僕をめている奴の一人だ!』なんて思ってはいない。

 誰だって、次の標的になりたくない。だから、別にそういった奴を責めるつもりもないし、僕の敵とか、そいつらにめられている──なんて思ってはいない。

 正真正銘、僕は、時に暴力で、時に言葉で、められている。

 約千二百名の生徒に。

 僕がめられている理由──それは生徒を庇ったんだ。過去のさちと同じように。故に、僕はめの標的に変わった。

 そこまでなら良かったのだけど、問題はここからだ────猛スピードで拡大した。

 僕は馴染の、學校の首席かつアイドルの存在である、小林神奈に的暴行をしかけた────と言うデマが流れたからだ。

 學園にみるみるに広まり、僕は翌日には、既に同じクラスの人、仲の良かった友人からも暴力や罵聲を浴びせられた。

 その時は本當に突然だった。

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 當時の事を振り返ればこんなじだ。

 ────春のそよ風が、桃の葉を攫っていく。

 風に乗って、春の訪れをじる良き日。僕の日常は壊れた。

 午前八時、が校庭側の窓から差し込んでいる教室の戸を、軽くスライドさせて中にると、朝禮の二十五分前に著いたのだが、もう既に殆どの生徒が集まっていた。

 「おはよー、雄二」

 「気安く話しかけんなよ。カスがっ」

 

 そう言って雄二は、僕の二倍はあろうかと言う太い腳をしならせ、僕の鳩尾を深く蹴り込んだ。

 その衝撃に耐えれる筈も無く、真新しい學校には似つかわしくないシナで出來た、焦げ茶の機を背もたれに、座り込んむ。

 ──息が…………

 「うっ……うぅ……」

 見事に鳩尾を抜いたようで息ができず、胃が口から出てきそうな不快に襲われた。

 そんな中、周囲からは冷たい目線は雄二では無く、この僕に向けられていた。

 時々、周囲からは笑い聲や『きもい』『最低』などと言うのは罵聲もきこえてきた──一、何があったのだろう。

 「どっどうして……こんな事を……」

 僕は過度の吐き気と呼吸困難に陥りながらも、必死に言葉を繋ぐ。

 「とぼけんな! お前小林さんに手出そうとしたんだってな!」

    

  その言葉で、事の真相を大を悟った。その時、僕がじたのは、憎しみや怒りでは無く、『遂にこの時が來た』と言う虛無に等しいものだった。

 「……………」

 「お前がそんなことをする奴とはな!  俺の目も腐ったもんだぜ! くそがっ!」

 「雄二……それは誰が言ってたの?」

  「お前は攜帯もってないから分かんないかもだが、小林本人がLINEで言ってたよ!」

 その言葉で、悲壯と後悔と共に、僕の目からは、一滴の頬を伝ってり落ちて弾けた。

 「お前が何泣いてんだよ!」

 それを境に一同の気持ちは一つになる。『そーだっ! そーだっ!』同調する言葉、『さいてー』と貶す言葉が、教室に黒い黒い花を咲かせた。

 高ぶった雄二は再び、鳩尾に蹴りをれる。

 ──それから、數名の男子生徒は僕の周りで円陣を組み、僕の肢を満遍なく踏みつけた。

 僕は頭を抱え、蹲る事しか出來なかった。友達だと思っていた人々が、こうも簡単に手を離し、蟲でも見るかの様な目つきに早変わり、僕を踏みつけるのだ。絶だった。絶に絶した──さちもこんな風に思ったのだろうか。

 ──それから、めが學校全に広まるのに時間はそうかからなかった

 最初の方は止めようとしてくれる人もいた。だが、數日もすればそういう人も進んで參加するようになった。

 皆は求めていたのかもしれない。そういう存在を、ストレス発散出來るを、神安定剤を。

 これを耐える事がもし、さちの言うところの『人を助ける』という事ならば、僕はそれを甘んじてれよう────なんて事を思った。

_______________

 

 春が流れると梅雨がやって來る。──僕は梅雨が嫌いだ。梅雨は人の目にも雨を降らせる、なくとも僕の周りではそうだった。だが、梅雨はそんな事お構い無しに、今年もやって來だろう。

「お母さん行ってきます!」

 

 食卓に置いてあるお弁當を鞄にれ玄関を出ると、そこには既に、いつもの男子生徒が數名が待ち構えていた。

 「おせーよ! さっ! 行こーぜ!」

 笑顔で僕にそういうと歩き出した。

 河川敷に沿うように生えた桜並木の花は完全に風に攫われ、新たに芽吹き出していて、微かに梅雨の兆しをじる。僕は緩やかなカーブを描きながら、河川敷を十五分程歩いた頃、川の繋ぐ大きな橋が目の前に見え、その下に僕はい込まれた。

 人気は無くなり、完全に僕と男子生徒數名だけとなると、彼等は『待ってました』言わんばかりに不敵な笑みを零し、僕の腹部に拳を飛ばした。

 「うっ…………」

 「お前の友達のフリすんの、噓だと分かってても反吐が出るっ」

 彼等は決して顔など表に出る部分は毆らない。

 何故、彼等がこのような行を取るのかと言うと、単に先生や地域の人にめを悟らせず、とことんめる為だった。

 進學校なだけあってめも計畫的だった。

 ────それから、數十分ほどそれが続き、ズボン等には軽く砂が付いている。そんな狀態で、白で統一された真新しい學校に著く。

 本番はここからだ。授業が終わり休憩時間になれば、お手洗いに連行されては、洋式のトイレの水に顔を何分も浸けては上げると言う、昔ながらの拷問。

     「はぁ! はぁはぁはぁ………ゴホッゴホッ」

 髪から、まつから、鼻頭から、頬から水が落ちて溜まった水に戻っていく。

     「もういっちょ行くぞ!」

     「うっ!」

     バシャンと音ともに元いた水の中に戻る。窓かられる日のに當たった空白の泡たちが、ゆらゆら揺れて上に昇って行くのが見えた。

 子達には、僕にセクハラされたと言いつけられ、生徒相談室で二時間にも及ぶ説教を聞かされた。

     「…………これで何回目だ! いい加減にしなさい」

      「はい、すみません」

       「君の気持ちは分からんこともないが────────」

     上面ながら返事を繰り返して、繰り返して、繰り返す。

         

 ────そして、お晝。

 僕は、お弁當のった鞄を持って教室から飛び出した。最初の數日は逃げきれていたが、もうめは全校生徒にまで広がっている。のコンクリートで出來た長い廊下を十數メートルも走らないに、次々と教室から出てくる生徒達によって、あえなく取り押さえられる。

 男子生徒數名が、僕を押し倒し後ろで両腕を拘束する。

 僕のは筋質とは言えない。──故に男子生徒達に力で押し勝つことなど到底出來るはずがなかった。

 そうして、押さえつけられた僕の元に、男子生徒が一名近づいてくる。いや、正式には僕の持っている鞄にだが。

 その男子生徒は僕の鞄を漁り、茶と白の縞模様の風呂敷にった弁當を取り出す。紛うことなき僕の弁當だった。

 男子生徒は弁當を持ったまま窓際まで足を進め、僕を見て不敵な笑みを向けた。

 「やめて! お願い! それだけは! お願いします!!」

 

 僕はく筈の無いを必死によじる。

 「この弁當がそんなに大事かよっ! それならくれてやるよ!」

 僕のびも虛しく、雲一つない晴天の中、とりどりの食材が宙を舞った。

 「やめてぇぇぇぇ! ぐっ……」

 「ほら、そんなに食いたいなら、砂だらけでも食えるだろ? さっさっと行ってこいよ!」

 皆は腹を抱えて笑い。それと同時に、僕を抑えていた拘束が解ける。

 僕は行きよいよく駆け出した。──その時、神奈と目が合った。その目で綺麗にき通った寶石がった様な気がした。

_______________

 校庭の砂は水のようにサラサラで、ちょっと風が吹いただけで舞い上がった。そのせいもあったのか、落ちた弁當の材は、例外なく砂まみれであった。

 砂で酷く茶に染まった白米、ジャリジャリとした食を連想させる生姜焼き。もこもことした塊は、茶の服の隙間から微かに綺麗な緑が見える事から、ブロッコリーだと分かった。

 生徒達は窓からを乗り出して、口を綻ばせながらこちらを見ている。

 砂の味しかしない弁當の中を一つずつ、丁寧に口に運んでいった。──ジャリジャリと食べ応えの無い食と、飲み込むとに張り付いた様に離れない。吐き気を量産するには十分なトッピングだった。

 「うっ…………」

 められて気付いたんだ。僕の為に何かを考え行してくれてくれている。その數分がどれだけ特別なのか。

だから、僕にお母さんの作ってくれたお弁當を食べないという選択肢は、無かった。

 僕はその數分があるから生きていられる。その數分がある限り、僕は絶対に死なない。否、死ねないと思っている──さちもあの時、そう思っていたのだろうか。今になっては分かるはずもないのだけれど。

 上からは沢山の笑い聲や嗚咽が聞こえる。

 ────母さん、ごめんね……

 その風景を見ていた小林神奈は、溜めていた寶石を辺りに散らしながらトイレに駆け込んだ。

 こうして、全てを食べ終えた後もめは放課後部活の時まで続く。

 これが僕の一日。

 これを見ている貴方もきっと、慘めだとか自業自得だと思うだろう。実際に慘めで自業自得なのだから仕方がない。

 だけど僕はこんな一日をずっと続けていく覚悟がある。

 僕が見捨ててしまった、さちの為にも。

 これはきっと罪滅ぼしなのだ。

 あの時、僕が見捨ててしまった。その償いだ。

 僕はきっと心の何処かでこうなる事をんでいたのかもしれない。

 だから、僕は耐えられる。そう思った。

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