《その數分で僕は生きれます~大切なを代償に何でも手にる異世界でめに勝つ~》トラウマ

 黒田將太 十四歳 中學二年生 男

 黒田さち 十二歳 小學六年生 

 母は仕事と家事を一人でこなす。母以外、家には働き手が居ない為である。いや、詳しく言えばいるのだが、それを、父に言ったところで暴力を振るわれて終わりだろう。

 父は常に家にいる。酒は飲むだけのみ、食べは食うだけ食う、それなのに、家事や仕事は一切しない。ましてや酒が回れば子供に暴力をする始末だ。本當にどうしようもない父親なのだ。

 なのに母は、そんな父をしている。どうしようもない欠點だらけの父をしていた。元々そう言う人種がタイプだったのだろう。

 母の給料は、酒と熱費に消えていく。母や僕達が娯楽にうつつを抜かす暇なんてないのだ。

いや、それだけならまだ良かった。だが、今は義務教育として教科書代等は全額支給されるからいいが、これから高校に行くことになれば、教科書代等々払う金額は、前とは比べにならない。そんな金、母一人の給料ではどうする事も出來なかった。

 故に僕は中卒で働く事は決まっていた。この次世代、中卒を取るような職場は早々見當たらない。

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 僕は十四歳にして園の檻に閉じ込められた小である。

 自分のしたい事など到底出來るはずもなく、小さな檻の中で出來る事を、與えられたを、こなすだけのただのペットである。ただの見世である。

 さちだけにはそんな人生を送らせない。僕が何としてでもさちを大學まで行かせる──そう決めていた。

 

 「さち、酒を持ってこい」

 白いたるんだランニング・シャツに糸のところどころほつれた腹巻をした四十男。詰まるところの僕達の父親が、テレビをツマミに酒をさちに要求した。

 父の持っている硝子のジョッキには酒はすっかり無くなっており、その橫に無殘にも倒された酒瓶にも雀の涙ほども殘っては居なかった。

 「さち、大丈夫だよ。僕が行く」

 「でも、それじゃあお兄ちゃんが……」

 「だから尚更だよ。そんなのさちにさせられ無いよ。僕は男だし、もう中學生だから。ちょっとはお兄ちゃんを信じて?」

 そう言って、さちを安心させる為にほのかに笑いを含んだ目に糸くずほどの皺を刻む。

 

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 「さっさとしろよ!」

 「分かりました! 今行きます! さぁ、さちは宿題でもしてて」

 「分かった……でも、あまり無茶はしないでね……」

 さちはし心配そうな顔を殘して、自分たちの部屋がある二階に向かって行った。

 僕はそれを確認してから、黒ずみが目立つ水の冷蔵庫から酒瓶を二つ取り出した。

 「どうぞ」

 そう言って、酒瓶を橫に傾けると、コッコッコッと心地いい音とともにき通った緑がかった薄黃をジョッキに注いぐ。

 本當なら全て、間抜け面の父の顔に一滴殘らず掛けてやりたかったが、自分の僅かに殘った良心がそれを止めた。

 「おい、さちはどうした!」

 父はし酔いが回ったのだろう。皺だらけの父の頬はし赤みがかっていた。こうなったら暴力を振るい出すのも時間の問題だ。

 ご要とは違う人が目の前にいて々不愉快だったのだろう。父の聲はし荒々しく何処か挑発的だった────だからといって、こんなのさちにさせられる訳がない。

 「さちは今は宿題中だから僕が代わりに」

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 「俺より勉強何かが大切かよっ!」

 父がそう言って出してきた右足を避けようとする事も無く、け止める。

 鳩尾に上手くったが、橫になった勢で無理矢理打ったことや、酔っていたこともあり、さほど痛くは無かった。

 「お父さん、さちはお父さんの為に勉強しているんだ。ちょっとは大目に見てやってよ」

 「ふんっ!どうだかな」

 それから父が寢るまでずっと酌をし続ける。

 父が寢たのは十一時過ぎ。僕はそこから茶く所々ほつれのあるモーフを父に掛けて二階に上がり、自室に篭った。

 本棚と、ベッド、勉強機等、全てが白で統一された清潔のある部屋。僕は勉強機に腰をかけて、宿題、予習、復習等する。日課と言うのもあったが中卒から働くのだから、人一倍一般常識はに付けておく必要があった。その果もあり、學校では常にトップを維持している。今日は寢るのは大三時くらいとなるだろう。

 僕が勉強を初めて五分も満たない頃、トントンと木をトンカチで叩いたようなき通った音と共に、妹のさちが顔を覗かせた。

 「お兄ちゃん、ありがとう! おで宿題終わったよ!」

 「そっか。それは良かった」

 「お兄ちゃん、それとごめんね」

 さちはすーと通った綺麗な眉を垂らし、心配そうな、申し訳なさそうな顔をした。

 「気にする事じゃないよ! 安心して! お兄ちゃんは慣れっ子だし、さちが傷付くのを見る方がお兄ちゃん辛いから」

 「うん……」

 「さちはもう遅いから寢な」

 「うん……お兄ちゃん無理しないでね?」

 「うん、分かったよ。無理はしない。さちも無理はしちゃ駄目だよ?」

 「うん! お兄ちゃんおやすみ!」

 「うん、おやすみ」

 さちはそう言って、奧の自室に戻って行った。

 ちゃんとこの時、約束すれば良かった。

 もっとちゃんと、言うならば約束と言うより契約を。約束と言うより儀式を────しておくべきだったんだ。そんな事を今更後悔した所で、過去は一切変わらないのだが、自分の愚かさを、醜さを、卑劣さを、しでも抑える為には、そう言った妄想は、安らぎに近いものを與えてくれていた。

 

________________

 時は夏、蟬の甲高い鳴き聲が何処へ行こうとまるで影のように付きまとう。

 傾斜のある坂道をまるで人を抱えているかのような重たい足取りで、一歩一歩、噛み締めるように歩く。

 こうして著いたのは、お墓が數百は下らないだろう大きな墓地。綺麗に塗裝された石畳は規則的に並び、僕はその間をうように、奧へ奧へと進んでいく。

 それから五分程歩くと、もう辺りにはお墓は見けられなくなり、あるのは小さな滝とそれをけ止めてい池と、悠々と僕達を見下ろす木々のみ。

 そんな場所の中央には、一本の木で出來た、お世辭でもよく出來たとは言えない質素でボロボロのお墓があった。

 お墓と言っても雨で腐った木に文字が綴られただけの、人っ子一人で出來そうなであった。

その木の板には濁った字で『黒田さち』と書いてある。

 「さち、元気ですか? 僕は元気です。約束を守ってるよ。僕はさちに貰った數々のを大切にして、生きていくよ……」

 初めは僕の目からゆっくりと頬を伝って水滴が落ちていたが、その水滴は容量を超えたようで、目から直接地面に落ちるようになっていた。

 黒田さちは死んだ。最後の最後まで勇敢な妹だった。きっと、僕はさちに數多くのを貰った。たった十二歳の妹から──出來ればそんなを要らなかった。子供なら子供らしく頼ってほしかった。

 馬鹿な兄だ。さちの為に僕がしてやれたことなど、たかが知れているのに。

 僕は一時間近くずっと、ずっと、その場で地面を濡らしていた。

________________

 梅雨り前、まだ寒く、半袖と長袖を互に著こなす様な不安定な時期。

 『行ってきます!』

 僕もさちは聲を合わせて玄関を出た。さちと僕は一緒に登校している。

 家を出てから、右では車道では忙しなく車が通り、左は所狹しと白く塗裝された家が続く歩道を二人で歩いていた──これが日課。

 さちの小學校は、僕の通う中學の丁度右に隣接されている。

 十五分ほど歩いた所で、右側に學校が見えてくる。後は歩道橋を渡って右側に移るだけである。すると、前方の歩道橋に、さちの友達の彩香ちゃんと夢ちゃんがいた。

 さちは眉を垂らし上目遣いで懇願する様な顔をした。

 「さち、行ってきな」

 「……ありがとう!」

 し沈黙が気になったがその時の僕は気に止めていなかった──この時に気付いても良かったのかもしれない。

 何度も言うがこれはもうどうしようも無い事だ。ただ、妄想していないとやってられないのだ。

そんな日常が何の代わり映えも無く続く。だが、この時、さちはめられていた。

 それに気付いたのは、弁當が逆になっている事に気付き、小學校に足を赴けた時だった。

 職員室に許可を貰い、さちのいる六年生の教室に向ったものの、さちの姿が居なかった。

 同級生に聞いてみても『わからない』の一點張り、仕方なく學校中を探し回りやっとの事で見つけた場所は、プールの更室である。別に覗きに來た訳では無い。元々、來るつもりはなかったが、探している最中に大きな罵聲と何かにぶつかる大きな音がしたからだ。

 ドアに耳を當てて聞いてみると、中に居るのは、さちと、彩香ちゃんと、夢ちゃん、その他二名いる事が分かった。

 ──何してるのかな……。

 當時の僕は小學校でめがあるなんて思ってもいなかった。だから先生に隠れて何か見ているのだろうと思い、弁當をさちの機にでも置いておくかと戻ろうとした時だった。

 「お前いっつもボロボロの服で気持ち悪ぃんだよ!」

 彩香ちゃんの聲と共にドカンッと何かがぶつかる音。

 「正義のヒーローでも気取ってんのかよっ!鬱陶しい!」

 

 まるで別人の様な夢ちゃんの聲──それでようやく僕は悟った。これはめだと。遅すぎた。実に遅すぎた。

 対象はだれ? さちは加害者? でも、そんな子じゃない。だとしたらさちは被害者? いやでも、さちは人気者だ────必死で頭を回転させる。

 「ご、ごめんなさい……」

 その聲を聞いた時には勝手に足がいていた──さちの聲だった。この選択肢は、後に間違った最も悪い結末に繋がるとも知らずに、その當時の僕は怒りで頭がおかしくなっていた。

 ドアを勢いよく開けと四人でさちを取り囲み、まるで蟲を踏み潰すような足使いで、さちを蹴っては、踏んでいた。

 一斉に例外なく僕の方をみる。その表は今でも忘れない。あいつらは笑っていた。二タニタ、二タニタ、二タニタ、二タニタと笑っていやがった。

 さちは喫驚と恥をドロドロに混ぜたような顔を僕に向ける──が熱かった。はち切れんばかりの怒りと、憎悪が脳をグルグル回る。

 「…………な」

 「どうしたんですか? お兄さん?」

 

 「……ざんな」

 「私達さちちゃんと遊んでるんですけど、てか、ここ子更室ですよ?」

 「ふざけるな」

 気付いた時には目の前にいた彩香ちゃんを毆る寸前だった。それをさちは橫から止めた。

 「だ、大丈夫だよ! お兄ちゃん! 本當に本當に遊んでただけなの……」

 さちの顔を見ればそんなの噓だとすぐに分かった。分かったのに引き下がってしまった。

 「さち…………」

 「大丈夫だから……ね?」

 「あーしけた!しけたー!帰ろー」

 

 彩香ちゃんは皆に促すように言う。

 「本當にマジ萎えた」

 続々と言葉だけを殘し、僕の脇を通って更室を後にする。

 「お兄ちゃん……ごめんね……ごめんね……」

 そう言ってさちは泣いた。正義が強くて、真面目で、優しくて、そんなさちの泣き顔を生まれて以來、初めて見たかも知れない。

 「ごめん……さち……気付けなかった……」

 そう言って、さちをに収めて座った。その時間は長く長くじた。

 僕はさちに早退しようと提案したが、さちは斷った。めに負けたくない。私がめられなければ他の誰かがまたターゲットになる。そんな詭弁を理由に。

 「お兄ちゃん……私行くね?」

 「…………あぁ」

 さちはそう言って更室から出た。僕は酷い虛無に襲われて、數分間そこからけなくなっていた。

 そこからの事はよく覚えていない。いつの間にか僕は家に著いていた。授業をけたのかすら危うかった。

 自室の戸を開けて、床につこうとした時、そこにはさちがいた。

 「さち……」

 「お兄ちゃん……ごめんなざい……」

 さちはまた泣いた。僕に縋るような勢で泣いた。

 「大丈夫だよ……めなんかお兄ちゃんが全部蹴散らすから!」

 「うんん、大丈夫なの……お兄ちゃん……私が戦うの。だからねお兄ちゃん……安心して?」

 「何言ってるんだよ! 一人でどうこう出來るものじゃ無いよ……」

 「うん、でもね……私が耐えて耐えて耐え続けてめを無くせたらまるでヒーローみたいじゃない? 私はそう言う勇者のような人になりたいの……」

 

 「そんなのただのさちが耐えるための詭弁でしかないよ!」

 「うん……私は私の為にやってるの……自分が傷付くのが嫌だから……私はすっごく自分勝手なんだよ?」

 「さち…………」

 「でもね、ちゃんと困ったら相談するし大丈夫だから……ね?」

 「約束だよ?絶対に困ったら相談するんだよ?」

 「うん……」

 そう言ってさちは儚げな笑顔を見せる。尊くて、儚くて、しい、綺麗なさちの笑顔を。

 僕はまた約束で終わってしまった。もっとちゃんとすれば良かったんだ。同じ罪を繰り返して、何度も、何度も後悔した。

 この時の僕は強かった。故に、耐える事が出來た。さちが傷付くのを見ても耐える事が出來てしまったんだ。

 

 それからというもの、あまり変わらない日常を送っていた気がしていた──だが、それは僕だけの覚。

 さちのめはエスカレートしていた──理由は、必然的に、運命的に、悲慘な事に、殘酷な事に、僕だった。『さちは遂に兄を出してきた。卑怯者だ』と。

 気づかなかった。気づけなかった。それもそうだろう、さちはそんな素振りすら見せなかったのだから。

 僕は懺悔する。

 自分の自信と慢心と確信を。

 僕は後悔する。

 自分の無力さと愚かさと殘酷さを。

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