《その數分で僕は生きれます~大切なを代償に何でも手にる異世界でめに勝つ~》トラウマ·後日談

 あれからの事はあまり記憶にない。

  大雨を降り、洪水が起きて、やっと止んだと思ったらそこにはあったのはちっぽけで、深い、深い、虛無だった。

 詰まることろ、僕はさちがいないと何も出來なかったのだ。とんだ笑いものである。さちの兄ともあろうものが、人生の先輩ともあろうものが、たった一人の人間がいなくなったと言うだけで、何も出來ないというのだから。

 これで納得がいったであろう。僕がさちを救えなかった理由はここにある。

さちがいないと何も出來ない。

そんな兄がさちを救える筈もなかった。自分の無力さに、世界の殘酷さに、僕は虛無を覚えた。こんな僕にさちの兄である度も、勇気も、資格も無い。

 ただ、ただ一點のみに対しては僕は僕を誇りに思う。

 それは『さちの誇りであったこと』である。これ以上のものはなかった。これ以外必要なかった。

 これからもこの誇りは忘れないとおもう。

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  ──────あれ? 僕は何してるんだろう……あぁ、さちのお見舞いに行かなくちゃ

 僕は外に出た。

________________

僕は父を憎んだ。

僕はさちを轢いた人間を憎んだ。

憎んでいる。

僕は父を恨んだ。

僕はさちを轢いた人間を恨んだ。

恨んでいる。

そして、それ以上に自分自を憎んで、恨んでいた。

 

 父は家を出ていったきり帰っていない。否、帰って來れなかった。単に母がさちの死とともに、目が覚めたからだ。

 母は父と離婚した。理由はさちの手代を払わなかった。それだけで十分だった。

 僕はあれ以來父の事は忘れた。元からいない事にした。今思えば、さちの死から逃げたくて、逃げたくて、仕方なかったのかもしれない。

 友達から『お父さんは?』と聞かれれば『早くに死んだ』と言っている。これからも続けるだろう。これを知っているのは神奈のみだ。

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 そして、轢き逃げした運転手も捕まった。早くに捜査を始めれば簡単に見つけることは出來ただろう。なのに、何故こんなにも遅くなったのか。

答えは簡単だ。同じ時期に殺人事件が起きていて、そこに人員を持っていかれた、らしい。

全て人のせいにしてしまえば楽だった────警察のせい、父のせい、母のせい、運転手のせい、全てを人のせいに、したかった。逃げたかった。でも、出來なかった。苦しくて、悲しくて、辛い未來を僕は歩むと決めたのだ。

母も憎んでいた。恨んでいた。何がだ。何が好きだ。そんなで人の命を奪っていい訳が無いだろう。

────だが、僕は許した。そんな母を、そんな父を、そんな運転手を、そんな警察を。

 僕は優しく生きなければならないんだ。強く生きなければいけないんだ。誰の為でもない。僕の為ですらない。強いていうなら今は亡きさちの為に────全てを許した。

 謝料を貰い、僕は高校に行けるようになった。學費も偏差値も高いほうだ。

 母には僕は大丈夫と言ったが、それは聞いてくれる母では無かった。『さちの為にも貴方は幸せになりなさい』と至極當然な回答。

________________

 

 僕は病院にあの後も、毎日、毎日、足を運んでいた。その病院は真新しく、外観も室もカビどころか黒ずみ等々も見當たらなかった。

 僕が向かっているのはいつもと同じ205號室、さちの病室だ。その病室は両端にベッドが三臺づつ置いてあり、いつもの様にお爺さん、お婆さんの姿があった。左からの一番手前から佐藤さん、前田さん、岸さん、右は高橋さん、後藤さん、そしてさちである。

 さちのいるベッドに向かい椅子に座って話しかける。

 さちの顔は今日も笑っていた。この頃ずっと笑っている。僕が今日あった事を隅から隅まで、や匂い、形や時間まで全てを一言一句違わず言い聞かせた。

 「今日ね、二時限目の國語の黒上先生がね! コピー失敗してさ! 真っ白な紙持ってきたんだよ! どうやったらこんなミスするんだよーって皆大笑い! さちも早く中學生になる為に勉強しなきゃね! 」

 「大丈夫! お兄ちゃんが教えてあげるよ!」

 「大丈夫だって! 僕のテストの點數知ってるでしょ? ならちょっとは信用してよ」

 周りのお爺さん、お婆さん達は不思議そうな顔でこちらを見ているが、皆から見たら僕達はいい兄妹に見えるのかな? 

 そんな中さちは笑って僕の話を聞いてくれている。

 すると、蕾さんが何やら憂わしげな表と重い足取りでってきた。この人は、いつもさちの面倒を見てくれていた人だ。

 僕はこの人に會うまでは、醫療に務める人間は効率人間だと思っていた。蕾さんは患者の為に苦しんで、悲しんで、後悔して、泣いてくれる人だ。

 ──蕾さんもさちと話に來たのだろうか

 「將太君……もうやめなさい……」

 ──どうしたのだろうか? 何をやめるのだろうか? 蕾さんもさちと話したいなら言えばいいのに

 

 「どうしたんですか? さちと話したいなら言ってくれればいいのに。別に獨り占めするつもりなんて無いんですから」

 すると、蕾さんはまるで幽霊でも見るかのような目で僕を見つめてきた。

 「將太君……さちちゃんはもう……」

 「どうしたんですか? さちはここにいるじゃないですか?」

 「將太君……聞いて? 辛いかもしれないけどさちちゃんはもう死んだのよ……」

 「何を言ってるんですか!冗談でも怒りますよ!」

 「ちゃんと見なさい! そこにあるのは白い布団だけよ!」

 「辭めろ! さちが傷付くだろ! ごめんな……さち、蕾さんはちょっと混してるだけなんだ…そんな怒らないでやって……あれ? ……さち?」

 そう言って目の前を見ると、そこにあったのは皺一つ無い綺麗に整えられた白いベッドだけだった。

 「あぁ……もう、さちいきなり隠れたりしたらびっくりするじゃないか……さちがかくれんぼ上手いのは分かってるから出てきてよ……」

 「將太君………」

 「黙れっ! 黙れっ! 黙れっ! 黙れっ! さちはいるんだ! さっきまで一緒にはなしてたんだ!」

 「いい加減にしなさい! さちちゃんはもう居ないのよ! どんなに探しても! 貴方が一番分からないといけない人なのよ!」

 「黙れっ! 僕は信じないぞ! お前なんか敵だ! お前がさちを隠したんだろ!」

 その瞬間、頬にジーンとした痛みと共に赤くなるのがわかる。所謂ビンタと言うやつだ。

 「敵な訳ないじゃない……私だって……私だって辛いのよ! でも、もし貴方がそのままならさちちゃんの殘した手紙は、思いはどうなのよ」

 

 彼は泣いていた。彼は本當に優しい人間だった。さちが泣けば彼も泣いた。僕が泣けば彼も泣いた。こんな人を敵だなんてどうかしてたのかもしれない。

 「でも……でも、まだ……まだ……バイト代で遊園地行って約束……守れで無いんだよ……」

 「うん…………」

 彼は僕を優しく抱きしめた。彼は暖かく全てが溶けていった。憎しみも、恨みも全部、全部、溶かしてくれた。

 「さぢは僕を恨んでるがな……どうじで守っでぐれながったのっで……」

 「最後まで貴方の事……ずっと……ずっと……自慢してたよ……」

 「さぢの助けに……なれた……かなぁ」

 「うん…………絶対……絶対なってたよ……」

 「どうして……どうじて……どうじて……どうじでさぢなんだよ……」

 「うん…………」

 「うぁぁぁぁぁあ……ぁぁ……ああああああああ」

 「うっ……うぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁん」

 僕は彼の中で聲を出して泣いた。

 彼は僕を抱いて聲を出して泣いた。

 彼のナース服は僕の涙でバケツをひっくり返した様に濡れてしまうだろう。

 僕の制服はシャワーを浴びた様に濡れてしまうだろう。

 だが、僕達は気にしてなかった。服などどうでもよかった。今は泣いた。とことん泣いた。人の目線など気に止まらず、溺れてしまうのではないかと思うほど、枯渇死してしまうのではないかと思う程泣いた。

 日が沈み、空は僕達を勵ますかのような満點の星空が広がっていた。

 僕達は自ドアを通り外に出る。彼は僕を最後まで見送るつもりなのだろう。僕は振り返り蕾さんと向き合う形を取る。

 「ありがとうございます。蕾さん」

 「ううん、こちらこそありがとう。貴方はいい兄だったわ。誇りを持ちなさい」

 「はい」

 「あの子はいい妹だったわ。誇りにしなさい」

 「はい」

 「優しくなりなさい、幸せになりなさい、強く生きなさい」

 「はい」

 「頑張ってね。そして、頑張ったね」

 「はい、これからも蕾さんに會いに來ていいですか?」

 「いつでも來なさい」

 「ありがとうございます」

 満天の星空の中にさちを探し始めた。

 あの中にさちがいると思って。

 きっとあの一番明るくて、一番大きな星の隣の星だろう。さちは優しいから。

 僕は夜空に手をかざす。自分がちっぽけに見えた。だけど、きっと僕らが思うほど自分達はちっぽけじゃない。一人一人が小さいように思えて大切で大きい存在なのだ。

 だから僕はそんな存在の為に幸せになる為に、強くなる為に、助ける為に自己を犠牲にすると決めた。

 これが自己犠牲の始まりである。

________________

 十字架にり付けられた年は誓う。

 

 妹のさちの為に、約束の為に、自分の為に。

 『絶対に貴方を救う』と。

その目はどこまでも深い、深い、深い、黒をしていた。

 

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