《山育ちの冒険者 この都會(まち)が快適なので旅には出ません》1.旅立ち その1

人生の転機とは、突然訪れるものだ。

人里離れた山中にある一軒の家。

その室年はそんな言葉をぼんやり思い浮かべていた。

彼の名はステル。

聲さえ発しなければしいのような顔立ちが目を引く年である。

頭の後ろでまとめた黒髪を解けば、ますますめいて見えるだろう。

しかし、著込んだ服でわかりにくいが、そのは十五歳とは思えないほど鍛え上げられている。

彼は今、暖爐の火が揺れる室で、機を挾んでと話していた。

しいである。年の頃は20代の中頃くらいだろうか。

品として発注したかのように整った顔に背中までびた金の髪が波打っている。

天井から照らす燈りによって、ときおり金髪が虹に輝いた。

魔法使いの才覚の証である。

魔力の扱いに秀でたものは青や赤など得意な屬が髪に出るのだ。

の輝きは全屬。その貌のみならず、彼がただもので無いことを表す特徴だ。

の名はターラ。ステルの母であり、この家の主であり、山の狩人である。

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エルキャスト王國の北部辺境の山奧の狩人。

それがこの親子の生業となっている。

山の狩人といっても二人の暮らし向きはそう悪くない。

その証拠に、二人の住居は建築場所に似合わず立派な作りをしている。

里から歩いて半日はかかる山中だ、家の規模は小さな山小屋になってもおかしくない。

にもかかわらず、この家は人里の下手な家よりも大きかった。

丸太でもって大きく組まれており、二階建てで窓には硝子までっている。

から突き出た煙突からは煙が立ち上り、窓からは暖かなれていた。

そんな寒さとは無縁の室で親子は真面目な話をしていた。

というか、夕食を終えたら母が急に改まった口調で話し始めたのである。

容は、端的に言ってステルの獨り立ちだった。

「ステル、お前ももうすぐ十五歳になりますね」

母の穏やかで聞き取り安い聲が室に響く。

「はい。この歳まで生きてこれたのは、母さんのおかげです」

外見が全く似通っていないこの親子にの繋がりは無い。

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しかし、の繋がりがどれだけ重要だろうか。

彼らは非常に良い親子であることは、里でもよく知られているほどだった。

「……親が子を育てるのは當然のことです。さて、知っていると思いますが、十五歳というのはこの辺りでは大人として扱われる年齢です」

「はい。承知しています」

ステルは張していた。いつかこのような日が來るのではないかと思っていたが……。

まさか、それが今日だとは思いもよらなかったが。

眼の前の母の表は真剣そのもの、まるで八歳の時、狩りの仕方を教え始めると宣言した時のようだ。

「……この家を出なさい」

「えっと、それは……僕が邪魔だということでしょうか」

唐突な勘當発言に驚きよりも先に疑問が出た。

「そんなわけがないでしょう! いや、母の言葉足らずでしたね。ちゃんと説明します」

慌てて否定したターラは、カップにった茶を飲んで、一息整えてから話を続ける。

「母はお前にこの山以外の場所での生活をしてしいのです。大人といってもまだ十五。人生は長い、殘りの生をこの山で過ごすと決めるには早すぎる……」

「そんな、僕はここの生活が嫌いなわけでは……」

反論しようとするステルを、ターラは手で制した。

とにかく話を最後まで聞けということだ。

ステルは姿勢を整え、母の言葉を待つ。

「お前は先日、黒い魔を退治しましたね?」

「……はい。手強かったです」

一週間前、ステルは全を漆黒で塗りつぶしたような謎の魔と戦った。

四足の大型獣で、どれだけ攻撃を加えても倒れない驚くべき生命力を持つ怪だった。

ステルは黒い魔と三日間戦いを繰り広げ、最後は大きな巖を落とす罠で押しつぶしてからトドメを刺した。

巖にの半分を押しつぶしてなお息があるその生命力には戦慄しつつも、何とか退治したのだ。

「あれを倒せるならば、お前の実力に心配はありません。母は杞憂なく送り出せます」

「そういうものですか」

そういうものです、と母は厳かに頷いた。

「アコーラ市に行ったことを憶えていますか?」

「はい。とても賑やかで、面白いところでした」

アコーラ市というのは、このエルキャスト王國で一番大きな街の名だ。

二年ほど前に社會勉強にとターラに連れられて訪れたことがある。

五十萬を超える人口、山奧では見ることの無い商売、商品の數々。

短いが実に刺激的な験で、ステルの記憶にも強く刻み込まれている。

「前は訪れませんでしたが、あの街には私の古い知り合いがいます。アーティカというで、大きな屋敷に住んでいます。そこに住み込めるように話をつけておきました」

「留守にしていた時に、そんなことをしていたんですね」

この一年間、ターラは頻繁に出かけていた。

きっと、この日の準備していたのだ。

母は用意を怠るような人ではない。

それはつまり、ステルの旅立ちは拒否できないくらい強い意志で決められているということでもあった。

「これはきっとお前の人生に必要なこと。ステル、私の息子。お前はあの大都會で暮らし、自分の生きる道を見つけるのです」

「僕は狩人の子は狩人になるのだと思っていました……」

麓の村の人々などを見る限り、それがこの辺りでは普通の人生だ。

「勿論、その道もあります。お前が世の中を見て、それがいいと決めたなら、私もそれで良いと思いますよ」

「アコーラ市のような大都會で、僕に働くところなどあるんでしょうか?」

率直な疑問を口にする。

自分は山中で狩りをするくらいしか能の無い男だ。母だって、それは十分わかっているだろうに。

「さしあたって、冒険者になるといいでしょう」

「冒険者。たまに魔退治に來る人たちですよね。都會に魔が?」

「冒険者の仕事は魔退治だけではありませんよ。未知の土地の探索、貴重な鉱や植の採取、跡荒し。聞くところによると、都會の冒険者は何でも屋といったところのようです」

「ちょっと危険そうですね……」

あまり意識したことはなかったが、大変な仕事をしている人たちだったようだ。

だが、母の言葉にしだけ気楽になった。

自分でも魔退治と植の採取くらいなら出來そうに思えたからである。

「勿論、危険もあります。とはいえ魔導のおかげで昔ほどではないそうですよ?」

「魔導のおかげで?」

そう言って、ステルは部屋の照明を見た。

天井には球狀のを生み出す、臺形の魔導が取り付けられている。

魔導。魔力を流すことで特定の現象を生み出す魔導と、魔力を貯める機構である魔集石を組み合わせて作られた道だ。

これによって魔法は一部の人々だけが使える特殊な技能から、多くの人に恩恵を與える技へと生まれ変わった。

ステルの家にすら、を生み出す魔導、水を生み出す魔導などが備え付けられている。

麓の村に行けば長期保存用の倉や街燈など、工場で生産された品を見ることが出來る。

魔導が生まれて數十年。山奧の村にすら行き渡り、生活を様変わりさせている。

「魔導が生まれて以來、世の中は大きく変わっています。ステルも知っているでしょう?」

「お年寄りの昔話に驚くことがあります」

年寄りから聞く魔導の無い時代の話は軽く絶を覚えるくらい不便だ。

夜は暗く、冬は寒い。街道は未整備で、隣村まで一日かかる。今では考えられない話だ。

「魔導による世の中の変化を魔導革命と呼ぶそうです。そして、冒険者も魔導の恩恵を大きくけた職業の一つなのですよ」

「裝備が良くなったからですか?」

ステルの問いかけに、ターラは笑みを浮かべながら頷いた。

「そうです。強力な魔導につけることによって、人間はこれまで探索できなかった境や跡に立ちることが可能になったのです。そして、富と名聲を得る冒険者が増え、昔以上に冒険者も仕事も増えたのです」

人によっては大冒険時代と呼ぶそうですよ、とターラは付け加えた。

どうやら、山奧で暮らしている間に時代は大きくいていたらしい。

「でも母さん、僕は富と名聲はそれほど興味はないんですが」

「ステル。お前のそういう考え方は好ましいだと思います。私も富と名聲を追いかけろとは言いません。冒険者が世の中を見るのにちょうど良い職業だと思ったのです」

「確かに、山での生き方しか知らない僕でも、魔退治くらいなら出來ますし……」

自分の提案を息子がれつつあるのが嬉しかったのか、ターラは満足そうに頷いた。

「ステル。私の大切な息子よ。三日後、麓の村に馬車の定期便が來ます。それに乗ってアコーラ市に向かうのです」

「……わかりました。母さん」

唐突な人生の変わり目に戸いつつも、ステルは何とか首を縦に振った。

「お前の実力なら、あっという間に有名な冒険者になって別の地域に旅立ってしまうでしょうね」

そんな予言めいた発言をした後、話は終わりとばかりにターラは席を立った。

自室へ歩き去る母の優な後ろ姿を眺めながら、ステルはぼんやりとした気分で呟いた。

「都會の生活かぁ……」

突然もたらされた新しい生活。

中には多くの不安と、年相応の好奇心が渦巻き始めていた。

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