《山育ちの冒険者 この都會(まち)が快適なので旅には出ません》6.冒険者となるために

冒険者協會の裏は広場になっており、訓練所として使われていた。

つまり、そここそがステルの実戦試験の會場である。

訓練所には數十人の人がいたが、何故か誰一人鍛錬せずにそれぞれ時間を潰していた。

「なんか沢山いるんですけど。皆さん試験ですか?」

「……いえ、見人です。最近はこういう試験は珍しいので。って、支部長まで何やってるんですか!」

怒りと共にアンナが一人の男に抗議の聲をあげた。

良い誂えの服にを包んだハンサムな男はそれを涼やかな笑顔でけ流す。

「まあまあ、いいじゃないか。最近は書類だけで冒険者になってしまう人が多いから、こういうのは珍しくてね」

「まったく。……ステルさん、こちらはここの支部長のラウリ・イベーラです」

「よ、よろしくお願いします」

偉い人だと知り。ステルは慌てて頭を下げる。

ステルは知らないが、彼こそは史上最年で冒険者協會の支部長に収まった人である。

年齢は二十代半ば、らかな腰と整った顔を持ち、実務は有能という名支部長だ。

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「こちらこそよろしく。……報告には男と書いてあったはずだが?」

「男です。よく間違われますけど」

會う人に必ず勘違いされるので、流石にステルも気になってきた。

自分の顔が原因なのはわかっているが、どうにかすべきではないか。

そうだ、理由なくばしっぱなしの髪に原因があるかもしれない。

とりあえず、ステルは散髪を検討することにした。

「失禮をした。謝罪の代わりに良いことを教えよう。この試験は模擬戦だが、よほど酷い結果で無い限り失格は無い。気楽にやってくれ」

「はい。ありがとうございます」

「じゃあ、ステルさん、こちらに。武はどうします? 々ありますけど」

アンナが示した場所には木製の剣や盾が並んでいた。

軽く品定めをして、すぐに自分の木剣で十分だと結論が出た。

「自前のがあるんで、これでいいです」

「わかりました。では、試合場にどうぞ」

「はい」

広場の中心に行くと、木剣を持った若者が見人の山から現れた。

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ステルよりし年上に見える年だ。

手には木剣を持り、剝き出しの腕を見ると一目で良く鍛えられていることが窺えた。

「第八位のクランだ。お前の試験をけ持つことになった」

「ステルです。宜しくお願いします」

「……試験だからな。可の子だからって手加減は……」

「あの、僕は男です」

傷つきながらも即座に否定しておいた。

そんなに男らしくないのだろうか。

「……マジか。俺の仲間より人だぞお前」

「もしかして、既に神的な攻撃をしかけてきてますか?」

割と本気で傷ついた。

確かにステルの見た目は寄りだが、本人としては立派な男のつもりなのだ。

「いや、違う。今の勘違いについては謝る。スマン」

ステルの心境が顔に出ていたのか、クランは申し訳なさそうに謝罪の言葉を口にした。悪い人間ではなさそうだ。

「では、準備はいいですか? 魔導の使用は無し。頭や首、命に関わる部位への攻撃は止。クラン君はちゃんと加減をすること」

なんともの無いやり取りに呆れた様子のアンナが注意事項を口にする。

「わかってますって」

「ステルさんは無理しちゃ駄目ですよ。無理だと思ったら降參すること」

「はい」

雙方が返事をすると、クランが木剣を構えた。

それに応じて、ステルも木剣を構える。

周囲からは「がんばれ、新人ー」などという聲も聞こえる。完全に見世だ。

「では、始め!」

合図と同時、クランがいきなりいた。

木剣を振りかぶり、一気に距離を詰めてステルに上段からの一撃を見舞う。

「しゃあっ!!」

気合いの乗った、いい一撃だった。狙いはステルの右肩。一撃で終わらせるつもりだ。

速度、威力共に悪くない。

しかし、山で魔相手に命がけの戦いを繰り広げてきたステルにとっては遅すぎた。

軽い踏み込みと共に、ステルは木剣を一閃。

その速度も威力も、クランのそれを大きく上回る。

ステルの一撃は、クランに反応する間すら與えず、腕を強く打ち據えた。

突然の激痛に、クランは思わず武を取り落とす。

「…………いってぇぇぇ!」

「だ、大丈夫ですか? 骨は折れてないはずですけど」

一瞬だった。運びから剣の振りまで、全ての作を見切れた者はこの場に數名だ。

「しょ、勝負あり! ……で、いいのかしら?」

ただの付嬢であるアンナには、クランが剣を振りかぶったと思ったら、いきなり剣を落としたようにしか見えなかったので困気味だ。

あまりにも早い決著に見人達がざわつく。結果が出るのが早すぎたのだ。

「も、もう一回! もう一回だ!」

「いいですけど……」

腕を押さえながらクランがぶ。彼もまた、自の敗北に納得していないようだ。

もっと加減するべきだったかと、ステルはし後悔した。変に目立つのは本意ではない。

そんな流れでクランと再勝負の準備をしようとした時、聲を掛けてくる者がいた。

「いや、それには及ばない」

支部長のラウリだった。いつの間にか、その手に木槍を持っている。

「クラン。悔しいのはわかるが。彼はこう見えて北部の狩人だ。下手な冒険者より実戦慣れしているよ」

「えっ。そうなんですか。早く言ってくださいよ……」

穏やかにラウリがそう諭すと、クランは納得した様子で下がっていく。

そして、訓練場に殘ったラウリがにこやかに語る。

「ステル君。試しに私と一勝負してくれないかね? 勿論、この結果は試験の合否に含まない」

「ちょ、支部長!」

「いいじゃないか。今のきを見て、私も久しぶりにが騒いでね」

その発言に周囲がどよめいた。「支部長の戦いが見られるなんて」「これは楽しみだ」などと期待の籠もった発言も聞き取れる。

「……ステルさんに判斷してもらいましょう。――支部長は元第四位の冒険者だったの。実力的には第三位に匹敵すると言われる、この街屈指の槍使いよ」

「大げさだよ。今では引退しただ」

噓だ。ステルの覚は、ラウリが危険な戦士である事を告げていた。

引退したのは本當かもしれないけれど、戦えないわけじゃない。

隙の無い立ち姿を見て、ステルはそう判斷した。

そして同時に、自分に注がれる期待の視線にも気づいていた。

どうやら、ここは勝負をけておいたほうが良さそうだな……。

もう目立たないようにするのは諦めることにしたステルだった。

「わかりました。お願いします」

「お手らかに頼むよ」

言葉と同時に、ラウリが槍を構えた。

その気配に押されて、自然とステルも剣を構える。

自然と対戦の狀況が整ってしまったのに面くらいつつも、気を取り直したアンナが聲を上げる。

「では、始め!」

試合が始まった。

「……………」

「……………」

二人ともかない。

思ったよりも隙がなくてステルは打ち込めないでいた。

ステルが全力を出せば、勝利を拾う事はできるだろう。

しかし、それは下手をすれば相手に大怪我を負わせる危険を伴っていた。

試験すら関係ない見世で怪我をするのもさせるのも馬鹿らしい。

そう思う故に、ステルは思い切ったきを起こせずにいた。

実際、ラウリにまるで隙が無いという問題もある。

試合を始めた二人だけで無く、見人も無言であった。

と靜寂。訓練場がその二つの要素に支配された。

遠くから僅かに協會の喧噪が聞こえる。

ステルがそのことに気づいた時、きがあった。

「……ふむ。では、私から行くか」

そう言うなり、ラウリがいた。

高速の踏み込みと共に繰り出された突きだ。

狙いはステルの額。かなければギリギリ當たらない位置を狙い澄ましての一撃だ。

人には穂先はおろか、槍そのものが見えなくなるくらいの神速の一撃。

その攻撃をステルは見てから回避した。

半分、捌きで位置をずらしつつ、剣の腹でけた。

「……ふんっ!」

木槍と木剣がぶつかる乾いた音が響いた直後、二撃目が來た。

「……はやっ!」

いきなり目の前で槍が消えた。

ステルは連続で繰り出された突きの気配を察知。

剣先で弾きつつ、大きく後ろに後退。

しかし、ラウリの攻撃はそこで終わらない。

ステルが後ろに下がるのを見越した作で、全のバネをつかって跳躍。

追撃の一撃。速度に高さが加わった第三撃。本命の一打がステルを襲う。

狙いはの中心。一番避けにくい場所だ。

「セイッ!」

気合いの聲と共に突き出された一撃を、ステルは冷靜に見定めた。

「……はあっ!」

槍の穂先目掛けて。ステルは木剣の突きを見舞った。

訓練場に破砕音が響いた。

「ふむ……敗因は予算をケチったことかな?」

おどけた口調でそう言ったラウリの木槍が穂先から真っ二つに折れていた。

ステルの木剣が正確に槍を貫き、穿った結果である。

あまりに予想外の結界に、見人がどよめいている。アンナなど、口を開けて呆然としていた。

「……見事だ。北部の狩人は伊達ではないな」

「いえ、ちょっと危なかったです」

周囲から「何が危なかったんだよ」「北部の狩人マジやべぇな」などと聞こえたが気にしないことにした。

ラウリがあまりにも強かったので、ちょっと本気を出してしまった。

変に目立って、因縁とかつけられなきゃいいけど……。

そんなことを考えるステルだが、わざと負けるという選択肢は無かった。生真面目なのである。

「アンナ君。一応聞くが彼の合否は?」

「合格です。筆記、実力とも申し分ありません」

アンナの即答に、ラウリ支部長が厳かに頷いた。

そして、和な笑顔と共に、右手を差し出しながら言う。

「おめでとうステル君。今から君は冒険者だ。頼もしい仲間を我々は歓迎するよ」

「は、はい。宜しくお願いします」

握手をしながら、ステルは張混じりにそう返すのが一杯だった。

思い出したように見人から拍手が始まった。「こいつは頼もしそうだ」「今度、俺の相手をしてくれ」と気な聲がかかる。

どうやら、それほど悪印象を抱かれなかったようだ。

人に頭を下げながら、ステルはほっとをなで下ろした。

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