《山育ちの冒険者 この都會(まち)が快適なので旅には出ません》19.ステルの休日 その1

都會に出て二ヶ月以上が経過し、ステルの日常もかなり落ちついてきた。

山奧から都會へ住み著けば、生活スタイルも大きく変わる。

例えば休日というものを意識するようになったのもその一つだ。

冒険者協會は年中無休だが、都會の職場は大のところで五日に一度、定期的に休日が定められている。

その風習に従おうと思ったわけでは無いが、ステルも何となく定期的に休みを取るようになった。

狩人や近くの村で農業の手伝いをしている頃は明確な休日というのが無かったが、いざこうなってみると、休みがはっきりしているのも悪くない。

今日は世間の休みとステルの休みが重なった珍しい日である。

ステルの起床時間は休日でも変わらない。

朝六時に起きて、鍛錬をし、そのままアーティカの庭仕事の手伝いをする。

家主は庭の手れに熱心で、休日でも早起きなのだ。

一仕事終えた後は味しい朝食を頂き、そこからは自由時間だ。

午前九時、いつもならば冒険者協會に向かっている時間だが、休日なので下宿の食堂でのんびりお茶などを飲んでいた。

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近くのテーブルではアーティカが新聞を広げている。紙面の『アコーラ市周辺に魔の影』という見出しがし気になる。

「あら、ステル君どうしたの? お姉さんに何か変なところあるかしら?」

「いえ、新聞の記事が」

「? ああ、魔のことね。年に何度かそういうことがあるのよ。容は主に注意喚起ね。役場と冒険者協會が対処に當たるから、ステル君にもお仕事が行くかも知れないわね」

「魔ですか。ちょっと気になりますね」

は嫌いだ。畑に村に人、生きるものの全てを奪っていく。

「ふふ、仕事熱心ね。でも、ステル君はこれから來るお客様のことを気にした方がいいんじゃないかしら?」

アーティカが悪戯っぽい笑みを浮かべてそう言った時、まるで申し合わせたように呼び鈴が鳴った。

「はいはい。今いきますよー」

新聞をたたみ。軽やかな足取りで玄関に向かうアーティカ。

しばらくして、

「ステル君、お客様よー」

と聲がかかった。

ステルが玄関に出ると、來客がいた。

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「おはよう、ステル君。迎えに來たわよ」

「リリカさん。おはようございます」

そこにいたのは私服姿のリリカ・スワチカだった。

○○○

先日の依頼の後、二人にはしっかり報酬が振り込まれた。

そこで記念にどこかで食事でもという話になったのである。

行き先について話し合うに、リリカが王都東部にある魔導の店について話したところ、魔導好きのステルが食いついた。

そんなわけで、次の休日に二人で魔導の店を巡り、晝食をステルが奢るという話に落ちついたのである。

アーティカに事を話したらなぜか凄く楽しそうにしていた。

どうも若い男が二人ででかけることに意味を見いだしているらしい。ステルには今ひとつ理解できない。

學院集合でいいのに、どういうわけかリリカはわざわざステルの家まで迎えに來てくれた。

今日の彼は、いつもの制服姿と違い、白と青を基調とした小灑落た服に、帽子とストールをにつけている。

流石お金持ちのお嬢様。お灑落で高そうな裝を持ってるな。

その手の話題に疎いステルはそんな想を抱くのが一杯だった。

「それじゃアーティカさん。行ってきます」

「駄目よステル君。私がそちらのお嬢さんに挨拶をすませていないわ」

「あ、そっか」

そういうとアーティカは一歩前に出て、にこやかかつ上品に一禮した。

「家主でステル君の保護者でもある、アーティカです。宜しくお願いします」

日だまりのような暖かな笑顔を見て、リリカは息を呑む。

「リリカです。王立學院の魔導科所屬です。ステル君には世話になりました」

「ええ、これからも仲良くしてくださいね」

「勿論です……」

「ふふふ……」

どういうわけか、挨拶を終えても二人はにこやかに対峙していた。

なんだか居心地が悪いステルは外へと歩みを進め、リリカを促す。

「えっと、じゃあ、アーティカさん。僕らは出かけるけど」

「ええ、お気を付けて。リリカさん、今度、ゆっくりお茶でも飲みに來てね」

「はい。是非とも」

リリカの短い返事を殘してステル達は街へと繰り出した。

二人が去った後、殘った頬に手を當てつつ、アーティカが言う。

「流石はステル君ね。早くもこんな可いお嬢さんと仲良くなるなんて。お姉さん嬉しいわ」

○○○

乗合馬車で向かった先はアコーラ市東部、學院からし離れた地區だった。

五十萬人もの人が住むアコーラ市はステルの知らない場所だらけだ。ここも初めて來る場所だった。

「どうよ。面白いでしょ」

「はい、魔導がいっぱいですね」

そこは一風変わった場所だった。

リリカが「魔導を買える」といったとおり、その手のものを売る店舗が多い。

店にまで魔導の部品を並べて売っていたりと、普通の商店街と大分雰囲気が違う。

見慣れない景の數々が気になるステルだが、別の話題に好奇心を全開にしたリリカからの質問攻めで落ちついて商品を眺める事ができないでいた。

ちなみに質問の容は主にアーティカについてである。

「……つまり、アーティカさんはステル君の親族ってわけじゃないのね?」

「うん。母さんの知り合いらしいんだけれど。詳しくは知らない」

「いきなり凄い人が出てきてびっくりしたわ。ステル君の姉さんっていうにしては雰囲気違うし……」

下宿を訪ねてみたらアーティカのような人が応対に現れたのだ、気になるのも當然だとステルも思う。

「あはは。でも、僕の前だと自分のこと『お姉さん』とか言う面白い人ですよ。親切だし、料理も上手で、世話になっています」

「スタイルもいいし、完璧じゃない……。今度お邪魔して々話してみたくなってきたわ」

「アーティカさんも歓迎すると思いますよ?」

「……ならいいけど。さて、ステル君。わたし達は魔導のお店を冷やかすために魔導街に來たわけだけれど」

アーティカの話題はこれで終わりらしい。魔導街とは素敵だが聞き慣れない響きだ。何か作法でもあるのだろうか。

「そうですね。何か問題でも?」

「ステル君、なんでいつもの格好なの?」

「へ?」

この日のステルの服裝は、いつもの黒い上下である。木剣を持っていないだけで、普段と何ら変わらない。

「いや、著慣れてるし。丈夫だし」

何か問題あるのだろうか?

「そりゃあわかるけど、こういう日なんだから、普段著を著なさいよ。せ、せっかくわたしと出かけるんだからいい服を著るとか」

「この服、僕が持ってる中でも間違いなく一番高価な服だけど?」

「そういう意味じゃない!」

ステルの言葉に間違いは無いのだが、絶的なまでに意味が伝わっていないことに怒るリリカ。

対してステルは困するばかりである。

必死に想像を巡らせて、リリカの怒りの原因に當たりを付ける。

そこでようやく、リリカの服裝に思い至った。

「そっか。都會の人はリリカさんみたいにお灑落な服を著て出かけるんですね」

「え? お灑落? 私が? ああ、服のことね……」

「よく似合ってると思いますよ」

邪気の無い笑顔で言うと、リリカは一瞬だけ顔を逸らした。

そしてすぐにステルへ向き直り、何とかいつもの勝ち気な表を取り戻す。

「…………なかなかの天然ね、ステル君」

「? 何かいいました?」

「何でもないわ。ところでステル君、私服ってどんなのを持ってる?」

「うーん。実家の方で農作業するようなじのですかね。こう、地味なきやすいというか」

そもそも綺麗だとかお灑落な服というのがステルの思考の外の存在だ。

山奧の狩人にそのあたりのは基本的に必要無い。

「つまり、力仕事してる人なんかが著てる作業著みたいのね?」

「そんなじです。……どうかしましたか?」

顎に手を當て、しばらくうなってから、リリカはステルの目を真っ直ぐに見つめて言った。

「今日の買いが決まったわ。魔導のお店の後に、ステル君の服を買いましょう! ちょっと高くていいやつを! お金ある? 無いなら出すけど」

「ええっ、お金はありますけど。そんないきなり」

いきなりの申し出に驚くステル。しかし、リリカはステルの両肩に手を置くと、言い聞かせるように言ってきた。

「ステル君。あなた素材はいいんだから、活かさないと駄目よ。大丈夫、わたしいい店知ってるから」

「ええええぇぇ……」

そのまま、ぐいぐい引っ張られる形で、ステルは商店街の奧へと向かうのであった。

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