アコーラ市は都會だが、北側の街道だけは早くから山中になる。

馬車で一日行けば山地にり、二日行けば小さな村が點在するばかりの山奧だ。

そんな緑かな山々の一畫に、二人の冒険者がいた。

「あった……あれだな」

「ちょっと、気をつけなさいよっ」

斧使いと魔導士である。

し前に冒険者協會第十三支部でステルと會った後、二人はこの周辺で探索を行っていた

協會が野外探索能力の高い冒険者に聲をかけまくる程重要な案件があったためだ。

その案件の正が、二人の視界の先にあった。

「オークの砦だ……。でかいな」

「元はこの辺りの領主が作った砦だからね。百年以上前のだけど」

木々の間から覗き見えるのは山に造られた古い山城だ。

片側が崖になっていて、もう片方は急峻な山。

古いがまだ頑健そうな城壁を持ち、出り出來そうなのは城門一つのみ。

かつて、この周辺で領主達が小競り合いをしていた名殘の山城で、今となっては無人の廃墟のはずだ。

しかし、今は最悪の存在の住処となってしまっていた。

山城を見つけて二時間ほど偵察した二人だが、出りするオークやゴブリンを幾度も見かけていた。

「砦を見つけたのは、運がいいのか悪いのか……」

「見つからないよりはいいでしょ。これ以上の被害を防げるんだから」

この地域では、すでに村が一つ滅んでいる。

オーク達は生活手段は基本的に略奪だ。

魔に襲われた村は悲慘な狀況で生き殘りはわずかだった。

そして、そのわずかな生き殘りからの報が、アコーラ市をかした。

都市の近辺にオークが出現するのは一大事である。

適正のある冒険者に調査の依頼が一斉に出され、斧使い達もその流れに乗った。

しかし、まさか當たりを引くとは思わなかった。

これが幸運か不運か計りかねつつ、二人は仕事にかかる。

斧使いが懐から遠鏡を取り出す。魔法でもないのに魔法のように遠くを見渡す素晴らしい発明品だ。

焦點を合わせつつ、無言で観察を続ける斧使い。日が落ちきるまでまだ數時間ある。偵察の余裕くらいはまだ十分にあった。

「どう？　オークの數とかわかる？」

「とりあえず一。見張りのゴブリンのまわりをうろついてんな」

「結構大きい砦よ。もう何かいるんじゃない？」

「だな。もうし時間をかけて観察するか」

無言で頷き。魔導士が小さな缶狀の魔導に丸い球をれる。

気配隠しの魔導である。魔力を充填した魔集石をれる事で、かなり長いこと隠れる事のできる優れものだ。

魔導で気配を隠せばこの距離でも大丈夫。

二人はこれまでの経験からそう思っていた。

だが、それがいけなかった。

遠鏡のレンズのは反する。

更に、魔導による姿隠しの魔法を見破る魔も存在するのだ。

一時間後、その存在の姿を山城の城壁の上に見た瞬間、斧使いは全が総立つのをじた。

「ヤベェ……ダークエルフだ」

「……噓でしょ？」

魔導士の聲が張にこわばる。

ダークエルフとはが黒く、耳が長く、細で、魔法と知恵と俊敏に優れるエルフのような種族だ。

しかしながら、エルフとこれといった関係のある種族ではない、純然たる知恵ある魔の一種とされる。

ダークエルフは知恵持つ魔の中でも最も手強い存在の一つであり、その上位には竜か巨人といった伝説上の存在がいるくらい。

現実的に遭遇する障害としては最上級の存在といってもいい。

実力を上げているとはいえ五級冒険者の二人の手に負える存在では無い。

何より、あれがダークエルフの砦ということはオークとゴブリンの數がかなりのものだと想定される。

アコーラ市の判斷は正しかった。これは都市の危機だ。

しかし、それ以上の問題が二人にはあった。

間違いなく、向こうはこちらに気づいている。

ダークエルフが現れるなり、オークとゴブリンが慌ただしくき始めたのだ。

「気づかれた。逃げるぞ」

「……わかったわ」

二人の決斷は早かった。

それが絶的な逃走になるとわかっていても、最善を盡くすのが冒険者だ。

○○○

「ちっくしょう！　大分前に気づいてやがったな！」

「でしょうね。油斷した」

走りづらい山道を用に下りながら、魔導士のは目の前に現れたゴブリンに魔導杖から放った魔法の一撃を放った。

威力の低い衝撃波の魔法。

ゴブリンのきを止めるには十分だ。

怯んだところに戦士が斧を叩き込む。

ダークエルフはいつの間にか二人の周囲に部下を配置していた。

魔法か何かによるものだろうが、検証する暇はなかった。

登ってきたルートは使えない。

二人は勘を頼りに山中を逃げていた。

雙方の距離があったおかげか、まだダークエルフとは遭遇していない。

それでも、時折現れるゴブリンとオークが神経を削る。

二人は強い。既にオークを二と十以上のゴブリンを倒した。

そして、その戦闘は確実に二人の気力と力を削いでいた。

二人は荒い息を吐きながら會話する。

「…………まだ行けるか？」

「何とかね。でも……」

「ああ、ダークエルフが近づいてる気がするぜ」

語に出てくる達人のように気配をじられるわけではない。

殆ど錯覚みたいなものかもしれない。

しかし、何となく二人ともダークエルフの接近を予していた。

あの手の魔は確実に目の前に現れるはずだ。

山道を外れ、木々の間、藪の乗り越える。

土と木と草と蟲と疲労、全てが不快だった。

だからといって止まるわけにはいかない。

「なあ、川の音が聞こえるの、気づいてるか？」

「えぇ……。この辺りの山には川が合流して大きくなってるところがあったわね」

二人は闇雲に山中を走っていたわけではない。

自分達の得た報は何としても持ち帰らなければならない。

何とかそれが出來そうな場所、川を目指していたのだ。

「お前、一か八か、飛び込んで逃げろ」

「………二人一緒じゃだめなの？」

「待ち伏せてるだろうからな……」

奴らがやっているのは狩りだ。

川の音が聞こえてきた當たりから、魔があまり接近してこなくなっている。

これは導だ。川の近くで木々が切れれば、姿を現す。

斧使いはの武は魔導。その能力を全力で使えば、一時であれ足止めは可能なはずだ。

そんな斧使いの覚悟を察したのか、魔導士のは頷いた。

「わかったわ……」

「助かるぜ。この報は絶対に伝えなきゃなんねぇ」

ダークエルフの軍勢は大きな脅威だ。

この報が伝わるかどうかは大きい。

「まさか、アコーラ市の近くで死ぬことになるとはな」

わからないものだ。もっと、どこかの遠くの場所が最後の地だと思っていたのに。

「縁起でも無い事いわないでよ……」

魔導杖の膨らんだ箇所に鉄製の薄い札を差し込みながら魔導士のが言った。

薄い札は緻な魔法陣になっており、何を組み込んだかで魔導杖から出る魔法が変わるのだ。

彼もまた、ダークエルフと戦うため、普段は使わないような大魔法を組み上げていた。

二人は木々を抜けた。

その先にあったのはしの平地と、死なない程度の高さの崖。その向こうから水音が聞こえてくる。

そして予想通り、ダークエルフが居た。

二人に會わせるように、し離れた森からオークとゴブリンを引き連れて、黒いエルフが現れた。

ゴブリンとオークの數は合計二十。

絶的な戦力差だ。

「……ずっと近くで追ってやがったか」

悪態が聞こえたのか、ニヤリと笑うダークエルフ。

黒いに白髪。こちらを威圧するような兇悪な目つき。

黒い服にを包んだ典型的なダークエルフだが、右手に包帯のように黒い布を巻いているのが目についた。

「なかなか楽しめた。良い獲だったぞ貴様達」

「そいつは良かったな、糞野郎」

戦士は斧を構え、一瞬だけ魔導士に視線を送る。

「良い目だ。この場で殺すのが惜しくなってきた」

「こっちも死ぬ気なんざねぇよ」

戦士の答えに、オークとゴブリンが武を構えた。

オークは棒、ゴブリンは弓矢。

統制の取れたきに、小細工はできそうにないことを戦士は察した。

「男は不要だ。殺せ」

その言葉を聞き、殺気立った魔達がいた。

「そう簡単に―――」

敵に合わせて戦士が魔導の力を解放しようとした時だった。

「風よ！　ぜなさい！」

唐突に、魔導士が魔道杖を掲げた。

杖が魔力の輝きを放ち、目標に向かって魔法を発させる。

その魔法の標的は、斧使いだった。

避ける間もなく、斧使いの全を、すくい上げるような暴風が襲った。

発するかのような暴力的な風が、鎧を著た男を吹き飛ばす。

「ぐっ。おまえっ」

「悪いわね。私、泳げないのよ」

そんなやりとりをするので一杯だった。

最後に見えたのは、魔導杖を手に、気丈に笑みを浮かべる相棒の。

風に攫われ、すぐにそれすら見えなくなった。

相棒は自分を追いかけて、川に飛び込むそぶりすらなかった。

囮になる気だ。

ちくしょう。やられたぜ。

やるせない気持ちで、斧を手放す。

彼の意志を無下にできない。

川を下り、報を伝えるのは自分の役目だ。

頼む。何とか無事でいてくれ。

その思いが言葉になる前に、男の全は川へと叩き込まれた。