《山育ちの冒険者 この都會(まち)が快適なので旅には出ません》22.依頼が來る時

その日、ステルは夕刻に冒険者協會に顔を出した。

依頼をける時も報告時も午前中に訪れる彼にしては珍しいことだ。

それというのも日中、いつもの商會の手伝いの仕事をしている最中に、呼び出しをけたためだ。

こういうことは初めてだった。しかも、呼び出しはラウリ支部長からになっていた。

恐らく『見えざる刃』の仕事だろう。

そんな予をしつつ、ステルはいつものように付に向かう。

「アンナさん、こんにちは」

「ステルさん……。こちらへ、支部長がお待ちです」

付の向こう側では職員達がいつにない張した面持ちで働いていた。

その影響か、支部の中全が堅い雰囲気に包まれている。

やはり何かあったな。

そんな想を抱きつつ、アンナに促されて通路を案される。

ちなみにアンナに案されることになった時、一瞬だけ周囲から視線が集まった。

しかし、同業者たちはステルの姿を見てすぐに興味を失ったようだった。

この支部に來て三ヶ月近くたつ。

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常連でステルの素を知らない者はもう殆ど居ない。

山に絡んだ依頼ならステルの実力は十級に収まらないという認識はしっかり広がっていた。

周囲の反応から察するに、今からする話はステルの得意分野に絡んでいる可能が高いということでもある。

そんなこと頭の中で考えているうちに、目的地に到著した。

されたのは冒険者になった時にも使った小會議室だった。

「アンナです。りますね」

ノックの後、返事も待たずにアンナが扉を開けた。

中ではラウリがお茶を淹れて待っていた。

いつもの余裕のある姿勢を崩していないが、顔にうっすらと疲労が滲んでいるのをステルは見逃さなかった。

いつも禮儀正しいアンナが焦っているようだし、これは相當の事件が起きたに違いない。

「ステルさんをお連れしました」

「ご苦労。アンナ君は下がってくれたまえ」

「承知しました……」

一瞬だけ、支部長に気遣うような視線を送ってから、アンナは素直にその場を去った。

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「忙しい中悪かったね。とりあえず、かけてくれたまえ」

勧められるままに座る。

機の上には冷め切った紅茶の他に書類が雑に積まれている。

この場で相當仕事をしていたようだ。

「僕の方は大丈夫ですけど。支部長さん、大丈夫ですか? お疲れのようですが」

「わかってしまうかね。隠しごとはできないものだな……。なに、々厄介事でね」

「それはつまり『見えざる刃』の依頼ということですか?」

そう質問をした途端、支部長の目が鋭くなった。

彼は冷たくなってしまった紅茶を口に含むと、いつものように軽妙な口ぶりで話し出す。

「察しが良いね。その通りだ。ここ二ヶ月くらい、アコーラ市周辺で魔の報告が増えているのは知っているかい?」

「そういえば。し前に新聞記事で見たような……。でも、毎年あることだって」

支部長は無言で頷き、その言葉を肯定する。

「その通りだ。しかし、今年は例年と違う事があった。君が潰したオークの砦だ」

「もしかして、あれって大事だったんですか?」

「かなりね。季節的な魔の発生ならともかく、オーク自がこの周辺には存在しないはずなんだ」

「それって……」

北部育ちのステルにとってオークは珍しいものでない。

逆にアコーラ市周辺にオークがいないということなら話は変わってくる。

「何らかの理由があって、オークが侵してきた?」

「我々もそう考えた。この周辺に複數のオークが砦を作っている可能を考え、付近にいる有力な冒険者に探索を依頼していた」

「それって……」

し前に再會した斧使い達の事を思い出す。

彼らも有力な冒険者の一部だったということだろう。

「この十三支部からも斧使いと魔導士の二人組の冒険者に依頼を出した。彼らはここの古株でね。職員から聞いたのだが、ステル君も面識があったようだが……」

「ええ、ここに來るまでの馬車の中で知り合いました」

そうか、と呟いてから、支部長は沈痛な面持ちで次の言葉を紡ぐ。

「その二人が、魔の砦を発見した。……オークでは無く、ダークエルフのね」

「っ!? 無事だったんですか!?」

この上なく危険な存在だ。ステルは遭遇したことはないが、母から「ダークエルフを見かけたら、まずは逃げて母に伝えるのですよ」と念を押されるくらいの強力な魔である。

「付近で別の依頼を擔當していたクランが、たまたま川を流れてきたグレッグ――斧使いの方を発見した。頑丈な奴だからね、命に別狀は無い」

「あの、魔導士さんの方は?」

的に質問してしまった。

これが決して明るい話題でないと察していたのに。

いや、聞かずにいられなかったのだ。

あの、明るく穏やかなは良き人だったのだから。

「グレッグを無理矢理逃がしたそうだ。囮になってね」

「そんな……」

「わずかだが、希がある……。報を聞いて調査に行った『見えざる刃』の者によると、ダークエルフは人間を砦に捕らえ、働かせているそうだ。……おかげで、付近の村が三つほど消えているがね」

「それって、無事なんですか?」

「わからない。だが、冒険者はダークエルフにとっても重要な報源だ。生きている可能は高いと思われる」

支部長は無事とは言わなかった。

ステルはそのことに気づいていたが、それ以上踏み込まなかった。

ダークエルフは知恵ある魔。ただ、理までは期待できない。

「改めて言おう、これは『見えざる刃』の依頼だ。目的はダークエルフ及び砦の魔の殲滅」

「え、僕一人で全部やるんですか? それはちょっと……」

答えは決まっていても、あんまりな依頼にステルが込みすると、ラウリが苦笑ながら言う。

「そんなわけないだろう。既にアコーラ市の兵士と冒険者が選抜されている。數日中に討伐隊が出発するだろう」

良かった。とんでもない無茶ぶりをされるのかと思った。

いくらステルでも、ダークエルフ率いるオークの軍勢を殲滅するのは、しばかり骨が折れる。

「それじゃあ、僕は何をするんです?」

「もちろん、ダークエルフの殲滅だ。討伐隊をに利用しつつ、別ルートから砦に侵する予定だ」

「なるほど……。まずは頭を狙うわけですね」

ステルにも意図が理解できた。大規模な部隊は目立つ。そこにダークエルフが軍勢を差し向け、守り手の數が減った砦を落とすという算段だろう。

けてくれる場合、ステル君は周辺の偵察依頼をけたというにしてもらう。この支部で君の山中での能力に疑問を持つ者はいないだろうから、説得力はあるだろう」

「確かに……。それで、出発はいつですか?」

既に依頼をける気になっているステルを手で制し、支部長はゆっくりと続きを話す。

「まだ依頼の話が全部終わっていないよ。今回の相手はダークエルフだ。君一人ではなく、もう一人と組んで討伐に參加してもらう。それと別働隊もいるぞ」

「もう一人? えっと、それって先ほどし話に出た偵察してた人ですか?」

「私だ」

「え?」

簡潔すぎて言葉を理解できなかったステルを見て、支部長は楽しげに笑みを浮かべる。

「今回は私が『見えざる刃』として君と共同で作業に當たらせて貰う。不服かい?」

「い、いえ、そんなことはないです」

支部長の実力は試験の時の手合わせで十分にわかっている。

現役を離れた元冒険者ということだが、それが冗談に思えるきだった。

しっかりと裝備を固めれば、この上なく頼もしい相棒になるだろう。

「それは良かった。報酬は前金で二百萬ルン。討伐終了後に八百萬ルン支払われる」

「ご、合計で一千萬……」

凄い大金に絶句するステル。

それを見て、支部長は更に笑みを深める。

「街の危機に対する報酬としては安すぎるくらいだよ? 承諾してくれるかい?」

コクコクと首を縦に振る。

斷る理由は無い。斷れるはずもない。

これは、そういう依頼だ。

「出発は二日後。必要ながあれば言ってくれ。可能な限り用意する」

真剣な目で言ってくる支部長。

笑みが消えたその表は、やはり酷く疲れていた。

既に村が三つ消えていると言っていた。平常心でいられるわけがない。

こんな事件、早く解決してしまいたい。

そう考えたステルは自分に必要なものを脳裏に浮かべ、口にする。

「一つ、用意してしいがあります……」

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