ステルは森の中を走る。

降り積もった落ち葉のおかげで地面はらかい。

にもかかわらず、迫る木々にぶつかればただではすまない速度で森の中を走る。

深い森だが、思ったよりも日差しがっていて明るいの幸いだった。速度を下げずに済む。

とはいえ、速度だけでいえば整備された街道を走る方がよほど早い。

ステルがあえて森の中を行ったのは奇襲のためだ。背負った弓矢を活かすためにも、隠れやすい森の中が好みだった。

貴重な魔剣の護衛なんだから、すぐにはやられないと思うけれど。

そんな心配をしつつ、しばらく走ると空気の中に何かが燃える匂いが混じりだした。

「……近い」

一言呟き、手頃な木を駆け上がり、太い枝の上に立つ。

一気に視界が高くなり、木々の隙間から街道が見えた。

そこから見えたのは煙。そして、壊れた馬車と戦う人間だ。

「…………」

ステルは信號弾の魔導を取り出し、木々の間から空を見て起する。

一瞬だけ魔導から魔力のが散ると、空中に晝でも明るい赤いの球が浮かび上がった。

「よしっ」

即座に移する。相手は魔法使い、それも優秀だという。に気づいて魔導の位置を知するなどという離れ業をやってのけるかもしれない。

ステルは慎重かつ素早く木の上を移する。

木々の揺れは、小柄とは言え人間が移しているとは思えないほどだ。

耳に屆く音から察するに、敵がこちらに向かっている様子はない。

魔導の信號が上がっても、戦いが忙しくてこちらに手をさく余裕はないらしい。

おかげで街道がよく見える位置まで忍び寄ることができた。

馬車は全部で三臺。先頭の一臺が倒れて燃えている。

後ろの二臺も停車した上で車が壊されていた。

外では護衛が応戦中だ。

護衛の數は五人。

正直、かなり苦戦している。

原因は怪我人だ。燃えている馬車にいたであろう護衛が三人ほど地面に倒れていた。

ける者は怪我人と魔剣を守りながら戦わなければならない構図だ。

十人ほどの魔法結社は距離を取って魔導で攻撃を行っている。

全員が暗い青のローブを著た一団は杖を手に、森の木々を遮蔽にしつつ、魔法攻撃を連発している。

ステルの信號弾に気づいたからだろうか。攻撃の勢いはし無理矢理で焦りがあるようにも思えた。

狀況は護衛側が圧倒的に不利。通常なら、とっくに制圧されている狀況だ。

だが、魔剣の輸送隊が負けていないのにはちゃんと理由があった。

「あの人……強いな」

視線の先、飛んでくる攻撃魔法を次々と迎撃するがいた。

明るい茶の髪をなびかせて、舞うように戦う長の剣士。

の要所に赤で縁取られた銀の鎧まとい。右手に剣、左手に小ぶりの円形の盾を持っている。

時折、人間ではあり得ない跳躍をしていることから、著ている鎧は魔導なのだろう。

飛んでくる魔法を打ち消している剣と盾もいわずもがなだ。

あれが剣姫って人か……。

間違いなかった。きが一人だけずばぬけている。

彼のおかげで、圧倒的な優位にあるはずの魔法結社も手出しができない。

剣姫は聲をあげて周囲を叱咤しながらいていた。

「急いで防壁作って！　そうすればあたしが前に出て終わらせてくるから！　ああもうっ、攻撃魔法がうざったいっ！」

言いながら火球の魔法をたたき落とす剣姫。発はしなかった。そういう魔導なのだろうか。興味深い。

ステルが観察している短い間に、護衛達は中央の馬車に怪我人を集め、陣地を構築しつつあった。

貴重品の輸送に選ばれただけあって、優秀だ。

「さっき空に信號弾みたいのも上がってたから、近くに仲間もいるわよ！　多分だけど！　さあ、頑張って！」

流石だ。しっかりと狀況が見えているらしい。

このまま何もしなくても反撃に転じる事ができそうだったが、ステルも仕事をすることにした。

魔法結社も信號弾に気づいているだろうが、ステルの存在には気づいていないようだ。

ならば、その狀況を最大限利用させて貰うことにした。

とりあえず、狙いやすいところに三人ほどいた。たまに周囲を気にしながら焦りの表を浮かべつつ、杖の魔導を振っている。

そこそこ戦い慣れてるみたいだ。

そんな想を抱きつつ、ステルは左手に弓を持ち、右手は矢筒から細めの矢を選ぶ。

これなら殺さずに無力化が可能だろう。

相手が人間の場合、極力捕まえるようにくのが冒険者。

一応、ステルも基本的にはその方針でいくことにしている。

細めの矢でも當たり所が悪ければ死ぬだろうが、それはもう仕方ない。人の命を奪うのは本意では無いが、目の前の景を見た後では迷いは無い。

最初に狙うのは森の中から風の魔法を打ち出している魔法使いに決めた。

前には出ないが上手い合に剣姫を押しとどめている。厄介だ。

とりあえず、腕でいいかな？

そう思い、素早く狙いを付けて矢を放つ。

「あがっ！」

いきなり手の甲に矢が突き立った魔法使いは、短い悲鳴を上げた。

そのまま膝に向かって矢を一。

「ああああっ！　ひ、膝があああ！」

膝に矢をけてはひとたまりもない。目標はその場に崩れ落ちた。

「よし。次……」

果を確認したステルは素早く移する。

同じ場所から攻撃を続けるのは危険だ。

樹上を軽に移して、ステルは次々と撃を行う。

「ああああっ！　矢が！　手に！！」

「気をつけろ！　森の中に弓手がいるぞ！」

「あああ、膝が！　膝に矢が！！」

「目的のを優先するんだ！　あと一押しなんだぞ！」

猛烈な勢いで不意打ちをけて浮き出し立つ襲撃者達。

ステルが四人目を無力化した段階で敵の攻勢が大きくれた。

そして、護衛の中にそれに目敏く反応する者がいた。

「よっしゃ！　味方が來たみたいね！　ここよろしくね！！」

剣姫である。彼は馬車への攻撃が減ったとみるなり、空中を蹴るかのような大跳躍を行い。近づいてきた魔法使いの一人を切りつけた。

命を奪わずに素早く無力化する、無駄の無いきだ。

そして、自分に向かって飛んできた魔法を振り返って迎撃。

まるで背中に目があるかのような的確なきだった。

「森の中の人！　援護宜しくね！」

大聲でそうぶと、剣姫は見える範囲にいた魔法使いの一人に向かって疾駆。

ステルは剣姫のいなくなった馬車に向かって攻撃をしかけようとした敵に矢をかける。

これはもう決著したかな。

そう思った時、周囲に変化が起きた。

「火花？」

周辺の空間で火花が散り始めたのである。

まさか、大規模な攻撃魔法！？　不味い！

捨てになった魔法使いが辺り一面焼き払うつもりで魔法を使った、ステルはそう思った。

本能的に、木から飛び降りて火花から距離を取る。

直後、そこかしこでの発が起きた。

離れてっ、とぶ間も無かった。

「くっ……」

油斷した。相手は魔法使い。攻撃の手段は並の人間より富なのだ。

ステルは熱か風かそれ以外か、なんらかの魔法攻撃が自分に押し寄せるのを覚悟する。

しかし、何も起きなかった。

起きたのは目も眩むような閃。それだけだ。

「目くらまし……」

しばらくして、が収まり始めた事でようやく相手の真意が理解できた。

見える範囲、魔法結社の人間の気配が殆ど消えていた。

怪我が軽かった者達もこの場を離したらしい。

劣勢とみて、一瞬だけこちらの視界を奪い、逃走に転じたようだ。

「鮮やかな逃げ方だ……」

思わずそう呟いて、弓を収める。敵の気配はもうない。

殘された魔法使いを捕らえて、魔剣の護送をすべきだろう。

馬車の方に向かって歩いて行くと、剣姫が真っ先に近寄ってきた。

「へぇ、隨分かわいい子が助けてくれたのね。あなた、名前は？」

「ステルです。えっと、アコーラ市、冒険者協會十三支部の所屬です。……貴方は？」

「あたしはクリスティン・アークサイドよ。助けてくれてありがとねっ！」

琥珀の瞳を好奇心で一杯にしつつ人懐っこい笑顔を浮かべると、クリスティンは右手を出してきた。

「よ、宜しくお願いします」

ステルが右手を出して応じると、両手で持って摑んできた。

「剣姫っていう恥ずかしい呼び名もあるけど、できればクリスって呼んでくれると嬉しいかな。ところで助けはあなた一人？」

「いえ、僕だけ先行して來ました。ラウリさん……支部長たちもすぐに來ます」

「へぇ、ラウリ君も來てるんだ。流石ねぇ」

どうやらラウリと知り合いらしい。支部長ともなると顔が広いということだろう。

「うん。とにかく助かった。ラウリ君が來てるってことは、このまま荷を運ぶのを手伝ってくれるのよね？」

「そのつもりです。とりあえず、置いて行かれた魔法使いを縛りましょうか」

他の面々は怪我人の治療で忙しそうだ。とりえずステルは荷からロープを出し始める。

その様子を楽しげに見ながらクリスが問いかける。

「ところで君、さっきの撃は本當に一人でやってたの？」

「そうですけれど」

「へぇ、一人で……。うん、本當に助かったわ！　ありがとねっ」

一瞬だけ戦士らしい鋭い目をした後、朗らかに手を振ってと、クリスは仲間の方に戻っていった。

「もっと恐い人を想像してたんだけれどな」

剣姫なんて呼ばれているので、気難しい人像を思い描いていたのだが、思った以上に親しみやすそうな人だ。

これから一緒に仕事をする上で、し気が楽かな。

そんなことを思いつつ、ステルは自分の仕事をするべく魔法使いの捕縛に向かった。