《山育ちの冒険者 この都會(まち)が快適なので旅には出ません》36.クリスとリリカともうひとり その2
アコーラ市中央公園。
名前の通り、アコーラ市の中心部に作られた公園であり、市で最大の規模を誇る場所である。
市民の憩いの場であり、観地でもあるその場所は、広い芝生の広場、噴水、林道、庭園、更に川まで造されている。
手れのために常駐している職員もおり、ステルも仕事で何度か行ったことがあった。
港の次にクリスがリクエストしたのがこの場所だった。
わかりやすく、行き易い場所なのもあり、乗合馬車ですぐに到著した。
「いやー、立派なもんだわ。噂には聞いてたけど、それ以上ね」
「クリスさんがいる時からこうじゃなかったんですか?」
「私がいるときはまだ工事してたわー」
馬車から到著したのは、広大な芝生広場の前だ。
世の中は平日だが、ここでは芝生の上でのんびり過ごす人が沢山いる。
屋臺も出ていて、盛況だ。
案を看板を見たクリスの希で、三人は林の中の遊歩道を行く。
ここを抜けると市を流れる川から水を引いて作られた噴水広場や池があり、そこもまた人気スポットとなっている。
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「こんなところで良かったんですか? 買いするならお勧めのお店を案しますよ?」
歩きながらリリカが問う。せっかくの都會での休暇、てっきり服でも買うのかと思っていた。
木々の間から降り注ぐを気持ちよさそうにそのにけて、クリスは言う。
「いいのよ。今日はのんびりするつもりなの。服なんかも買いたいけれど、ほら、基本が無し草の冒険者でしょ? 持ち歩けないからねぇ」
「確かに。僕もあんまり服はないですね」
「いや、ステル君はアコーラ市を拠點にしてる街冒険者でしょ。単純に服がないだけよ」
「そうですね……」
お前と一緒にするな、と言外に言われてしまった。考えてみればその通りだ、ステルは出かけるための服がない。
「外で冒険するようになると荷はどんどん減っちゃうからね。せっかく高い服を買っても旅立つ時に売っちゃうの」
「あ、あのっ。良ければこの街で服を買ったら、わたしの家で保管しておきますけれど……」
「え? いいの?」
「ああ、リリカさんの家は広いですもんね」
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「そう、そうそう、ステル君の言うとおり。うち、結構広いんです」
「……本當? 邪魔じゃない? 私、お金はそれなりにあるから、結構買っちゃうかもよ?」
「全然大丈夫です。うちは別荘みたいなものですから」
リリカの提案に思った以上にクリスは乗り気だった。
の多くは買いが好きだ、彼もまた同様だったらしい。
「リリカさんは王立學院に通うご令嬢ですからね。しっかり管理してくれますよ」
「ほう……流石ねぇ」
「上には上はあるんですどねっ。ユリアナの家とか」
そう言ってリリカは薄いを張った。
ここで謙遜したり、否定にらないのが彼らしい。
「じゃ、お願いしようかな! お晝までここでのんびりして、午後はお買いでもしようかー」
嬉しそうに言いながら、クリスは林の中を興味深げに見回す。
「しかし広いね。この林」
「この辺りや、今のアコーラ市の中心部は元々森だったんですよ。一番古い市街地は港の方ですし」
それはステルも聞いたことがある。
元々アコーラ市の中心部は南にあり、魔導の発展と人口増加に合わせ今の位置に移したそうだ。
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アコーラ市が都會になる前は、海の近く以外は森か草原で、今も王立學院の周辺などにその名殘を見ることができる。
「そういえば、そんなこと聞いた気がするなー。ん、あそこに巖っぽいのがあるのはなぁに?」
「なんか昔の跡らしいですよ。殆どは朽ちかけてますけど。この公園に何カ所かあって、一応保存されてます」
「へぇ、しっかり管理してるのねぇ。よしっ、結構歩いたしし休憩しましょうか」
クリスの反応は素っ気ないものだった。
跡に潛る冒険者だが、街の中にあるものには興味がないらしい。
「この先の池の方に屋臺が出ていますよ」
「よく知ってるわね。ステル君、來たことあったっけ?」
「何度か依頼で來たことがあります。荷運びの手伝いや、林の手れですね」
しばらく歩くと林道を抜けて、池の見える広場に出た。
手近なところにクレープと飲みを提供する屋臺があった。何やら人が集まっている。
「あら、もしかして人気店かしら?」
「それにしては、人のきがないですね」
「行ってみましょう」
屋臺の近くにいくと、狀況がわかった。
何やら店主が困っているようだ。
周囲の人々も屋臺から距離を置いて眺めている。注文する客では無く、見人のようだった。
ステルは近くの人に聞く。
「どうしたんですか?」
「ああ、なんか魔導が壊れたらしくってね。熱が出ないらしいよ」
よく見れば、屋臺の中でごそごそとく大柄な男は、魔導を必死にいじり回していた。
「あちゃー。故障かぁ。じゃあ、戻って芝生の広場に出てる屋臺でも……」
「ちょっと見せて貰ってみますね」
誰の同意をけるでも無く、リリカが店主の方に行った。
「すいません。見せて貰っていいですか?」
「ああん? 魔導だぞ? 嬢ちゃんなんかに、わかるのかい?」
「魔導科の學生です。直せるかはわかりませんけれど」
「……そうか。じゃあ、見てくれ」
話がすんなり通って、店主が空けた場所にリリカがる。
彼は服の中から前に見た小さな杖を取り出した。いつも攜帯しているのかと、ちょっと驚きだ。
「リリカさんは、魔導科の優秀な學生さんなんですよ」
「へぇ、じゃあ、ちょいちょいって直しちゃうのかしら?」
楽しげにクリスが大聲で言った。
それが聞こえたらしいリリカが顔を出してこちらに返す。
「いえ、部品を変えなきゃいけない狀態だったら、直せませんからー」
それだけ言って、彼は屋臺の中に首を引っ込める。
屋臺の魔導はリリカから見れば簡単なものだった。
熱を発する調理。型が古いので大型だが、構造は単純だ。
とりあえずリリカは各部を作して、普通に起させることを試みた。
「ふーん……。きませんね」
「だろ。困っちまってよ……」
「ふむ……」
とりあえず魔導の力源である魔集石を取り外す。っている最中に急に稼働するのを防ぐためだ。
「魔集石はこれだけですよね?」
「ああ、そうだけど」
「よし……」
魔力の供給されなくなった魔導に杖をあて、自分の魔力を流す。
流れる魔力は魔集石よりも微量だが、自分の魔力は流れがよくわかる。
ちょっとした故障なら、これで魔導のどこで問題が起きているか、わかることが多い。
「…………あった」
原因はすぐにわかった。魔力を伝える機構の途中で流れが止まっている。
見れば、その周辺は使用者側で分解整備できるようになっている箇所だった。
「おじさん。最近この魔導、分解とかした?」
「ん? ああ、屋臺の掃除の時にしいじったな。でも、さっきまでいてたぞ」
「ふむ……。ああ、ここの部品、ちょっとだけずれてるわ」
部品を軽くかすと、魔力が流れ始めた。
きっと、整備したときに接が微妙になっていたのだろう。
それに接続部の部品が劣化している。その影響もあるかもしれない。
魔集石をれて、作を確認。
魔導の上部、調理のための鉄板がすぐに熱を持って空気をゆらめかせた。
「おおっ、すごいな嬢ちゃん。直しちまった」
店主のその言葉に周囲がどよめいた。
「部品の取り付けが怪しいだけでした。でも、全的に古くなってるから業者に整備して貰うなり、買い換えるなりした方がいいかもしれないですよ」
「マジかぁ。中古で買った年代だからなぁ……。仕方ねぇ」
魔導の前で店主は難しい顔をした。値段のことを考えているのだろう。
それとは別に、修理が終わったのを見た周囲が人々が店主を急かし始めた。「直ったなら作れるんじゃないのか?」「営業再開しないの? 待ってるんだけど」といった合だ。
「おお、し待ってくれ。すぐに準備するからよ」
目の前の仕事は放り出せない。店主はすぐに仕事にかかりだす。
それから十分後、ステル達の手にはそれぞれクレープと紅茶が握られていた。
なんだか々とサービスしてくれたらしく、リリカとクリスの持つ分はクリームと果で凄いことになっていた。
池を眺める位置にあるベンチに腰掛け、休憩となった。
「いやー、凄いわね。リリカちゃん。流石は優秀な學生さんだわ」
甘いは嫌いでは無いが、味を想像するだけで焼けしそうなクレープを、クリスは味しそうに食べながら言う。
「いえ、故障というほどでもありませんでしたから」
クリームの化けみたいになっているクレープを口を汚さず上品かつ高速で処理しながらリリカが言った。
「でも、僕じゃ直せなかったですよ」
「どこか壊れていれば、わたしだって何もできないわよ」
「いやいや、大したもんよ」
謙遜するリリカを褒めるステルとクリス。実際、し褒めすぎても良いくらいの手際だとステルは思っていた。
「將來はどこかの研究者にでもなるの?」
話の流れで出たクリスの何気ない質問。
それを聞いて、リリカは急にうつむいた。
「えっと……」
そして、意を決したようにクレープ片手に言葉を口にする。
「……実は、わたしは冒険者になりたいんです」
「なんで? あんまりいい商売じゃないよ? 死んだりするし」
予想外の答えだったのだろう。クリスは困したようだった。
「その、両親が、冒険者だったから。昔からの憧れで」
「…………ふむ。……あっ、そうか。スワチカってどこかで聞いたことがあると思ったら、『豪腕』と『豪魔』の夫婦冒険者のこと?」
その発言にリリカが驚いた。彼の両親が現役だったのは十年以上前。若手に分類されるクリスが知っているとは思わなかった。
「はい。両親です」
こくこくと、何度も頷いて肯定する。
それを見て、々納得した様子のクリス。
「なるほどねー。私がそこそこの等級になった頃には引退してたけど、まさか娘さんと會うことになるとは思わなかったわ。で、両親は何て言ってるのかな?」
「それが、學院を卒業するまでは駄目だって」
「他の誰かには相談した?」
「一応……」
そう言って、リリカはステルの方を見てきた。
自然とクリスもこちらを注目してきたので、正直なところを口にする。
「僕は冒険者になるのはお勧めしませんよ。せっかく勉強してるんですし」
前にも言ったが、この意見は変わらない。
冒険者は危険だ。
リリカは研究者になるほうが世の中のためになると思う。
ただ、決めるのはリリカ本人の意志であり、ステルにはどうしようもない。
クリスは頷きながらステルに同調し、
「そうねぇ。私も同じ意見かなぁ。冒険者なんてのは……」
途中で言葉を止めた。
「どうしたんですか?」
問いかけたリリカの方にクリスはいきなりずいっと寄る。
「リリカちゃん。冒険者目指しててラウリから目を付けられてるってことは、それなりに武が扱えるのかな?」
「はい。まあ……」
唐突な接近に戸いつつも答えるリリカ。ちなみに手の中にはまだ化けクレープがあり、服を汚しかねない大変危険な狀況だ。クリスの方は會話のうちにいつの間にか食べきっていた。
「よし、じゃあ、この後、私と手合わせしよう?」
「はい?」
いきなりそんなことを言われて、今度はリリカが困する。
無理も無い。話の流れがわからない。思わず、ステルも橫から口を出す。
「あの、何を目的にそんなことをするんです?」
「いや、なんか一人前の大人みたいなことを言いそうになったんだけどさ、私ってそんなに頭がいいわけでもないし、偉そうなこと言えるような生き方してないのよね」
申し訳なさそうにそう語ってから、クリスにやりと笑って、
「なら、一度この『剣姫』と手合わせすれば、自信なり諦めなりがつくんじゃないかと思ったってとこ?」
そう言い放った。
「…………」
それは、この手合わせがリリカへの挑戦であり、それでリリカの心がここで折れてもいいという宣言に他ならない。
あっさりと人の決意を折りかねない選択をできる判斷力。ラウリが苦手とするわけだ。
ここにきて、ようやくステルは、剣姫クリスティンの本質を垣間見たように思えた。
「どうする? 私はどっちでもいい。リリカちゃん次第」
挑発的な調子すら含んで言うクリスに、リリカは靜かに考え込んでから答えた。
「……やります。こんな機會、二度とないですから」
ここで折れるようならそれまで。
答えたリリカの聲と目は、そんな意志の籠もったものだった。
「あ、そうそう。せっかくだからステル君も手合わせしましょうね」
ねっとりとした視線をこちらに向けて、クリスは言った。
いかにもついでといった言い分だが、なんとなく、自分を巻き込むのも狙いの一つな気がした。
とはいえ、ステルにはこれを斷る理由は無い。
「わかりました。僕もお手合わせ願います」
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