《山育ちの冒険者 この都會(まち)が快適なので旅には出ません》48.追うもの追われるもの
「あー、やっちゃった。やっちゃったなー」
アコーラ市北部。街燈も無く、歩く人もいない暗闇の路地をクリスは走りながら一人呟いた。
展示會場でやらかした後、事前に用意していた隠れ処で裝備をにつけて、夜になってから出発。
そのまま當初から出に使う予定だった北部に向けて走っている最中である。
実は、クリスはあの行について直前まで悩んでいた。
確かに準備は々としていた。冒険者として警備をする傍ら、隠れ処を用意し、出用の経路を決めて、魔剣を上手く強奪するために『探求の翼』にもそれとなく報を流して展示場の閉會後に行を起こすように導もした。
しかし、この『魔剣を強奪する』というのはあまりにもリスクが大きい。アコーラ市のみならず、冒険者協會や國家を敵にまわすことになる。
だから、決行しなくてもいいと思っていた。実際、あの日、目の前にステル達が現れるまではその場で『探求の翼』を制圧にして終わりにするつもりだった。
だが、無理だった。自制できなかった。
きっかけはステル達が來たことだ。あの瞬間、『探求の翼に魔剣を奪わせて、どさくさの間に魔剣を隠す』という當初の計畫が破綻した。
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「まったく、ステル君が優秀だからこうなっちゃうのよ」
夜空に向かって、駆け出し冒険者に苦を言う。
あのタイミングは完璧だった。きっと、流れるようにステルによって『探求の翼』は制圧され、魔剣はそのまま安全に管理されることになっただろう。
それで、惜しくなったのだ。
自分の手で護るでも奪うでも無く、他人によって狀況が推移して目の前の魔剣が失われると思って、行に出てしまった。
殆ど発作的な行で、自分でも呆れる。
「ま、仕方ないかっ」
でも、仕方ない。自由気まま、自分の支配者は自分だけ。それがクリスティン・アークライトという人間だ。
自分が破綻していると自覚しながら、狀況を楽しんでいることに気づいたクリスは笑みを浮かべながら走る。
「うん。予想通り。まだ行けそう」
路地を出て、アコーラ市の外れに到著したところで、そう確信する。
周囲の気配を探りながらも、につけた魔導で高速移を開始する。
冒険者協會や市はいているが、まだ全域までその影響は及んでいない。
自分の行の方が組織よりも早い。その結果に、クリスはとりあえず満足した。
ラウリは優秀だが、彼の優秀さだけでどうにかなるほどアコーラ市は狹くない。クリスくらいになればつけいる隙はある。
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「まったく、いつからこんな風になっちゃったかな-」
冒険者を始めた頃の自分はもうしまともだったと思う。
だが、等級が上がり、名前が売れ、より危険で報酬も大きな冒険を繰り返すうちに自分はおかしくなった。
自分だけでは無い、上位冒険者というのはどこかしらおかしくなっている。命の危険と、莫大な財寶や強大な存在にれすぎると、覚がおかしくなっていくものだ。
この魔剣をしたのも、幾度かの冒険で目にした古代の強力な力をその手にしたいという自分勝手なに過ぎない。
それが異常なことだとわかっていても、クリスは自分の行為を制できなかった。
何より、どうにかする方法がいくつも浮かんでしまうのだ。
これまで培ったコネクションと自分の実力なら、エルキャスト王國に追われても、迎えれてくれる國はある。手土産に魔剣があれば尚更容易だろう。
「ラウリ君は、いいところで辭めたよ……」
真っ當な覚を失う前に冒険者を辭めた年上の後輩にしだけ思いを馳せる。手強い相手だが、よく知っているゆえにやりやすい。
魔導で疾走するうちにアコーラ市の町並みが途切れる箇所が見えてきた。
人口の増えすぎたアコーラ市は出りを管理する城門はない。その気になればどこからでも出て行ける。
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心の中でし安堵しつつ、手元の魔剣を見る。
まず、これを何とかしなければならない。
そもそも、何とかできるかも不明瞭な話なのだが、考えるだけでワクワクしてきた。
「さて、賭けの結果を見に行きましょうかっ」
魔剣強奪犯クリスは夜のアコーラ市にそんな一言を殘して、魔導の力で街から飛び出した。
○○○
クリスティン・アークサイドの魔剣強奪事件発生の翌日、ステルの姿は冒険者協會第十三支部にあった。
「諸君、知っていると思うが、大変なことになった……」
集められた関係者を前に、げっそりして今にも死にそうな顔をしたラウリが會議室の中でそう発言した
あの後、ステルは到著したラウリに狀況を報告。ラウリは素早く指示を出し、周辺の探索を始めた。殘念ながら結果は伴わなかったが。
その後ステルは『探求の翼』の連行を手伝ったりしていて、ほとんど休まないまま一日を終えた。
正直、力に自信はあるので問題ない。むしろラウリが心配だ。魔剣がこの街に來てから、彼の調子の良さそうな時が無い。
「では、説明を始める」
背後にアコーラ市の地図がられた掲示板を背負って、ラウリはそう宣言した。
會議室には十人程度の冒険者が集まっている。十三支部の中では腕利き揃いで、全員が街冒険者なのが特徴だ。
ステルも朝一で來るように言われていて、支部にったらここに通されたのである。
「昨日、剣姫クリスティン・アークサイドが魔剣を奪って逃亡した。冒険者協會とアコーラ市は追跡中だ」
その言葉に冒険者達がざわついた。「噂はほんとだったのか……」という呟きも聞こえる。
「魔剣を奪われた件は噂として市に流れつつある。新聞社などに記事にされるのも時間の問題だろう」
そう言って、ラウリは大きなため息をついた。見ているだけで心配になってくる。
見かねたアンナが橫から飲みのったカップを渡すとラウリはそれを一息に飲み干した。
「……ありがとう。つまり、冒険者協會としては最大級の不祥事だ。なんとしても解決しなければならない」
そう言って、ラウリは背後のアコーラ市の地図に目をやった。
地図自は市販のものとそう変わらないが、何カ所かに書き込みがされている。どうやら、冒険者協會ごとの探索範囲のようだ。
「ここに集めたのは市の地理に詳しい街冒険者だ。クリス先輩……クリスの捜索をお願いしたい。第十三支部の擔當は見ての通りだ」
冒険者の一人から手が上がる。
「あの、剣姫クリスの逃走した方向とか、報は?」
「ほぼ無い。ただ、魔導をにつけているらしく、移速度が速くて見失っている」
「それだと、もう市にいないのでは?」
「その可能も高い。しかし、探さないわけにはいかない。直近で『探求の翼』という魔法結社がずっと市に潛伏していた事例もある」
「……相手はあの剣姫なんですよね。もし見つけた場合は、どう対処するんでしょうか?」
ちょっと怯えた様子で別の冒険者が言った。
「……絶対に手を出さないように。二人一組で行し、片方が最寄りの警備の詰め所か冒険者協會に連絡。殘った方はできるだけ監視してしい」
「仮に剣姫が監視に気づいた場合、いきなり斬り捨てられるなんてことはないですよね……?」
「……必要ならそのくらいする人だ」
全員が息を呑んだ。
「無茶な依頼だとわかってはいる。だが、頼む。けてしい」
そう言って、ラウリは深々と頭を下げた。
「…………………」
靜まる室。ラウリの意向はわかるが、全員。二の足を踏んでいる。
當然だ、相手はあの剣姫。しかも、どんな行にでるかわからないと來ている。
そんな中、最初に聲をあげたのはステルだった。
「僕は依頼をけます」
周囲がざわめき、視線が集まる。し張するが、言うべき事をいっただけで、気にするなと自分に言い聞かせた。
「ステル君、いいのか?」
「はい。でも、クリスさんとは極力戦いません。襲いかかられたら逃げます」
「それでいい。命は大事だからな」
そんな二人のやりとりを見て、何となく周囲の冒険者達も「仕方ねぇな」「まあ、支部長には世話になってるし」「後で奢って貰うか」「報酬は弾んで貰うぜ」などといいつつ賛同し始めた。
大なり小なり、この支部の冒険者はラウリの世話になっているのだ。斷るものはいなかった。
その景を見たアンナが口を開く。
「支部長に意外と人があって良かったです」
「まったくだ。……アンナ君も言うようになったね」
ようやくいつもの余裕ぶった笑みを浮かべながら、ラウリが言った。
「みんな、謝する。詳しい打ち合わせをしよう」
○○○
數時間後、ステルの姿は王立學院の敷地の研究施設にあった。
小綺麗な外見の建の中ではリリカと展示會に參加していた研究者がいるそうだ。
ステルは打ち合わせの結果、ここに來ることになった。
なんでもこの施設で研究者達が何か作っているらしい。
「こんにちは。ステル君、元気そうね」
付を通り、小綺麗なロビーで椅子に座って待っているとリリカがやってきた。
「はい。リリカさんは、大丈夫ですか?」
リリカは一目でわかるほど疲れていた。そもそも、ここにいない可能も考えていたので、し驚きだ。
「大丈夫。ユリアナには無理するなって言われたんだけれどね、できることがあるなら手伝いたいなって思って」
「えっと、それで僕は何をすれば?」
「……今組み立ててるものができるまで、休んでてくれればいいみたい」
「休んで……?」
「こっちに來て……」
言われて案されたのは、工作用の魔導や部品が雑多に置かれた一室だった。
そこでは見覚えのある研究者達が何かの機械を組み立てていた。
「魔導の組み立てですか?」
「展示會中も魔剣のセキュリティについては対策を増やしてたって知ってる?」
「ええ、まあ。でも、的には何も知らされてませんでしたけど」
「大抵はあそこの室だとか、魔剣の臺座だとかに施されてたの。でも、一つだけ、魔剣に直接仕掛けていたものがある」
「ええっ。それっていいんですか?」
驚くステルにリリカは軽く笑みを浮かべながら答える。
「勿論、簡単に取り外せるものよ。魔剣の魔力を解析するための魔導でね。魔力の屬……簡単にいうと、魔力って人とかによって特徴があるから、それを調べるための裝置なの」
どうやらそれなりに専門的な話らしい。途中で明らかにステルにもわかるように言い直していた。
「裝置を取り付けた目的は、魔剣の研究の一環と、奪われた時に場所を探知できる魔導を作るため」
「凄い……。それがあればすぐに見つけられますね」
なるほど。ラウリがここに向かうように言うわけだ。こんな切り札があったとは。
するステルにリリカが苦笑しながら言葉を続ける。
「殘念ながら、探知用の魔導は、三百メートルも離れたら反応しなくなっちゃうの。一応、今もうし能の良い改良型の試作品を組み立てているところ」
「改良型はどのくらいの範囲まで探知できるんですか?」
「五百メートルくらいかな?」
「それじゃあ……」
倍近くに能が上がっているのは凄いのだろう。しかし、それでも狹すぎる。
思考が顔に出ていたのだろう。それを見たリリカが更に話を続けた。
「でも、改良型では裏技が使えるの」
そう言って、リリカが以前、學院の地下施設で使っていた小さな魔法の杖を取り出した。
あの時はこれを使って魔力の流れを探知していた。魔法使いにしか使えない能力、魔力知で。
「改良型は魔法使いの魔力知の増幅としても使うことができるの。併用することで範囲を飛躍的に広げることができる……はずよ。まだ試験してないし、範囲もどのくらいかわからないけれど」
「それじゃあ。僕がここにいる理由って」
ここに案された真意に気づいたステルに、微妙な笑顔をしながらリリカは頷いた。
「改良型が完したら、わたしと一緒にクリスさんを探すためよ。ラウリさんからすれば、しでもクリスさんを捕まえられる可能をあげたいんでしょうね」
「でも、リリカさんが危険ですよ」
クリスは危険な相手だ。あの時のリリカへの一撃は本気だった。
リリカだって、そのくらいはわかっているだろうに。
しかし、當の彼から出たのは意外な言葉だった。
「いいの。だって、わたしが頼んだんだから。できれば、もう一度クリスさんに會って話をしたいから。……し恐いけどね」
リリカは、彼らしくない怯えをのぞかせながらも、はっきりとその決意を口にした
「わかりました。ただ、僕の指示に従ってください。絶対に護りますから」
彼は民間人だ、こうなったら自分が危険から遠ざけるしか無い。
「わかった。でもね、ステル君。そもそもクリスさんはアコーラ市の外に出て、もう見つからない可能の方が高いと思うのよね」
ステルの言葉に嬉しそうに頷きながらも、リリカはし気楽な口調でそう言った。
「あ……。それもそうですね」
普通に考えれば一刻も早くアコーラ市から遠ざかっているだろう。そもそもこれは徒労に終わる可能の方が高い依頼なのだ。
「無駄足になるかもだけれど、よろしくね」
リリカから差し出された右手に握手で返しながら、ステルは「この事件、どうなるのかな」と不安を抱くのだった。
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