我ながら胡散臭い話に乗ったものだ。さんざん準備して、ことを起こした今でも、クリスはそう思っている。

それと會ったのは魔剣の護衛を始めた直後だった。

野営中、夜の散歩がてら森の中を歩くクリスの前に、それは唐突に現れた。

クリス相手に気配も察知させずに現れたそれに、反的に剣を抜こうと手がいた。

しかし、柄にかけた手は、力を込める前に止まり、それ以上に目の前に現れた存在に目を奪われた。

黒いローブをに纏った人間。フードを深くかぶったその表は窺えず、何かの仕掛けで聲を変えているため、話しても別すらわからない。

一目見た時、クリスはそれから力をじた。

ただそこにいるだけで放つ強大な力。竜を目の前にした時のような、存在そのものがそこらの生とは格が違うとじさせる、圧倒的な何か。

あまりにも怪しく、不思議に満ち溢れた黒は、中的な聲でゆっくりと話した。

「……アコーラ市に著いたら、私の前に魔剣を持って來てしい。……報酬に、正しい使い方を教える」

「それ、今じゃ駄目なの？」

軽口を叩いてみたら、意外にも黒はし考え込んだ様子を見せてから、

「……アコーラ市でやって貰いたいことがある」

それだけ答えた。

「んー。気が向いたらでいい？　それって私にとっても危険なことだからね」

そう言うと黒は靜かに頷き、アコーラ市北部のある地點で待つとだけ告げて闇に消えた。

自分がわしたのはそんなやりとりだけ。信用するほうがどうかしてる。非常に分の悪い賭けだ。

そして、この怪しげなこの賭けの答えはもうすぐでる。

なんとも楽しくたまらない狀況だ。

こみ上げる笑みをかみ殺しながら、クリスは魔導で北部を疾走する。

目的地はもう近い。北部の山間の森の中。

言われた通りの場所にいったら、言われた通りうち捨てられた小屋があった。

約束通り、黒はそこにいた。

「驚いた。ほんとにいるとは思わなかった」

「……それはこちらも同じ」

話ながら、クリスは油斷なく近づいていく。周囲に黒意外の気配は無い。小屋はボロボロでいざとなればどこからでも出できる。

いつでも魔導を起できる準備をしつつ、黒に魔剣を見せた。

「で、持って來たんだけど、これ。本當の使い方、教えてくれるんでしょうね」

「……………」

言うと、黒が無言で手を差し出してきた。

「む…………」

渡せということだろう。

し迷ってから何かあったら斬ればいいと思い、魔剣を差し出す。

「………………」

黒は懐から細い杖を取り出すと、魔剣の表面をなぞりながら何かを唱える。

魔法だ。才覚の無いクリスには詳細はわからないが、聞いたことの無い言語によるものに思えた。

時間にして數分、黒の呪文が終わるなり、魔剣の刀がり始めた。

「うっそ！　なにそれ！　ここに來るまでんな學者が調べたけど、そんなの一回も起きなかったわよ！」

このために來たとはいえ、こうまであっさりと結果が出た。

自分が賭けに勝ったことよりも、目の前で起きたことに純粋に驚くクリス。

「………こんなもの、知ってるか知らないかの違いだ」

言いながら、魔剣を返す黒。

「ありがと。それで、この狀態だとどうなってるわけ？」

とりあえず何度か魔剣を振ってみる。重さも手応えも変わりない。

振るときにの軌跡が殘る以外はこれまでと違いをじなかった。

「その狀態は……魔法を斷ち切れる。かなり強力な魔法の防護まで無力化できるだろう」

「斬るのは魔法だけ？　切れ味は変わらないのね」

「魔導の鎧くらいであれば、破壊できる。後は、使えばわかる」

ふーん、と一応心するクリス。相當なものらしいのだから、剣から稲妻が出るとか、もっと派手で特別なことが起きるのを期待していたのだ。し拍子抜けである。

とりあえず、目の前の黒が噓をついていなかったことに満足することにした。

それに、まだ聞くことがある。

「あとさ、『その狀態は……』ってことは。もっと他の機能があるってことよね？」

「…………今から言うことを実行してくれるならば、それも教えよう」

その言葉を聞いて、クリスは食獣を思わせる獰猛な笑みを浮かべた。

「それで、何をすればいいの？」

黒は懐から一枚の紙を取り出して言った。

「アコーラ市に戻って、破壊してしいものがある」

○○○

「ねぇ、ステル君。冒険者について、どう思う？」

自分用の探知機の調整をしながら、リリカが唐突にそんなことを言ってきた。

學院部の研究室。昨日ここに來て以來、他にすることのないステルは魔導の組み立てを手伝ったり、冒険者などに配布する探知機の作確認などを手伝うことになった。

この分だと、明日にでも各所に探知機が配られるだろう。

問題は、クリスがアコーラ市から消えて二日もたっているということだが。

「えっと、どう思うとは？」

急に來た質問に、意図を図りかねて回答に困る。

「えっとね。冒険者をやってて楽しいとか、辛いとか、嫌だーとか。何か、そういうことはない？」

「そうですね………。誰かの役に立って謝されたりするのは嬉しいです。辛いとか嫌だとかはあんまり……。まだ日が淺いですし、仕事があるだけ有り難いですから」

「そっか……。ステル君はそもそも事がそれだもんね」

「僕は冒険者になってまだ三ヶ月くらいですから、この仕事についてどうこう言えませんね。やってることも狩人時代に近いですし」

「なるほどね。ごめんね、変なこと聞いて」

「もしかして、クリスさんのことを考えてたんですか？」

「……うん。なんであんなことしたのかなって」

リリカはクリスに憧れていた。その人の暴挙とも言える行に思うところが無いわけが無い。

彼の疑問はもっともだが、ステルに答えることができる類のものではない。

せいぜいできるのは自分の考えを伝えることくらいだ。

「単純にしくなったんじゃないでしょうか？　そう言っていましたし」

「う、たしかにそう言ってたわよね。それに、わたしに向けた剣、本気だった……」

どんよりとした空気を出し始めるリリカ。無理ないとはいえ、いつもの彼らしくない様子は心が痛む。

「クリスさんは凄い冒険者らしい冒険者ってことなんでしょうね。冒険者の人って、自分の好きなように生きてる人が多いと思いますし」

アコーラ市に來て三ヶ月。短い期間ながら、ステルが見てきた冒険者達は、親切で優しい人が多かった。

同時に、命がけの仕事にを投じるような者ばかりなので、自分というものが強い印象がある。

多の無理をしてでも自分を押し通す。有りに言って、冒険者であり続けるような人は自分勝手な人が多いのでは無いだろうか。

「ステル君は、クリスさんがあんなことをしたのに納得してるの？」

し冷たい言い方に聞こえたのだろうか。

リリカが責めるような口調で言ってきた。

「納得はしてないです。驚いていますし、怒ってもいます」

はっきりそう言うと、リリカはわかりやすく驚いた表をしていた。

「……ステル君でも怒るのね」

「リリカさんに本気で剣を向けましたから」

あの時クリスはリリカの命を利用して出した。それは許されないことだ。

「……ステル君、ホントいい人よね」

「誰だって、友達は大切だと思いますよ」

し穏やかな表になったリリカに軽くそう返す。別に特別なことではない。

それとステルにも聞きたいことがあった。

「リリカさん、もしクリスさんと會えたらどうするつもりですか？」

可能は低いが、もしクリスがまだアコーラ市にいて、遭遇した場合、リリカはどうしたいのか。

この研究室で會った時に聞こうと思ったことだ。

「聞きたい……。どうしてこんなことをしたのか。あの人は、わたしの憧れた人だから。わたしの抱いていたものが、ただの幻想だったのか、確かめたい」

リリカと何度か會うたびにステルは彼の冒険者への憧れを聞かされていた。

子供の頃、冒険者だった両親から過去の武勇伝を聞いて育ったこと。クリスと會ってからは彼の活躍について。

そして、自分もそんな冒険を繰り広げたいこと。

同時に、彼が冒険者になるべきか、別の道を選ぶべきかずっと悩んでいること。

複數の生き方を選べるというのは悪いことでは無いと思うステルは、変に彼の背中を押すようなことはしないように心がけていた。

「クリスさんに會って、それでリリカさんの気が済むならいいことなんですけれど……」

「危険だものね」

相手が相手だ。クリスは強すぎる。行も読めない。ステルから見ても不気味な相手だ。リリカの安全は保証できない。

「もし、リリカさんの意に沿うようなことができそうになったら、しは考慮します」

最大限、目の前の友人に配慮した発言をしたら、し偉そうな言い方になってしまった。

「歳下のくせに、生意気よ。ステル君」

そう言って返したリリカは、しだけいつもの元気さを取り戻したように見えた。