《山育ちの冒険者 この都會(まち)が快適なので旅には出ません》50.剣姫追跡
「駄目です! 逃げられました!」
「逃げた方向は? 絶対に人數で挑まないように。數で囲い込むんだ」
「それが、今回も建を飛び越えていかれまして……」
「晝間から堂々と……。厄介な人だな、本當に」
こめかみを押さえながらラウリが言った。顔は悪く、疲労が濃い。
アコーラ市西部にある倉庫の一つ。比較的人のない地域にあるその場所は、現在冒険者協會の臨時支部となっていた。
クリスによる魔剣強奪事件の発生から二日。このまま國外逃亡すると思われていた犯人が、どういうわけか戻ってきたため、慌てて追いかける態勢を作り、手近な建を利用することになったのである。
幸か不幸か魔剣探知機の配布が間に合ったおかげで、クリスの市帰還を察知できてしまったので、関係者は混しつつも何とか対処にあたっていた。
クリスは晝間から堂々と活している、腹の立つことに魔導の力で高速移して捕まらないのだ。
冒険者と兵士を上手くつかって追い詰めることができても、その技能で追い払われてしまう。なんとか死者は出ていないが怪我人は出ているという狀況だ。
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「それにしても、本當に魔剣が力を発揮しているんですね」
助手として同行しているアンナが言った。
彼の言うとおり、クリスの持つ魔剣は強奪時と違う姿を見せていた。
その刀はり輝き、魔導による攻撃を無効化してしまうのだ。クリスの技能と相まって手が付けられない。
「まったく、どうやったんだ……。困った人だよ」
「心中お察し致しますが。困ったではすみませんよ」
「その通りだ………」
クリスが戻ってきた以上、冒険者協會は全力で対処しなければならない。
三級冒険者とはいえ、たった一人にいいようにされてはメンツが丸つぶれだ。
「さて、どうしたものか……」
これは策が必要だ。
ラウリが考え込みはじめたところで、新たな冒険者が報告のために戻ってきた。
アンナが慣れた様子で報告をける。
「偵察していた方からの連絡です。クリスさん……クリスは南に向かって逃走、古い市街地できが遅くなったそうです」
「海側の古い街か……。チャンスかもしれないな。……私も出る」
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地図を見ながらラウリがそう言うと周囲がざわついた。
「え、いいんですか?」
「もちろんだ。現場を見なければ対策の立てようも無い」
そう言って、立てかけて置いた用の槍を手に取る。
ラウリとしても自分一人が加わったくらいで狀況がいきなり好転するとは思っていない。
しかし、くことは必要だ。現場に出て見えてくることもあるだろう。
「何人かついて來てくれ。指示は追って出す。アンナ君はここにいるように」
「わかりました。あの……」
「なにかね?」
「ステル君なら、どうでしょうか」
ステル。不思議な技で常識外れの能力を発揮する彼ならば対処できるだろうか。
「……彼ならば、近づくことはできるだろうね。後は、どうするかだ。それを考えるためにも行かねばならない」
微妙な回答を殘してから、ラウリは建の外に向かっていった。
○○○
アコーラ市南西部。海が近い低い建が連なるその地區は、市街でも最も古い地區だ。
その特徴のおかげで、魔導を使って高い場所を移するクリスを発見しやすい。
ラウリに率いられた冒険者達は探知機を利用して、簡単に彼を発見することができた。
何か理由があるのか、この地區にってからクリスのきは遅い。
極力目立たないように移しながら後を追うと、クリスは広めの廃墟へとり込んでいった。
ラウリは素早く指示を出す。建から出て來たところを捕らえるチャンスだ。
「配置……終わりました」
「わかった。私が前に出るから、合図したらやってくれ。……來た」
意外なことに、クリスは馬鹿正直に建の出り口から姿を現した。
格的に建を崩壊させて出するくらいのことを想定していたラウリにとっては意外な展開だ。
「いるんでしょ、ラウリ君! 出て來なさい!」
なるほど。私と話をしたいわけか……。好都合だ。
そう思ったラウリは、槍を手にしたまま、ゆっくりとクリスの前に姿を現す。
「クリス先輩。自首してください。私の平穏のために」
「あー、それに関してはごめん。ちょっとできないわー」
槍を油斷なく構えながら、自分の仕事を果たすべき言葉を放ったが、気の抜けた返事であっさり拒否された。
「でしょうね。……それで、なんでこんなことしてるんですか」
「楽しいから」
「重犯罪者ですよっ」
「でも、どうにかなるでしょ。ほら、魔剣のとか聞きたい人、いっぱいいるでしょ」
「…………」
その通りだ。研究者が束になってもかせなかった魔剣。それをかしたという事実はあまりにも大きい。取引材料として十分すぎる。
「…………厄介な人だ」
「そうでなければこんなことはしないよ」
言うなりクリスが魔剣を構えた。その瞬間、ラウリがく。
「いけっ!」
魔導槍を地面に突き刺し、その力を起する。
一定距離の石や土をる魔法を包された魔導は、使い手の狙い通り発した。
クリスの足下から無數の土槍が生み出される。
「おっと!」
軽いかけ聲と共に、クリスが跳躍した。足につけた魔導がを放ち跳躍する。
しかし、それこそがラウリのんだ狀況だ。
「今だ!」
合図と同時、隠れていた冒険者達が姿を現す。
全員がその手に筒狀の魔導を持っており、次々と起する。
軽いと発音と共に、筒から何かが発された。
それは一気に広がり、空に向かって飛び上がったクリスを捕らえにかかる。
網だ。捕獲用の魔導である。
「甘い!」
クリスは慌てることなく、魔導の力で空中を蹴って、目に見えないくらいの速度で魔剣を振り抜く。
見惚れるほどの剣技によって、一瞬で網は切り裂かれ、無力化された。
しかし、冒険者達の攻撃は止まらない。
古い建上に著地しようとするクリスに向かって、追いかけていたラウリが槍を振るう。
槍の行き先は建。魔導の力が発する。
「まだまだっ!」
自分を捕らえるべく生み出された石槍を的確に魔剣で切り裂くクリス。
建の上に著地したクリスは、ラウリと冒険者達を睥睨する。まるで、お前達ではここに屆かないと主張するかのように。
「クリス先輩!」
「詰めが甘いね。最初から弓矢を使うべきだったと思うよ」
「くっ……」
弓矢だと殺してしまうからと避けたことを指摘されては、唸るしかなかった。
ラウリの反応に満足したのか、にっこりと満面の笑みを浮かべた後に、クリスは一言、
「それじゃあね!」
そう言い殘して、高速でその場を離していった。
冒険者達が予備に用意していた弓を使う間もない、見事な逃走だ。
「……………ふぅ」
それを見屆けたラウリは槍を地面に置いて、ため息を一つ。
近づいて來た冒険者にいう。
「アンナ君に報告を。それと、捜索は続けてくれ」
○○○
「ただいま戻りました。リリカさん、どうです?」
「良好よ。ステル君、狀況はどうなってる?」
「ラウリさん達が失敗したそうです」
「そう……」
場所は変わって王立學院にある研究所。
ステルとリリカは探知機の最終調整を行っていた。
といっても、作業をするのはリリカで、ステルは協會から定期的にってくる報を持ってくる係である。
今もまた近くの協會で報告を聞いた上で、支給された品を持って來たところだ。
手に持った袋を機の上に置きながら、ステルは作業を続けるリリカに向かって語る。
「投網を貰いましたけれど、複數人で使って駄目だったそうです」
「ラウリさんの包囲を抜けたんでしょ? 流石は剣姫ってところね」
「現在は市を逃走中。南部から北方向に向かったそうです」
「そう。それなら接できるかも……」
リリカ用の探知機の調整はもうすぐ完了する。
ガラス面に點が浮かび、大の距離などが文字盤に表示される掌サイズの魔導は思った以上に高能だった。
なんと、試しに一回使ったらクリスを捉えたのだ。
その時はまだ態勢が整っていなかったため、ステル達はけなかったが、作に対する信頼は高い。
「指示をけました。リリカさんと二人で探索。発見したら信號弾を使った上で、できそうなら時間を稼いで、人が集まるのを待ってしいと」
言いながら、荷の中から信號弾を取り出す。
「街の兵士も冒険者も沢山いてるものね。新聞に載っちゃったから」
この件は、事件が起きた翌日には、大きく報道されてしまった。世間は大騒ぎだ
おかげで開き直って街も冒険者協會も堂々といているが、世間の注目を浴びているというのはあまり楽しい狀況ではない。
「あの、リリカさん。いいんですか?」
「今さら何よ。そもそも、わたしがいなきゃ探知機使えないでしょうが」
會いたくない相手に追わねばならないリリカを気遣った発言だったが、ぶっきらぼうに返された。
そう言われるとステルとしては了承するしかない。
「わかりました。とにかく、危険な行だけは無しですよ」
「勿論。わかってるわ。もうちょっとで終わるから、準備しといて」
二十分後、魔導の調整が終わり、二人は裝備をにつけて學院の外へと向かった。
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