《山育ちの冒険者 この都會(まち)が快適なので旅には出ません》51.リリカとクリス
自分は恵まれている。
鎧に組み込まれた飛翔の魔導の力を利用して、ステルと併走しながらリリカはそんなことを考える。
リリカ・スワチカは魔導の會社を経営する両親の下に生まれ。高度な教育をけ、それなりに優秀な頭脳を授かったおかげで、王立學院でも優秀な學生としてやってこれた。
魔導科の學生としてかなりの績を出したおかげで、企業や研究室など各所から聲をかけられている。
恵まれた境遇だ。冒険者などという危険な職業に憧れる余地すらないくらいの。
なぜ、自分は冒険者に憧れるのか。
簡単だ。冒険者だった両親の武勇伝を聞いて育ったリリカにとって、様々な冒険者の逸話を収集するようになるのは自然なことだった。
そしてその流れのまま、憧れた。子供らしい、簡単な理由だ。
自分が本當に冒険者になりたいのか。自分のことながら、リリカにはそれがよくわからなかった。
同時に、この事件に関わることで、この悩みに結論が出るかもしれないという、漠然とした期待がある。
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「ステル君、この先を右よ」
「はいっ」
探知機の反応と道を見ながらリリカは指示を出す。
乗合馬車で西部に移するうちに、探知機が反応を示し、二人は街を駆けることになった。
隣を走る山育ちの年は魔導もにつけていないのに、當たり前のように自分に併走している。
「リリカさん、大丈夫ですか?」
すれ違う人々が驚く速度で走りながら、年が心配そうに言う。
その気遣いを振り払うようにリリカは答える。
「平気よ。反応が近い。……晝間から堂々としてるわね」
「あの魔導のおかげできが速いですから」
クリスは西部の市街地をかなりの速度で移していた。
見つけやすいが、追いかけるのは難しい、そんなきだ。
探知機の反応が近いなと思った辺りで、建を上を跳躍する人が目にった。
「いたっ! あそこ跳んでた!」
「僕にも見えましたっ」
やはりきは速い。しかも目立つので周囲の人が立ち止まっている。
ここからどうくべきか。
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し考えて、リリカは結論を口にする。
「ステル君、空を飛べるわたしが追いかけて、時間を稼ぐわ」
「それは危ないです。二人で……」
「大丈夫。戦いになったら逃げるから。それと、ちょっと話をしたいの……」
「……クリスさんが止まったらすぐに信號弾を使ってくださいね」
「ありがとう」
自分を信じてくれたことに謝しつつ、リリカは鎧の魔導を起し、空へと飛翔した。
リリカの魔導は高能だ。一瞬で周囲の建を見下ろす高度に到達する。
眼下にはアコーラ市の町並みと、建上を移するクリス。あちらも魔導で移しているが、リリカなら余裕で追える速度だ。
さて、どうしたものかしら?
そう考えた時、一瞬だけクリスがこちらを見た。
「……っ!?」
驚いたのもつかの間。クリスがいきなり方向を変えた。
「あっ……。逃がさないんだからっ!」
慌てて後を追う。ステルがちゃんと追いかけてくれるか心配だが、まあ、彼なら大丈夫だろう。
屋から屋へと飛び回るクリスを追いかけること五分後、クリスは広い場所に著地した。
そこは、解中の工場の敷地だった。著地したのは従業員の憩いの場として設けられたらしい広場で。そこかしこに花壇などの名殘がある。
し離れた場所にある建では、魔導を持った作業員達が仕事をしていた。
突然現れた空から現れた二人を気づいた一部の作業員がこちらを見ていた。
リリカは攜行していた信號弾を取り出し、空に向けて放つ。
空高く、様々なのが輝いた。
それで、作業員の多くが手を止めてこちらを見る。
リリカは大きく息を吸い、んだ。
「その人は街から手配されている犯罪者です! 近づかないで!」
その一言で、リリカを冒険者だと思ってくれたのだろう、彼らは素早く逃げたりに隠れてくれた。
「へぇ。なかなか上手じゃない。冒険者になったの、リリカちゃん?」
「……ステル君の手伝いです」
「そっか。じゃあ、まだ素人さんのままか」
「……………」
殘念そうに言うクリスの手には刃が輝く魔剣があった。
本當に起してる。一どうやって……。
リリカの目には、魔剣の持つ膨大な魔力のうねりが、刃の表層まで行き來しているのが見えた。まるで押し寄せは引く波のように、恐ろしい程の力の片鱗が見え隠れしている。
「それで、リリカちゃん。どうするの? 私を捕まえる?」
何も言わないリリカにしびれを切らしたのか、クリスが口を開いた。
きからして、ここまで導してくれた節がある。わざわざ話す時間を作ってくれたのだろうか。
「なんでこんなことをしたんですか?」
「面白そうだから」
「なっ……そんな理由で犯罪者になるなんて、どうかしてますよ!」
「私もそう思う。でも、昔からこうなのよね。一度思いついたら突っ走っちゃうーみたいなところ。冒険者になった時もそうだったし」
「………なんて人」
悪びれることもなく、それが當たり前であるような振る舞い。それに付隨する絶対的な自信。
今更ながら、目の前にすると、とても自分の手に負える人でないことが伝わって來る。
勿論、リリカにとってそんなことは見逃す理由にはならない。
「い、一応、自首をお勧めしますけれど」
「嫌よ。それにほら、宣言通り魔剣も使えるようにしたし。どうやったか知りたい人たちがこの街には沢山いるんじゃない?」
「…………それは、そうですけど」
魔剣を取引材料にできるのではないかと言外に言われ、肯定する。
學生とはいえ研究者の端くれであるリリカだって、こんな狀況でなければ々と聞いたり調べたりするだろう。それこそ寢食も忘れて。そのくらいの価値がある魔剣だ。
リリカの言葉と態度に満足したのか、クリスは嬉しそうに微笑んだ。
「良かった。安心したわ。リリカちゃんから見ても、この魔剣は価値があるみたいだから、賭けに勝ったみたいね」
「命がけじゃないですか!」
「そうよ。冒険者なんて、いつもそんなものだもの。わかってるでしょ?」
「そう……ですね」
冒険者は命がけだ。それはよく知っている。
つまり、彼は自分の常識の中でいつも通りの仕事をしているということだろうか。やった場所も容も最悪だ。
「あなたは賢いわ。冒険者に憧れてるって言いつつ、命がけの分の悪い職業だってことがわかってる。だから、自分の環境を言い訳にして、逃げてきた」
「そんなことは……」
言われてしまった。だから、反論できなかった。
いつか、誰かに言われるのではと思っていた言葉。
リリカの周囲には優しい人が多い。だから、はっきりと言う者はいなかった。
何かと理由をつけて、冒険者にはならない。
それは、冒険者として活すれば、平等に命の危機にさらされることがわかっているから。優秀であればあるほど危険にことに挑むことなるから。
街の中で優秀な學生をしていれば、安全で皆が褒めてくれるから。
だから自分は決斷しない。逃げている。
心のどこかで意識しないようにしてきたことを、憧れていた人に指摘されてしまった。
直してけないリリカを前に、クリスは更に話を続ける。
「実際、いいことないからね。名前が売れれば仕事は難しくなるし。酷い目にもあうし。そもそも、冒険者なんて協會っていう組織のおかげでかろうじて維持されてる、実質荒くれ者の集まりだし」
「…………何が言いたいんですか?」
「ごめん。途中から愚癡だったわ。いや、長話は苦手でね。それで、何もないの?」
「?」
リリカの疑問にクリスはあからさまにがっかりした表を浮かべた。ため息さえつけて。
「そっかー。やっぱりリリカちゃん、冒険者に向いてないわ。私がこうやって時間稼ぎに付き合ってくれてる間に、罠の一つや二つは仕掛けてくれないと」
「……なっ!?」
わざわざ罠にかかるために自分と話すことにしたのっ。
リリカの常識では考えられない思考に驚愕する。
「じゃ、そろそろ行くかなっ」
明るくそう言ってクリスが魔剣を構えた。彼の鎧の魔導も起したことを、魔力の流れが伝えてくる。
リリカも何とか魔導をすぐにけるようにして、左手をクリスに向ける。
「う、かないでくださいっ」
「私、リリカちゃん見たいな子、嫌いじゃないわ。才能があって行力があって、世間知らずで苦労知らずで向こう見ずでバカなお嬢様。これから世の中の辛酸をなめて上手に育てば凄い人になるから」
「…………」
リリカの言葉など屆いていないような、余裕を持った語り口。
自分が驚異として認識されていないのが嫌という程伝わってくる。
「ステル君、近くにいるんでしょ? あの子も甘いわね。お友達の茶番のために付き合ってあげるなんて」
「ちゃ、茶番……っ」
「そうよ。私を茶番に付き合わせた代償、頂いていくわ」
そんな自分勝手な言い分と同時、クリスの全に力がこもった。
來るっ。
リリカも左手の腕を起にかかる。
戦いが始まるかに思えたその時、唐突にクリスがその場で魔剣を振った。
二回ほど鋭い金屬音が響き、地面に何かが落ちた。
地面に落ちたのは真っ二つに斷ち切られた投げ矢。
持ち主は、言うまでもない。
「ステル君……っ!」
「チッ、時間をかけすぎたか……」
二人の視線の先。投げ矢の飛んできた方向から、木剣を持ったステルが飛び込んできた。
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