《山育ちの冒険者 この都會(まち)が快適なので旅には出ません》57.海賊の砦

海賊のアジトは小さな島だった。

過去にはアコーラ市への中継點として港が整備されていたが、魔導革命の影響で船の足がびて、廃れて無人島になった場所。そこを海賊達は利用していた。

船が接岸できる港はちょっとした要塞として整備されており、ステル達の船が近づくと散発的な攻撃が始まった。

海賊の攻撃はバリスタや投石機という古典的なものだった。あちらはよほど慌てているらしく、明らかに程の外から撃ってきており、船にはあたらない。

対してアコーラ市の船の程と威力は最新型だ。先ほどの海戦と同じく攻城用の魔導が文字通り火を噴くと、石で頑健に形作られた要塞が轟音と共にあっという間に破壊されていく。

「……攻撃、止みましたね」

「ありゃあ、逃げるだろうよ」

「このまま上陸。私達は先鋒ね、きっと」

イルマのそんな言葉に応えるように。船は堂々と島へと向かって進んでいった。

○○○

港は瓦礫の山になっていた。港を護るように建築されていた巨大な壁は砕され、その向こうにあった海賊の拠點が丸見えだ。

ステル達上陸隊はこれといった妨害も無く、あっさりと陸に上がり、周囲を警戒していた。

「他の船も來たみたいですね」

「ああ、じきにここに拠點ができる」

見れば、海の向こうから數隻の船がこちらに向かって來ていた。後から到著して活する人員だ。ステル達は彼らの払いのようなものである。

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「しかし、大分派手にやったもんだな」

「凄いですね……」

「攻城魔導を使ったんだから、これくらい當然よ。ほら、二人とも、前をお願い」

魔導の生み出した破壊に驚愕するステルとグレッグにそっけない反応をして歩き出すイルマ。

慌ててステルが前に出て、周囲を警戒しながら前を行く。

人気はない。海賊達の逃げ足は早かったようだ。

「イルマさんって、冷靜な人ですね」

「まあ、そうなんだがな……」

「どうかしたんですか?」

どういう訳か、武を持って警戒するグレッグは浮かない顔だった。

「ダークエルフの一件以來、ちょっと吹っ切れちまったみたいでよ」

「はあ、それはどういう」

「二人とも。無駄口多いわよ。あとグレッグ。不満があるなら直接私に言いなさい」

「いえ、なんでもないです。……どうした、ステル?」

「あそこ、気配をじます」

話はそこで終わってしまった。

破壊されていない場所にると石造りの建が並ぶ地區になっていた。街ではなく、何らかの施設と行った趣が強い。

その中でも大きな建の中からステルは人の気配をじた。

ステルの言葉をけ、から様子を観察しながらグレッグが言う。

「よし、俺が斧で扉をぶっ壊す。ステルは一緒に飛び込むぞ」

「はい。それで……」

僕が飛び込む、という言葉はイルマに遮られた。

「扉は私が壊すから、二人は飛び込んで」

魔導杖の準備をしながらさらりとそう言った。

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提案ではなく命令という口調に、二人は靜かに頷く。別に異論を挾むような策ではない。

ステルは扉をじっくりと観察した。

「扉の向こうから狙われているじはしませんね」

「よし、じゃあ、いくわよ」

言葉と同時に、魔導杖が炸裂した。

した強烈な風の魔法は扉どころか壁ごと破壊した。

「行きます!」

「おう!」

扉の向こうからび聲が聞こえたが、それに構わずステル達は飛び込んだ。

した室には武を持った男達が四名ほどいた。

驚いた様子だったが、それなりに戦い慣れた海賊達はステル達を見るなり武を構えた。

「おおおお!! 覚悟しやがれぇ!」

「全員でかかれぇ! こう狹けりゃ魔導は使えねぇ!」

「いい度だ!」

海賊に向かって容赦なく斧を振るグレッグ。

ステルもいつものように木剣を振るう。

とりあえず、こちらの武を見てにやつきながら攻撃してきた一人に向かって高速の一撃をれた。

狙い通り、相手は一撃で昏倒。

「え……?」

隣にいたもう一人が狀況を認識できず、戸う。

「そこっ!」

隙だらけだったので一撃いれた。

「あがっ……」

「よし。グレッグさんは……」

あっさり二人を倒したステルは、室向きの武でない斧を持つグレッグの方を見る。

「おう、終わったぜ」

ちょうどそちらも海賊二人を倒したところだった。向こうは息はあるようだが重傷だ。武が武だから仕方ない。

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「驚きました。壁ごと壊す魔法なんて」

「ダークエルフの一件以來、妙に思い切りがいいというか、ちょっと過激になってな」

「なるほど。それで吹っ切れたと……」

たしかにあれは劇的な験だったろう。人生観が変わっても仕方ない。

の変化が良いか悪いか判斷はつかないが、この場合は正解だった。こういう時は速さが大事だ。

ステルがそんなことを考えていると、悠々とイルマがってきた。

「終わったみたいね。グレッグ、報」

「おう」

応えたグレッグは、斧で怪我をしている海賊に向けて、一際低い聲で脅しにった。

「攫った人達はどこにいる。素直に答えりゃ治療してやるぞ」

○○○

海賊は命惜しさにあっさり報を吐いた。

攫われた人たちは何カ所かに別れて監されているらしい。とりあえず二カ所が手近なので、ステル、グレッグとイルマの二手に別れることになった。

たった三人の戦力を分けるのは危険だが、行方針を話しているうちに他の場所から戦いの音が聞こえて來たのが決斷の理由だ。

余所で冒険者が暴れてくれるなら、敵はそちらにも分散するだろう。

「敵の數が多かったらとりあえず引き返せ。出経路も探しておこう」

「ステル君。無理はしちゃ駄目よ」

「わかりました」

短くそうやりとりしてから、ステルは駆け出す。

海賊の報は正確だった。

通路をし進んだ先に倉庫の扉を開くと、そこには怯えた様子で隠れ潛む達が十人近くいた。

たちを安心させるため、極力穏やかな口調と表でステルは語りかける。

「えっと、攫われた人達……ですよね。助けに來ました」

「…………」

達の反応はなかった。

何か失敗したろうか? そう思った時、それに気づいた。

「そこっ!」

ぶと同時、棚の影に隠れて短剣を構えていた男に向かって拳の一撃を叩き込む。

「ぐっ……」

男が意識を失ったのを確認し、持って來たロープで手早く縛る。

稚拙な技だが伏兵だ。大した相手ではなくて良かった。

「ふぅ……」

一つ、息を吐いたところで、目の前に出來事に驚きながらもの一人が口を開いた。

「あの、君は……」

「冒険者協會の者です。救出に來ました。あ、一人じゃないですよ。沢山來てます」

その言葉に、あからさまに達がほっとする。

「皆さんをアコーラ市まで運ぶ船も來ています。外に出て皆と合流したいんですが……」

予定では、外に拠點を確保してくれているはずだ。そこに引き渡せば安心だ。

しかし、數が多い。ステル一人でこれだけの人を導くのは難しい。

「ここから外へ出る一番近い道ってどこですか?」

「多分、ここを出て右に行ったところだけど……」

「それよりも、お仲間は大丈夫? ここの海賊、凄く強いのが何人かいるんだよ? さっき、自信満々で外に出てった」

ステルの問いかけに、不安げな様子で人が言う。

「凄く強い……ですか」

「そう。魔導で武裝してさ。名のある傭兵だったとか自慢してたよ」

魔導を持った達人。それは、非常に大きな脅威だ。

「……皆さん、すいませんがもうしばらくここに居てください。あと、暗號があります。ノックを三回されたら『今日の天気は』と聞いてください。『もうすぐ嵐は終わる』と答えれば味方です」

「君はどうするんだい?」

「ちょっと様子を見て、仲間を連れてきます」

木剣に弓、各所に隠した投げ矢。武を確認してから、ステルは部屋の外に出た。

「さて……」

周囲の様子を探る。魔力で強化された聴覚は多くの戦いの音を捉えた。

まずは、仲間との合流だな。

そう判斷したステルは、グレッグ達のいる方へと駆けだした。

○○○

グレッグ達はすぐに見つかった。

外に出て別棟に向かう途中の広い通路。二人はそこで敵と対峙していた。

すでに海賊を何人か倒しているが、ステルの目には劣勢に見えた。

相手の數は四人。そのどれもがそれなりの腕前だ。

投げ矢を準備したステルは、走り、自分の存在を誇示するようにんだ。

「おおおおお!」

敵が一瞬、こちらを見たのを確認し、投げ矢を投擲。

人の目で捉えきれない速度で當されたそれは、グレッグに接近していた一人の肩に直撃した。

「よしっ」

木剣を抜き、大きく跳躍。一気に戦いのど真ん中へと著地する。

「ステル!!」

「攫われた人たちを見つけました! 僕一人じゃ導できないので來ました!」

「助かる! こいつら手強い!」

短くそう言ったグレッグが目の前の敵を斧で吹き飛ばして、イルマの前に盾のように立ちはだかる。

そのままグレッグとイルマは海賊と戦を再開。

なんとなく流れで、ステルの相手は目の前の剣士となった。

木剣に魔力を流し、目の前の剣士を攻撃する。

並以上の実力ではけきれない一撃を、剣士はなんなくけ止めた。

それだけではない、木剣とぶつかった瞬間、その剣から魔力のが散った。

魔導剣だ。

「……!?」

「ほう。ただの木剣では無いようだな……」

「その魔導剣は……」

ステルの言葉が終わる前に、剣による激しい打ち合いが始まった。

剣士は強かった。

しかし、こと剣の戦いにおいて、ステルは直近において世界最高レベルの相手と遭遇している。

剣姫クリスティン・アークサイドと比べれば。海賊の凄腕用心棒など、さほどでも無い。

何度目か激突の末、剣士が吹き飛んだ。

地力では、ステルが上だ。

剣士もそれがわかったのだろう、ゆっくりと起き上がると、魔導剣を輝かせながらゆっくりと口を開いた。

「どうやら、この剣の力を使う時が來たようだ」

魔導剣が輝きが増し、ステルが構える。

「覚悟……っ!」

直後、目が眩む閃が放たれた。

剣士が自の魔導の発に合わせ、これまでで最高速の切り込みを行う。

「………なんだと」

必殺の斬撃。しかしそれは、ステルが左手で持った木剣でけ止められていた。

それだけではない。空いたステルの右手にはどこからか飛んできた矢があった。

しかも、ステルは目を閉じている。

伏兵による撃。それすらも、目の前のい見た目の冒険者には通用しなかったのだ。

尋常の技ではない。

「馬鹿な……」

驚愕した剣士に、ステルは目を閉じたまま、ゆっくりと答える。

「わかっていました。ずっとここに狙いをつけている気配がありましたから。それと……」

あまりのことにけない剣士に、木剣による連撃が叩き込まれた。

剣士が吹き飛び、ステルが木剣を突きつける。

「その魔導剣はヴィルトライン社の昨年の量産モデル。剣の強化と明かりをる補助機能付き。……知ってました」

そう言い切って、相手が何かを言う前に、一撃れて昏倒させた。

ここ最近、ステルはリリカの指導の下、魔導について猛勉強しているのだ。おかげで各社の魔導の知識が増え、さっそく役に立った。

「勉強っていいな……」

ステルがそんな日々の暮らしの果に満足している一方で、グレッグ達の戦いも終わりを迎えようとしていた。

「グレッグ、よけてね!」

「うおおおおお!」

イルマの魔導杖から強烈な風の魔法が一撃が炸裂。慌てて避けたグレッグの目の前にいた男をなぎ倒した。

哀れな海賊は結構な距離を吹き飛ばされ、そのままぐったりとかなくなる。

「あ、あぶねぇ。死ぬとこだったぞ、イルマ!」

「信頼しているわ、相棒」

「…………」

グレッグの抗議をさらりとかわすイルマ。実際、彼がグレッグを絶対的に信頼しているからこそできるきだ。

「えっと、無事で何よりです……とっ!」

その様子を見ながら話しかけたステルが、いきなり弓矢を準備した、

「おい、何を……」

グレッグが言い終わる前に矢が放たれた。

ステルの視線の先。矢の飛んだ方向の建から人が出てきて、倒れ込む。

「今、終わりました。ここを狙ってた人です」

「お、おう……」

「ステル君の方には攫われた人がいたのね?」

魔導杖の様子を確認していたイルマが聞く。

「はい。十人くらいです」

「こっちは空振り。どうやらさっきの海賊。噓の報を混ぜたみたいね。やってくれるわ」

「十人たあ、大所帯だな。一度戻って……」

言いかけたところで、そこかしこから音と振が聞こえた。

が崩れるんじゃないかと思うくらいの大発だ。

「……私じゃないわよ?」

「そういえば、今回參加してる人って良い魔導杖を持ってる人が多かったですよね」

「派手な魔法を使う機會ってなかなかないから、ね?」

「…………」

同意を求められても男二人は何の反応もできない。

「よし、ステル。方針を救出に切り替えるぞ」

「はい。そうしましょう」

とりあえず、々と気になることは置いておいて、最優先の仕事に戻ることにした。

○○○

結局、海賊の砦を掃討するまで二日かかった。

思った以上に海賊達の規模が大きく、島の居住地區が広かったのが原因だ。

ステル達冒険者は救出した人たちを乗せた船団で帰ることとなり、アコーラ市の兵士は殘って後処理をすることになった。

來た時と同じ船の同じ場所で、ステルは海を眺めていた。

今日も波は穏やかで、なまぐさい戦いの直後とは思えないくらいの良い天気だった。

船はもうすぐアコーラ市に到著する予定だ。

「どうかしたの、依頼はうまくいったのに浮かない顔ね」

寄ってきたイルマが問いかけて來た。その手には水の出る魔導がある。二日酔いと船酔いで苦しむグレッグのためのものだろう。

「これでアコーラ市の治安は良くなるんでしょうか?」

ステルは知識も経験も富な魔導士に、率直に疑問を口にした。

「海の方はし落ちつくでしょうね。街の方はもうしばらくかかるんじゃないかしら」

「そうですか……」

素早い返答に沈んだ様子のステルを見て、イルマは苦笑する。

「君が落ち込むようなことじゃないのよ。それに、悪いことばかりじゃない」

「どういうことです?」

「あの展示會で良くない連中に目をつけられたのも確かだけれど、同時にアコーラ市が世界中から注目されたのも本當よ。んな人が街にやってきて、どんどん世の中が変わっていくと思うわ」

「そういうものなんですか?」

「ええ、そういうものよ。何年かすれば、驚くほど変わっているかもしれないわね、あの街は」

「……想像もつきません。でも、楽しみです」

新しいものが生み出されるのは良いことばかりではない。ステルもそれはわかっている。だが、それでも、楽しみだ。

「そうね。私もよ。変化を楽しむためにも頑張って働かないとね」

「はい。……ところで、グレッグさんはいいんですか?」

「これから様子を見に行くところ。いいのよ、飲み過ぎたあいつが悪いんだから」

言いながら優しく笑うとイルマは歩き出す。

數歩歩いたところで、彼は思い出したように振り返った。

「そうそう、ステル君。六級冒険者としての初依頼、無事に終わって良かったわね」

「はい。ありがとうございます」

簡単で短い祝福の言葉に、ステルはようやく笑顔を浮かべて、短く禮を言うのだった。

ステルの黒い服の中には、黒と赤に塗裝された腕がある。

魔剣強奪事件の後、ステルは一気に六級冒険者へと昇格したのだ。

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