「あの、どこへ……」

「こちらです」

ステルが通されたのは、一つ隣の部屋である書斎だった。

改裝と手れのおかげで綺麗な狀態だが、先ほどまでいた部屋と比べると、実用に重きを置かれたらしい堅実な作りの部屋だった。

王は書棚の一つの前に立つと、懐からおもむろに裝飾品を取り出す。

「…………？」

ステルが疑問に思った直後、アクセサリと書棚がった。

次の瞬間、書棚が一瞬で壁になったと思うと、そこに空間が現れて下への階段が出來上がっていった。

「これ、もしかして、魔法ですか？」

「そうです。この図書館は王立學院で最も古い建。そして、古い魔法使いの工房だったのです」

そう言う王の顔からは先ほどまで浮かべていた、親しみやすい笑みが消えていた。

自然、ステルの気持ちも引き締まる。

「僕が先に行きます」

「はい。お願いしますね」

階段はステルが先に降りることにした。

魔導による燈りは必要なかった。歩くと自的に壁に魔法の燈りが発するようになっていたのだ。

思った以上に歩きやすい螺旋階段を行きながら、ステルは聞く。

「あの、これって僕がっていいんですか？」

これは明らかにの通路だ。王家の関係者でないとってはいけないのではないだろうか。そんな疑問が頭をよぎる。

「これは先ほど面白いものを見せてくれた報酬のようなものです。を守ってくださればいいですよ」

ステルの心配を察したのか、ヘレナは安心させるようににこやかに返した。

王本人が言うなら納得するしかない。ステルは気配を探りながら先に進む。

「…………」

「…………」

階段は塔の地下にまでびているようだった。思ったよりも長い下りを二人は行く。

「アマンダは、優秀な學生でした。王家の護衛騎士の家系に生まれていなければ、今頃は研究者として生きていたでしょう」

沈黙を嫌ったのか、王が突然そんな話をふってきた。

「…………」

「ですが、彼は私の護衛騎士として人生を選択しました。こうやって、學問にれる機會を作るのが私の一杯の謝なのです」

「ヘレナ様……」

「彼は私には勿ないくらい優秀な騎士。ステルさん、どうか、仲良くしてください」

振り返って見ると、そこには心の底から友人の事を心配するがいた。

「勿論です。リリカさんも、きっとそう言うと思います」

「ありがとう」

そんなやりとりをした後に、階段が終わり、魔法の輝きが燈る複雑な裝飾の施された扉が、二人の目の前に現れた。

「あの、開けても？」

「いえ、私が……」

そう言って王が扉に手をれると、一瞬強いが生まれた。

次の瞬間、ステル達は扉の向こう側にいた。

そこは明るく広い空間だった。

書庫だ。丸い部屋の壁一杯に沢山の本が並んでいる。

気になるのは、どの本も背表紙がっていることだろうか。

「ここも図書館……ですか？」

不思議な場所だ。明らかにただの図書館では無いのはステルにもわかるが、聞かずにいられなかった。

「はい。ここにあるのはただの本ではありません。魔法書です」

「魔法書って、魔法について書かれているだけでなく。魔法によって作られた特別な本ですよね。これが全部ですか？」

魔法書とは、本そのものが魔法によって作り上げられた特別なものだ。

そこには古の魔法使いの奧義や、斷の知識が記されているという。

なくとも、おとぎ話でステルはそう聞いていた。

「魔法書と言っても、ここにあるのは、伝説に語られるようなおおげさなものではありません」

言いながら、ヘレナが壁まで歩いて一冊を手に取った。一瞬、本が輝いてから彼の手に渡る。

「読んでみますか？」

「い、いいんですか？」

「どうぞ」

恐る恐るけ取る。ふさわしくない所有者を焼くおとぎ話を思い出したが、幸いにもそんな現象は起きなかった。

り輝く本を、ゆっくりと開くと、

「読めません……」

全く読めなかった。

そこに書かれていたのは、ステルの知るどの言語でもなかった。

諦めて王に帰すと、また本が発した。

「これは王家の者にしか読めないのです。そして、本によっては常に容が更新される……」

王は返して貰った一冊を棚に戻し。別の本を取る出した。

「容が更新、ですか？」

「ええ、アコーラ市の様子について教えてくれるのです。この街に仕掛けられた古い魔法と繋がっているのですよ、この図書館は……。そして、今回の公務には、ここを訪れることも含まれています」

「あの、本當に僕が見て大丈夫なんですか？」

なんだか國家機という言葉が脳裏をよぎったので、不安混じりに改めて聞くステル。

「ええ、勿論。安心してください」

返答は王の花のような笑顔だった。

「は、はい……」

こうなれば、そう返すしかない。

「ステルさん、何も無いとは思いますが。しばらく周囲を見張っていてください。私は調べをします」

「わかりました」

それからしばらく、王は魔法書をいくつも手にとっては、真剣な顔で目を通していた。

彼はメモを取らない。エルフ由來の優秀な頭脳で全て記憶していく。

「終わりました。ありがとうございます」

一時間ほどだろうか。仕事を終えた王が、ステルのところに戻ってきた。

「いえ、僕は立っていただけですから。貴重なものを見せて頂いて、あの、ありがとうございます」

なんと言えばいいのかわからないので、とりあえず頭を下げておいた。

「リリカさんにはでお願いしますね」

ちょっと悪戯っぽい笑みと共に返ってきた王の返事を聞いた後、二人は元來た道を戻るのだった。

○○○

「あら、ステル君。遅かったじゃない」

戻ったら、リリカ達はのんびりお茶を飲んでいた。

「ヘレナ様に王家の歴史なんかを教わってたんだ」

「はい。私も々と北部のお話を聞かせて頂きました」

帰り道で相談して決めておいた話題で誤魔化す。

王の格的に、多分、不自然ではないはずだ。

「姫様、ステル様。おかげで良い時間を過ごさせて頂きました」

事を知っているであろうアマンダはとても良い顔をしていた。なんかツヤツヤしている。

「私も優秀な生徒と話ができて良かったです」

ベルフ教授も満足気だ。

どうやら、三人は良い時間を過ごしたらしい。

「では、予定の時間ですね。失禮致します」

しばらくお茶を楽しむと、ベルフ教授はそう言って退室した。

ステル達もしの休憩を挾んで、帰る時間になった。

「じゃあ、リリカさん、また明日」

「大丈夫だと思うけれど、気を付けてね」

「リリカさん、もうしステルさんをお借りしますね」

「気にしないでどんどん使ってください」

「僕は別にリリカさんのじゃないんだけれど……」

學院での別れ際、馬車の前でそんな會話をすると、その場の全員が笑った。

リリカは帰宅。ステルは王を送ってから本日の依頼は終わりとなる。王達は晩餐會だ。

馬車に乗り込みつつ、周囲を探る。怪しい気配は無い。

「それでは、本日はありがとうございました！」

アマンダがリリカに禮をすると、馬車が出発した。

王族向けの揺れのない馬車の中。

者臺に座って見張りをしていたステルに向かって、アマンダが聲をかけてきた。

「ステル様。あの書庫に向かう途中、姫様が私について何か話していましたか」

「アマンダ。そういうことはせめて私のいないところで言わないと」

「いえ、いるからこそ確認したいのです。どうせ私を心配するような話をしたのでしょう？」

わざと聲を大にして言うアマンダ。対して王は困り顔だ。

「まあ、はい」

素直にそう返事をすると、王が顔を橫に逸らした。

「姫様は私が護衛騎士への道を選んだことについて々思うところがあるようです。ですが、私はこの決斷を微塵も後悔しておりません」

アマンダはステルに向かってを張って宣言する。

「私にとって主君たる姫様を護ることこそが誇りであり、生きがいなのです。こうして護衛騎士にまで心を砕いてくださる主君だからこそ、私は仕えたい」

「アマンダ……」

「だから、書庫で姫様が言ったことは気にしないでくださいね」

そう言うアマンダはとても優しく、強い顔をしていた。

「わかりました。……アマンダさんは本當の騎士なんですね」

「栄です」

改めてを張るアマンダを見て、ヘレナ王が照れくさそうに言う。

「ありがとう。アマンダ」

良い主従だ。

馬車の中で寄り添うように座る姫と騎士を見て、ステルは本心からそう思った。