《山育ちの冒険者 この都會(まち)が快適なので旅には出ません》72.遭遇

跡の奧に、それはいた。

道中にあった広い空間に佇む黒い人影。最初に目にったのはその姿だ。

背後の破壊された魔法裝置が、目の前の存在が味方ではないことを如実に現している。

この場にいるステル達以外の存在といえば『落とし子』に他ならない。

「僕が前に出ます。援護を……」

言いながら前に出て魔剣を抜くステル。返事をせずに、アーティカ達も準備を始める。

『落とし子』は漆黒のローブにを包んでいた。人型をしており、長は平均的な人男くらい。格も別も見た目ではわからず、不気味な気配だけが漂ってくる存在だった。

ステルが魔剣に魔力を流すと同時、ヘレナ王が手に持った杖を輝かせ、宣言する。

「王國に仇なす『落とし子』よ、ここで終わりです!」

「……………」

聲を発すること無く、『落とし子』は腕を上げた。

袖口から黒い煙のようなものが流れ出たかと思えば、次の瞬間に太もも程までに大した黒い両腕が現れる。

Advertisement

その姿はまさに異形の怪だ。

おかしい……。

目の前の景に、ステルは違和を覚えた。

目の前の『落とし子』は確かに強敵の気配をじるが、それほどの脅威はじない。せいぜい黒い獣と同程度だ。

話によれば、こんなものではないはずだが……。

とにかく、ここで倒さなきゃっ!

「はああっ!」

疑問があるのは確かだが、目の前にいるのが倒すべき敵なのは間違いない。

気合いの聲と共に、ステルは炎の魔剣を手に突撃する。

炎が煌めく魔剣を『落とし子』はその腕でけ止めた。

切斷を狙ったステルの攻撃は腕の半ばで止まっていた。

「くっ……」

きを一瞬だけ止めたステル目掛けて、左拳が飛んできたが素早く回避。

そして、直前までステルのいた場所に、何枚かのり輝く頁が舞い込んで來た。

アーティカの魔法だ。

頁は魔法へと姿を変え、目映いが弾けたかと思うと『落とし子』が吹き飛んだ。

「やりましたか!」

後ろで魔導剣を構え、王を護る姿勢のアマンダが言う。

「いえ、まだっ」

アーティカの魔法が相當効いたらしく、『落とし子』が倒れ込んだ姿勢のまま、痙攣を繰り返していた。

それを見た王はすかさず手に持った魔導杖を振るった。數十本のり輝く槍が生み出され、『落とし子』を串刺しにする。

「ステルさん、今です!」

「はいっ!」

けなくなった『落とし子』。とどめを刺す絶好の機會に、ステルは魔剣に魔力を一気に流し込む。

魔剣の寶玉が虹に輝き、炎がびる。炎の刃は長剣並となったかと思うと、青白い輝きに包まれた。

「ステル君、一撃分しか効かないけど、魔剣を強化したわ!」

「ありがとうございます!」

アーティカの言葉に、禮を返す。

魔剣の力と魔法の力を手に、一撃を見舞うべく前へと進む。

『落とし子』も何もしないわけではない。全を震わせ、ヘレナ王の生み出したの槍を砕き、黒い腕でステルを迎撃にかかる。

だが、遅すぎる。ステルは『落とし子』の攻撃を余裕を持って回避し、

「だあああっ」

そのまま、気合いと共にを一薙ぎした。

ステルの手に、これまでにない手応えが伝わり、『落とし子』のが見事に両斷される。

「終わった……?」

あっけなさすぎる。

拍子抜けしつつ、二つに分かれた『落とし子』を見下ろす。

その切斷面は魔剣の炎に包まれ、じわじわ灰へと変わりつつあった。

「ステル様、お見事です!」

「やりましたわ!」

賞賛の言葉と共に近くに寄ってくる王と護衛騎士。

同じく近くに來たアーティカは微妙な表をしていた。

恐らく、ステルと同じ気持ちなのだろう。

「なんか、あっさりしすぎていませんか? これじゃあ黒い獣と変わらない」

「そうね、ちょっと見てみましょうか」

アーティカが杖をらせた時だった。

『落とし子』のが崩れ、あっという間に黒い煙と化して消失した。

後には何も殘らない。來ていたすら消え去ってしまった。

「消えた……っ」

「これは、報告で聞いたダークエルフの腕と同じ現象ですわ」

「……謀られたわね」

驚くヘレナ王達を橫目に、アーティカが杖をらせつつ言った。

「謀られた? 罠ってことですか?」

「ええ、消える直前だけれど、魔力を見ることができたわ。これは、黒い獣と同じね。『落とし子』の作り出した尖兵」

「つまり、この道には『落とし子』がいない?」

「すると、他の道は一本しかありませんが……」

「……じゃあ、ラウリさん達が! 行かないと……」

ここが外れならば、『落とし子』がいる可能が高いのは、ラウリ達の場所。

その事実に至り、慌てだしたステルを見て、ヘレナ王が前に出る。

「落ちついてください、ステルさん。もう一つのり口はそれほど遠くありません。そこで、一番腳の早い貴方にお願いがあります。あちらまで私を抱えて走ってくださいますか?」

「ヘレナ王も來るんですか?」

「王家の者の務め……というより、道案が必要でしょう。ステルさんが一目で地図の容を暗記できるなら話は別ですが」

「それは……」

もう一つの道は複雑で対『落とし子』用の罠の多い道。

その全容を知っているヘレナ王は道案に最適だ。

しかし、同時に、王を危険に曬すことになる。

そんなステルの迷いを見抜いたアーティカとアマンダが次々と口を開く。

「私達は後から追いかけるわ。できるだけ早くね」

「ステル様、姫様を宜しくお願い致します」

頭を下げるアマンダを見て、ステルの覚悟も決まった。

「……わかりました。ヘレナ王、失禮します」

をしまい、ヘレナ王を抱え上げる。

相手が武にまとっていても、ステルの筋力なら軽いものだ。

「このような狀況でなければ、楽しい経験なのですけれど……」

なぜか王が頬を赤くしていたが、ステルの心境はそれについて深く考えられる狀態ではない。

「姫様、それは無事に帰ってからにしましょう」

「そうですね。ではステルさん、まずは帰り道です」

「了解です! すいません、後はお願いします!」

「平気よ。あと、これを持っていって。癒やしの魔法薬。役に立つと思う」

そう言って、アーティカが投げ渡したのは小さな瓶にった飲み薬だった。

魔法使いの薬というやつだろう。け取ったそれをポケットにしまうと、ステルは改めて王を抱え直す。

「では、行きます。しっかり捕まってください」

「わかりました」

の腕が、首に回された。彼の長い髪が邪魔をして、し視界が悪いが、問題は無い。

し、揺れると思います」

そんな言葉と共に、ステルは一気に駆けだした。

    人が読んでいる<山育ちの冒険者 この都會(まち)が快適なので旅には出ません>
      クローズメッセージ
      あなたも好きかも
      以下のインストール済みアプリから「楽しむ小説」にアクセスできます
      サインアップのための5800コイン、毎日580コイン。
      最もホットな小説を時間内に更新してください! プッシュして読むために購読してください! 大規模な図書館からの正確な推薦!
      2 次にタップします【ホーム画面に追加】
      1クリックしてください