《僕と狼姉様の十五夜幻想語 ー溫泉旅館から始まるし破廉恥な非日常ー》第3節—神様の居る溫泉—

ベッドの上で、橫になりながら僕はふと、家族みんなで食卓を囲んでいた頃のことを思い出す。

僕と伊代姉が並んで座って、その向かいに父さんと母さん。母さんの作る味しい料理を囲みながら、々な話をしていたあの頃。

僕が東京で、父さんが他界してから今まで、その食卓には母さんと伊代姉の二人しか居なかったんだよね……。

母さんや伊代姉にとっては、あの頃、流し気味に聞いていた父さんの小難しい言い伝えの話。そして、父さん自が見てきたかのように話す、妖かしや神様の話も、しく思えたことだろう。

うん、僕もしいんだけど。その頃から、真剣に聞いてはワクワクしていたにとっては。

今、父さんがいなくなって、母さんは手ひとつ、僕らを育てていかないといけない。

久々に會った母さんは、やっぱり顔に疲れのが見て取れたんだ。なんていうか、その。

「父さん……やっぱり天國に行くの早すぎだよ……」

僕はまだまだ、母さんを十分支えてあげることができないのに……。

そんなことを考えながら、僕は、窓の外から聞こえる蟲の音を、無心に聞いていた。時計の針を見ると、もう17時前。もうそろそろ、浴時間がやってくる。

僕は、アンニュイな気分でそそくさと著替えやら何やら、浴セットを用意する。自室を後にし、旅館の方へ。

縁側を歩きながら、中庭に面した場所にきた。そこで、雪駄に履き替えて行くわけなんだけど。

もう、そこから溫泉までの庭園風景っていうのが、とっても見ものなわけなのです。

庭師さんにお願いして整えてもらってるから、松の木や生け垣なんて均整のとれたアートみたい。枯山水やそこに置かれる巖、庭の間を流れる細い川。赤らんできた景に溶けこむように揺れる燈籠の燈。

そして、涼やかな音を演出する高く澄んだ蟲の音。夜になると、ここは蛍も飛んじゃたったりするからすごいんだよ。

石畳の上、雪駄の底をかろんかろんと鳴らしながら庭園を抜ける。と、石階段が山の方に向かって続いてる。登るにつれて、眼下のものになっていく、まさに日本の原風景とも言える旅館。それを橫目に、山のくぼみに作られた溫泉に行くための、人二人が並んで歩けるほどしか無い、小さな窟の前に出る。

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「この立て札を立ててと……」

満月の夜にはし特殊な立て札を立てる。本當はまだ立てなくてもいいんだけど、どうせもう、この先るの僕しかいないしね。忘れないよう、事前に立てておこうと“銀狼様ご浴中”と、墨で書かれた達筆木札を目立つところに、と。

銀狼、その名の通り、銀しいを持つ狼の神様。その昔、ここにあった村を荒らしていた、恐ろしい神様。そんな神様が、とても気にっているというのが、この先の溫泉なんだ。

満月の夜になるとりに來る。そんな言い伝えが殘る、いわくつきの混浴溫泉だけどそこは、僕にとっても大のお気にり場所なんだ。

満月の夜、狼様のものとなるその溫泉。その時は、お客様はもちろん、僕や母さん、伊代姉の柊家の人間でも、その溫泉にはれないことになってる。

従業員、旅館の主だからといって例外はないんだよ。

そして、その夜になる前の一番ぎりぎりの時間帯が今の時期17時から18時。これが冬になると、もっと早まるんだけどね。

しひんやりとしたその窟を歩いていると、なんだか別世界へのり口を進んでいるみたいな覚になる。

この先には幻想的な世界が広がっている、そんな錯覚。

いや、幻想的な景は広がるんだ。視界が開けたかと思うとそこは、四方を山の斜面で囲まれている。竹垣が立ち、溫泉が湧き、湯船を満たしていっている音が聞こえてきた。

ふんわりと淡く香る硫黃の匂い。これが獨特な溫泉の香りを演出してる。

立ち上る湯気に、ほのかに赤らんだ空。ああ、このじ久しぶりだな。

溫泉の手前には、まだ瑞々(みずみず)しいを殘した、木造の小さな更室。そこへ飛び込んで、スパッと著ていた服をいでいく。

で、生まれたままの姿になった僕。姿見の鏡をあまり見ないようにしつつ、ガラガラと引き戸を開けて浴場へ足を踏みれた。

石材で出來た床の、冷たくが足の裏を伝ってくる、頬をでる暖かな湯気と、鼻孔をくすぐるまったりとした溫泉の香り。

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そして何より、眼前に広がる、一人でるにはあまりに大きな溫泉。

そう、ここの溫泉は結構広いんだ。だからといって、んな種類の溫泉があるわけじゃないけどね。まんまるな形の湯船の簡素な湯船と、溫泉が落ちてくる滝があるくらい。

このシンプルさだからこそ、雄大な景観を味わえるんだ。

「とりあえず洗お、

僕は、ごきげんに鼻歌を歌う。石鹸で、を丹念に洗って、流して、タオルを絞って風呂桶にれてと……。

さて、ようやくあっつい溫泉にるわけだけだ。でも、この琥珀の溫泉は熱い。43度、44度位はあったような。

慣れてさえいれば、熱くないような溫度だろう。でもこれがまた、外の気溫で冷やされたにはこたえるんだよね。

だからゆっくりと足の先から……と。

《アオオオォォォォォォォ――……ン》

驚いて落ちた。豪快に上がる湯飛沫。すごく熱い。心臓が飛び出すかと思った。

なんだよ、今のは。まるで狼の遠吠えじゃないか。

山間に反響して耳にってきたそれは、とても犬の鳴き聲とは思えないものだった。いやいや、狼ってまさか。日本に狼って今いるの? すごいよ、こんなそれらしい狼の遠吠え聞いたの初めてだよ。

「わぷっ……あ、熱いよ」

勢いでもう、肩まで浸かってしまった。だから、あとはこの熱さが馴染むまでじっとしていよう。

「今のすごかったな。日本に狼ってまだいるんだ」

いやいやいや、ちょっと待って、ここで冷靜になっちゃだめだ。狼がいることに、僕は別段疑問はわかない。むしろとても嬉しいし、奇跡の出來事に直面したかのよう。

でも、だ。この遠吠え、ここで聞こえたってことは、結構お客さんにも聞こえてるんじゃなかろうか。下手をすれば猟者が現れるなんてことも……。

いや、でも重ねてちょっと待って……眠い。

突然に、その眠気はやってきた。

無意識のうちに、口元まで湯に浸かってしまって、視界はいつもの半分もない。

まぶたが重たくて上がらない。

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暖かい溫泉のせい? それとも旅の疲れが出たから?

違う、このどうしようもない眠気は……。東京に居た頃は、とんと無くなってたからもうこの質、治ったのかと思ってたのに……。

「だめだ……ここじゃのぼせるし危ない……」

もうほとんど意識はまどろみの中。それでもなんとか湯船から出て、おぼつかない足取りで所へ向かって、扉を閉めた。そのあと、持ってきていたタオルをに巻いて……そこまでは覚えてる。

そこからは……もう、完全に、暖かなまどろみの中……。

そして、僕は夢を見る……。

――……。

「お母さん、鯛、焼けたわよ」

「あらあら、中まで火は通ってるかしら?」

「うん、しっかり。他に手伝うこと無い?」

買い出しから帰ってきた伊代は、夕食の準備をする母、千鶴の手伝いをしていた。八割がた準備は整っており、香ばしかったり、甘かったり、辛かったり。煮付けや、焼きの様々な料理の匂いが、リビングを満たしている。

千鶴は流石、旅館の將だけあって、おっとりとした口調とは裏腹に、てきぱきとしたきで料理をこしらてしまった。一方の伊代はというと、次々と仕事をこなす母のフォローを著実にこなしていたのだ。

家事については長く母を手伝っているおかげで、次は何をすればよいか、直ぐに判斷をつけくことができている。

「そろそろちぃ君呼んできてくれますかぁ?」

「そうね、もう19時前だし、部屋に戻ってるか中庭にいるかしら」

もう、流石に溫泉からは上がっている時間だ、上がっていなければならない時間なのだ。外はもう暗く、まんまるな月も出てしまっているだろう。

こういった言い伝えに関することに執著する千草のことだ。言い伝えで満月の夜の溫泉にってはだめだと忌を定められているのなら、あの子が守らないはずがない。

その認識に例外はない、はずだった。

「千草ー?」

居ない。部屋にも居ないし中庭にも居ないし、まさかまさかの溫泉にいるのかと中庭を抜けて石段を抜けてみてもちゃんと止の札が立っている。

「どこに行ったのかしら?」

ふと夜空を見上げてみると、そこには縁から燈りがれる雲の姿が。

まんまる満月は隠れてしまっているようだ。

昔から、僕にはおかしな異変が起こることがあった。

簡単に言うと、突然眠くなってしまうというものなんだ。それがまた、我慢できるような代じゃない。

   ナルコレプシー癥候群と言うものがあるよね? でも、お醫者様が言うにはそういった病気じゃ無いらしい。

なんで眠くなるのか、わからないんだ。例えるならそれは……そう、催眠にかかったような狀態。

そうして眠った時は、決まって同じような夢を見る。

白い、白いらかな夢を。

……。

「ふあッ」

ふと意識が現実を持ち、に重みが戻ってくる。うつ伏せで寢ているからお腹や頬が冷たいよ。

うう……まさかこんな時に寢ちゃうなんて……なんてこったい。

タイミングが悪いなんてものじゃないよ。ほら、もう時計は七時回っちゃってるよ! 軽くレッドゾーンだよう……。

とりあえずタオル巻いだけだったからし寒い、が冷えちゃってる。本當は湯に浸かり直したいところなんだけど、急いで出ないといけない。

服を來て、僕は所から外へ出ようと引き戸に手をかけた……んだけど、開かない。

建て付けが悪いのだろうか、まだ新しい扉なのに。

「ううううん」

開かない。噓だぁ、って來る時はあんなにスムーズに開いてくれたじゃないか!

他のところから出ようと思っても、この所の窓には木の格子が取り付けられていて出られないし……。

「こうなったら一度浴場の方へ出て所から出るしか……」

一瞬なら大丈夫じゃないかな、うん……なんて、思っていると浴場の方から音がした。

ざばり、ばしゃり。持ち上げられた湯が湯船の湯に落ちる音。

息をするのを忘れるほど、僕は驚いた。中の筋直し、ただその音が空耳じゃないかと、何度も確認することしかできなかった。

誰もっていないはず、立て札もすでに立ててあるし。でも、お客様が間違ってっているってことは、ありえないとは言い切れない。僕が寢ていたのは男所だ。所は素通りできるようになっていたし。

でも、このの芯を震わせるようなは? そしてなぜか、この場を満たす不思議な空気がもたらす懐かしさは一……。

「もし、かして……いるのかな。銀の狼、その神様が……」

見てはいけないと頭ではわかっているのに、止められない好奇心。

恐ろしいと記されていた、かつての神様の姿はそれはもうすごいものなんだろう。大きな大きな狼の姿をしているのか、はたまた別の何かか。

どうせ、ここからじゃ出れないんだ。ずっと待っとくくらいなら……しくらい覗いたって罰は當たらないんじゃないかな?

「いや、り口が開かないんだ。もし浴場側の扉も開かなかったらどうしよう」

ひたひたと浴場に出るための引き戸へ近寄って、取っ手に手をかけし力を込めてみる……と、いた。驚くほどあっけなく。

湯が落ちる音はまだ聞こえてる。覗けるくらいの隙間を作って、高鳴る鼓を抑えながらぐっと息を止め、恐る恐るその隙間へ顔を近づけて……。

淡く立ち上る湯気の中に、その後ろ姿を見た。

(銀の……髪?)

、じゃなかった。狼だったらなんて思っていたから、髪であることに違和を持ったんだ。おおよそ日本人とは思えない、艶やかに輝く銀の長い髪を細くて白い背に這わせ、それを伝って湯の球が滴り落ちてる。

(それに……頭とおしりの……)

小さな頭にツンと立った獣の耳。それに張りのある、形の良い、らかそうなおしり。その尾てい骨あたりからふわりと生えている、大きくて立派な、銀を持つ尾。

その尾はゆっくりとだけど、左右に振られてる。明らかに、偽尾じゃないことが伺える。

(なんて……綺麗な……)

今自分この世のものとは思えない、しい幻想を見ている。その自覚がどんどん表層に出てきて、引き戸を閉めないととするけどどうも、そのあまりに妖艶な後ろ姿から目が離せなくなっていた。

まばたきをすることも忘れて、その後姿を凝視してしまった。すると、彼の頭の尖った獣耳がぴくっといたことに気がつく。

「ここに人間が來るのは久しいの……かかっ」

足は向こうを向けたまま、腰を捻って肩越しに僕に見せた橫顔。僕は逃げることすら忘れてしまうほど魅了された。悪戯な笑みを浮かべ、口角の上がったと、切れ長の目に覗く寶石のように紅い紅い瞳。

やけに扇的なその聲は、優しく、けるように僕をしてきていた。

「そこで覗いておるのはわかっておるぞ……? くふふ、お前さんの視線でが焼けそうじゃ。ほれ、その戸を開いて顔を見せるがよい」

頭がくらくらする。甘く囁くようにうその言葉は僕の脳髄を溶かしてしまったようだ。出て行ってはいけない、これは忌なんだと考える思考もどこかへ飛んでしまっていた。

ぼんやりとした頭でその戸を開けようとする、と。僕が開けるまでもなく、すごい勢いで引き戸が開く。僕のが、まるで強い磁力に引っ張られるかのように、浴場へ放り出された。

「うわわわ!」

けていた頭が、冷水をかけられたかのように引き締まり、意識がはっきりする。

前につんのめりながら、僕は怪しく笑みを浮かべる全の獣耳お姉さんの前へ姿を曬してしまう。

一方のお姉さんは僕がいるのに全くじず、そのしいを隠そうともせず天風呂から上がって、ここにってきた僕の前へ。

息を飲むほど綺麗な顔立ち……とてもかなと、薄く割れた腹筋にくびれた腰つき。牙のような尖った歯をにやけたからちらりと覗かせ、背の高い彼し前かがみになって僕の顎に指先を當てて、顎を上げさせられ。

「うぬが何者かは知らんが、月が満ちる夜にこの場所へるのは忌じゃ。分かっておろうの……?」

「う、うん……ごめんなさい」

「くふふ、いんやぁ? 許せんなぁ。……さて、どうしてくれようか。このまま山へ連れて餌にしてもよいが……かか、やけにらしい顔をしておる。み者として飼い殺すのも良いかも知れぬ」

相変わらず、艶っぽいのある聲でそんなことを口にする彼は、本當に銀狼様なんだろうか。そんな疑問よりも言われていることが騒で僕はなかなか正を聞き出せずに……。

「うう、勝手にっちゃってごめんなさい……僕、夜になる前にここにってて、それで寢ちゃって……」

多分、怖さが好奇心に勝っちゃんたんだろう。聲が上ずって、し涙も出てきた。けなく潤んだ瞳で、彼を見つめて許しを請おうとすると……。

「ほう、よい、よいな、たまらんのう。くふふ……なんと儂の琴線にれることよ。うぬは餌として食わず、儂が飼ってやろう。をひん剝いてその貪った時の聲が今から待ち遠しいわ……かかかっ」

とても楽しそうに、愉悅からくる興に、表を歪ませてそんなことを言う彼。だめだ、彼の中で僕の処遇は決まってしまってるらしい。多分、彼は僕を連れて行く。どこかはわからないけど、もうここへは戻れないところへ。

それは嫌だ。やっと僕はこの家に戻ってきたんだ。これから新しい高校にも通う。

でも、だめだ。そこに僕の憧れた言い伝えがあるかも知れないと思うと、完全に拒絶する気にはなれない。

「あなたは……言い伝えの……神様なのですか?」

ようやく言うことができた。ここに來て、変な躊躇いを持ったことが幸いした。自分の中でのはっきりとした道標を得るために、その質問を捻出することができた。

「言い伝え、のう。うぬの言うところの神、と言えばそうじゃの。この立派な尾と耳が見えんか? 誇り高き狼じゃ。それを聞いてどうする?」

「いえ、なら僕は本當に、何の疑いの余地もなく、忌を破ったんですね……。なら、なら僕は大人しくあなたについて行きます。銀狼様」

そう言うと、彼はたいそう冷めた表を浮かべて、言った。

「ふん、何じゃつまらんの。もうめてやろうと――……ん?」

ふい、と、視線が僕からズレた瞬間を見計らって、踵を返し全力で駈け出した。その突然の僕の行に呆気にとられたのか、神様はあろうことか棒立ちで……。

いやいや誰が大人しく付いて行くってんですか。帰ってきて間もないのに神隠しなんて笑えないし。

「あの壁さえよじ登れれば……!」

所橫の外から、中が見えないように立てられたその壁は、よじ登れないほどの高さじゃない。こうして勢いをつけてやれば問題なく登れるだろう。

このままいければ、だけど。

なんだろう、僕の走る足音以外に、犬か何かの足音が橫から聞こえてくる。まだ遠いけど、それはとんでもない早さでこっちに向かってきてる事がわかる。

ふと、橫目にその姿を捉えてしまった。溫泉周りに立てられた長い衝立の上。その、人では到底歩けないであろう強度と、細さのそこに飛び移り、こっちに向かって走ってきている……凜々しい犬。いや、狼。灰を持つ狼だった。

その狼は衝立の上から僕に狙いをつけると、その細く不確かな足場を蹴って跳んできた。

「うぼっ」

前足、両方の前足が僕の顔面を押さえつけるように直撃。衝撃で後方にすっ転び、危うく後頭部をい石の床に打ち付けるところだった。

『わうっ』

「いたたた……」

あろうことか、僕より小さなに制圧されてしまった……。僕の顔面を踏みつけた狼は僕を威嚇することもなく、大人しく仰向けに倒れた僕のお腹の上に座ってる。

「ようやったの、汰鞠。まさか逃げ出すとは思わなんだ。かかかっ」

倒れた狀態のまま、上を見上げるようにして近づいてくる聲の主を見る。神様は素っで堂々と歩いてくる。あ、ヤバいこれアングルやばい。たまらず視線を逸らしてしまったけど、僕の頭上で彼はしゃがみ顔を覗きこんできた。垂れた銀の髪が僕の頬をでる。

「逃げても無駄じゃ。儂には優秀な子らが居るからの」

「うう……もう煮るなり焼くなり好きにして……」

手も足も出ないってのは、こんな狀況のことを言うんだろうか。あーあ、できればせめて最後に、母さんと伊代姉の顔を見ておきたかったな……。

『わう』

「うん?」

と、神様と狼の様子がし変わる。狼が僕の服のポケット辺りに鼻を這わせてすんすんと匂いを嗅いで、一度鳴く。それに反応した神様は何の躊躇いもなくポケットを弄り……。

「あっは! くすぐったいよっ」

「これ、大人しくせんと喰うぞ」

「ごめんなさい」

で、そのポケットから神様が見つけたのは、僕が父さんにもらった札だった。

僕のポケットからするりと抜き出したその札。それを、まじまじと見た銀の神様は、その札が何なのか察しがついたらしく。

「この札は……つかぬことを聞くが、うぬ、柊京矢を知っておるか」

「えっ、なんで父さんの名前をっ?」

「ぬ、父とな」

えっ、えっ? なんだか風向きが変わってきたぞ? 何故か目の前の神様は僕の父さんの名前を知っていて、僕がその息子だと知ると途端に様子が変わってしまった。

「うぬ、京矢のせがれか?」

「う、うんそうですよ?」

「ほう……、ほう、うぬが……、かかかっ! そうか、そうかそうかうぬが京矢のせがれか! 匂いも見た目も似つかんからわからんかった!」

急に大人しくなったかと思うと、快活に笑い出す始末。僕が父さんの息子だったら何なんだろう。

「くくく、脅かしてすまんかったの。まさかうぬのようならしいのがあやつのせがれとは。この札はあやつから預かったのじゃろう? ん?」

僕が誰なのかわかったっていうのに、彼はタオルも巻かず全のまま笑いかけてきて、ずいずい寄ってくる。

「これは父さんから預かりました。でもなんで父さんを知ってるんですか?」

「うん? 京矢とはよくここで酒を呑んでおった。まぁ、呑み仲間じゃな」

ええええ!? 父さん神様となにしてるんだよ!! その神様は楽しげにお尾をふりふりと左右に大きく振りながら僕に背を向けてもう一度湯船の方にぺたぺたと歩いて行って、ザパリとお湯に浸かってしまった。

「ほれ、ぬしもいでこっちへこんか。が隨分冷えとるじゃろ?」

「でも僕男だし……」

「かかか、細かいことを言っておるでないわ。風邪をひいてはいかん、早くせい」

『わうっ』

神様に急かされて、足元の狼さんに吠えられて。僕は、所でそそくさと服をいだ後、タオルを巻いて湯船に直行した。

そして、言われるがままに神様の隣にしゃがんで、暖かな湯を堪能……できるか! ヤバいすさまじいスタイルのお姉さんが、獣耳尾の銀髪お姉さんがすぐ隣にいるのに落ち著いて溫泉にれるわけないじゃないか!!

「なんじゃ、隨分張しておるな。口まで浸からんでもよいじゃろ」

「流石にこの狀況で張するなと言われるのは無茶ですよ……」

「ふむ、まあよい。それよりもこの札じゃがな」

ぺらりと僕の前に差し出してきた赤い札。それを……。

「ぬしの手で破ってしいのじゃが」

「や、やぶっ!? それ父さんがしたものなんだけど!」

「そうするために、奴はぬしに持たせたのじゃ。そうすることで儂は京矢との約束を果たすことができるようになるでな」

元々僕に破られるためにこの札はあったのか? それに、父さんとの約束って……。でもまあ言うとおりにしてみれば何が起こるだろう。渡されたその札を、僕は急かされるままに思い切り良く真っ二つに破ってしまった。

「こ、これでいいんですか」

「うむ、よい。見事封を破ってくれたのう」

その破った札を、彼はその艶やかなで挾む。すると、おもむろにパクリと口にれて、ゴクリと飲み込んでしまった。そんなものを平気で食べてしまう辺り、彼は本當に人では無いらしい。

「何の封だったんですか?」

「儂を山と祠に封印しておくためのものじゃ。月の満ちる夜だけ、ここへ來ることができるがの。まぁなんじゃ、これで儂は自由のになったわけじゃが」

えっ……その封印って破っていいものだったの? 祠に封印ってことは、この神様が恐ろしい神様だから封印していたってことだよね。

「くふふ、ぬしが何を考えておるのか丸わかりじゃ。コロコロと顔がよう変わる。わかりやすくてよいの」

「うう……」

「安心せい、儂も隨分丸くなった。よほどのことが無い限り暴れたりせんわ。それよりじゃ、この封をぬしが破るのは京矢との約束じゃった。そして、その封を破るかわりに頼まれたことがあっての」

「頼まれたこと?」

「そう、奴は最後にここに來た時こう言った」

“君を縛る封印を解く、その代わりひとつ約束してしい。僕が、この世を去った後、僕の大事な息子の面倒を見てやってしいんだ”

「とな」

父さんが何故、そんなことを彼に頼んだのかはわからない。でも……。

「かかっ、律儀に守るような約束事でもないのじゃがな。しかし、儂も今の人の世には興味がある。それに封が解けるのは魅力的じゃ」

銀狼様はそう言いながら立ち上がる。その筆舌に盡くしがたいほどしい肢に、釘付けになってしまった。うっすらと割れた腹筋が、彼の狼らしさを際立たせているみたいだ。彼は、むっちりとした太ももで、湯をかき分けながら浴槽の中央へ歩いて行った。

「ふふ、この稀有な出會いも何かの縁じゃ。儂は京矢の言葉通りこの永き命、ぬしのために使うてやろう」

と、銀狼様は高く上がったまんまるお月様を仰ぎ、高笑いした。僕はその神的な景にただただ圧倒され続けていて、しばらく呆けていることしかできなかったけど。

はそんな僕を愉快げに一瞥し、湯船から出てお付の狼さんを呼ぶ。その狼さんの背には黒い著と、その上に絹で出來た、いわゆる僕達の言うところのバスタオルが。

いやいや、タオルが絹ってどういうことなんだと。一瞬、帯かと思ったけどぜんぜん違うようで。湯でしっとりと濡れた、白くらかそうな珠をさらりと拭きあげた。そのあと、何の神通力なのか、その著と腰帯を浮かせて纏ってみせた。

最後にまとめあげた髪を簪で留めて。

それにしてもきれいな著だ。し厚い黒い生地に銀の刺繍が施されてる。まさに神様が著るにふさわしいものなんだろう。でもし著崩して元は大きく開いてる。がとんでもなく大きいから見える雙丘の谷間も相當な深さがある。

まるで花魁じゃないか!

「あの……下著は」

「下著? あの無駄な當てと、ぐらの布のことかの? いらぬ。鬱陶しいだけじゃ」

って、つけないはいてない神様なんだよ銀狼様って……。

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