「さて、では我が家の息子の帰宅と」

「銀狼様を歓迎して」

「かんぱーい！」

「おお、乾杯じゃ」

グラス同士がぶつかる。小気味良い音と共に、し遅めの夕食が始まった。乾杯と言ってぶつけたグラスの中のお茶を、ぐいっと飲み干して。

久々の家族と、そして初めましての神様と、味しい豪華な料理を食べて。どんどん膨らむ會話に、食卓はどんどん華やかさを増していってた。

「東京ってどんなところだった？　楽しかったの？」

「楽しかったよ。すごい華やかだったし、し移するだけで高いビルばっかり並んでたりしちゃって。でもなんだろうな、地元だからっていうのもあるんだろうけど、やっぱりここが一番しっくりくるよ」

おじいちゃん、おばあちゃんの家は、都會によくある綺麗で現代的な家じゃなかったんだ。和風建築の、古い素樸な家。だから、違和なく過ごせてたんだけどね。

「ほう、食の中ではが一番かと思っておったが、葉のもいけるのう。味付けが良いのじゃな」

「銀狼様に褒めていただけると、誇らしいですねぇ」

隨分と分かりやすい、どや顔をした母さんがおかしくて、僕はけらけらと笑う。料理の一品一品に、銀はいちいち想を言ってた。そんな中、伊代姉は僕の口についた米粒を、すっと指でとって食べちゃった。恥ずかしくて顔を真っ赤にする僕を見て、にやにやと笑みを浮かべたり。

伊代姉が、弓道部の一年の中では、ダントツの腕を見せてるって話を改めて母さんがした。余計なこと言わないでって、今度は伊代姉が顔を真っ赤にしたり。

そんな楽しげな會話を、料理を食べ終えて満足している銀は、微笑ましそうに眺めてた。

（京矢のやつめ、隨分と幸せそうな家族を殘したようじゃの）

ーー……彼は、この食卓に置かれた四つの椅子の一つに座っている。先程、柊一家の三人がしていた話から、この場所は本來柊京矢が座っていた席だと知った。ここに、彼が居れば、だ。自分はここに來る事もなかったのかと、複雑な心境で居住まいを正す。

千草、伊代、そしてその二人の母、千鶴。そこに京矢が居れば、どのような話をしていただろうか。そんなことを思っていると。

「銀って、本當に綺麗な髪してるよね」

「うん？」

ーー……。

食事が終わって、主賓はゆっくり休んでなさいなんて言われた。せっかく、後片付けを手伝おうと思ったのに、伊代姉と母さんに手伝いを斷られたんだ。仕方ないから僕は、リビングに銀と並んで、おとなしく座った。膨れたお腹をさすりながら、食事の余韻に浸ってたんだ。で、ふと銀の綺麗な銀の髪が気になって、そんなことを言ってしまっていた。

「くふふ、自慢のじゃ。褒めるところをわかっておるのう、ぬし」

銀の頭のお耳がぴこぴこと跳ねた。その上、尾が振られ、ぱたぱたと床に當たって音を立ててる。

よし、うまくご機嫌を取れたみたいだ。よし、僕の目的を、うまくぶっこむことができるかもしれないぞ……。

そう、銀のあのらかそうで、暖かそうな立派な尾。それを、もふもふとさせてもらうという目的を！

「銀、ちょっと気になってたんだけどね、その尾らせてもらっても」

「だめじゃ」

「ううっ、そんな食い気味に斷らなくてもっ」

ダメだった！　かなりキッパリと斷られたんだけど……、何故だろう。いやまぁ、尾が大切なところだっていうのはわかるよ。でも、ちょっと、ちょっとだけもふりたいだけなんだよ。

「じゃあその頭のお耳は」

「いやじゃ」

「くっ、やっぱりダメなのか……」

「儂のこの尾と耳は、狼としての誇りじゃ。そう軽々しくれてよいものではないのじゃぞ。どうしてもというなら、そうじゃな……換條件として」

そこで銀は床に手をつきながら、僕の耳に、その艶やかなを寄せて甘い吐息を漂わせながら、妖しく囁いた。

「ぬしを一夜ひとよ、可がらせてもらえるというのなら……考えんでもないがのう……？」

「うわわっわわ」

「くふふ、いのう。お顔が真っ赤じゃぞ」

ダメだぁ、完全にからかわれちゃってらー！　なんだよ、この狼様いちいち気があるんだもの！　銀は慌てる僕が面白いのか、にやにやと悪戯な笑みを浮かべるばかり。

うう……、これじゃあ銀の尾をモフれるのは、隨分先になりそうだなぁ。

「儂は世話の焼けそうな、らしい男おの子こは好きじゃぞ。イジメてもよし、可がってもよし、に敷いてもよしの捨てるとこ無しじゃ」

「僕そこまでなよなよしてないよ、多分……」

「存分に、儂を頼れということじゃ。面倒ごとはあまり好きではないが、頼られること自は悪く思わんからの」

これから僕は、銀に々と頼ることになるんだろうか。といっても、そうそう神様に頼るほど困ることなんて、普通に暮らしていればないと思う……のだけど。

いや、そういうことじゃないんだろうな。父さんが、母さんや伊代姉だけじゃなくて、銀狼様にも僕をお願いしたってことはだ。きっと、何かを案じてのことなんだ。

そしてそれは多分、僕が東京に行かされたこととも繋がってるんだろう。

「それはそうと千草」

「なに？」

「京矢の墓はどこにある？　この近くなのじゃろ？」

「そうだよ、どうしてわかったの？」

本來、お墓ってものは霊園なんかに建てるものだ。家の敷地に建てるものじゃないはず。近くにあるかどうか、確信を持って言う銀には、し驚かされた。

父さんのお墓の場所は僕、言ってなかったんだけどな。

「案してもらえると助かるのじゃが。し、面つらを合わせておこうと思うての」

「いいよ、じゃあこっちにきて」

僕は、伊代姉と母さんに、どこに行くのか伝えてから、再び池の飛び地にある、父さんのお墓のところへ行くことになった。

明るい時とは違って今は夜。耳をくすぐる蟲の音と、足元を照らす燈篭。その、暖の燈り。

雪駄の底が、石畳を叩く音が二つ、蟲の音を分けながら進んでいく。

この風ある雰囲気がなんとも言えない。東京にいた時は、どこもかしこも人工のでキラキラしていたから。

このやんわり、まったりとしていて、涼しげなこの環境が。心に沁みてとても心地いい。

「ここだよ、この飛び石を渡った先にあるのが父さんのお墓」

「ふむ」

僕が先に池にある飛び石を渡っていく。と、それに続くように銀も渡ってきた。父さんの墓を見るや否や、立派な墓石を建てたなと心していた。

銀は、お墓の前で手をあわせることも、しゃがむこともしない。ただ、墓石を見下ろしながら、元からするりと何か取り出した。長細くて、先が丸くなってる……。これは、おじいちゃんも使ってたぞ。

「それ、煙管きせる？」

「うむ、よく知っておるな。今では使わんのじゃろ？」

「おじいちゃんが使ってたんだ。すーぱっぱ、すーぱっぱって。えへ」

煙管を吸うおじいちゃんの真似をして、照れ笑いした僕を見て、笑う銀。銀の煙管は見るからに高級そうなだ。火皿、雁首がんくび、吸い口は銀、羅宇らうは黒檀こくたんでできていているみたい。それをし、右手で弄もてあそんでから、左手人差し指に燈った、銀の火を火皿の上に持っていく。

とても綺麗な火だ。長く見つめていると、魅られてその場からけなくなるくらいに。

現実からの逃避を促す、小さく揺らめいているその銀の火。それは、すとんと火皿に落とされて、一際大きな輝きを見せた後消えた。そのあと、ふわりと紫煙を漂わせてる。どういう構造になってるんだろう。

刻んだ草もれてないし、煙草盆いらずなんだな。そういえば、おじいちゃんが吸っているときは、火れの中で赤くなる炭を眺めるのが好きだったなあ。

悠々と艶なまめかしい口に、咥えて離す。すぅっと細く吐き出される銀の紫煙は、風に流されて墓石の向こうに消えていく。

「……ふん、挨拶もなしに逝きおって」

「……」

ぼそりとそう呟いた銀。僕は、何も言うことができなかった。多分、その言葉にはいろんなが込められていたんだと思う。

「銀は父さんの事好きだったの？」

「くふふ、馬鹿を言うでないわ。言ったじゃろ、こやつとはただの呑み仲じゃ。ただの退屈しのぎ、話し弾みこそすれそういったは全くなかったのう。それにこやつは儂の好みではなかったからの。まぁ、不思議な間柄であったことは間違いないが」

そこになんの揺も見られなかった。銀の言っていることは、紛れもない事実なんだろう。また銀は、煙管の吸口を咥えて煙を燻くすぶららせる。

その、様になっている作がなんだか切なげだ。目を細めて墓石を見下ろす彼は、どこか泣いているように見えたんだ。

「し冷えるのう。風邪をひいてはいかん、ぬしは先に戻っておいてくれんか？」

「あ……うん」

し一人にしてほしい。素直に、そう言えばいいのに。下手に気を遣っちゃってくれるものだから、僕も曖昧な返事しか返せなかった。僕から気を遣えよって話なんだけれどね。

ここで斷る理由もないから、僕は素直に返事して、ここから立ち去ることにする。銀にも、呑み仲間に積もる話があるんだろう。

「かか、素直なよい子じゃ。遙か昔、儂への贄として差し出されたどの男おの子こよりらしいわ。まだ中までは把握できておらんが、あの様子じゃと、きっと清らかで無垢なのじゃろうの。京矢」

目を閉じ、まるで話し相手がその墓石に居るかのように獨り言。銀自、それをわかっていながら、思うところをつらつらと言葉にし。

「しかし、確かにあの子は普通ではないの。ぬしが儂に頼ったのも納得がいく」

何が普通ではないのか。それは的に言い表さなかったが、彼はどこか楽しげに、表を綻ほころばせ。

「儂わしもまた、こうして人里を歩ける日が來るとは思っておらなんだ。その點においては謝せねばならんな。ちょうど退屈しておったところじゃ。また、霊酒れいしゅでもれば馳走ちそうしてやろう」