《僕と狼姉様の十五夜幻想語 ー溫泉旅館から始まるし破廉恥な非日常ー》第11節—迷い—
「出てきたのかな……?」
頬をでては過ぎてゆく乾いた風。さっきまでのっぽさはもう、どこかへ消えていた。
空はまだまだ青いけれど、早く帰って銀にこの酒瓶を渡そう。
「……あれ? ここどこだろう。祠は? てっきり、あの祠に出てくるのかと思ってたんだけど……違うのかな」
ったところが銀の祠だったから、出てくるところもそうかと思っていたんだ。でも、ちがうみたい。
いや、違うとかいうレベルじゃない。なんだここ。
見渡す限り、太い縄が縦橫無盡に張り巡らされてる。山の木に引っ掛けてはばし、引っ掛けては囲み。まるで何かの結界のようで気味が悪い。
まだ山の中だということはわかる。でも、この縄だらけの広場がなんなのか……いや、小屋がある。ちょうど、この張り巡らされた縄がわる中心點。そこに、小汚い小さな小屋が建ってる。
「なんだろう、あんまりいいじはしないな、ん?」
ふと、背筋に寒気が走る。悪寒じゃないんだ。誰かに見られているかのような、漠然とした気配。
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周りを見渡してみると、所々が欠けて、朱の塗裝もはげてしまっている、腐った木の鳥居を見つけた。
その、下に居る。なにがって、首のない三橫に並んだお地蔵さん。その首なし三地蔵は、間違いなくこちらにを向けて立ってる。
「なんで、あのお地蔵さんがここにいるの……?」
よく見ると、普段なら石の臺座に鎮座している彼らの足音にはただ地面しかなかった。
まるで、自分の足でここに來たかのように。
初めからあそこにいた可能だってある。首なし三地蔵が、もう1セット居たっておかしくはないしね。
でもなんだろう、ここには長く居てはいけないじがする。あのお地蔵さんも、そして僕も。
「だめだ、あの小屋が気になる……。ちょっとだけ、覗いてみようかな」
何を思ったのか、僕はこの不可解な広場の中心に向かって、歩を進めていく。
【いいかい? 千草。この山には銀狼様が祀られている祠と、もう一つ、不思議な場所があるんだ】
歩いていると、ふと思い出す。父さんから昔聞いた言い伝えを。
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斷片的に、まるでパズルでもしているかのように、部分部分を思い出しては繋げていく。
【そこにはずっとずっと昔から、迷い続けてる子達がいるから】
【とても、怖いところなんだ】
それにしても、古い小屋だなあ。銀の祠と同じで、立て付けが悪くなってる。扉がなかなか開いてくれない。一度酒瓶を地面に置いて。両手で……。
ガタガタ、ガタガタ。軋みながらもしずつ開いてくる、ささくれ立った木の引き戸。
【見つけても、絶対に】
【絶対にってはいけないよ】
んん……よし、もうしで開きそうだ。
【千草も、その子たちと一緒のモノになってしまうからね】
あともうしと、腕に力を込めると勢い良く開いた引き戸。カビ臭い……すえた臭いと埃が舞ってしまった。
なにここ……臭い」
カビの臭いに混じって、鼻をつく臭いがする。なにかが腐ったような、刺激臭だ。でもその臭いは、ふと鼻をつく時があるという程度。あまり意識しなければ、なんのことはないな。
それよりも気になるのは、今にも抜けそうな、板張りの床。そこに散らばった無數のガラス狀のもの。
拾い上げて、開け放ったり口から差すのに當てる。するとそれは、過剰にを反して僕の顔を照らしてくれた。眩しくて顔を背けてしまった。でも、これがなんなのかはわかった。
割れた鏡だ。割れた鏡が、この小屋の床一面に散らばってる。
「なんで、鏡がこんなに散らばってるんだろう」
なんで、どうして。僕のいけないところだ。気になりだすと、その疑問に対する答えがしくて、見つけたくて我慢できなくなる。
好奇心旺盛だというのとは、若干方向が違うかもしれない。
「あれなんだろ……天井から、何か吊られてる?」
小屋の中を見渡してみると、正面、部屋の中央に何かを見つけた。何本かの太めの紐で、なにかが床につくかつかないかのところに吊り下げられてる。
ああいや、だめだ。これは見つけちゃダメなやつだった。
それは、手のひらくらいの大きさの、人型をした何かだったんだ。マネキンのように全のっぺりとした質。でも、頭の部分にはなぜかパックリと開いた赤い口と……。深く暗い、歪んだ木のうろのような眼まなこが、不自然な位置に二つ、ついてる。
首、両腕に雁字搦めにされた糸に吊り下げられた、その不可解な人形。やけに長い手足を、だらりと床に向けてる。
これが……、父さんの言っていた、迷い続けている子達なのかな?
それにしては、迷っているというより、縛り付けられているといった風だ。しかも、複數じゃないし。
でも、さっきじていた、鼻に付く臭いは間違いなく、この人形から流れてきていることがわかった。
近づくにつれて、強くなる臭い。
「!!!」
人間、本當に驚いた時は聲を上がられないって。父さんから聞いたことがある。
まさにそれだった。僕があと一歩で、その人形にれられそうな距離まで來た時だった。
何が琴線にれたのかは知らない。その人形は、可する部分なんて一切無いにも関わらず、カクッと首をかして、そのうろのような眼をこっちに向けてきたんだ。
怖い、でも目を逸らせない。人の防衛本能なのか、様子を伺うために、その不可解なものに釘付けになってしまってる。
沈みかけて、朱に染まったのに照らされた、その眼。奧の方でなにか、蠢いているのが見えた。
「ふっ……うっ……」
変な聲出た。これ以上いけない!! 本能でそう察した僕は、目を合わせたままゆっくりと、出口に向かって、後退あとずさりしていく。
もうし、もうしだ、出口まで。退いていく僕の姿を、あの二つのうろはぴったりと捉えてきてる。
時折、カクカクと不気味に揺れる人形の頭。痙攣したように跳ねる腕と足。それを目にしている、僕の恐怖を掻き立てる。
先日、伊代姉から聞いた、ものすっごいアクティブにくお人形の話。もっとちゃんと聞いて、心の準備しておけばよかったな……!
震える足をなんとか出口に運ぶことまではできた。人形も、紐を振り切って襲ってくるなんてことはない。こっちを見てはいるものの、ずっと天井からつられているだけ。
これなら、もう、背中を向けて一直線に駆け出してもいいんじゃないか。と、心の中で、カウントする。……3、2、1ッ。
バッと振り返って、腹に力を込めて地面を蹴ろう、と、したところで。今度はとんでもない悲鳴が出た。さっき出なかった分、をかけて大きな悲鳴が出た。
さっきまで、外の鳥居の下にいたはずの首なし三地蔵。その地蔵たちが、小屋のり口まで來てた。
鳥居の下には何もない。いてるんだ、この地蔵たちは。
でも、生きているような気配は全くじられない。ただ、首の無い三の地蔵が、小屋に近づいてきてた。驚いて、思いっきり後ろに倒れて餅をついてしまった。
持っていた酒瓶が盛大に割れてしまう。中のお酒が小屋の床に広がって、鏡を濡らしていく。
痛い……。手をついたときに、床の鏡で手を切ったみたいだ。熱さと共に、じんとした痛み。お酒に浸かってしまって、が出てるのかどうかはわからないけど。
『おっ、かあ……おと、う……』
「今度は何……!?」
あの人形から、聲が発せられたと気づくのにそう時間はかからなかった。
割って床にこぼし、広がったお酒。それを、あの人形が飲んでいるみたい。
頭を下、足を上に向けた無理矢理な勢で。
「うそだ……」
飲むたびに、が大きくなる。そののっぺりとした人形の、有機質なが。
がんじがらめにしていた紐は、次第に引きちぎられていってる。
僕のの、二倍くらいの大きさになったその人形は。前かがみになりながら、小屋の中心に立って。
まるで、ノイズのかかった、たくさんの赤子の泣き聲のようなびを上げる。
鼓が破れそうだ。頭の中がぐちゃぐちゃにかき回されて、胃の中でドロドロに溶けた何かが、這い回ってる。
目の前の巨大な人形のうろの中には、小さな目玉が浮いていた。
うろの中で、カタカタと震えるその目玉は、次第に僕へと焦點を合わせてきた。そして、聞き取りずらい、ノイズのったような聲で。
“お家に、帰りたい”
そう言った、ように聞こえた。
そこで、僕のの震えは一旦止まった。続けて聞こえてきたのが、おっかあ、おっとう……、お母さんと、お父さんだ。
“ずっと迷い続けている子達がいる”……そう言われたことがある。そうだ、この人形は迷ってるんだ。何の理由でかは知らないけど、お母さんと、お父さんを探してる。
大きく、醜くなったその人形は、じりじりと僕に近づいてきてる。逃げなくちゃいけない……。後ろのお地蔵様を無視して、逃げないと。
でも、スイッチがったかのように、僕はその人形と向き合った。人形の歪んだ口から漂う刺激臭。もしかしたら、この鼻が曲がるどころではないこれが……、腐った臓腑の臭いというやつなんだろうか。
うわ言のように、ここから出たい、帰りたい。なんて、雑音のった聲が聞こえてくる。
「ねえ、君のお母さんとお父さんは……ここにはいないよ?」
ビタリ。大した人形の全が、前進が止まる。まるで、時がかなくなったように、視點の定まらなかった目玉が、僕をまっすぐ見て。
思い出したように戦慄わなないた。嫌なき聲を上げてる。はっきり言いすぎたかな。
「でも、君をここから出してあげることは、できるかもしれない。頼ってくれるのなら、僕がなんとかする」
そう、できるだけ落ち著いた聲で優しく言ったら、苦しそうなき聲が止んだ。うろの中の目玉にも、どこか生気が宿ってる。
『に……にに、にいじあ』
にいちゃん、とでも言ったんだろうか。僕のことを、認識してくれたみたいだ。よかった、話が通じるのかもしれない……聞くじ、まだい子供のようだけど。
『にぃ……にに、逃げ、テテテテ』
「いッ!!?」
人形の頭、そのうろのような闇の中。ぼつぼつと、ごろごろと、浮き上がってきて、飛び出した無數の目玉。
迷っている“子達”だ。ひとりじゃ、ないんだ。
何かの腫瘍みたいに集まって大したその目玉たちは、一斉に僕の方を見た。
今度は、その無數の、無念や恨みの言葉自がノイズとなって、僕の頭をかき回し。
ひるんだ僕のを、その人形の大きな手が摑もう、と……。
《早速何をやっておるのじゃ、ぬしは》
頭に響く、澄んだ聲。やけに年寄りめいた口調だけど、聲はとても若く艶があるの人のそれ。
床一面の、割れた鏡の破片が人形の背後で集まって、大きな一枚の鏡になる。
そこから放たれる、淡いと共に。かつての暴君が、鏡面に波紋を立たせながら飛び出してきて何かで一撃。
僕を捕まえようとしていた、おぞましい人形は衝撃ですっ飛ぶ。僕の隣を瞬間、過ぎ去る。り口付近の壁にぶつかりぜさせ、この小屋のほぼ半分を消しとばした。
その後、勢いを殺すことなく外の地面に叩きつけられて、數メートル転がった。
「ぎ……銀」
「汰鞠から、ぬしが雲に囚われたと聞いて探してみれば、やけに厄介なところに踏み込んだものじゃのう。困った子じゃ。後でその小さなおを赤く腫れさせねばの」
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