《僕と狼姉様の十五夜幻想語 ー溫泉旅館から始まるし破廉恥な非日常ー》18節53部ーご対面ー

「うはあ。前々から思ってはいたけど、いい匂いのする子だぁ。いいなあ、しい!」

眠ってしまった千草を背負った朱音が、鼻をすんすんと鳴らしながらそんなことを言うと……。

「ぅぐるるる」

「ひい」

ひどく騒な唸りが聞こえてきた。朱音はそちらの方に視線を移すことなく、前を向いたまま肩を竦めて、冗談っすよと慌てて言う。

すっかり靜まり返ってしまった屋敷の中を、蛇姫の気配を頼りに進んでいるところだ。

木板張りの廊下を踏み鳴らしていても、誰かがこちらに來る様子はない。

「やはりわしが背負う。ぬしになぞ千草を任せておけん」

「いやいや、銀狼様に背負ってもらうわけにはいかんですよ。ここはうちに任せておいてしいっす。ね? 子鞠ちゃんもそう思うでしょ」

「……」

し後ろをついてきていた子鞠に同意を求めようと振り返った朱音だったが、先ほどの言を銀と同じくよく思っていない子鞠は上目遣い気味に、じとりとした目で朱音を睨めつけていた。

……が、すぐに普段通りのぽけっとした表に。

「あ、あっれー? 今子鞠ちゃん怖い顔してなかったー?」

「んーん、してない……してないよ?」

と、なにやらごまかすような態度をとる子鞠。

なにか裏があるというわけではなく、子鞠にとって千草はとてもいいお兄さんなので取られることに対し無意識に警戒していただけだ。

その警戒レベルが結構な高さなのを除けば微笑ましいものだ。

「じゃが……予想しておったとはいえ、ああも的な証拠を出されると堪こたえるものじゃの」

「……やはりこの子は噂通り、神の落とし子だったというわけっすか」

「うむ。じゃが千草は人間じゃ。人並みならざる部分はあれどもの。奴を封じていたわしの牙がやたらと劣化しておる上、鬼燈の巫もここに出張っておって不在じゃ。このままじゃと厄介なことになりそうじゃが……まあ、千草はこう見えて強い子じゃ。なんとかなるじゃろうて」

なにせ、わしを護ると吐ぬかした男の子じゃからの、と。どこか嬉しそうに言って屋敷の大きな襖を勢い良く開け放った。

「……銀狼様……っ」

「おお、汰鞠。隨分暴れておったようじゃの。屋敷のそこかしこが愉快に形を変えておったぞ」

襖の向こう、畳張りの広間に黒狼とその神使達、そして彼らに捕らえられた汰鞠が居たのだ。

黒狼は特に表も変えず、前に進み出て……。

「ったく、とんだお転婆だったぜ。こっちの話を聞きやがらねーもんだからといと強めに押さえつけちまった。勘弁してくんな」

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