そう言って黒狼の隣を過ぎた銀は、僕にも聞こえづらい聲でつぶやいた。

「相も変わらず喰えん奴じゃの……」

「っへ」

その言葉に黒狼様は短く、吐き捨てるように笑ってさっさと行けといった風に手を振った。

そして、僕と銀は一緒にその奧の部屋へ向かった。

いくつか襖を開けて進んだ先に、蛇姫様はいた。

片目が隠れるほどびた前髪と赤い瞳。は淺黒く、髪はそれ以上に黒かった。

それこそ、すべてのを吸収してしまうのではないかというほど。

今の銀と変わらないくらいの年齢容姿で、整った顔と常時見開かれているような大きな目がこっちを向いていた。

向きながらも、彼は歯を立てていた。

鬼燈さんの首筋に、蛇の牙を突き立てていた。

「鬼燈さん……！？」

まるでしい吸鬼との一枚絵。おぞましくも艶やかな様子に、僕は不覚にも目を奪われてしまった。

頬を紅させてらしからぬ恍惚な表を浮かべる鬼燈の巫。

僕が何をしに來たのか一瞬忘れてしまうほどの景に呆然としていたら、銀に頭を平手でぺちんと叩かれて背筋をばした。

「夜刀姫やとひめ様、謝いたします……」

首筋から牙が離れて、解放された鬼燈さんがれた巫服を直しながら言ったその一言は、熱い吐息まじりだった。

「お見苦しいところをお見せして申し訳ありません。柊千草」

「えっ……あっと……」

なんだかいけないものを見てしまった気分になっていた僕はどぎまぎしながら返事とも言えない言葉を返してしまった。

いや、でも……謝る相手は僕だけ、なのか？

「わしには一言ないみたいじゃが？」

「あなたには必要ないでしょう。銀狼」

「かかっ！　いつの時代も鬼燈は鬼燈じゃの。憎らしいわ」

「懲りずに人間を誑かし、あまつさえ封を破って現に現れて。何を考えているのですか」

「そこの蛇もこの子をしがっているようじゃが？」

「……私は彼に注意しました。それでもここに來たのです。自業自得でしょう」

いがみあった銀と鬼燈さんだったけど、そこに割ってってきた蛇姫様の冷たい聲。

「……下がりんす、鬼燈の巫」

「はい。申し訳ありません」

その命令に、鬼燈さんは一切逆らわずに一歩退いた。

それはなにかられているとか、そういったものじゃなくてただただ偉い存在の神様の事を敬っているからこその行……に見えるな。

「隨分回復した様子ではないかや、銀狼」

「おかげさまでの」

「ふん、鬼燈の巫をこちらに引きれたから……とでも思っておるのかや。どちらにせよ、今の鬼燈の巫には白狐を留めておける力などありんせん。わっちが力を分け與え、ようやくといったところじゃ」

會話の初めこそ一即発の雰囲気というものがあった……んだけど。

なんだろう。何か違和があるのはなんでなんだろうか。

「ふん。一等邪魔者であるきさんを蚊帳の外に追いやれんかった時點でわっちの負けよ。それも白狐にとっては織り込み済みのことだったじゃろな」

張り詰めた風船のようだった銀から、まるでしずつ空気が抜けるように敵意をしぼめていっているのがわかる。

どこか力のない蛇姫様の態度に、僕もどこか気を緩めてしまっている始末だ。

「蛇姫、うぬ……何を隠しておる。神使だけでなく黒狼まで引きれてけしかけ、うぬはこんなところに引きこもったまま出て來んかった。それに何より……その仮初めの姿はなんじゃ」

「……きしし」

蛇姫様が力なく笑う。

そうだ。違和の正は……蛇姫様がどうにも、見た目に反して言に覇気がないからだ。

稲荷山でもそうだ。あの時は言がどこかくて、違和をじてたはずだ。