《比翼の鳥》第30話:知らぬが仏
「今日、私はヒッポ草700本を取って來ました。1つ薬を作るのに必要な數は35本です。では、これで何個の薬が出來ますか?」
突然の俺の問いかけに、更に3人は訳が分からないと言う顔をする。
そんな空気を完全に無視して「はい、スルホ君。答えは?」と、俺が促す。
「わかるわけねーだろ!」と、逆切れされた。
「じゃあ、ラーニャさんは?」と聞くと、「わかりません…。実際に束にしてみれば分かるんですけど…。」とのお答え。
「では、ヨーゼフさんは?」と聞くと、「私も束ねてみないと分かりませんね…。」とのお返事。
おいおい…予想通りとはいえ、大人もこれとは…流石に酷いぞ。
「正解は20個です。俺は、わざわざ束を作らなくても計算できてしまいます。先程薬を作ったので、18束殘っている筈ですよ?」
そんな俺の言葉に、3人とも半信半疑だった。
早速、束を作り始めて確認をする。
結果、18束できた。先程2個、薬を作ったのでぴったりである。
ちなみに、スルホとラーニャが取って來た薬草はこの中に含まれていない。
結果を目の當たりにし、言葉を失う一同。
つまりはどういう事か…。
端的に言うと、乗算と除算…つまり掛け算と割り算がこの村には定著していないのだ。
全部足し算と引き算で、數の管理を賄っているように見える。
まぁ、生活に必要な數などたかが知れているので、あまり表だって問題にはなっていないのだろう。
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だが、今回の騒の元の原因は、スルホとラーニャの計算力の無さだ。
それを改善しない事には、この先も、きっとこういった事は度々起こるだろう。
ヨーゼフさんは、何か思う所があったのか、俺に質問をして來る。
「ツバサ殿。その計算とやらで、今から言う質問に答えて頂きたいのですが。」
俺は「構いませんよ。」と、余裕の表で答える。
「月夜草という草がありまして、これが8本で1個の薬になるものです。薬50個を作るのに必要な數は何本になるでしょうか?」
「400本です。」と、俺は間髪れず答えた。
それに、「う…。」と、表を歪めこちらを凝視するヨーゼフさん。
きっと一生懸命數えて作った事があるんだろうな…。それだけ多いと束にするのも大変だろうに。
夜な夜な、月夜草を仕分けるヨーゼフさんを想像して、ちょっと泣けてくる。
そんなヨーゼフさんの様子を見て、スルホは、「なぁなぁ、ヨーゼフさん。間違ってんだろ?」と、ニヤニヤしながら言って來る。
こいつ、本當にいい格してるわ。
そんなスルホに、「合っています…。」と答えつつ、信じられないものを見る様な顔で俺を凝視する。
そして、そんなヨーゼフさんの言葉に、スルホも苦々しい顔をする。
分かっていたこととは言え…この村の教育レベルは酷いの一言だ。
これ、小學生がこの村に來たら英雄扱いなんじゃなかろうか…。
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俺はふと、そんな恐ろしい構図を脳裏に描き、それをすぐさま消し去る。
そして、俺は話を進めるべく口を開く。
「とりあえず、私が計算を出來ると言うのはお分かりいただけるかと。覚えれば、かなり役に立つと思いますよ?俺の換條件は、その計算方法を習得するために頑張って勉強してほしいって事ですね。」
そんな俺の言葉を聞いて、ヨーゼフさんは腑に落ちないように更に質問をぶつけて來る。
「しかし…そんな事をして、ツバサ殿に何の得があると言うのですか?」
もっともな話だ。味しい話には裏がある。俺も勿論、ボランティアでそんな事をするつもりは無い。
「私の目的は、一つです。學校を作りたいと思っています。」
「學校…ですか?」
「ええ、子供だけでなく、大人も含め、學ぶ意のある人たちが集まって學べる場所を作りたいと思っています。しかし、學ぶことの重要をこの村では認知できていません。」
俺は、し殘念そうにそう嘆く。
「ですので、まずは、スルホ君と、ラーニャさんに勉強して貰って、実績を得る所から始めようかと思っているのですよ。この2人が、計算ができるようになれば、々と仕事もあるでしょう?」
そんな俺の言葉に、
「なるほど。確かにその様な特技は需要も多そうですし、何より計算の出來る人がいれば、様々なところで役に立ちます。」
と、頷くヨーゼフさん。
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「それでしたら…。」と、彼は自分の家を使って良いので、2人だけでなく自分自にも計算を教えてしいと頼んできた。
やはり、子供2人を村の外から來た人族に預けるのは裁が良くないが、自分が監視しているという名目ならそれも問題なくなるとの事だ。
その提案について、俺は渡りに船だったので、快く承諾した。
スルホは嫌そうにしていたが、ラーニャはやる気満々だった。
結局、ラーニャに連れられてスルホも來ることになるだろうと、俺はとりあえず安心する。
外を見ると、日もだいぶ傾いて來たので、本日はお暇する事にした。
俺は、3人に明日の夕方ごろ、試しにしだけ授業をする約束を取り付けると、挨拶をして先に外へと出る。
外は真っ赤に燃え上がり、空の端には星が瞬き始めていた。
俺は、し急ぎ足で、皆の待つ家へと急ぐのであった。
はて?何か忘れているような気がするのだが…。
それを思い出したのは、家へと帰り、わが子達のタックルをけながら、居間に鎮座する長老を視界に収めた時だった。
そう言えば、娘たちとの件も含めて今日、また話すとか言ってたっけな…。
奧の炊事場からはリリーとルナが出て來て、出迎えてくれた。
レイリさんは微笑みつつ、居間から「おかえりなさいませ。」と、優雅に出迎えてくれる。
なんか、こう挨拶されると帰って來た事を実できるから良いよね。
俺は両腕にぶら下がるわが子達もそのままに、今の長老に向けて禮をする。
「ツバサ殿。お邪魔しておるぞ。」と、長老はわが子達を括りつけたままの俺へ、にこやかに返禮してきた。
俺の家じゃないんですけど…と思いつつも、俺は突っ込まない。
夕日の差し込む部屋は、屋がない事もあって、真っ赤だった。
何というか…開放的過ぎて現実味の薄れた空間と化している。
明日、ルナに教えつつ屋を直さないとなーと、俺はぼんやり考えつつ、わが子達を居間へと降ろすと、靴をぎ、続いて居間へと上がる。
俺は、長老様の向かいに腰を下ろす。レイリさんが、スッとお茶を持って來てくれたのでそれを頂くことにした。
そして、レイリさんはそのまま、音も立てず俺の橫へと當たり前のように居座る。
ピクッと、一瞬、長老の眉がくものの、何事も無かったかのようにお茶をすする。
俺も、それを追う様に、お茶をすすっていた。
しばらくの間、居間にちょっとした迫を漂わせつつ、お茶のすする音だけが響く。
ちなみにわが子達は、俺の右隣りで例の如く、お茶をすすって狀況を見守るのみ。
我関せずを現したようなスルーっぷりだ。今日も安定稼働で、なんとも羨ましい限りである。
とりあえず、このままでは埒があかないので、俺から聲をかける事にした。
「長老。先日はありがとうございました。また、今日もこちらに來ていただきありがとうございます。」
「いや、なんのなんの。こちらこそ昨日は助かりましたぞ。幾ら禮を言っても足りない位じゃ。」
「いえいえ、お役にたてて良かったですよ。見たじおの方も問題無いようで何よりです。」
「ほっほっほ。お様で至って順調じゃ。今日も、晝から長老會議を行っておりましたが、まだまだ元気じゃぞ。」
「なるほど…。それで、會議の方はどうでしたか?」
俺が直球で投げ返すと、長老は一瞬考え込む様にあごひげをで…。「それなんですがな…。」と、煮え切らない態度で答える。
ふむ。何かあったのだろうか?俺は、あえて促さず言葉を待つ。
「実は…、ツバサ殿が霊の主だと言う事を信じない奴がおっての…。それでどうしても、霊を連れて來いと言ってきかないんじゃよ。」
「最も、儂もここに來て目にするまでは半信半疑だったのじゃが…。」と、長老は困った様にそう切り出した。
なるほど。そもそも最初の前提で躓いたのか。
まぁ、逆に言えば、そこも一緒にクリアーしてしまえば、あっさりと承諾を頂けるのかもしれないな。
俺は、此花と咲耶に視線を向けると、「2人ともそれでいいか?」と聞く。
「もちろんですわ。お父様♪」「この咲耶、どこまでも著いて行きまする。」と、快く同意してくれた。
「という訳で、こちらの方は問題ありませんよ。」
と、笑顔で長老に言う俺の言葉に、「すまんのぉ。」と申し訳なさそうな長老。
「しかし、こんな可らしい子おなごたちが霊とは信じんかもしれんの。」
「ああ、それは、最悪小の姿を見せれば問題ないかと。」
俺の言葉に、一瞬わが子達は嫌そうな顔をするも、特に何か言う事は無かった。
そんなじで、話を詰める。俺がカスードさんの所で修行していることも知っていたようで、既に話が通っていたようだ。
結局、明日のお晝に長老宅に伺う事となった。
話もひと段落した所で、リリーとルナが鍋を持ってくる。
そう言えば、長老に婚約の話はこの様子ではしていないんだろうな。
まぁ、言われたら面倒なことになるのが分かっているから、このままでいたいところだが…。
チラリとレイリさんを見ると、ニッコリと微笑む。良い笑顔だがその裏に何が隠れているのか恐くて見たくないです。
俺がそんな事を考えていると、リリーがお椀にをよそい始める。
「今日はアボルーのおがってますよー。」と、謎なをお勧めしてきた。
それを聞いた長老は「ほうほう。豪勢じゃの。」と、嬉しそうに話す。
まぁ、今まで料理の味は外れた事は無かったし、今回も大丈夫だろう。
皆の椀に取り分け終わり、一緒に頂く。今日は長老様も一緒という事で発したようだ。
リリーが食卓に來てから、長老の眉の下がり方が大きくなったのを見て、改めて長老の孫馬鹿っぷりを確認する。
そんなリリーは、「ツバサ様、どうですか?」と、聞いて來たので「今日もとても味しいよ。このおは特に絶品だね。」と、噓偽り無い想を伝える。
そんな俺の言葉を聞くと、リリーとルナはお互いに微笑み合っていた。
どうやら、このお、わざわざ森まで行って取って來たらしい。
という事は、の解とかしたんだろうか…。リリーって実はたくましい子!?
と、思ったら村には解を生業とする人がいる様で、獲を持って行くと量のを渡す代わりに、と解してくれるとの事だった。
なるほど、なかなか職業でもんな棲み分けしてるんだな。
「いやぁ…びっくりしたよ。リリーとルナでまみれになってを解している姿を想像しちゃったからさ。」
と、俺が冗談じりに言うと、リリーは「そそそ、そんなことできませんよぉー!」と、耳と尾をピコピコしながら否定してきた。
ルナは良くイメージできなかったのか…それとも関心が無かったのか、何も言わずに俺とリリーを不思議そうに見ていた。
俺はリリーのワタワタピコピコする姿を見てホッコリとする。
そんな俺を見た長老が、「孫をめる奴は、死あるのみじゃぞ?」とか、ぶっ壊れた事を言いつつ闘気をそのに宿らせてみたり、レイリさんが「なんでしたら私を解してみますか?」と、何故かしなを作ってこちらをっぽい目で見て來る。
そこから先は、カオスとなり、食事以外のやり取りも一層盛り上がったのであった。
「そ、そう言えば…ツバサ殿。今日は、やけに帰りが遅かった様じゃが…何かあったのかの?」
じじ…長老が肩で息をしながら、そんな事を聞いて來た。
俺は、ヒートアップしていた頭を急速冷凍すると、ヨーゼフさんやスルホとラーニャの事と、ヒッポ草を取って來た際に、変な熊に襲われた事を話した。
…こちらから見に行ったのは緒にしておいた。なんか陣に怒られそうだったし。
その話を聞いたレイリさんが、難しい顔をする。
「ツバサ様。その熊は黒い何かを纏っていたのは間違いありませんでしたか?」
俺は頷くと、「狂気に犯されてる様だったし、再生能力が半端なかった。」と付け加える。
そんなやり取りを聞いていた長老が、「憑きじゃな。」と、何か重い心を吐き出すかのように、その言葉を口にする。
「結局、その熊はどうしたのですか?」と、リリーが聞いて來た。
俺はちょっと強めの魔法で焼き盡くし散させたと伝える。
それを聞いてリリー、レイリさん、長老の一同がピシリと音がしそうなほど、一斉に固まった。
あれ?どうしたんだろ?何か俺変なこと言ったかな?
レイリさんが、首をギギギと音が鳴りそうなほど、不自然な形でこちらに向けると、
「つ、ツバサ様。その魔法は…かなり大きな音や振を起こしますか?」
と、よく分からない事を聞いて來る。
「ええ、結構な閃と音を放ちますね。振も…伝わる…あー、もしかして?」
そんな俺の言葉を肯定すべく、リリーが
「ええ、その正不明の音と振で、村は一時、騒然としたんです。」
と、何とも言えない顔をしながら言う。
「まぁ、そもそも最近おかしな事が多くての…。この前も突然川の流れが途切れてな。しばらくたったら徐々に戻ってきたのじゃが…どうにも水溫が低くてのぉ。まるで氷のように冷たい水が流れて來るようになったのじゃよ。最近は元に戻って來ているがの。」
リリーの話を引き継いだ長老のそんな言葉を聞いて、俺は汗が背中をツーッと伝い、ルナがビクッと、一瞬をすくませ俺の表を確認すると俯く。
俺達の様子に気が付くことも無く、長老は更におかしな事を列挙していく。
曰く、高速で飛行するを見たがいるだの。
曰く、最近、森の奧から獣たちが逃げるようにこちらにやってくるだの。
曰く、の柱が天を突く勢いでそそり立ったのを見ただの。
曰く、はるか遠くから音やら、雷の落ちる音やら、この世の終わりのような轟音が聞こえて來ただの。
「1つ2つならどうでも良かったのじゃが、流石にこうも頻発すると、村のも皆不安がっての。そこへ來て村の近くでの音騒ぎじゃ。村に揺が広がっておったのじゃが…そうか、ツバサ殿の魔法じゃったか。」
俺は、背中を汗でびっしょりにしながら、「え、ええ。お騒がせして申し訳ありません…。」と言うほかは、何も出來なかった。
長老はそんな俺の様子には全く気が付かず、「原因が判明して良かったわい。」と、安心したように言って、笑っていた。
それから、念の為に、俺の出會った憑きに注意するよう促すと、長老は帰宅したのだった。
長老が帰り、そろそろ寢る時間となったのだが、俺は一つ気になっていたことがあったので、それをわが子達に確認する。
先程の憑きと言う表現…もしかしたら墮ちた霊の事なのでは?と思ったのだ。
わが子達に聞いたところ、そうらしいという事は分かった。
墮ちた霊が、生に憑依すると、その生は狂暴化し、見境なく生きを襲うとの事だ。
そして、生命力は大幅に上昇し、霊との親和の高い個なら再生もあり得るとの事だった。
その霊を救う方法が無いか尋ねたが、霊を救う方法は無いようだった。
ただし、憑依された生なら、時間が余り経っていないという條件付きで、霊と切り離す事が可能らしい。
「その時はお任せを!」と、咲耶が息まき、「霊を滅するのは同じ霊の仕事ですわ。」と、此花が高らかに言う。
もし、また憑きが出て來る様だったら、その時はお願いすると、わが子達に言うと、2人とも嬉しそうにしていたのだった。
俺は、どうにも、今回の事件が仕組まれたものであるような気がしてならない。
だとすれば、今後同じような事が起こる可能は高いと考えていた。
今回の事をふまえ、墮ちた霊に対して有効な魔法の開発も必要だなぁと実するのであった。
そして、今日も皆で仲良く夜空を見上げて寢る事になった。
流石に抱きつかれると寢返りがうてないので、みんな仲良く並んでである。
俺は、四方を完全に陣に囲まれている気がするが、気にしたら負けだと自分に言い聞かせた。
結界をかけているので、蟲も雨もる心配は無いので、星空を鑑賞しながら眠りにつくと言う、最高の贅沢を味わいながら眠りに落ちて行くのであった。
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