此花は、ティガの頭上５ｍ程の位置で滯空すると、徐に魔法陣を展開し始めた。

おいおい…。なんで使えるんだよ。俺教えてないぞ？と、此花の才能に驚愕する。

その魔法陣はとても複雑で、莫大な魔力を消費しつつ、拡大していく。

え？何そのでたらめな力…。俺は愕然としながら、此花が編み上げている魔法陣を解析していた。

その魔力量だと、俺の【エクスプロージョン】を遙かに超える勢いなんだが。

魔力とか大丈夫なのか？と思うも、ディーネちゃんの言葉をふと思い出す。

そうか。俺の魔力貯めておけるって言ってたな。更に場合によっては俺から魔力を吸い出せるんだったか。

今の俺の魔力は底なし狀態だろう。怖くてもう見ていないが…。

自分の魔力の流れを注視したが、吸い出されているじをけないので、貯めていた魔力を使っているのかもしれない。

空を覆いつくす勢いで、拡大する魔法陣に俺は寒気を覚えつつ、咲耶へと視線を転じる。

咲耶は、様子を見るようにティガから離れて、右へ左へとスイスイと空していた。

そんな咲耶をうっとうしい様子で、見つめるティガ。

貓じゃらしを見る貓のように、キョロキョロと視線をさまよわせていた。

その飛び方は実に優雅で、しの危なげも無い。

鋭く切り返し、縦橫無盡に飛び回るその姿は、正に飛燕の名に相応しい空っぷりだった。

そして、ティガが痺れを切らしたように、咲耶へと飛び掛った。

しかし、それをスイっと事も無げにかわすと、好機到來！とばかりに、咲耶が吼える。

『佐藤翼が娘、咲耶！いざ！！推して參る！！』

その瞬間、咲耶の姿が消え去った。

そう思った次の瞬間には、ティガの足の一本が、質な音を置き去りにしながら、スッパリと切斷され宙へと飛ぶ。

お、おいおいおい…。み、見えんかった…。

冗談抜きに、咲耶のきが、強化した知覚を持ってしても捕らえられなかったのだ。

そして、そんな俺の驚愕を知ってか知らずか…更に追撃を加え、もう1本の足を切り飛ばす咲耶。

勿論、俺はその姿を捕らえる事は、またしてもできなかった。

最初に切られた足が徐々に再生して行くも、２本の足を一辺に失ったティガは、その場からけなくなる。

その隙を、此花の魔法が逃さなかった。

『食らいなさいな！！【コキュートス】！！』

練りに練られた魔法が解き放たれ、顕現する。

ティガへと雨のように降り注ぐの粒子。そして、その1つがティガのにれた瞬間。

薄いガラスのグラスを弾いたようなき通る音と、の本流がその場を支配した。

時間にして２秒ほど。その間、音は鳴り響き続け、に包まれたその場を誰も見ることはできない。

そして、が去ったとき、そこにはき通る氷の塊があった、

まじりっけの無い完璧な明度を保つ氷の棺には、ティガが閉じ込められていた。

その棺は、空中に束縛され魔法陣に囲まれながら宙に浮いている。

中のティガは微だにしない。

そんな狀態のティガを、俺は【アナライズ】にて解析して驚愕する。

この魔法、単純に敵を氷付けにして閉じ込めているのではなかった。

対象の時間そのものも含め、全てを凍りつかせている。これは出不可能な牢獄だ。

わが子ながら、なんつー恐ろしい魔法陣を使っているんだ…。

俺が戦々恐々している間に、此花と咲耶が次のきを起こす。

『咲耶！いきますわよ！』

そうぶと同時に、此花のがに包まれる。

そして、スズメより一回り大きい程度だった積を、徐々に膨張させながら形を変えて行く。

そこに現れたのは、長２m近くにもなる青い炎の鳥だった。

鷹のように雄雄しいその姿は、神々しさすらじられた。

此花はその姿のまま、空中をるように結界の最高點まで駆け上がる。

最高點まで達した此花は、鳶とびのように、ピーヒョロォーとしく鳴くと、そのまま結界に捕らわれたティガに向かって急降下し始める。

咲耶はそんな此花の軌跡を後から追うように、同じく結界の頭頂部まで一気に駆け上がると、くるりと翻ひるがえり、此花を追い越す勢いで降下する。

そして、先に降下していた此花に、高速で急降下した咲耶が追いついた、その瞬間。

が発する。

此花と咲耶は、２人一となり、虹の炎を吹き出す鳥へと姿を変じ、猛スピードでティガに向けて突き進む。

猛進する２人から、『これで、終わりですわ！』『お覚悟！！』と、そんな聲が聞こえる。

炎の鳥は、結界に閉じ込められたティガに急角度から、突っ込んだ。

ティガに衝突した瞬間、黒い結界が２人の行く手を阻む。

接面には、真っ黒に近い紫電が走り、ショートするかのような音を立てて一瞬拮抗する。

『アストラル…』『ブレイカー！！』

２人の掛け聲と共に、更に炎の勢いを増した鳥は、その結界を一瞬にして食い破り、四散させると同時に、ティガのを貫いた。

氷の結界は砕け散ったが、ティガのには、結界に閉じ込められる前に負った以外の傷は無かった。

そんなティガは蒼い炎に包まれ、そのを地面に橫たえている。

ティガのを貫いた炎の鳥は、地面を舐めるように飛ぶと、そのままクルクルと錐み回転をしながら急上昇し、２匹の鳥へと分離した。

俺は、わが子達の圧倒的な強さを前に、言葉を失っていた。

あれ？心配してた俺って、実は結構けないんじゃない？みたいなちょっと卑屈な考えが湧き上がる位に、その実力は圧倒的だったのだ。

しかも、必殺技までご披しちゃうとか、サービス神満載だな。

アストラルブレイカーか…。わが子ながら、そのカッコ良さに思わず嫉妬する。

一瞬、某ロボットシミュレーションゲームに出て來る、ホニャララバスターのパクリだよな…と、思った。

しかし、そこは、あえて突っ込まない事にした。カッコいいんだから良いじゃない。

そんな現実逃避に近い事を考えていると、青々と燃えていたティガのから、黒い球狀のエネルギーが分離する。

それは、飛び去ろうとしたが、力盡きたように地面へと落ちると、弱弱しく、明滅をしていた。

それを見て、俺は一瞬にして、これが墮ちた霊であると確信する。

その墮ちた霊からは、嘆きや悲しみ…そして恨みや憎しみの想いが延々と垂れ流されていた。

それはまさに、狂っていると言う表現以外に、言葉が見つからない程、酷いものだった。

一瞬、俺はその姿を見て、どうにかしてやりたいと言う気持ちが沸き起こるのをじる。

その思いは、俺のの芯を焦がし、外へ食い破ろうとするかのような衝となって、俺のを駆け巡る。

しかし、俺はその衝を理で抑えつける。

今の俺の手にはこれ以上は無理だ。

ティガも救ってわが子も無事で、そして、その上霊までも救うなど、傲慢にも程がある。

しかも、俺はその方法を知る由もない。

出來もせず、想像もつかない事を主張できるほど、我が儘わがままにはなれなかった。

そんな俺の、葛藤かっとうを知る由もないわが子達は、

『まだ、息がありますのね。』『なんという執念…。』と、驚愕の面持ちで、その墮ちた霊を空中から見つめる。

『では、止めですわね。』『うむ、さらば。』そう、２人は言いつつ、魔法陣を展開していく。

俺は、そんなわが子達の非とも取れる態度に、しかし、これで良いと納得する。

けない敵に対して、２人で魔法陣を展開し、遠距離から安全に攻撃。

それは、無傷でと言った俺の言葉を忠実に守ろうとする意志の表れでもあった。

そして、魔法が完し、正に最後の一撃が放たれようとした瞬間。

「此花ちゃん！咲耶ちゃん！待って！！」

ルナの聲が、その場に響き渡ったのだった。

その聲に、魔力を収束したまま困したように、『ルナお姉さま？』『ルナ姉上？』と、呟く２人。

ルナは駆け足で、こちらに近付いて來るが、途中で結界を目の前にしてたたらを踏む。

俺は、一瞬どうするか考えたが、もう既に脅威は無いと判斷すると、結界を解こうとした…。

しかし、その前に、ルナは拳に魔力を纏わせると、「えい！」と、可い聲で結界を叩く。

その瞬間、質な音をあちらこちらから響かせながら、結界が々に砕け散った。

おいおいおい！？幾ら魔力を纏ってるからって、ルナのパンチ一つで壊れるほどな作りしてないんですけど！？

今の結界の強度なら、ルナの氷の槍アイススピアを１０００本以上け止めても割れないはずなんだが…。

そんな結界をいとも容易く割って進んできたルナは、俺の橫に來ると、

「ツバサ。あの霊を助けてあげて！あの子、苦しんでる！」

と、懇願してきた。

俺はそんなルナのまっすぐな視線を、何とかけ止めるも、その先の言葉が出てこなかった。

墮ちた霊が戻る事は無いと俺は聞いている。

そして、俺も、墮ちた霊を元に戻す方法など、欠片ほども思いつきもしなかった。

俺は、そんな思いをそのままルナに伝える。

「ルナ。無理なんだよ…。墮ちた霊を戻す方法は、無い。俺もそう思う。」

そんな俺の言葉を聞いたルナは、何故か表を和らげると、

「大丈夫！出來るよ！」

と、自信満々に答えた。

俺は、そんなルナの自信がどこから出て來るか全くわからなかった。

そして、同時に、どうやってそれを為すつもりなのか、興味がわく。

「そうか。ルナには何か思いついたことがあるんだね？それは俺でも出來るのかな？」

俺が聞くと、

「ツバサが力を貸してくれないと出來ないの！」

と、ハッキリと斷言した。

そんな全くぶれないルナの姿勢に、俺は賭けてみようと言う気になる。

駄目なら駄目で、手順が一つ増えるだけだ。問題は無い。

もし、救えるものなら、俺だって救ってやりたいと思っているのだ。

俺は、目を閉じルナの言葉を反芻すると共に、先程押し殺した自分の気持ちを確認した。

「よし、分かった。ルナ。やってみよう。俺はどうすればいい？」

そんな俺の前向きな言葉に、素敵な笑顔で答えると、ルナは「私と同じように真似してくれれば大丈夫だよ！」と、簡単に言う。

ルナの真似って…殆ど出來ないに等しい事なんだが…と、俺は心思いつつも、「わかった…。」と、返答する。

そして、俺はわが子達を見上げると、

「ちょっと、今からルナと霊を浄化できるか挑戦してみる！止めを刺すのは最終手段にしたいのだが良いか？」

そう語りかけた。そんな急な言葉にも、わが子達は、

『わかりましたわ♪お父様、ルナ姉さま。頑張って下さいね！』

『父上！ルナ姉上！ご武運お祈りしております！！』

と、攻撃の手を一旦止めたうえで、答えてくれた。

そんなわが子達の言葉が嬉しかったのか、「ありがとう！」と、わが子達に応えるルナ。

そして、「頑張ろうね！」と、功を信じて疑わない目で俺を見つめて來た。

俺は何をどう頑張れば良いか分からないまま、それでも意気込みだけは負けないように「そうだな。頑張ろう」と、笑顔で答える。

そんな俺の様子を見て微笑んだルナは、徐おもむろに魔力を放出し始める。

それにつられたように、１つ、また１つと…、霊が彼を取り囲むように顕現する。

背後からどよめきが起こるのが、気配だけで伝わる。

なるほど…。ルナがそうとしている事が、理解できた…。

と、同時に、またこの村が大騒ぎする事になるのを確信した。

ルナのその魔力は、優しさと暖かさと、謝と幸せな気持ちに満ち溢れていた。

相変わらず、気持ちのこもった素敵な魔力だと俺は思う。

既に、ルナの周りには數えきれない程の霊が渦を巻いて、それはそれは楽しそうに宙を舞っている。

そんな渦の中から、ルナは俺に微笑みかけたのが分かった。

その表を見て、俺は、例え聲を出さずとも、「次はツバサの番だよ？」と、語っているのがよく分かった。

俺は細心の注意を払いながら魔力を開放していく。

一気にやり過ぎると、ここが心地になりかねない。

しずつ、しずつ、細い糸を手繰るように、注意しながら魔力を拡散させていく。

それでも、俺が魔力を放出した瞬間、俺の立っている地面が大きな衝撃と共に陥沒したのが分かった。

冷や汗が俺の背中を伝ったのは言うまでもない。

うおー。數を集めなきゃいけないから、魔力放出が必要だとは言え、こんなに恐い作業になるとは…。

俺は、弱気になる心をい立たせると、徐々に出力を増大させていく。

同時に、魔力に思いを乗せる。

それはいつもお世話になっている人への謝であったり、目の前のティガや霊たちを救いたいと言う思いであったり、今は休眠中のディーネちゃんへの思いであったり、わが子や、ルナ、リリーやレイリさん達へのおしさであったりと、様々なを込めた。

そんな俺の魔力に惹かれ、次々と霊たちが顕現する。

それは、とりどりのを宿し、その數を発的に増やしていく。

既に俺の視界は完全に霊しか見えない。

そして、村がどうなっているのか、恐くて見る事が出來ない…。

皆言葉も無く、完全にフリーズしているんだろうな…と、頭の片隅でそんなどうでも良い事を考えていた。

この時、俺はちょっと発し過ぎたのだろう。

後に聞いた話だが、村中が微霊だらけになったと、リリーがしながら言っていた。

村中だったのか…と俺が頭を抱えたのはお約束だろう。

何も見えない狀態ではあったが、ルナがこうとしているのは分かった。

俺もそれに合わせようと、意識を墮ちた霊へと向ける。

目にはハッキリと見えないが、その怨嗟はじ取る事が出來る。

哀れだと思った。そんな特定の気持のみでく事しかできない生は、もはや生ですらない。

の死は、そのまま一個の死と変わらない。俺はそんな事を漠然と思った。

ルナがく。

「お願い。あの霊さんを助けてあげて！」

そう、聲を張り上げる。俺はそれに重ねるように、

「霊たち！頼む、君らの同胞を救ってやってくれ！」

想いを紡ぎあげ、強固な意志として霊へと懇願する。

その想いが屆いたのだろう。微霊たちは、一斉に墮ちた霊へと一直線に向かって行く。

おびただしい量の微霊が墮ちた霊へと向かい、消えて行く。

正直、何が起こっているのか細かい事は全くわからなかった。

ただ、微霊たちが、俺達の想いに応えて、死力を盡くしてくれているという事だけは直ぐに分かった。

次々と、消失していく微霊たちに、俺は、改めて想いを載せ、魔力を渡し、祈る事しかできなかったのだった。