《比翼の鳥》第76話 イルムガンド防衛戦 (1)

「皆の者、集まってくれて謝するぞ! まずは、急招集について、説明する!」

ギルド建屋の奧にあったあの修練場には、多くの冒険者達が集まっていた。

広い修練場の端には、壇上が用意され、その上からギルドマスターが、その小さなのどこから出しているかと思ってしまう程、通る聲で皆に語りかけている。

俺の視線の先には、ギルドマスターがいる。しかし、その間は、多くの人の頭を通過しなくてはならなかった。その數、ざっと見ても數百には屆こうかと言う所だ。

しかし、こんなに多くの冒険者が居たんだな。いつも、閑散としているギルドの様子に見慣れていたので、思った以上の多さに、俺は驚いた。

ちなみに、今は俺とルナしかこの場には居ない。他の皆は、迎撃用意をする為に、都市の各地に散っている。

見るとギルドマスターの橫には、ボーデさんとライゼさんが並ぶように立ち、更には、見覚えのある人がチラホラと見える。

初日に、壁の主と化し、俺に忠告してくれた人もいる。相変わらず面倒そうに、腕を組み、目を閉じて微だにしない。

付嬢たち3人も、その後ろに控えているのだが、その出で立ちがいつもの服ではなく、金屬の沢を放った鎧となっており、その姿が威圧を伴って、俺の視覚に飛び込んできた。

あの力の強いお姉さんとか、ラグビーで著るようなプロテクターの様なで全を覆い、片脇に大きなフルフェイスの兜を持っている。これまた分かりやすい。前衛タンク型かな?

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対しては、鱗で出來た鎧で上半を覆っている。なるほど、遊撃型かな?

俺の視線をじたのだろうか? ふと、彼が俺の方に視線を寄越す。一瞬、俺と彼の視線が錯したが、すぐに彼は視線を外した。それからは、意識してこちらを見ないようにしている節もじられる。

ふむ。どうにも、気になるね。まぁ、今は置いておこう。

「今回、皆を招集したのは、他でもない。この都市に多くの魔が迫っておるのが、確認されたのじゃ!」

その言葉は驚きをもって、皆にれられた。修練場を揺らすほどのどよめきが、何よりの証である。

しかし、流石は冒険者と言う所だろうか。すぐに、落ち著きを取り戻し、場にはへばり付いたざわめきこそ、あちらこちらで殘っているの、見かけ上の平穏を取り戻した。

その様子を見て、ギルドマスターは頷くと口を開く。

誰もが真剣にその言葉に耳を傾けていた。

皆、自分のに降りかかって來た災厄を理解しているようである。

そんな風に、粛々と説明が行われる景を視界の端に収めつつ、俺は先ほど、ギルドマスターの部屋で得た報を思い出しながら、考えをまとめていた。

結局の所、今回、竜という大がこの辺境の都市であるイルムガンドへと向かっている理由は、勇者を追ってきているからであるらしい。

當初、俺の予想では、竜の子を拉致してきた事に怒ったからだと踏んでいたのだが……殘念ながら、その線は薄くなってきた。

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そう考える理由は、々とあるが、その考えを裏付ける拠が、2つある。

一つは、竜の子を農場へと隠蔽したにも関わらず、竜の進路が迷いなくこちらを目指している點だ。

もし、竜の子の反応を追っているのであれば、しは躊躇しても良いものだろうが、それがきからは一切じられないのだ。

まぁ、の匂いとか、俺の知できない報から、子供の位置をじていると言う可能も無い訳ではない。

場所が分からなくなったから、取りあえずはこちらに向かっているという線も、捨てきれない。

だが、次の要素が、その可能をより低くしていた。

もう一つの要素。それは、宇迦之さんから聞いた、竜のイメージだ。

もし、宇迦之さんの言うように、親殺しを躊躇わないような格ならば、何を優先するだろうか?

あくまで宇迦之さんの話をベースにして考えればだが、竜というものは強さを求める傾向が強いのでは無いだろうか? ならば、勇者に挑まれたとして、仮に勇者から傷でもつけられようなら……そのは推して知るべしである。

まぁ、俺の覚としては、自分の子供の安否より自分のを優先させちゃうようならば、殘念すぎる生と言わざるを得ない。

ましてや、宇迦之さんを傷つけた奴らの一頭かもしれないのだ。

うん、まぁ、狀況次第では、その辺りの制裁も視野にれておこう。

と言う訳で、俺の思と違った方向に進み始めた事態をけ、俺は先程、ギルドマスターの部屋である対策を持ち出そうとした。

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しかし、返って來たのは、

「どうせ、このままでは全滅だわぃ。お主に任せた。」

と言う、完全に投げやりな言葉だった。

え? それは、指導者としてどうなの? と思わなくも無かったのだが……聞くと、どうやら、冒険者ギルド側では、既に手詰まりであるらしい。

「竜だろ? 無理無理。姿が見えた瞬間、皆、仲良く消し飛んでるさ。」

「人の武でどうにかできるさじゃない。」

ボーデさんは、苦笑しながら。

ライゼさんは、無表に、そう言葉を紡ぐ。

「本來であれば、すぐさま避難命令を発令する段階なのじゃが、それすら葉わん。」

そう苦々しく吐き捨てる様に、ギルドマスターは口にした。

「ん? 何で避難が駄目なんですか? 市民だけでも逃がすのは、必要だと思うのですが?」

俺のもっともな疑問に、ボーデさんとライゼさんも、訝しげなその視線をギルドマスターに向ける。

「教団から許可が下りんのじゃよ。と言うか、奴らは勝つ気でおるよ。勇者がいれば、大丈夫だそうじゃ。」

そんな言葉に、思わず皆がため息をつく。

「んな訳あるかよ。その勇者さまだって逃げ帰って來たんだろ?」

「勇者と心中? 願い下げ。」

二人がため息をつきながら、そうらした。

いや、まったくもってその通り。

「これは、魔法ギルドの者から聞いたのじゃがな……どうやら、その件くだんの勇者、かなりこっ酷くやられたようでな。その意趣返しを願っているらしいのじゃよ。」

そうして、ギルドマスターが語ったのは、以下のような事だった。

今回、逃げ込むように運び込まれた勇者は、隣の國では、名の知れた存在らしく、今回、その名に更に箔をつけるべく、竜討伐を買って出たらしい。

ちなみに、この國と隣の國を隔てる山脈に竜が居る事は有名な話の様だが、ここ數十年、竜による被害は特に無く、平穏そのものであったらしい。

なのに、自分の名を売る為に、敢えてわざわざ喧嘩を売った挙句、返り討ちに合い、そして、隣國に逃げ込む始末。

そして、今、その勇者を追って來た竜によって、この都市は滅亡の危機に曬されていると。

ちなみに、その勇者さまは相當酷くやられたらしく、片腕は炭化し、今は教団一の治療者の魔法で、何とか一命を取り止めたとの事だ。

「全く……忌々しい。いっそ死んでくれれば良かったのじゃが。本當に、何してくれんのじゃ。」

説明し終わった後に、ボソッと呟いたギルドマスターの言葉そのが、この都市の総意だろうな。

勝手に喧嘩を売った挙句、返り討ちにされ、更にはその報復をんで、都市一つ巻き込むってか?

殘念ながら、そんな勇者を擁護する言葉を、俺は持ちえない訳で。

だが、考えようによっては、隠れ蓑としては絶好の人材か?

今迄の報から考えるに、本人はかなりの目立ちたがり屋の様だしな。

「……という訳で、心配はいらん! こちらには、勇者、様がいる!! 皆の者。勇者、様を助け、この都市の皆を守り褒章を得る絶好の機會じゃぞ! そして竜殺しドラゴンスレイヤーの稱號を、この手に勝ち取るのじゃ!!!」

まるで煽る……いや、完全に煽っているその言葉を聞いて、俺の意識は引き戻される。

見ると、ギルドマスターは、聲高に、竜を倒した後のメリットや、栄譽をこれでもかと言うほど並べんでいた。そんな言葉に聞いてか、熱に浮かされ同調するかのような雄びが、あちらこちらから湧き上がり、広がっていく。

「そうだ、今が名を上げるチャンスじゃねぇか!」

「勇者様がいれば、竜も怖くねぇ!」

「竜の素材って凄く高く売れるんだよね! 私達、一躍有名になってお金持ちだわ!」

そんなにまみれたび聲や、はしゃぎ聲がそこかしこで、上がるのを、俺は醒めた気持ちで見つめていた。

なるほど。こうやって、熱狂というは伝播し、冷靜な判斷力を削いでいくのか。

確かに、竜を討伐できるのなら、浮かれる事も出來るだろう。しかし、そこに、自分の命が掛け金であると言う事実は、含まれては無いようだ。

いや、もしかしたら、それだけ勇者に対する信頼が厚いのかもしれない。そう考えると、全面的に勇者を出してきたのは、正解だったと言える。その辺りは、流石、ギルドの長だけの事はあるな。

ふと、腕にかかる重さに目をやると、ルナが怯えたように、俺の右腕を抱え込み、震えていた。

なぜ? と思い、すぐにその原因に思い當たる。

ああ、そうか。こんな風に多くの、しかも激しいが渦巻く場所に來たことなんて、今まで無いもんな。

そういや、こういう雰囲気って、元の世界のライブ會場であったり、スポーツの試合であったり、そういったじに似ているな……と、どこか無責任な想を頭の端に思い浮かべる。

そう考えると、好んでそんな場所に行かなければ、験できない覚でもあるんだろう。

俺は、怯えるルナをそのまま、周りから守るように抱きしめる。

腕の中で相変わらず震えているものの、どうやら、それでしは安心したらしく、の力がし抜けたのが分かった。

もうしだけ我慢してくれな。まぁ、こういう事も経験だよ。

俺は、そんな風に、心でつぶやきつつ、未だ、多くの冒険者を鼓舞し続けるギルドマスターに、俺は視線を寄越す。

見ると、発する言葉に勢いこそあるの、その表はどこかぎこちなくじられた。

そういや、今、ギルドマスター、勇者の部分で噛んでたよな? 余程、勇者の事は、言いたくないんだろうなぁ。

しかし、夢語に浮かされたであろう冒険者達の多くは、その辺りの微妙な差異には気が付いていないようである。

そんなギルドマスターの心を慮ると、何とも形容し難い苦い思いが湧き上がって來る。

なんせ俺がこれからやろうとしている事は、そんな勇者の株を更に上げかねない事だからな。

そう、ため息が出そうなほど重い呟きを、俺はそっと心に浮かべたのだった。

その後、異様な熱気をまとったまま、集まりは解散となった。

ギルドマスターだけでなく、付嬢達や、職員たちが、一時間後に教団本部前で、出陣式を行うと聲を張り上げている中、俺はその聲を背にけ、足早にその場を後にする。

既に【サーチ】の端には、こちらに向かっている敵の第一陣が引っかかっている。

一時間後には、この都市の戦端は既に開かれているはずだ。

そう、遅すぎる。もう、用意とか悠長な事を言っている余裕はないのだ。

その辺りを見込んで、先に手を打っておいて良かった。

どうやら、仕込みは既に終わったらしく、皆がギルド前に集結している様子が、【サーチ】からも読み取れていた。

今は、時間が惜しい。ルナを伴い、早足に俺は皆との合流を急ぐ。

「おお、そこに見えるは、我が同志では無いですか!!」

だが、そういう時に限って、お約束というはそのに降りかかってくるようだ。

突如として現れた変態に、俺は一瞬、眉をしかめてしまう。

いや、八つ當たりなのは分かっているけど、なんでこのタイミングなんだろうか!?

「おや、ライトさん。こんにちは。すいません、急いでいるので。」

そう足早に去ろうとする俺だったが、何故か追従するように、橫並びに歩き始めるライトさん。

よく見るといつも付き従っているクリームさんの姿がない。

ふむ、流石に人の多い所だからな。どこかで待たせているのだろう。

「しかし、大変なことになりましたね。同志はどこで戦うのですか?」

「どうやら最終防衛線の北市壁部のようです。主に魔法部隊の護衛と怪我人の治療を任されました。」

當たり前のように俺の橫を歩きながら、そう問いかけてきた彼の言葉に、俺は先ほどギルドマスターへと提案し許可を貰った配屬をそのまま伝える。

市壁に用意された攻撃用の窓から、遠距離砲撃を行う部隊のサポートが俺の仕事と言う事になっている。

なってはいるが、実際の俺達は獨立部隊扱いだ。一応、名目上の配置なだけで、サポートする必要はない。

この配置が俺達にとって都合がよいのは、何と言っても他人の目を気にしなくて良いと言う事である。

一応、なるべく不確定要素は排除しておきたいしな。

「なるほど。同志は運が良い。それならば、比較的安全な場所です。私は最前線ですよ。困ったものです。」

俺の言葉をけて、ライトさんはそう言いながら項垂うなだれる。

あらま。最前線って、高ランクの冒険者しか行けないんじゃなかったか?

「凄いですね……最前線はランクの高い冒険者しか行けないと聞いていますよ? まぁ、とは言え竜の攻撃を食らえば、壁の中だろうが、外だろうが関係なく吹っ飛ぶとは思うんですけど。」

俺は歩みを止めないまでも、しお道化どけて、そう返した。

「まったくもって同志の言う通りですよ。あ・の・竜と戦うとは、馬鹿げています。しかも、勇者一人では……どうにもならないでしょうね。」

そんな風に、吐き捨てたライトさんの言葉に、俺は眉をしかめる。

おや? その口ぶりだとまるで……。

そんな俺の訝しる様子が伝わったのか、ライトさんは明らかに、揺した様に、口を開く。

「ああ、今そんな事を言っても仕方ないですね。それより、我が同志よ……お願いがあるのです。」

あからさまな話題転換に、俺は一瞬、追及するか思案するが、この場は見逃すことにする。

まぁ、後でたっぷりと聞かせてもらうかな。それに、今回の戦いでライトさんの力量は知っておいた方が、後々の話をしやすいだろうし。

そんな風に考えつつ、俺は「なんでしょう?」と、さり気無く続きを促した。

明らかに安堵あんどした表を浮かべるライトさんを、橫目で見ながら、俺は彼の言葉を待つ。

「実は、クリームを預かってしいのです。流石に、最前線に連れて行く訳にも行きませんので。」

予想はしていたが、やはりそう來たか。

「うーん。先程も言いましたが……私も後方とは言え戦場にを置くのですよ? それならば、ライトさんのお店で待っていて貰った方が良いのでは?」

一応、俺はそんな風に、提案してみる。

「いえ、どの道、竜の接近を許せば、町の中だろうと市壁の中だろうと変わりません。それに、クリーム一人にすると、萬が一と言う事がありますので。」

「……なるほど。暴徒とか、ですかね?」

「それも・あります。」

俺達は矢継ぎ早に、そんな會話をわす。

その中で々と、有意義な報が出てきたな。これならば、行けるかもしれない。

俺は心、ほくそ笑みながらも、そのままし罠を仕掛けてみる。

「わかりました。では、責任を持ってクリームさんをお預かりしましょう。……ですが、早く帰ってこないと、貰っちゃいますよ?」

「ははは。いくら同志と言えども、ただでお渡しするわけに行きませんね。そうですね、それでは帰ったら代わりにリリィさんのを……。」

「駄目です。」

「……相変わらず、同志のは限りないですね。流石です。」

俺は、そんなライトさんの言葉を笑顔でけ止めると、そのまま真剣な表を意図的に浮かべ、口を開いた。

「無事に帰ってこないと、承知しませんからね?」

そんな俺の言葉に、何かをじ取ったのだろう。

ライトさんは、微笑むと、

「ええ、この都市は、必ず守りますから。」

そう、迷いも無くはっきりと口にする。

何このイケメン。眩しすぎる。

俺がなら、クラッと來そうな事を平然と言いやがった。

それが何となく悔しかったので、俺は余計に一言付け加える。

「ははは。ライトさん。それでは、まるでフラグ立てているように聞こえますよ。」

「大丈夫ですよ。結婚するはいませんので。」

お互い一瞬、足を止めると、ニヤリと頬を吊り上げる。

「では、クリームはそちらに向かわせます。ギルド前で待ち合わせましょう。」

「ええ。ではまた。」

そのままに俺達は、お互い別方向に向けて歩き始めた。

……そうか。やっぱりそうなんだな。これは……面白くなってきた。

恐らくは、お・互・い・に・そう確信しながら、來る戦いに備えるのだった。

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