《比翼の鳥》第80話 イルムガンド防衛戦 (5)
「よし! 俺が先陣をきる! 行くぞ! 麒麟駆きりんがけ!!」
勇者様は、そう聲高らかにぶと、靴から粒子を振り撒きながら、こちらに向かうように空中を走り始めた。
おお、凄いな。どうやっているんだろう?
俺は興味に駆られて【アナライズ】を勇者様へとかける。
ふむふむ、どうやら履いている靴に何かがありそうだ。
勇者様の靴から、俺の魔法陣に似た、意思が乗っていない魔力の波を検知できる。
これは、ちゃんと解析すれば、こういった道も作れるって事だな。
まぁ、それはともかく……この勇者様、一人で突っ込んで行ったよ。
【ステルス】で勇者を追従しているファミリアから、勇者の様子を伺うと、とても生き生きとした様子で、空中を走っている。
そして、もう一つ。
バルコニーを映していたファミリアの様子を見ると、どうやらバルコニーで控えていた従者と思われるたち3人が、慌てて奧に引っ込んでいった。
走って追いかけるのだろうか? まぁ、頑張れ。
視點を更に広場に向けると、宙を走る勇者様に皆、応援をしている。
そして、そんな中、広場に集まっていた冒険者ギルドの皆さまは、呆れたように、半ば呆然としながら勇者様を見送っていた。
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ギルドマスターの様子はどうだろうかね? ああ、もう勝手にしてってじが、からにじみ出ているな。
口のきを見ると、「あやつ、勝手に飛び出して行きおった……。」とか、「もう、いっその事やられてしまえば……。」とか、半分、呪詛の様なが垂れ流しにされているが、俺は見なかった事にする。
そりゃそうだろうなぁ。本當であるならば、冒険者ギルドの皆も一丸となって都市の為に戦うはずだ。
しかし、あれでは、まるで、勇者一人だけで戦うかのような印象を與える事になる。
正直、冒険者の事を蔑ないがしろにしていると思われても仕方ない対応だと思う。
実際は、一人で都市を防衛することは不可能だ。多くの敵から都市を防衛するにはどうしたって人手が必要だと言うのにね。
まぁ、そうは言っても、流石は、ギルドの長だけはあるのだろう。ギルドマスターは、我に返ると、すぐに呆然としている冒険者たちに指示を飛ばし始めた。
それをけて、冒険者たちは慌てて、市壁に向かい移を始める。こうしたきは、観衆の目に留まることなく、細々と行われていった。
さてと、そろそろかな?
そう思った瞬間、町全に、警鐘が響き渡る。
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警戒中の見がようやく、迫るワイバーン達を捕捉したのだろう。
改めて外の様子を見ると、北の空から黒い雲の様な軍勢がこちらに近づいてくる様子を、眼でもハッキリと捉える事が出來た。
ちなみに、俺達のいる場所は、北市壁の部なので、一応、都市の中では最初に接敵する場所となる。
ここからは、まだ見えないが、竜の周りにいた奴らは、結構の數が消し飛んだから、今見えている先発隊に當たる軍勢の方が、數だけは多いだろうな。
そんな考えをめぐらせ、ふと見ると、空中を走る勇者様の速度が、若干上がったように見えた。
どうやら、警鐘を聞いて全力で走り始めたらしい。「うおおぉ!」とかんでいるけどさ。
って言うか、遅い! せめて跳躍しろよ! と思うも、依然、速度は上がらず。見ているこちらがイライラしてくる。
うーん、魔力の流れを見るに、どうやら軽い強化しかできないっぽいな。
しかも、走る速度は、元の世界の人と比べてもさほど変わっていない。
100mを10秒で走ったとしても、時速36km。確かに、元の世界の人に比べれば早いと思うよ? けどさ、直線距離で十數キロある所を、元の世界の人にが生えた程度の速さで走った所で、たかが知れている訳で。
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俺がそう考えていると、勇者様の様子を見ていたリリーとルナからも、容赦ない聲が上がった。
「えっと……あの勇者、遊んでいるのでしょうか? 私でも屋伝いに飛べば、もうこちらについている頃なのですが。」
《 そもそも、一生懸命走っているのが変だよね。飛んだ方が絶対に早いのに。 》
「ルナちゃん……。空を飛べるのはツバサ様とルナちゃん位だよ……。」
《 あれ? ヒビキさんも空中を駆けられるし、此花ちゃんと咲耶ちゃんも、鳥になれば飛べるよ? 》
「はぅ!? じゃあ、もしかして空を飛べないのは私だけ!?」
《 大丈夫! アギトくんと、クウガくんも、まだ無理だから! 》
「うぅ……。私も頑張ろう……。」
全く張の無い様子で、そんな會話を繰り広げる2人の様子を見て、俺は苦笑する。
まぁ、あれだ。結局のところ、彼たちから見ても、やはりふざけている様に見えるわけだ。
二人とも、そう言ってやるな。多分、あの勇者様は至極、真面目に走っておられるわけだよ。
しかし待てよ? そう考えると、空を飛ぶ俺達ってやっぱり、おかしいんだろうか? うーむ。
そういえば、ボーデさん達も、特に空を飛ぶ様子も見せない。と言うか、そもそも、空を飛ぶ人族を見た事が無い。
都市の中でも、冒険中も、高く跳躍する人を見た記憶も無いし……何か罰則でもあるのなら話は別だろうが。
うーん。やはり、普通の人に、能力の強化は難しいと言うのが通説なのかもしれないな。
そう考えれば、飛翔系の魔法はをかけて難度が高いのかもしれない。俺も魔法陣抜きで発したら、制にかかりっきりになるし。
結局、それから30分近く経ってから、勇者様が俺達のいる北市壁の頭頂部に降り立った。
既に冒険者たちは迎撃態勢を整えており、市壁上部に取り付けられている、大型弩砲の様な兵の準備を進めていた。
慌ただしく巨大な金屬製の矢を、次々と弩砲にセットしている。
正に蜂の巣を突いたような狀況の中、若干息をしながらただ中に降り立った勇者様は、突然、剣を抜き放つと聲を上げた。
「皆! 俺が最初に大技を敵に放つ! そうしたら、一斉に攻撃を開始してくれ!」
その聲を聴いた冒険者達は、突然現れた勇者様の聲に、一瞬、きを止めるも、何人かが軽く頷き、そのまま作業に戻る。
他の人員に至っては、そもそもその聲を聴いてすらいない。皆、作業に忙殺され、余裕すらないらしい。
うん、そりゃそうだよな。
ただでさえ、いきなりの事で、準備が遅れている上に、既に眼で敵も見えているこの狀態。
やる事は幾らでもあるし、時間も圧倒的に足りない狀況だ。正直、自分の割り振られた仕事をこなすのが一杯で、それどころじゃないだろう。
そもそも、冒険者達の指揮系統は、ギルドマスターが握っている訳だし、いきなり現れた勇者様に、何か言われても困ってしまうと言うのが本音ではなかろうか?
だが、當の勇者様は、そんな冒険者達の態度が、偉く気にったようだ。
「お前らぁ!! 俺は勇者だぞ! これから都市を守ってやるんだ! 足引っ張るんじゃないぞ!?」
そうぶと、徐に自分が立っている市壁上層の床に向かって、剣を突き刺した。
その瞬間、勇者様が剣を突き刺した場所を中心として、発でも起きたかのように、空気が揺れ、床の一部が壊れて抜け落ちる。
その崩壊に巻き込まれ、何人かが市壁へと落下した。
おい!? あぶね!?
咄嗟に、俺は勇者に著けていたファミリアを作して、落下した冒険者達に降り注ぐ瓦礫を目立たないように弾く。
落ちたのは、4人か。幸い、落下距離がなかったお蔭で、皆、大した怪我は無いようだが……。
俺は、落ちた人たちに、そっと【ヒール】をかけると、ファミリア越しに勇者を睨む。
そんな勇者様は、抜け落ちた床の上に浮かぶように立ち、靜かになった冒険者達へと、悠々と視線を巡らせていた。
「もう一度言うぜ。俺が最・初・に攻撃する。お前たちは、その後に攻撃を開始しろよ? 味方に打たれるとか、灑落にならないからな。」
何が起こったのか把握できない者が多い中、呆然と勇者様に視線を向ける冒険者達に、言葉はない。
そんな冒険者達の様子を見て、何事も無かったかのように、
「全く、しっかりしてくれよ? もう敵が、すぐそこまで來ているんだからな。頼んだぞ!」
そう吐き捨てる様に言葉を殘して、市壁を超え、北の空へと駆けていく。
後に殘された冒険者達は、そんな一方的に言葉を殘して去っていた勇者様を、只々、呆然と見つめていた。
そんな勇者様の行を見て、俺は呆れながら、ファミリアを追従させる。
凄いな。完全に自分の事しか考えていない行だ。ここまで來るといっそ、清々しささえじる。
何というか、行が全的にいじをける。やはり年相応と言う事か?
暫しばらく市壁から離れるように北へと走っていた勇者様だったが、1km程空を駆けると、徐に速度を落とし、足を止めた。
宙に浮いたまま、堂々と直立する姿には違和しか無い訳だが、考えてみたら、【フライ】を使っている俺も、傍から見たらこんな風に見えると思い至り、微妙な気分になる。
今なら、何となく桜花さんやカスードさん達、森の皆の気持ちがわかる。うん、次からは割と気を付けよう。
勇者様の視線の先には、迫りくる魔の軍勢が雲のように広がっている。
空にはワイバーンを中心とした、爬蟲類型の魔が風を切ってこちらへと向かってくる姿が確認できた。
陸を見れば、足を取られやすい砂地をもろともせず、砂煙を上げて迫る蜥蜴とかげのような魔が迫っていた。
その様子は、まるで空と陸から同時に迫る、黒い津波のようにも見える。
こんな景を見れば、確かに、絶しても仕方がないかもしれない。
だが、意外なことに、勇者様はそんな景を見て、怯えるどころかにやけている。
「いやいや、れ食いだなぁ。経験値がっぽり稼げるじゃねぇの。味い味い。」
勇者がにやけながら、そう呟くのを聞いた俺は、ソファーにを沈めながら、似た様な事を、前にも聞いたなと思い當たる。
経験値だと? おいおい、こんな所まて來てゲーム気分か?
……いや、しかし、あの糞勇者様のカオルって奴も、同じこと言っていたよな?
もしかしたら、俺の知らない何かがあるのか?
一瞬、そんな思考に捕らわれている間に、勇者様は、腰についたポーチから、白くる珠を取り出した。
その瞬間、【アナライズ】を通して、莫大な量の魔力が検出される。
なんだそれ!? その珠にかなりの魔力が溜め込まれているぞ!?
すぐに測定値を確認して、俺は素直に驚いた。
おお、俺のファミリアの10分の1はあるんじゃないだろうか?
材質はいまいち読み取れないが、魔力の度が今まで見たどんな質よりも高い。
まさに、魔力の塊としか言いようが無いものだ。
それを勇者様は、抜き放った剣の柄にあるへとはめ込む。
「へへ。んじゃ、いっちょやりますかぁ!」
そうぶと、勇者様は腰だめに剣を構えて、集中を始めた。
數十秒と時間をかけ、珠から魔力が剣へと収束し、両刃の刀にる文様が浮かび上がる。
俺はその挙の一つ一つを、正確に【アナライズ】で解析しながら記録していく。
この原理が解明できれば、俺の魔法陣の改良もできそうだ。
そして、魔力が刀に行き渡り、が強さを増していく。
魔力の高まりを知したのだろうか? こちらに向かって來ていた魔たちのうち、特に先頭に近い集団が、速度を上げてこちらへと突っ込んでくる様子が見て取れた。
その様子を勇者様も見ていたのだろう。口元に笑みを浮かべると、
「へっ、來やがった。もっと來いや!」
そうび、集中に戻る。
……しかし、先程から見ているが、ちょっと時間かかりすぎじゃないかね?
勇者様が腰だめに集中を開始してから時間を計っているが、今の時點で3分経った。
まぁ、魔も向かって來ているとは言え、まだ距離もあるので、暫くは大丈夫だろうが……2発目を打てるのか? これ?
威力も気になるところだが、時間をかけている割に、収束した魔力は大したことが無い。
魔力量だけ見るならば、俺が前に砂漠で練習した極小フレイムランスに屆くかどうかである。
うーむ。これは、やはり……嫌な予しかしない。
俺は、ため息をつきつつ、【ストレージ】より、新しいお茶を取り出し、ゆっくりと勇者様の攻撃を見守るのだった。
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