《比翼の鳥》第92話 イルムガンド防衛戦 (17)
「それが寂しさ。空虛なそのを理解したところで、あんたに改めて問いたい。」
新しい気付きを得た竜が、俺の言葉に、反応する。
先程まで、暴れていた狀況からは考えられない程、その振る舞いは落ち著きを取り戻していた。
言葉が、意思が相手に通じる。これ程、ありがたい事は無い。
の落としどころさえ用意してあげれば、人は大抵、冷靜になれる。
頭が考える事を拒否しなければ、理のが燈る。そういうだろう。
「宇迦……いや、ナーガラーシャに會って、あんたはどうするつもりだ?」
その問いに、竜は黙したまま、思念を送ってこない。
いや、正確には、戸った思念がり混じって飛んでくる。どうやら、そこまでは考えてなかったようだ。
まぁ、そんな事だろうとは思ったが。衝のままにいているじだったし。
「會いたいのはあんたの想いだ。それは別に良い。だが、會ってどうする? あんたは、彼に何をしてやれる?」
更に問いかける。しかし、竜は答えが出ないようで、唸り聲を上げるに留まる。
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まぁ、そりゃそうだよな。いきなり言われたって、急に答えは出ないだろう。だが、まずは、考えさせないといけない。
問題を認識させないと、考える事もできやしない。
だが、どうやら、竜は考えても考えが纏まらないようで、先程から発している唸り聲を徐々に強くしていく。
自分の思い通りに事が進まず、かと言って、どうしたら良いかも解らずに、苛立っている様子がはっきりと見て取れる。
そろそろ限界かな。じゃあ、話題を変えようか。
「まぁ良いや。じゃあ、もう一つ質問。今じている、その寂しいって気持ちは、心地の良いかい? いつまでも、じていたいようなかな?」
《 否。このような衝は、我には耐え難い。 》
おや、ずいぶん素直だな。もうし、虛勢きょせいでも張るかと思ったが。
見ると、先程より、俺に送る視線が隨分とらかくなっている気がする。
デレたか? ……んな訳ないか。
「そうだよな。俺も、あまり好きじゃないだ。なるべくなら、そういう思いはしたくない。あんただってそうだろ?」
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《 うむ。その為にも、母様にお會いしたい。……しかし、會って母様に否定されたらと思うと……気持ちがざわつく。 》
「それは、恐れだな。あんた、俺に対しても、そのを抱いたはずだ。種類は違うが。」
そんな俺の言葉に、竜は何故か驚いたように、気持ちをれさせる。
《 馬鹿な……いや、しかし…… 》などと、自分の世界で思考を巡らせているようだ。
うん、いい傾向だと思う。自分でちゃんと考えようとしている。
それは、自己のをより高い場所へと進歩させる第一歩だ。
暫く、竜は自分の中にある心と葛藤していたようだが、あまり時間をかけずに答えが出たようで、外していた視線を俺に向けると、思念を飛ばしてきた。
《 非に腹立たしい思いもあるが、確かに、我は、いや、私は……貴様に恐怖したのだろう。たかが人族と思いたいが、先程のは、兄様達と対峙した時のものと同等……いや、それ以上のだった。今思えば、私は、兄様達にも恐怖していたのだな。何をしても敵わないと思わされた、あの気持ちと同じだ。 》
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それは噓偽りのない竜の気持ちだった。
なるほど、話を聞くとそれは絶とほぼ同義だったのだろう。
しかし、この竜、素直になってから途端に、理解力が増しているな。
するすると、俺の言葉を吸収して自分のにしている竜が、一方で羨ましくもある。
これなら、案外、早く理解させる事が出來る。俺は、そう確信すると、更に言葉を続けた。
「そうだよな。じゃあ、もう一度、確認しようか? 寂しさ、恐れ、そう言ったは、あんたにとって、不快なだよね?」
《 うむ。このようなは、味わいたくない。 》
「だよな。だが、し考えてしい。……そのようなは、他の者も等しくじているんじゃないのか? 勿論、俺にもそういうはある。親を思う気持ちもあるし、未知に対する恐怖もある。」
俺のそんな言葉に対して、竜は考えるためか、靜かに瞑目する。
そうして、暫くした後、考えが纏まったのか、竜は目を開くと、俺を見つめた。
その目には、先程と違い、澄んだを湛えていた。それは、この竜に知のが燈った瞬間だったのかもしれない。
《 なるほど。人族は確かに、今にして思えば、恐怖と言ったを持っていると、確信するに足る行をしていたこともあったな。なるほど。面白い。矮小なにも、我と同じようながあると言う事か。 》
俺は、その言葉を聞いて、すんなりと事がなった事を理解する。
何この理解力。……いや、そうか。経験だけは多いから、事例には事欠かないのか。
後はそれと知識を結び付けてやれば、簡単に理解が及ぶ。
何てことは無い。この竜には、教えを乞う相手がいなかっただけなのだ。
まぁ、そりゃそうか。この竜は、生存競爭を勝ち抜き、その頂點に君臨している訳だ。
意思を持つ生きを見たとしても、対等に話をできる環境でもないだろうしな。
「そう。あんたの言う通り、人族にも、更には、従えていた飛竜達だって、そう言う源的なはある。それは、彼らの行を思い返してみれば、何となくわかるだろう?」
《 うむ。そうだな。……そうか。私は、恐怖を周りに與える存在であったか。兄者達の真似をしていただけだが、そう言う事か。 》
「そう。先程も言ったが、その恐怖と言うは、心地の良いではないよね。勿論、それは、他の者にとってもそうだよ。そして、恐怖に縛られた者は言う事は聞く。聞くが……そのにあるものは、あんたも良く知っているだろう?」
俺の言葉を聞き、竜は唸ると、不快なを隠そうともせず飛ばしてきた。
きっと、兄貴達からけた仕打ちを思い出しているのだろう。
だから、俺は、最後の念押しをした。
「あんたの中にあるは、他の者にもある。だからこそ、考えてしい。あんたが、他の者にされて不快にじた事が沢山あるだろう? それは、あんたが同じことを他の者に行った場合にも、同様に不快な気持ちを與えるかもしれないんだよ。」
そんな俺の言葉を聞いて、またも、竜は瞑目する。
々と、過去の自分の行とを整理しているのかもしれない。
まぁ、自分が不快に思う事と、他人が不快に思う事が必ずしも一致する訳ではないが、そう思っておけば、とりあえずは考えるきっかけになる。
自分の価値観を知り、相手の価値観を慮おもんばかる。
円な関係を築く上で、基本中の基本となる考え方だ。
それをする事で、お互いの価値観をすり合わせ、丁度良い距離を摑んでいくんだからな。
今、と言う価値観を使って、竜に差しを與えた。
後は簡単だ。その差しを使って、々なを比較すれば良い。
そして、賢い者は気付くはずだ。その差しの長さも、形も、人によって異なると言う事を。
そうすれば、人に合わせて修正しつつ、その差しを使えばいい。
それが、相手を知ると言う事に繋がる。
俺の言いたいことが理解できたのだろう。
竜は、誰にともいう訳では無く、思念をらした。
《 母様……辛かったのだろうな。 》
俺は不覚にも、その言葉を聞いた瞬間、を震わせた。
この竜は、今、他人の気持ちを想像し、想いを馳せる事をしてみせた。
先程までの駄々っ子とは、雲泥の差である。
リリーの時もそうだったが、人は変わる時にを放つ。
それは、見ているものの心を震わせるのだ。
目の前の竜もそうだ。今、こいつは、一瞬前の竜とは違う。この瞬間に、明確に変化した。その瞬間に立ち會えたことは、幸運だった。
俺は、頭を振ると、口を開く。ここは、間違えてはいけない、大事な所だ。
「そうだな。そして、おめでとう。あんたは、今、他人の気持ちを想像する事をやってのけた。それは、とても大事で、素晴らしい事なんだよ。」
俺は、そう素直に褒める。本心から、俺がそう言っていると解った竜は、困したように、俺を見つめる。
《 貴さ……いや、あなたは、何者だ? 》
そんな思念が飛んできて、俺も返答に窮する。そして、敬稱が変わった。竜の中で、俺への扱いが変化したのだろう。
しかし、こりゃまた、何とも、答えにくい質問だな。
「うーん、一応、最初に、挨拶したよ? ツバサです。人族の冒険者やってます。」
《 違う。あなたは、人族ではない。人族は、私をここまで圧倒するような存在ではない。それに、戯れにこのような施しを與える存在でもない。あなたは、もっと高次の存在だ。 》
まぁ、そりゃそうだろうな。人族代表の勇者ですら、あのていたらくだし。
うーん、今のこの竜にだったら、異邦人であることぐらいは教えても良いのかな? 大分、角が取れて丸くなったし。ごっそり、削げ落ちたもあるが。
そんな風に、考えを巡らせていたが、竜は、何か腑に落ちたように、俺へと視線を向ける。
《 ……そうか、あなたが、神か。 》
「いや、それは無い。」
とんでもない結論が飛び出したので、即座に否定する。
何故か、竜からは不満そうな思念が、割と大きく飛んできた。
しかし、すぐに気持ちを切り替えたように、思念を更に飛ばしてくる。
《 あなたが、何者でも良い。ただ、母様には會いたいのだ。でも、どうして良いか分からない。分からないのは辛い……だけど、分からない事を、分かるのは、楽しい。考えるのも辛いが、答えが出ると楽しい。 》
その言葉は、稚拙ではあったが、それ故、竜が必死に、俺へと思いを伝えようとしているのが解った。
今までに使った事の無い言葉のオンパレードなんだろうな。表現の仕方すらわからんと。
だが、必死さは伝わった。そして、知への好奇心と悅楽を理解したらしい。ようこそ、學の世界へ。
「俺は、その答えを出す、手助けができる。勿論、あんたの言う、母様……ナーガラーシャと會せる事も可能だ。だけど、それには條件があるよ。」
俺のそんな言葉に、竜は期待と困をないぜにしたような、複雑な思念を飛ばす。
「最初に、あんたと會った時、あんたの子供の事を聞いたのは覚えているかな?」
《 うむ。あなたが、保護していると言う話だな。 》
「その時、あんたが、何と言ったか覚えているよね? 今もその気持ちに変わりはない?」
《 うむ。出來そこないだな。私の子にしては、弱すぎる。人族の手に落ちるなど、話にならん。 》
それは、憤りのせいなのだろうか? 興したように、し息をしながら、そう思念を飛ばしてくる。
しかし、対照的に自分が放った言葉の殘酷さは、理解していないようだ。
俺はその様子に、ため息を吐くと、その重いをそのまま言葉にした。
「それさ、全く同じ言葉を、宇……ナーガラーシャに、言われたら、あんたどう思うよ?」
その一言で、竜は固まる。
そして、明らかに挙不審となり、を震わせ、散り散りになった思念を飛ばし始めた。
あまりに取りすようだったら、手を出そうと思ったが、とりあえずは、様子を見ながら、考えが纏まるのを待つことにする。
しかし、どうやら、杞憂だったようで、暫くして、竜は落ち著きを取り戻した。だが、れ出た思念からは、憔悴した様子が見て取れる。
なんか、今更ではあるが、この竜は思った以上に、繊細な心の持ち主の様だ。
逆に、この竜の子供の方が、図太い気がした。うん、あれは大になる。
そんな評価をしながら、俺は、竜へと語り掛けた。
「聞くまでも無いとは思うが、辛いと思うんだよね。それを、あんたは、自分の子供にしているんだよ。」
俺の言葉に、竜は答えない。だが、理解はしているようだ。
「今のあんたは、親の気持ちどころか、自分の過去の姿でもある子供の気持ちも理解できていない。」
その指摘にも、竜は困したまま、黙っている。
「流石に、あんたがそのままでは、母親である……ナーガラーシャに會わせるわけにはいかない。だから、條件を出す。」
俺の強い口調をけて、竜はジッと俺へと視線を向ける。
その姿には、判決を待つ、被告人のような、悲壯すらじられた。
「自分が母親にしてほしいと思う事、自分の子供にしてやりな。それで、しは見えてくるはずだよ。あんたが、どうすればいいかね。」
俺のそんな提案を、竜は、困したまま、けれたのだった。
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