《比翼の鳥》第97話 月下の語らい 散
『リンケージ接続――――完了。第二次バイパス開放――――完了。論理回路の形にります。――――形中――――完了。』
頭の中で、繰り返しコティさんの聲と報告が繰り返される。
俺はルナからを離そうとしたのだが、は毎度の事ながらかなかった。
『――バディ間のリンケージ――――構築完了。第二次神防壁を開放――――コネクト。』
その聲が聞こえた瞬間、俺の頭の中に、ルナの思いが流れ込む。
それは大きな悲しみであり、濁流のように勢いよく流れ込み、俺の心を侵食する。
憂い、そして、後悔。何かがルナを負のへと導き、その結果……彼の心は悲鳴を上げている。
どうしてだ。何故だ!! 何で、ルナはこんなにも深く悲しんでいる!?
そんな素振りは、見せなかったではないか。
そう思い、激しい憤りが暴風の様に、心の中を吹き荒れる。
だが、そんな心がルナに伝わり、彼を更に苦しめてしまうと思うと、それも、すぐにしぼんでしまった。
そうして、しだけ冷靜になったとき……俺は、ふいに、今まで抱え込んでいた違和の正に、思い當たる。
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…………そうか。兆しはあったんだ。
気付いてしまった。そう。決定的な瞬間があったではないか。
あの気持ち悪い目玉と咲耶が戦った後。
ルナはディーネちゃんと、何を話していたのだ?
そうだ。二人のあのやり取りの後からだ。何かルナと俺の中で、決定的な変化が起こったのは。
そして、竜と戦っていたとき。
彼は、何故、あんなにも悲しそうだったんだ?
心の中に巣くった、違和の正。あれは何だ?
その狀況を冷靜に、俺は分析する。
ディーネちゃんとの語らいの中で、俺は、何かを失った。
そうか。それが原因で俺が、変わってしまった……いや、違うな。変えられてしまったからか?
俺がそう理解した瞬間、それが正解だとでも言うかの如く、ルナの揺が伝わって來た。
そっか。そうなんだね。
けど、気にしなくていいのにな。そんな事。
そんな俺の心を敏にじ取ったのだろう。ルナは、すぐに否定の意思を俺にぶつけてくる。
伝わる心は、まだクリアーなものではないが、ルナの哀しみをより近くにじ、が痛くなる。
『シンクロ率:94% 正常値で推移しています。――――第三次神防壁を開放――――コネクト。』
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コティさんの聲が聞こえた瞬間、(ツバサ……)と言う、ルナの呼びかけが心に響く。
ルナ……。
俺はそう応え、同時に言葉を失う。
その位、彼の聲は思い詰めたものだった。
……いや、ここで何もせずに、このまま彼を哀しみの底へと沈めておくのか?
そんな事出來ない。まずは、俺の思いを知ってもらわないと。
俺は、ルナによって心を変えられたのかもしれない。
きっと、この比翼システムのせいなんだろう?
だったら、良いんだよ。前にも言っただろう? 俺は幸せなんだ。
それが、何か外部の影響をけていたとしても、良いんだよ。不満は無いんだ!
だから、ルナ、君がそんなに悲しむ必要は……。
(……がう)
? ルナ?
(違うの)
違う? 何が……違うんだい?
(もう、限界なの!)
限界? 何がだ?
俺のそんな疑問にも、ルナは心を閉ざして答えない。
だから、俺はその扉をこじ開けるためにも、思考を続ける。
限界? 何かが差し迫っている? 竜の脅威は、既に取り払った。
今の日常において、そこまで何かが切羽詰まっている訳では無い。
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とすれば、事、俺とルナに関する、何かが、限界を迎えようとしていると言う事か?
俺は、加速度的に思考を続ける。
記憶が波の様に脳裏を流れる。比翼発処理中だからだろうか? ルナと繋がっているからだろうか?
いつもより、思考がしやすい。記憶のサルベージに淀みがない。
これならば、すぐにでも原因を突き止められそうだ。
さて、つい最近、何か、限界が近いと思わせる、そんなものが、無かったか?
…………あった。
あったよ。あるじゃないか。ついさっき94%。しかも、もうすぐ100%じゃないか。
シンクロ率。
ルナの心が跳ねた。近くで、そうじた。
ビンゴ。だけど、だから何だと言うのだ? シンクロ率が100%になった所で……どうなるんだ?
(ひとつになるの)
一つに、なる?
(そう。私とツバサの垣が無くなって、ひとつになるの。常に、ではないけれど、お互いに影響しあうの。)
ほう? つまり、俺はルナであり、ルナは俺である。そんな狀態になると。
確かに、自分自が消えてしまうのであれば、怖いと思うが……俺は、今の時點で俺を保っている。
常に、でないのであれば、自我を保てると思うし……うーん、そう考えれば、個人的には、問題ないのか?
それに、そうなれば、ルナを悲しませることはもう無くなるだろうし。
現時點では、問題が無いように思えるのだが。
(やっぱり……気が付いていないんだね。駄目……駄目なの。私が、ごめんね……ツバサ。)
明確なルナからの拒絶。
その言葉、と言うか意思は、思った以上に俺の心に深く突き刺さり、痛みを生み出した。
とどのつまり、俺と言う個のアイデンティティの否定。
それも、一番心が寄り添っていると思われるルナからの拒否。
そりゃ、冷靜に考えれば、おっさんと、うら若き乙が一緒の存在になるとか、誰も得をしない狀況だった。
むしろ、可いルナが汚されると言う意味では、人類の損失ですらある。
頭では理解できる。良く分かる話だ。
だが、それでも、ルナからはっきり拒絶されると、それはそれで、別の意味でかなりのショックだ。
あれ? なんか泣けてきた? うわ、恥ずかしい……。そう思うも、俺は心の中で流れる涙を止められない。
(ち、違うの! そうじゃないの! そうじゃなくて、私がけ止めきれないの!)
心でさめざめと泣いていた俺を気にしたのか、焦ったようにルナが心でぶ。
け止めきれない? そ、そうだよな。おっさんの汚い心だもんな。
良く分かるよ。ありがとう、ルナ。しでもフォローして貰って、嬉しいよ。
ちょっと待ってくれ。流石に、すぐにどうこう出來ないけど、ちゃんとけ止めるから。
(違うの! 汚い……のは、そうかもだけど。ああ、もう! そうじゃないの!)
ルナの言葉が、ザクザクと俺の心に刺さる。
いや、落ち著け俺。そもそも、自分が汚いのは十分に解っている。
心のどこかで、ルナが俺を全肯定してくれていると、錯覚していた俺が悪い。いや、もっと言えば、甘えていた罰だ。
何故か今度はルナが焦ったように、弁解する聲を心の隅で響かせながら、一方で、自分でも思ってみなかったほどの無力に襲われる。
そうか……これは、ある意味で失の様ななのだろうか?
いや、存在の全てを否定されている訳では無いか。
正直言えば、この程度の事で何をと、思わないでもない。
だが、俺の想像以上に、ルナの拒絶は、俺の心に負荷を與えているのも、また事実だった。
困ったな。冷靜に自分を見つめると良く分かるが、俺は完全に俺は哀しみの奧底にいる。
今までに経験した中でも、かなりの強度だ。
それこそ、社會に出て、散々、煮え湯を飲まされた時より、きつい。
こんなけない心、ルナに知られたくないのだが、なかなか思うように制できない。
だが、そんな狀況下でも、事態は進むようで、
『――――セーフティ解除――――最終ロック開放――――比翼システム、起します。』
と言うコティさんの聲と共に、俺のの覚が急速に戻ってくる。
それと同時に、右肩甲骨の辺りから、翼が生えた事を自覚する。
ゆっくりとを離すルナと俺。そして、俺は目から溢れ出す涙を拭う。
かっこ悪いなぁ。本當に。良い年したおっさんだろ。気張れよ、俺!
ふと見ると、ルナの左肩には、白い粒子で出來た翼が、空間を仰ぐように揺らめいて存在していた。
久々に見るその白い粒子の翼は、前と変わらず、儚いながらも、しさの同居した姿を、この世に見せつけている。
『ツバサ。違うの。私は、貴方をけれたい。けど、駄目なの。そんな事したら……。』
久々に聞いたルナの聲は、やっぱりき通るような鈴の音を思わせる、綺麗なもので、だけど、その聲が作り出した意味は、苦悩だった。
綺麗な聲をせっかく取り戻したのに、こんな事に使うのは勿ないと、頭の片隅で思いつつ、俺は、その先を促す。
「そんな事を……したら?」
俺の促しに、ルナは迷ったように俯くも、顔を上げると、俺を真っ直ぐに見つめ返す。
その瞳の奧には何らかの決意が宿っているのを、俺はじた。
『そんな事をしたら、私……この世界を呪わずにはいられないと思うから。』
そうルナが聲を発した瞬間、またもコティさんの聲が響き、俺の視界が変化する。
『比翼システム……稼完了――――臨界點へのカウントダウンを開始します。』
視界の端に、臨界點へのカウントダウンが表示される。
前と同じ様に、ピザを綺麗に等分したような円の真ん中に273と書いてある。
その數値のなさに、一瞬、気を取られるも、俺は、ルナの今言った事が気になって、仕方が無かった。
ルナが、この世界を呪う? どういう事だ?
そう思うも、俺は何となく、彼の言わんとしている事が理解できていた。
何故ならば、俺も、気を抜けば、そんな風に思ってしまうかもしれないからだ。
正直に言おう。この世界は狂っている。
森で生活している時には、あまり気にならなかった。
いや、気にしないようにしていた。
だが、外に出て來て、人族の生活にれて、俺は理解した。
その、余りにも都合のよい世界のあり方に、吐き気すら覚えたのだ。
この世界は、人族に、あまりにも都合よくできている。
魔力と言う未知の力によって、維持が出來、排泄や代謝が排除された生命活。
生理、出産と言った、人が本來持つはずの不便さが排除された特殊な生。
そう。生きる上で、煩わしい部分だけ、都合よく削られている。
一方で、快楽をつかさどる部分は、その範疇ではない。
食事、睡眠、。これらは、快楽として、殘されている。
だが、それらを貪る事に、この世界においては、不都合はない。
食事をしても、恐らく、太らない。
なくとも、この世界に來てから、俺は太らないし痩せてすらいない。
代謝と言うが、意図的に排除されているせいで、恐らく外的に変化が起こらない。
もしくは、極めて起こりにくくなっている。
排泄と言えば、しようと思えば、小さいほうなら出來る。
できるが、そもそもする必要が無い。大に至っては、もよおしさえしない。
発汗はするが、すぐに引っ込む。しかも、が熱い時ではなく、肝が冷えた時や、興した時に出る事がほとんどだった。
逆に、寒い時にはは震えていた気がする。意味が解らない。
一番、その恩恵が顕著なのがだ。
病気の事は不明だが、妊娠、出産に関しては、この世界にリスクはない。
そもそも、本來であればこの世界において、生機能は必要ないはずだ。
だって、霊樹が全てを賄ってくれるのだから。
なのに、実際には、もその機能も存在し、人は有している。
ただ、それを楽しむためだけに……だ。
そこに、獣人族・霊の存在が加わり、人族が圧倒的に優位な狀況が生まれる。
整合の取れない、都合の良い世界。
まるで、元の世界から來た人が、楽しむ為に作られたかのような摂理。
それが、この世界の形であり、俺が今見ている世界だ。
『やっぱり、ツバサは凄いね。ちゃんと気付いちゃうんだもん。……そう。この世界は、人に都合の良い紛い。』
寂しそうに笑う。それでも、その顔はしいと思えた。
『そして、獲を逃がさない為の、檻……だよ。』
ルナの口元が吊り上がり、何とも嗜的で退廃的な雰囲気を纏う。
君は、そんな表も出來るのか……初めて見た。
俺のそんな思考が聞こえたのだろう。ルナは、し驚くと、悲しそうに俯く。
『出來るようになっちゃた。分かるようになっちゃったの。』
「俺は、それでもいいと思うけどな。正直に言えば、新しいルナを知れて、俺は嬉しい。」
あえて、俺は聲に出してそう伝える。
彼は、不意を突かれたように、驚いた顔をするも、すぐに表を引き締める。そして、首を振ると、手のひらを天へと向けたまま、右手を宙へとばした。
『やっぱりツバサは、凄いと思う。……私には、どうしても無理だった。』
彼の右手に數多あまたのが集まり始める。
『ツバサから貰って、奪って。一杯、んな事が知れて、理解できて、楽しい事をいっぱいじたよ? ……それでも、人の嫌な部分をけ止めるのは、本當に辛いの。』
は収束し、彼の手のひらに浮かぶように、球を形する。
『何より、自分の中から湧き上がる、この暗いだって、全然、上手くけ止められないんだよ? ツバサはもっと、大きなを抱えているのに。』
ルナは、本當に悔しそうに、を歪ませる。しかし、すぐに、ふっと、力無い笑みを浮かべた。
『だから、ごめんね。ツバサ。』
その手が球を握りしめる。その瞬間、が形を変え、棒狀の何かへと形を変えた。
『お別れ、しよう?』
右手に収まるのは、一本の槍。木でできた槍を俺につきつけ、彼は、そう口にしたのだった。
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