まどろみの中、俺は、たゆたう。

フワフワとしながら、ゆらりと流れ、浮き、回り、そして、止まる。

その覚は、激しいでは無く、優しく俺を包んでいた。

ずっとこのままで居たくなるような、そんな心地良さを伴って、俺を揺らす。

ん？　前にもこんな事があったような……？

しかし、そんな疑問はすぐに霧散し、穏おだやかな時間が戻って來た。

……はずだったのだが、が引っ張られる覚に、俺は顔をしかめる。

うーむ、靜かに寢かせてしいなのだが。

そんな俺の思いとは裏腹に、引き寄せられるスピードは、どんどん上がっていく。

そうして、どの位経ったのだろうか？　向かう先に何かが見えた。

人？　うーむ。あれは、か？

遠くからでも見えるらかな曲線は、のだと俺はじた。

そして、その人影に近付くにつれ、容姿が確認できるようになる。

暗闇にあって尚、白く輝く長い髪。

細い手足と、小さな顔。ワンピースの下に隠されたらしさを控えめに強調するそのらかな軀は、見る者に母をじさせ、安心を與える。

『おに……ツバサさん。』

その聲を聞いて、俺は涙を流しそうになった。

そう、失われたはずの聲。失われたはずの彼が、目の前にいる。

「ルナ……。」

俺の呟きを聞いて、ルナはその口角を釣り上げた。

『そう。私は、ルナ。』

違和が頭の片隅を過よぎる。

だが、彼が俺の頬に手を添えた瞬間、その考えが霞をかけたように、曖昧なものとなった。

『何も考えないで。私をけれて。』

「けれる？　ルナを？」

ルナを拒絶した事など、無いと思うのだが。

そう思い、ふと見ると、ルナの髪のが黒く染まっていた。

「あれ？　ルナ、髪のが？」

『ふふ。これが本當の私。』

「本當の？　いや、だけど。ルナの髪は白……。」

俺が反論しようと口を開くも、彼は俺の頬を優しくなでる。

『違うわ。本當は、このなの。』

「そうなの……か？　いや、しかし。聲もなんだか……。」

『ふふ、それも本當の私の聲。』

暫く、そんな押し問答が続くも、それが重なる度に、徐々に俺の思考が緩慢になる。

上手くを考えられない。ルナと言う像が思い出せなくなっていく。

まるで、上書きされていくかのように、徐々に彼の存在が、目の前の彼に合致していった。

何かがまずい。変だ。

だが、そんな考えも、すぐに霧散する。

『そう。ルナは私。それで良いじゃない。ね？　お兄さん。』

そうなのだろうか？　いや、そうなのかもしれない。そもそも、彼はもう……。

『そうよ。私がルナ。そうすれば、お兄さんはずっと幸せに暮らせるわ。』

黒いツインテールを揺らし、怪しくルナが微笑む。

「そう……か。そうなのかも……な。」

自分の聲とは思えない程、緩慢な様子で、俺の口がく。

その瞬間、目の前に居るが、ルナであると認識できるようになる。

そうか。この子はルナだ。

『そう。私はルナ。　……ふう、やっと認めてくれたわね。お兄さん、強なんだから。ふふふ。』

「えっと、ごめん？　なんだか、良く分からないが。」

今迄、霞がかかっていたような思考が急に晴れるのをじる。

ルナが、微笑みながら、俺の頬を優しくでる。

『良いのよ。じゃあ、お兄さん、そろそろお休みの時間よ？　もう寢ましょう。』

「そうなのか？　じゃあ、ハグしないとな。おいで、ルナ。」

そんなルナの言葉に、俺は反的に口をかしていた。

ハグしないと、後が怖いしな。また、氷結地獄で正座は勘弁願いたい。

そう思いながら俺は手を広げると、ルナをけ止める準備を整える。

『え……。』

しかし、ルナはを直させると、俺の顔をマジマジと見つめ……そして、顔を背けてしまった。

「ん？　どうした？　元々、ルナから言い始めた事だろ？　それにハグ位、今更でしょ。それ以上の事もしてるし。」

寢る時はいつも俺に抱きついていたし、天風呂では素っを堂々と見せていたしなぁ。

そう考えると、ハグとか、彼が今更、恥ずかしがるほどの事では無い気がする。

流石の俺も、毎日やるに慣れてしまった。初期にあった恥心は既に、どこかに吹き飛んでしまっている。慣れって恐ろしい。

だが、何故かルナはその言葉を聞いて、顔を真っ赤にすると、慌てた様に、口を開いた。

『ちょっと、聞いてないわよ？！……何やってるのあの子……。そ、それに、わ、私だって、こ、こここ、心の準備ってものが……。』

ふむ、何故だか分からないが、今日のルナは変だ。

俺が手を広げながら、首を傾げると、ルナは一瞬、気まずそうな表を浮かべ、首を振る。

『わ、分かったわよ。そ、その位！　そ、そうよ。何てことないわよ。わ、私がちょっと本気を出せば。』

そう一気に捲し立てると、ルナは鼻息荒く、俺の前に立ち……まるでタックルでもするかのように、俺のへと飛び込んで來た。

それを何とかけ止め、しっかりと抱きしめる。全く、あわてん坊さんだなぁ。

俺は苦笑しつつも、更にルナをしっかりと抱きしめる。

その瞬間、直立不のまま、直してしまうルナ。

そして、俺もルナを抱いて……強烈な違和に襲われた。

ん？　おや？　ん～～？？

俺は、その違和の原因を探るべく、ルナの腰に手を回し、抱きしめたり、肩甲骨の辺りに手をやり抱きしめたりと、試行錯誤してみる。

『ちょ！？　何してんのよ！』

我に返ったのだろう。ルナが顔をゆでだこの様にしながらも、俺の腕の中から見上げて來るが、逃げる様子はない。

俺はそんなルナの頭を、落ち著かせるように、優しくなでる。すると、頭から湯気でも出そうな勢いで委しながら、途端におとなしくなる。

おや、今日のルナさんは、なんだか初々しいな？

そう思いつつ、俺はルナの抱き心地にある、違和の正を確かめる。

ふむ。ん～？　なんかこう、足りないと言うか、惜しいと言うか。

そのまま何度かそうやって、ハグをしてみて、漸く理由が分かった。

「あ、なるほど。」

俺のそんな呟きに、ルナは何故か潤んだ目をこちらに向けてくる。

『な、何を、一人で、な、納得しているの……よ。』

俺のそんな呟きに、弱々しくではあるが、ルナが恨めしそうに聲をかけて來た。

「いや、何か今日のルナの抱き心地がね、いつもと違っててさ……なんでかなーと思ったら。」

『……思ったら？』

おずおずと言うじで、顔を真っ赤にしながら、続けるルナ。

俺は、そんなルナを腕の中から開放すると、し困りながら答えた。

「いやぁ、ルナ、痩せた？　ちょっとの當たりがいつもと違ってさ。病気とかしてないよね？」

そう。全的に、抱きしめた時ののらかさが足りなかった。特に、の當たりは、こう、抱いた時の反発というか、それが寂しい。

改めて見たら納得だ。何故か、ルナのが激減していた。まぁ、そこまで気にする事は無いんだが。

俺の言葉をけて、暫くの間、何を言われているのか理解できないと言うように、直していたルナだったが、意味が浸したのだろう。一気に発したように真っ赤になると、俯きながら小刻みにを震わせている。

そんな彼の様子を見て、しまったと思う。しデリカシーが無かったかな？

単にいつもと違うから、心配だっただけなんだが。

「ああ、けど、俺は気にしてないからね？　なんせ、ルナのだから。の大きさとかで、ルナの魅力が変わったりしないから。」

そう、俺なりにフォローをしたつもりだったのだが……。

ルナはその言葉を聞いて、顔を上げると、涙の溜まった目で、俺を睨む。

「いや、ちょっと、待て。落ち著けルナ。とりあえず、その手を……。」

『お兄さんの……馬鹿ぁああ！！』

そう、弁解するまでも無く、乾いた音が響く。

おいおい、またかい。

そう思うと同時に、黒い世界が々に吹き飛んだのを視界の端に収めつつ、俺の意識は急速に遠のいたのだった。

目が覚めると、見慣れた俺の部屋の天井が視界を覆う。

古い合板で出來た木製の天井には、木目が様々な模様を描いていた。

そういや、その中の一つが目に見えて、暫く上を向いて寢れなかったっけな。

懐かしさに引かれ、その模様を探すと直ぐに見つかった。まるで、の瞳を思わせる、し細長い模様を見つめ、そして、軽く苦笑しながらを起こす。

窓からはしがこぼれ出て、部屋を薄く照らしていた。

そして、よく見ると、部屋の片隅に小さい何かが鎮座している。

何だ？　そう思い、意識を向ければ、それは、頭を抱えて蹲うずくまっているだった。

「ううぅ、またやっちゃった。折角のチャンスだったのに……。全く、どうしていつも私って肝心な所で……。」

ふむ。良く分からないが、どうやら、彼は何かをやらかしたらしい。

そして、未だに良く分からないのが、何故、彼が俺の部屋に堂々と居座っているのかと言う事だ。

そもそも、何者だ？　と思い、彼の名前が、月島瑠奈と言う名の馴染だと思い當たる。

ああ、そうだった。今日も起こしに來てくれたのかな？

彼は、何故か俺の家で朝食をとるついでに、俺の事も起こしに來てくれる。

まさか、ギャルゲーの王道を素で行く事になるとは。

まぁ、それも妹の春香を起こし來たついでらしい。

俺はため息を吐くと、時間が気になり時計を見る。

もうすぐ7時半になろうかと言う所だった。そろそろ、起きなければ學校に遅れてしまう。

「……っ。」

俺は、彼の名前を呼ぼうとして……何故か俺は、この子をルナと呼ぶことに躊躇いを覚える。

ん？　なんだ？　何かが違う。

一瞬、心に湧き上がった疑問。俺はその違和が、とても大事な事だと、一瞬で、理解した。

だが、同時に、切羽詰まったこの狀況では、深く考える時間も惜しい。

數瞬、考えた後、俺は、意を決すると、何だか黒いオーラを纏ってそうな彼に聲をかける。

「瑠奈。何をそんな所で、うずくまっているんだい？」

一瞬、強烈な違和を覚えるの、俺はそれを表に出さず、その手でカーテンを開ける。

やはり違う。この子は、ルナではない。それは確かだ。

しが差し込み、部屋を明るく照らす。

同時に、部屋の隅でこまっていたの姿を、眩しいの中に浮き上がらせた。

驚いたようにこちらに視線を向ける瑠奈を名乗る。

そのを一目見て、俺は思う。

は、悔やんでいた。そして、疲れていた。

その姿を見て、俺は一瞬、過去の自分を思い出す。

頑張ったけれど、報われなかった。それを引きずってしまった。

どうすれば良かったのか？　そればかり考えて、自分を責めてしまった

ああ、なんか、この子。俺に似てるかも。

ふと何故か、そう思った。

そう思ったら、何となく、許せる気がした。

「お兄……さん？　今、私の事、ルナって呼んだ？」

正直、違和は多分にある。謎も一杯だ。

……だが、まぁ、良いだろう。

「ああ、呼んだよ？　だって、それが君・の名前なんだろう？」

俺も、そこまで意地を張る必要も無いかもしれない。

彼が瑠奈と語るなら、付き合おう。

「そ、そうよ！　それが、私の名前よ！　良かったぁ。お兄さん、ちゃんと、せんの……じゃなくて、覚えていてくれたのね。」

……大丈夫か？　この子。今、絶対、洗脳って言いかけただろう。

だが、何だか、その表は先程とは打って変わり、晴々としていて、とても嬉しそうだ。

そんな彼の明るい表を見て、考える。

俺は、何か大事な事を忘れていると思う。

だが、それでも、このがしでも笑えるなら、し付き合うのも良いだろう。

そう言う気持ちが芽生えて來た。だから、俺は彼を肯定する意味を込めて、こう答える。

「ああ、瑠奈は瑠奈だからね。」

「ええ、そうよね！　そうだよね！」

うふふふ。やっと上手く行ったわ。と小聲で呟いちゃうこの子は、結構、殘念なじがするが、それもなのだろう。

俺はそんな言葉を聞かないふりをして苦笑すると、ご機嫌な彼に聲をかける。

「んで、著替えたいんだが。見ていくのか？」

俺はシャツに手をかけ、わざとゆっくりたくし上げる。

まぁ、おっさんのストリップとか、需要ないけどな。

だが、彼は、一瞬にして顔を真っ赤にすると、

「ば、ばかぁ！」

と言いながら、慌てて部屋から出て行った。

そして、1秒後、「うきゃぁあああああ！？」と言う悲鳴と共に、重い音を連続して家中に響かせる事になった。

あ、階段から落ちた。

そんな景を想像して、湧き上がる笑いをらしつつ、著替えを済ませ、登校の準備を進める。

うん。今日は、し面白い事になりそうだ。

そう思いながら、俺は部屋を後にしたのだった。