《比翼の鳥》第5話 蜃気樓(5)
通勤中のサラリーマン達にじって、俺らは、駅へと向かっていた。
ふと、周りに目を向ければ、所々、空き地が目立つ。
おかしいな。ここには、ビルがあった筈なんだが。あそこも、あのビルは既に建て替えられたはず……。
心の端で、そんな疑問を何度も抱きつつ、記憶と齟齬のある風景を橫目に、俺は足をかし続けていた。
楽しそうなを含んだ甲高い聲が聞こえ、目を向けると、前を歩く春香の橫を、瑠奈と名乗るがちょこちょこと歩き、何かを話し掛けているようだった。だが、春香は相槌を打つの、基本、聞き役に徹していた。
一見すると、我が妹のそっけない態度なのだが、そんな事は気にならないとでもいう様に、は楽しそうに、春香へと話し掛ける姿を見て、俺は首を傾げる。
まぁ、それだけ春香に懐いているのも、意外ではあるのだが、それ以上に、そんな景をどこかで見た事がある様な気がしたのだ。
うーん、どうも、その辺りの記憶がはっきりとしないんだよな。
思い出せそうで思い出せない、あの獨特の気持ち悪さをに抱きつつ、俺は二人のそんな様子を視界の端に収めつつ、歩を進める。
駅が近付き、その白い建屋が見えるも、目の前にあった筈の商業施設は跡形も無く、更地となって、俺の視界の端を埋め盡くしていた。
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そんな、違和の拭えない、寒々とした景を捉えつつ、俺は、彼らの後を追いつつ、黙って駅へとっていくのだった。
「しかし、毎度ながらこの混雑は何とかならんのか……。」
俺はため息を吐きつつ、黒づくめの群集の一部と化す。
ホームで列車を待つ人々の列は、整然としたと、狂気がないぜになった様な、一種の宗教じみた何かをじさせる。
「この時間であれば、仕方ないだろうな。元はと言えば、兄貴が寢坊などするから……。」
いや、一緒に君も盛大に寢てたよね? それが何故、俺のせいになるかな ?
春香の言葉に、俺は心でそんな不條理に抗う言葉を思い浮かべるも、苦笑をするにとどめ、口には出さない。
口に出そうものなら、何かが飛んでくるに決まっている。
こんな所で一発食らったら、それこそ、んな意味で悪目立ちしそうである。
「でもでも、お兄さんと一緒に登校するのって久々じゃないですか。先輩、いつもと違うと、ちょっと楽しくないですか?」
変な空気が流れる前に、瑠奈を名乗るが、そう口にする。
いや、俺は君らと登校するのは、初めてだと思うんだけどな。
まぁ、そうは思っても、それも口には出さない。
一応、何かを慮って、空気を盛り上げようとしてくれている、その意図には気が付いたからだ。
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同時に、この子に突っかかって行っても、恐らく、面倒な事にしかならないと、何となく本能レベルで理解した。
だから、俺は表面上、その言葉に同意しつつ、観察するに留める。
「そう言えばそうだな。春香も、瑠奈……も、いつもはもっと早いもんな。」
そうは言うの、彼達と登校した記憶は、俺にはない。だが、春香の格なら良く分かっている。
そう。人ごみの嫌いな俺の妹なら、そうする筈。そして、俺のその読みは、違える事は無かったようだ。
「そうだな。まぁ、たまには仕方ないか。だけど、兄貴。駅に著いたら別行だからな?」
「へいへい。」
そんな拗ねたような言葉が來るのも予測済み。俺は肩をすくませながら、そう答える。
まぁ、俺は彼らの後ろから何食わぬ顔で、ゆっくりと追って行けば良いのだ。
こんな事を言いつつ、時々、後ろを気にして振り返る春香が、容易に想像できて、俺は苦笑する。
ふと視線をじて、目を向けると、が不思議そうな顔で、俺を見つめていた。
ん? 何だい? と、視線で問いかけると、彼は何故か気まずそうに、顔を背けてしまう。
ふむ、なんだか良く分からんが、勵めよ。
俺は、先程のフォローへの謝と激勵の意味を込めて、背を向けている彼の頭を軽くでる。
「ぅひゃっ!?」
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でた生から、変な聲が出た。
慌てて振り向いたの顔は真っ赤で、そんな表を見てしまった俺は、何故か彼をもっとめたくなってしまう。
うーん、おかしいな。俺はそこまで、Sではなかったと思うのだが。どうも、彼を見ると、こう、調子に乗ってしまうと言うか……。そう言えば、前にもこんな事あったよなぁ?
そうどうでも良い事を思いつつ、優しく、しかもゆっくり大きく、彼の頭をでまわす。
耳まで真っ赤になった彼ではあったが、どうやら嫌では無いようで、上目遣いの目に涙を溜めながらも、震えたまま、されるがままになっていた。
なにこれ、超可いんですけど。
そう思い、調子に乗ってで続けていたのが、運の盡きだったようだ。
「兄貴……何を、やっているのかな?」
見ると俺達を中心に、3m程人が居ない地帯が出來ており、皆、橫目で怖いもの見たさと言う風な視線をチラリと送ってきている。
そして、その心地……つまり、目の前には、般若が降臨したと表現しても差し支えない勢いで、負のオーラをまき散らす、鬼……いや、妹様が、仁王立ちをしていた。
あ、これ、死んだ。
そう俺の脳裏を掠めた言葉が、俺の運命を明確に語っている。
だが、次の瞬間、妹様が呟いたのは、意外な言葉だった。
「公衆の面前で、しかも、人の真後ろで……。私だって、最近は、でて貰ってないのに……。」
「え? いや、そうだったのか。じゃあ、でようか? ほら、遠慮せずに。」
そんな俺は、余計な一言と分かりつつ、思わずそう言葉にしてしまった。
一瞬、嬉しそうな表を浮かべる妹様だったが、次の瞬間、顔を真っ赤に染めた彼の姿が、かき消えた。
と同時に、腹部に走る衝撃と、れる俺の息。
次いで響く、周りのサラリーマン達が思わずどよめきと、
「見えなかったぞ。」「あの兄ちゃん、勇者だな。」「あの子、世界も狙えるんじゃね?」
と言う、野次馬の聲。その好機と雑多な聲に混ざる様にして、俺の耳に屆いた
「兄貴の……馬鹿。」
そんな春香の寂しそうな聲を最後に、俺の意識は闇に落ちたのだった。
結局、俺が春香にノックダウンされた事で、めでたく遅刻が確定した。
俺が沈んでいた時間は、5分と無かったが、その間に駅員さんが呼ばれ、春香共々、目を覚ました俺は、怒られることになった。
幸い、電車が止まる様な事も無く、混も最小限であったため、厳重注意に留めて貰ったのが、せめてもの救いだった。
流石に、公衆の面前でやり過ぎたと思ったのだろう。春香も神妙な面持ちで、俺に謝って來たし、俺も調子に乗った面もあるから、お互い水に流す事で、事なきを得た。
と言うの、流石に、こんなアホな理由で遅刻確定は恥ずかしかったらしく、妙蓮寺駅に著いたら、
「さ、先に行ってるぞ。兄貴。」
と、呟き、と共に、そそくさと立ち去ってしまった。
まぁ、これは帰ったら家で話し合うとしますかね。
そう思い直し、俺は彼達に追いつかない様、ゆっくりと學校を目指す。
今日は日差しが暖かい。春を迎え、梅雨に差し掛かろうと言うこの時期、徐々に暑くなっていくであろう気候を思い、俺はしげんなりとする。
だが、すぐに何か違和を覚えて、俺は首を捻る。
あれ? 始業式、いつやったっけ? と言うか、今は、何月だ?
徐々に高さを増していくであろう太を薄目で眩しく見據えながら……俺は、そんな事を思いながら、校門をくぐったのだった。
「重役出勤とは、やりますなぁ。」
「佐藤君にしては、珍しいよね。どうしたの?」
鈴君が顎に手を置きながら、柴田が不思議そうに、そう問いかけて來たのは、俺が1時限目の途中から、申し訳なさそうに教室へとった後の、休み時間だった。
俺は、事の顛末を、ざっくりと説明したのだが……それに対して返って來たのが、
「ロリコンだね。」
「うん、有罪だね。」
と言う、全くブレの無い二人のお言葉だった。
「なんでやねん。」
そう返しつつ、俺はふと首を傾げる。
まぁ、そもそも、あのに対して、いやらしい気持ちは微塵も沸いてこない時點で、冤罪以外の何でもないのだが、百歩譲ってそうだとしても、問題ないはずだ。俺は、高校生なんだから。まぁ、あの子は中學生だろ? そんな騒ぐような程の事ではない筈だ。
しかし、そんな論理武裝が、とんでもなく希薄なだと俺の心が訴えかけている。
おかしいな、問題無いはず? ……うん? 何か変だな?
「確実に犯罪者のレベルだよね。佐藤君、ちゃんと証言臺には立ってあげるからね。」
「むしろ、その景を世間に曬した時點で、通報されても良いレベルだよね。」
「「南無―。」」
そして、二人に合掌される俺。
そんな二人の言葉が、正しいようでおかしいと思う。
しかし、何かが凄く変なのは分っても、何が変なのか分からない。
「はいはい、俺が全部悪かったよ。捕まったら、頼むわ。」
結局、どこからどう突っ込んで良いのか分からない俺は、溜息を吐き、心の底にまた一つ、重い何かをへばり付かせたまま、それを流す事にしたのだった。
「じゃあ、兄貴には、罰として、私達を遊園地に連れて行って貰おう。」
俺は蕎麥そばをすする作を一旦止め……そして、聞かなかったことにして、そのまま、単純な作業に戻る。
と絡み合って口腔を満たす味と、もそっとした食は、なんとも安いじを出しながらも、何処か懐かしさを伴って、俺の胃へと落ちて行く。
うむ。財布に優しい食料の代表格。流石だ。
早い、安い、そこそこ味いと、三拍子そろったこの食料は、忙しいサラリーマン達の味方だ。
勿論、その地位は、學食でも何ら変わる事は無かった。
無かったのだが……先程から突き刺さる視線が、俺の至福の時間を邪魔しにかかっている。
チラリと目を向ければ、焦れた様に震える春香の姿。
うん、このまま放っておくと、また朝の二の舞になりそうだ。
俺は、名殘惜しみながら、蕎麥そばを一すすりし、咀嚼した後、口を開く。
「まぁ、良いんだが、罰と言うのは変だろう? あれは、両敗だ。」
そう。先程の話でも、そういう事になった。
お互いに改めて、謝罪をした後、和やかに食事が始まった筈だった。
事実、俺の両脇を固める、鈴君と柴田も、意味が分からないと言う顔をしている。
しかし、そんな男陣を目に、我が妹は、臆する事無く言い放つ。
「手を出したことについては、それでお互い両敗だ。それは、私も認める。しかし、公衆の面前で辱められたと言う事実がまだ殘っている!」
ドヤ顔でそう、捲し立てた我が妹を見て、俺は顔をしかめつつ、反撃に出てみる訳だが、現実は甘くない。
「いや、それを言うなら、公衆の面前で可憐な子中學生にのされた、男の面子はどうなるのよ。」
「カッコ悪い事、この上ないよね。」
楽しそうに、俺の右肩を叩く鈴君。
「に一方的にノックダウンされた時點で、男が悪者決定だね。強く生きろ。」
左肩に手を置き、無責任にそう勵ます柴田。
笑顔で俺の止めを刺しに來る、親友達の容赦ない援護砲撃が、著弾する。見事なフレンドリファイアだ。
両者からも止めを刺され、肩を落とす俺の姿に思う所があったのか、「と、ともかく!」と、赤い顔で春香は咳払いすると、
「兄貴に拒否権は無い! 都合のいい事に、明日は休みだし、券も5・枚・ある。」
と、仰々しく、チケットを広げて見せる。
その言葉を聞いた瞬間、俺は即座に両肩に置かれた手を巻き込みつつ、左右から無遠慮に煽って來た我が親友達の肩に手を回して彼らのきを封じた。
俺、春香、瑠奈を名乗る。これで3人。殘る席は2つ。ならば、答えはもう出ている。
時遅く、一瞬遅れて、俺の意図を完全に理解した二人は、俺の腕を外しにかかるが、放してやるわけにはいかない。
何が悲しくて、俺だけ従者の如く、妹達に付いていかねばならないのだ。生贄は多い方が良いに決まっている。
だが、そんな友達がいの無い2人は、勿論、何とかそんな狀況を回避しようとするわけで……。
「いやぁ、殘念だなぁ。その日、僕は塾が……。」
「噓付け、鈴君は塾になんか、通ってないよな?」
逃げようと軽い噓をかました鈴君の言葉を、俺は、間髪れず否定する。
言葉に詰まり、俺を見る彼の目には、裏切り者! と書かれていたが、俺は涼しい顔で流した。
それをチャンスとばかりに、今度は、柴田が口を開く。
「ちょーっとその日は用事が……。」
「どうせ、コレクターの集いだろ? 毎週あるんだから、休め。」
問答無用な俺の言葉に、柴田も一瞬、言葉を失う。
何とか打開策を探ろうと、彼が試行している間に、退路を斷つかのように明るい聲が響く。
「先輩方も、暗い事してないで、たまには明るく楽しみましょうよぉ。ね? ほらほら、二人とデートですよ。」
「そうだな、まさかとは思うが……可い後輩の頼み……斷ったり、しませんよね?」
最後だけ、すごみのある笑顔に加えて、敬語で春香に頼まれて、斷れる奴がいる訳も無い。
二人とも項垂れると、「「はい。」」と、力なく答えるに至り、俺は抱え込んだ両者の肩を放した。
「わぁ! 先輩方とデートですね。楽しみだなぁ。」
悲壯漂うこちら側とは対照的に、途端に花が咲いたように、明るくなる対岸が眩しく恨めしい。
「いや、デートとかでは無くて、罪滅ぼしだ。」とか、何とか照れる春香を目に、完なきまでに、二人に止めを刺した、瑠奈を名乗るの笑顔が、妖しく見えたのは、俺の気のせいでは無いと思うのだった。
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