《比翼の鳥》第14話 蜃気樓(14)
更に時は進んだ。
どの位かは、もう分からないが、なくない時間が過ぎた事は間違いない。
だが、そんな時間も、終わりを迎えたようだ。
「……何で、來たのよ。」
何の脈絡もなく、消えそうな聲で、そう呟く彼の表は見えないが、きっと泣きそうな顔をしているんだろうなと、何とも無しに思う。
それは、恐らく、大きく外れていない事は、震える彼の肩を見れば、分かると言うものだ。
言ってしまった。聞いてしまった。彼の心を支配しているのは、差し詰め、そんな言葉だろうか?
だが、聞かずにはいられなかった。
期待せずにはいられなかった。
そんな気持ちも、けて見える。
それが、痛々しく、見ていられなかった。
だから、俺はその呪縛を解き放つ一言を、彼に送る。
「心配だったから、だな。」
「……噓よ。」
「いやいや、なんでさ。」
「だって……私には、心配して貰う様な、そんな資格、無いもの。」
負い目。
そんな一言が、俺の脳裏に浮かぶ。
やはり、彼は俺に対して、何かをして、その結果、何かを背負い込んだ。
そういう事なんだろう。
だが、今の俺には分からない。
彼がそこまでの事をしたと、自分自で思っているのなら、そうなのかもしれない。
だけど、そうじゃないかもしれない。
だから、俺は、彼が勝手に背負ってしまった、その負い目を背負う事にする。
「資格……ねぇ。必要なの? そんな。」
「……。」
彼は黙して答えない。いや、答えられない。
そりゃそうだ。神様だって分からないさ、そんな事。
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「じゃあいいよ。資格をあげる。」
「え?」
「おっさんから、心配して貰える資格を、俺があげよう。これで何の問題も無い。そうだろ?」
「……馬鹿じゃないの?」
思わず……と言ったじで、彼は顔を上げて、俺を見つめる。
その瞳は涙が溜まっていたが、今、その顔に張り付いている表は、哀れな者に向けるそれである。
かなり良い事を言ったつもりだったが、思いの外、酷い仕打ちが返って來た。おかしいな。
だが、俺が浮かべているであろう不服な顔を見て、彼は無意識にだろう。
口の端を釣り上げ、そして、そんな自分に気付いた瞬間、自分を戒める様に、表を引き締め、また、膝に向かって閉じこもる。
そうしてまた、暫く、無言の時が続いたが、今度はそれ程、長く続かなかった。
「ねぇ……。」
「ん?」
「何で……心配してくれるの?」
「うーん? 何で? そうだなぁ。」
その言葉に、俺は暫し、考え込んでしまう。
それは、実は簡単な話で、俺側の意見としてなら、俺に似ているからとか、そもそも、心配するのに、理由なんかいらないとか言う、ちょっとカッコイイ話だったりするんだけど、それは、恐らく、彼のむ言葉では無い。
だから、そんな考えの上で、俺が伝えなければならない言葉を、自分の中から掘り起こす。
「學校さ、楽しかったよな?」
「……。」
意味が分からないと言う様に、彼は顔を上げ、俺を見つめた。
表だけで、俺の心を抉るのは止めて頂きたい。
「楽しくなかった?」
「そんな事、無いけど、けど……。」
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「楽しかったろ? 俺は楽しかった。」
思わず口走ろうとした彼の言葉を、俺は強制的に遮る。
恐らく、その先を聞くのはまだ早い。今はまだ、必要ないんだ。
俺の勢いに押されたのか、彼は反的に、頷いた後、しまったと言う顔をするがもう遅い。
「だろ? 春香達と飯食ったりさ、遊園地行ったりとかさ。まぁ、ジェットコースターはちょっと勘弁してしかったけど。」
俺の言葉に促される様に、彼の頭の中にも、その時の景が浮かんでいるのだろう。
彼の表は、優しく穏やかなものに変わっていた。
「ゲーセンも面白かったな。まぁ、今考えるとちょっと大人げなかったと思うけどさ。」
「お兄さん、真剣過ぎだった。」
「ゲームは常に真剣勝負です。」
俺のそんな真面目な言葉を聞いて、何故か噴き出す彼。
うん、良かった。ちゃんと笑えるじゃないか。
俺はそんな彼を見て、安心する。
そして、俺に見つめられていると分かったのだろう。
ハッと表を強張らせると、顔を背けてしまう。見ると耳は真っ赤だが、彼は……顔を膝に埋めようとはしなかった。
「そんなさ、楽しい時間を一緒に過ごした人が、突然、行方をくらませたんだ。」
俺のそんな言葉に、彼は振り返って、俺の顔を見る。
「これは、心配する理由にはならないかな? 俺としては、十分すぎる理由なんだけど。」
俺の言葉に、彼は悲しそうな、嬉しそうな、そんな複雑なを混ぜこぜにした表を浮かべ、黙って首を振る。
「そっか。ありがとう。……だから、俺は來た。君と會うために。……そして、話す為に。」
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俺のその言葉に、彼は一瞬、怯んだようにを引く。
しかし、すぐに何かを決斷したのだろう。
首を振ると、見つめ返す。その目の奧に、力をじた。
なんだ。案外、肝が座っているじゃないか。
いや、違うかな。悩んでいながらも、既に答えは決まっていたのかもしれない。
人が悩む時、大抵の場合は、既に答えが目の前にあることが多い。
後は、選ぶ……つまりは、どれをその手に摑むのか。
それだけだったりする。
きっと、彼は何かを選んだ。それだけなのだろう。
そんな彼が口を開く。
「お兄さん、ここに來ちゃったから、もうどうしようもないけど……一応、聞いておくわ。また戻って、私や皆と一緒に暮らさない?」
先程まで、いじけていたとは思えない程、その聲に迷いはなかった。
しだけ期待するようなが、その目には宿っている。
「いや、それはもう、無理なんじゃないかな。」
「やっぱり駄目か。そうよね。」
だが、同時に、その問いかけは、俺が肯定するとは思っていない前提で、発せられただったのだろう。
現に、俺の拒絶の言葉に、表面上落膽はしているものの、揺も、食らいつくような必死さも見られない。
諦め。
まさに、それを現しているかの様な、彼の振る舞い。
それに、しだけ腹立たしくじる一方で、そうならざるを得ない理由もあるのだろうと、何ともなしに思う。
「私ね、お兄さんの世界で、先輩やお兄さんと一緒に過ごせてね、ほんの、ほんとぉ~~にしだけだけど、楽しかった。」
前れもなく口を開いた彼は、そんな風にし楽しそうに……そして、それ以上に、寂しそうに微笑む。
「ああ、俺も楽しかったよ。」
「そう? 結構、好き勝手やっちゃったから、結構、迷していると思っていたけど。実際、いつも意地悪されていたし。」
「そういうのも含めて、楽しかっただろ? 意地悪をしたのは、まぁ、謝るが……なんだか、揚羽を見ていたら、いつも、何となくめたくなるんだよ。これまた不思議なことにね。」
そんな俺の言葉に、彼は、「あー……。」と、何か納得したような、それでいて、どこか呆れたように、相槌だと思われる聲を出す。
ん? 何かあるのか?
俺が不思議そうに彼を見ると、何故か急に赤くなって、首を振った。
「いえ、なんでもないわ。お兄さん、それはね、私のせいでもあるのよ。正確に言えば、元の世界の、だけど。」
ん? 何だか微妙に、分かりにくい表現だな。
元とは、どこを指す? 俺の世界か? それとも、俺の住んでいた本當の世界か?
そんな俺の戸いが伝わったのだろう。
「あ、いえ、とりあえず、お兄さんのせいじゃないから。実際、先輩も同じようなじだったし。こればっかりは、どうしようもないのよ。」
俺が様子を見て、彼は慌てると、立て続けに、そんな事を口にする。
「いや、そんなこと言われたら、益々、意味わからないんだが。」
だって、めたくなるのは、自分のせいっていう所からして、訳がわからない。
まぁ、確かに、そういう雰囲気を持った子がいる事はある。
弄られ質とでも言うのだろうか。
そういう人は、本人がんでいるんじゃないかと思わんばかりに、弄られる方向へと突っ込んでいく。
思わずツッコミをれたくなる様な事を、次々と引き起こすんだよな。
これがまた、それを楽しんでいる節があるから、質が悪い。
まぁ、ドMってやつか? よくわからんが。
「とにかく、そんな事は、どうでも良いの! 忘れて!」
俺があれこれ考えていると、何故か居た堪れなくなったように、揚羽は聲を荒げて、その話を打ち切った。
「まぁ、癖は、人それぞれだしな。」
とりあえず、れられたくないなら、無理にれることもないだろう。
俺は、そう理解を示したつもりだったのだが……その言葉を聞いて、一気に真っ赤になった彼は、そのまま涙目になって震えながら手を振り上げる。
「え? ちょ、待て……。まぁ、落ち著け。良くわからないが、俺が……。」
「せ、せせせ、癖なんかじゃ、ないもん!! お兄さんの馬鹿ぁ!!」
必死な俺の抵抗も虛しく、そんな彼のびとともに、乾いた音が、暗闇に景気良く響いた。
なんでまた、このパターン? 解せぬ……。
そうして、ヘソを曲げた揚羽を宥めるまで、更に多くの時間を費やしたのだった。
「私のせいじゃないもん……。あの家系のせいだもん。あののせいなんだから、仕方ないじゃない。私、関係ないもん。お兄さんの馬鹿。先輩も先輩で酷いし。大……。」
結局、目のを失い、ブツブツと何かを呟く揚羽に、とりあえず、平謝りし続けた結果、漸く俺の話を聞いてくれるようになったのは、時間で數時間後だった。
「……で、お兄さん、結局、何がしたいの?」
何だかやさぐれてしまった揚羽の投げやりな言葉を、俺は営業スマイルを浮かべながら、け止める。
しかし、揚羽さんや。なんか、キャラが崩壊していますよ? まぁ、この方が饒舌だから、ある意味やりやすいが。
「うん。いや、揚羽が俺に何をしたのかなって、聞こうと思って。」
さらっと、確信にれてみる。
一瞬、言葉に詰まった彼ではあったが、まだ、燻くすぶった怒りの方が強いのか、強い調子で言い返してきた。
「そんなの、もう、お兄さん分かっているんでしょ? 封印なんて殆ど殘ってないし。」
「うん、まぁ、恐らくは、と言う範囲でなら、そうなんだけどね。」
実際、ずっとこびりついて離れないこの違和も、強引に何かしたら、あっさりと吹き飛ぶような気がする。
彼が何をしたのかも、何となくは分っている。だが、そういう事では無いのだ。
「だったら、さっさと好きな様にすれば良いじゃない。」
今度はむくれて、そんな言葉を吐き捨てると、そっぽを向いてしまった。
なんか変な所で、意地っ張りだな。まぁ、そういうのも可いと思える俺はおかしいんだろうか?
だが何度見ても、頬を膨らませて、目を合わせない様にする揚羽は、子供っぽいとは思うが、やはり可らしい。
その意地のり方や、本音のけ方が、ある意味でおしいとも思える。
こういうのは、の特権だよなぁ。
ちなみに、同じことを男がやったら見苦しいだけだ。そう言う男間のイメージの差は確かにある。
「いやね……出來ればそうしたくは無いんだよ。」
だから、ここは本音でぶつかる。
彼も本心では、俺に封印を解いてしいとは思っていないはずだ。
もしかしたら、こうやって、封印を施す事も、不本意な事なのかもしれない。
だけど、そうしなければならなかったと、俺は考えている。
まぁ、あくまで、何となく、そう思うだけだ。真実はわからない。
だったら、彼の本音を引き出すしか無いじゃないか。
俺の言葉が意外だったのか、しだけ顔をこちらに向けると、橫目で問うてきた。
「なんで?」と、その目は伝えている事が、十分すぎるほど良く分かる。
だから、俺は直球で、その気持を伝えた。
「揚羽のことが、ちゃんと知りたかったから。」
俺の言葉の意味が浸しないのか、首を傾げると、暫く考え込むように停止し……。
そのまま、徐々に真っ赤になりつつ、酸欠の鯉のように、口をパクパクとかし始める。
「ば、ばばば……。」
「ばばば?」
「……ばっかじゃないの!? 何で、私なのよ!? お兄さんは、お姉ちゃんの事だけ考えてれば良いんでしょ!?」
お兄さんがお姉さん? あまりの勢いに、何か一瞬、混してしまったが、彼から時々れ伝わる、『お姉ちゃん』なる人は、俺の中にいない。
それも恐らくは、目の前の人のせいである事は、想像に難くない。
そして、突っ込んではいけない所に、自ら突っ込む辺り、この子のポンコツさが引き立って、なんだか、無に憐れみたくなる。
「あーうん。で、そのお姉ちゃんと言うのは、誰?」
という訳で、とりあえず、チャンスはチャンスなので、有効に活用してみる。
やはり、聞かれたくは無い、容だったのだろう。途端に、挙不審になると、目を逸らしつつ、
「だ、誰だって良いでしょ……そんなの。」
口を尖らせて、そう小さく呟くに止まった。
なんか、やっぱり、無に突っ込みをれたくなる。それを何となく、當人も無意識にんでいるのでは、思えてくるのだが……これは、俺がおかしいのか、彼がおかしいのか……。
「うん、まぁ良いや。それは本題じゃないから。」
そんな彼の様子を見て、俺は、一旦、手を緩める。俺の言葉をけて、明らかにホッとしたような表を浮かべてしまう所が、何とも揚羽らしい。
だが、逃がしはしないよ? だって、本題は、これからだし。
「で、揚羽は何で、俺に封印なんてものをしたの?」
その流れから、俺は、問題の核心へと一気に切り込んだ。
一つの質問を乗り越えて――と言うか、全く乗り越えられていない訳だが――話が済んだと、気が緩んでいたのだろう。
「そ、それは……ど、どうだって良いでしょ、そんな事。」
分っていた事だが、返し方が先程と全く同じだ。やはり、この子、変な所で殘念過ぎる。
って言うか、それで今回も逃げられると思わない方が良いよ?
「それさっきも聞いたよ。それに、どうでも良くはないよ。凄く大事なことだから。」
俺は真剣に思いを語り、それを揚羽にぶつける。
流石に、自分でも、対応が拙い事は分っているようで、その視線をけ止める事無く、明後日の方向を向いて、ブツブツと何か口にしていた。
「何でよ。私は、お兄さんの記憶を封印した。それで良いじゃない。……その方が、お兄さんにだって都合が良いでしょ。」
とりあえず、今更ではあるが、俺に何かした事を認めてくれただけでは無く、彼が記憶の封印を行った事を、明確に暴する。
しかし、簡単に導尋問に引っ掛かったな。いや、違うか。導すらしていない。勝手に報が出て來る。
これは、隠す気がない事もそうなのだろうが、圧倒的に、會話の経験が足りない事もあるのでは無いだろうか。
以前より見え隠れする、彼の……と言うか、良く言えば、純粋さ。敢えて厳しく言うならば、稚さのようなが、より顕著になって來た様に思える。
だが、今はそれが助かる。俺は、彼から本音を引き出したいと思っているのだから。
「なるほど。君が俺の記憶の一部を封印した。そうなんだね? だけど、それも俺にとっては、あまり重要じゃないんだよね。」
その言葉が意外だったのだろう。
「何で? 私が、お兄さんの記憶を封印して、ここに閉じ込めたんだよ? お兄さんの記憶を私が勝手に弄ったんだよ?」
なるほど。まぁ、そういうことなんだろう。それは、客観的に見れば、それは許されざることなのかも知れない。
記憶……そして経験と言うものは、自分を形作るうえで、土臺となる、とても重要なものだ。
それが失われるという事、それは、場合によっては、個の変質を意味する。
俺が俺で無くなるかもしれない。それは、本來であるならば、恐怖であろう。
「うーん……まぁ、確かに、あまり良くない事だね。じゃ、今後は自重する様に。それで良いんじゃない?」
だが、俺はそんな軽い言葉で、その事を流す。
「え? ちょっと、待ってよ。何よそれ……。」
だが、そんな俺のあっさりとした言いに、戸う彼。
そう、きっと彼の中では、その事実は、途方も無い大罪として、心に刻まれているのだろう。
だからこそ、あんなに頑なに知られまいとしていたのだろうし、そういう努力をしてきたはずだ。
だが、実は、罪の意識と言うものは、幻想である事も多い。
迷をかけてしまったと思う一方で、実際には、迷をかけられた方が、あまり気にしていない事なんて、往々にしてある。
今回の場合は、揚羽の覚の方が一般よりなのだろうが……そこはそれ。
俺は、それ程、その事実については気にしていない。
だが、俺のそんな覚が理解できないのだろう。混した様に、揚羽は、捲し立てる。
「何で? 怒らないの? 私、酷い事したんだよ? お兄さんに嫌われるって思って、言えなかったんだよ? これじゃあ、私……馬鹿みたいじゃない!」
うん、そうなんだよ。君は一人で、空回りしていただけなんだよ。
混している彼に、そんな事を言う訳にも行かないので、俺は、し苦笑すると、話を転換する為、し茶化してみる事にした。
「おや、俺に嫌われたくないって思ってくれていたんだ?」
そんな言葉をけて、一瞬にして顔に赤みを宿す。
わっかりやすいなぁ……。そこが良いんだけど。
「そ、それは……うぅ……そ、そう、だって、そうしないと、お兄さんを閉じ込めておけないでしょ! そう、だからよ!」
また、苦し紛れなのか、良く分からない言葉が飛び出す。
だが、目の前の彼は、「そう、だから、仕方ないのよ!」と、無いを突き出すように、自慢げにしている。
いや、揚羽さんよ、意味わからんのだが。
しかし、どうやらその言葉を発した目の前の彼の中では、矛盾もなければ、おかしなところは無いと言う態度である。
ふむ、それでは、逆に、彼の言葉がそのまま真実だとしよう。
だとすれば、今の流れだと、俺に嫌われると、俺を閉じ込めておけない。
そういう風に聞こえる。
記憶を封じた理由は、まだはっきりしないものの、記憶が戻ると、俺に嫌われる。
嫌われてしまうと、俺を閉じ込めておけない。
俺が閉じ込められているのは、何処だ?
俺が、今いる、この場所か? いや、今までのやり取りから考えれば、春香達とも過ごした、あの日常に良く似た、違う世界も含むのだろう。
最初に、あの日常に戻ろうと提案して來たことからも、それは分かる。
じゃあ、この場所は? ここは、一……どこだ?
今までの違和と、揚羽とのやり取り。この空間と、彼の存在。
それらの報をつなぎ合わせ、俺は一つの推測を得る。
「ああ、そうか……ここ、俺の中か。」
「えっ……。」
思わずボソリと呟いた俺の聲を聞いて、揚羽は、勝ち誇った顔から一転して、青ざめる。
そして、俺の頭を凝視すると、焦ったように、俺の頭を両手で鷲摑みにした。
「うぉおい!?」
思わず出た俺の抗議のような聲も、彼は無視すると、焦ったように聲を荒らげる。
「え? 何で? お兄さんの封印、まだ完全には……解けてない。ちょっと、どうしてよ!? 何であの世界の記憶もなしに、そんな事、わかっちゃうのよ! 意味わからない!!」
今度は八つ當たりのように、上下に激しく揺さぶられる。
いやいや、俺を揺さぶったって、答えは出ないだろうに。
しかし、この態度、まるで自信のあったクイズをあっさり解かれた子供のようだ。
まぁ、あながち、この比喩も間違いではないのだろうな。余程、悔しかったのだろう。俺の揺れる視界の前に映る、彼の表は、半分泣きそうなである。
そんな彼の顔を見て、可哀想にと思う一方で、何故か楽しんでいる自分もいる。
うむ、なんだか、彼をいじめるのが癖になりそうだ。変だな、そんな趣味無いんだけどなぁ。
そうして、俺は暫くの間、癇癪かんしゃくをおこした、揚羽に付き合うのだった。
【電子書籍化】殿下、婚約破棄は分かりましたが、それより來賓の「皇太子」の橫で地味眼鏡のふりをしている本物に気づいてくださいっ!
「アイリーン・セラーズ公爵令嬢! 私は、お前との婚約を破棄し、このエリザと婚約する!」 「はいわかりました! すみません退出してよろしいですか!?」 ある夜會で、アイリーンは突然の婚約破棄を突きつけられる。けれど彼女にとって最も重要な問題は、それではなかった。 視察に來ていた帝國の「皇太子」の後ろに控える、地味で眼鏡な下級役人。その人こそが、本物の皇太子こと、ヴィクター殿下だと気づいてしまったのだ。 更には正體を明かすことを本人から禁じられ、とはいえそのまま黙っているわけにもいかない。加えて、周囲は地味眼鏡だと侮って不敬を連発。 「私、詰んでない?」 何がなんでも不敬を回避したいアイリーンが思いついた作戦は、 「素晴らしい方でしたよ? まるで、皇太子のヴィクター様のような」 不敬を防ぎつつ、それとなく正體を伝えること。地味眼鏡を褒めたたえ、陰口を訂正してまわることに躍起になるアイリーンの姿を見た周囲は思った。 ……もしかしてこの公爵令嬢、地味眼鏡のことが好きすぎる? 一方で、その正體に気づかず不敬を繰り返した平民の令嬢は……? 笑いあり涙あり。悪戯俺様系皇太子×強気研究者令嬢による、テンション高めのラブコメディです。 ◇ 同タイトルの短編からの連載版です。 一章は短編版に5〜8話を加筆したもの、二章からは完全書き下ろしです。こちらもどうぞよろしくお願いいたします! 電子書籍化が決定しました!ありがとうございます!
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