《比翼の鳥》第21話 起床、そして穏やかな日々(3)

「……で、他に言い殘す事はありませんか?」

「いや、お嬢、待てや。俺ぁ……」

そんなやり取りが遠くから聞こえた事で、俺は意識を浮上させる。

暖かく、らかで、甘い匂いに包まれる中、俺はまどろみながらも、最高の寢起きを満喫していた。

そう、何か酷い悪夢を見た様な気がするが、きっと、そんな事は無かったんだ。

「ツバサ様のお世話は、私が、全部やると……そう決めたではないですか。それを……」

そんな至福の一時を満喫していた俺だったが、不意にぞわりと背筋から冷気が駆け上がった事で、思わずその元兇へと視線を移す。

これは、殺気か? おいおい、リリー、凄いを放つようになったもんだな。

そんな呑気な俺の考えとは反して、本能は危機を察知したようで、が勝手にぐずり始めてしまった。

「あ、つ、ツバサ様、ごめんなさい。大丈夫でちゅよー、私が守りますからねー」

慌てて殺気をしぼませ、俺をあやし始めるリリー。

だから、その赤ちゃん言葉はどうにかならんのか……?

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と、心で語り掛けるも、何とも嬉しそうに俺をあやす彼の顔を間近で見てしまうと、その気勢も萎しぼんでしまう。

目の前には、俺の知るリリーの笑顔がある。その笑顔を見た後、先程のやり取りに思いをはせ、改めて時が経った事を、否応なしに自覚させられた。

「で? リリー。その赤ん坊が、本當に貴の言う、大事な人なのかしら?」

ふと、橫合いから聞き覚えの無い聲が発せられる。

それは、凜とした雰囲気を纏いながらも、どこか華のある……例えるなら、澄んだ泉の傍に咲く一の花を思わせる聲だった。

気になって見ると部屋の端に立つの子の姿があった。外見から察するに、年の頃、13~15歳と言った所だろうか?

外は既に日が落ち、部屋の中は人工的な燈りに包まれている。金髪がその明かりを反し、鈍く輝いていた。

何より注目すべきは、その髪型……おう、ドリルだよ。リアルでは、まずお目にかかれない縦巻きって奴だ。

ちゅうことは、あれか? お姫様か? 異世界テンプレなら、この子はきっとそうだ。そうで無いと、おかしい。

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見れば、に纏う服もし華じられる。スカートでは無くきやすそうなパンツではあるの、細かい裝飾がっている事からも、お金が掛かっているのは、想像に難くない。

うん、この子、間違いなく権力者側だ。

という訳で、俺は脳でこのの子をお姫様と呼ぶことにする。

俺が勝手にそんな評価を下していると、そんなお姫様にリリーは視線を向け、口を開いた。

「リザ……。貴まで、疑うの?」

リザと呼ばれたお姫様の問いに、し怒気をはらんだ聲で、リリーが答える。

その様子に、遠慮というじられなかった。それだけで、親しい間柄である事を、じさせる。

「ふふ、怒らないでよ。だって、そうでしょ? あの生首が赤ちゃんになったって言われても、俄にわかには信じられないわよ。」

リリーの一睨みにもひるんだ様子もなく、お姫様は肩を竦すくめると、そうお道化て見せた。

「生首じゃない、ツバサ様よ」と非難を口にするリリーを橫目に、そのまま、「それにね……」と、言葉を続けると、彼は更に容赦なく意見を述べる。

「そもそも、リリーの知っているツ・バ・サ・サ・マ・と、今のその赤ん坊が同一人とは限らないでしょ? 意思疎通もできない狀態で、確認もできていないんだし。もし、仮に同一人だったとしても、記憶を失っているかもしれないわ。そういう事も含めて、この赤ん坊は、貴方の知っている、ツ・バ・サ・サ・マ・なの?」

そんな言葉の波に押され、一気にリリーの怒気が萎む。それは耳にも尾にも良く現れており、膨らみ天を突いていたそれらの部位は、今は見る影もなく萎んでいた。

「でも、ツバサ様なの」

「そうじゃないかもしれないでしょ?」

「でも……」

どうやら、口では強がっていたようだが、リリーも俺が、本當に元のままの俺なのかは、確信が持てずにいるようだ。

まぁ、そりゃ、まだ話せていないしな。

魔法を使おうとした所は目撃されているが、結局、魔力不足で暴発したし。むしろ、失敗した事で、前の俺とは違うという事実を印象付ける結果になったのかもしれない。

確固たる確証が無いのだから、自信が持てないのは無理もないと思う。

そんな不なやり取りを見てしまった故、リリーに助け舟を出そうとした俺だったが、それより早く、橫合いから聲がかかった。

「聞いてみれば良いんじゃねぇか?」

その聲の主に二人のの視線が集まる。

そう。先程まで、詰問されていた銀狼族の親父さんだ。

「聞いてみる……とは、どういうことですか?」

リリーがやや訝しがりながら、問いを返す。それに同意をするかのように首肯するお姫様。

「いや、だってよ、そいつ、俺らの言葉を理解しているぞ?」

「「……えっ?」」

同時に二人が固まる。その様子がおかしかったのか、得意気な笑みを浮べ、更に口を軽くする親父さん。

「さっき魔力を與えようとした時にな、こいつとしやりとりしたんだよ。こいつ、喋れねぇみたいだが、ちゃんと言葉は理解しているぞ。」

そんな言葉にすがる様に、リリーは揺れる瞳を俺に向ける。部屋の奧からは突き刺さるような視線が飛んできているのもじる。

うん、まぁ、々突っ込みたい事はあるけど、とりあえず、今は、リリーを安心させてやろう。

俺はリリーの顔を見ながら、やっとく様になった首を、ゆっくりと縦にかす。

「ツバサ……様? ほんとう、に?」

その言葉に、俺は再度、首を縦にかす。

リリーの目に溢れる涙を見上げながら、無意識にだろう、俺の頬へとばされて來たリリーの掌を摑み、その上に俺の小さな指を這わせた。

最初、リリーは俺が何をしているか、理解できなかったようだが、途中から何かに気が付いたように、真剣な眼差しをその目に宿しつつ、掌のに集中していた。

リリー、守ってくれて、ありがとう。もう大丈夫だからな。

一文字一文字、丁寧に掌に文字を落とす。

そうして、何度か同じ言葉を繰り返し、漸く、全ての文字が追えたらしい。一文字続くごとに、リリーは、その目から涙を滴らせ、何度も頷く。

「はい……はぃ……そんな、事、無いです。わだじ、へいぎ……ですもん。うぅ、本當に、ツバサ様だ。うわぁあああん!! つばざざまぁぁぁーーー!!」

そして、最後は、俺にしがみつくように、泣き始めた。

おう、潰れる……リリー、格差を考慮してくれ……マジで、死ぬ。中が出ちゃう!?

そう思うも、彼の心を考えると、ここは、耐え時なのだろうと判斷する。

以前と変わらない様子で號泣する彼の腕の中で、俺はあやす様にその腕をタップしつつ、解放される時を待つのだった。

そのまま崩れるように寢ってしまったリリーから掘り出される様に救出された俺だったが、リリーは俺の小さなを離そうとはしなかった。

よって、今の俺はリリーのに抱かれたまま、彼の慎ましいを寢臺にする格好で、仰向けに寢っ転がっている。

規則正しく呼吸するリリーは、どこか張り詰めた雰囲気が消え、安心した様に無防備な姿を曬していた。

そんな上下するの上にいる俺もまた、そのまま眠りにわれそうになるのを堪え、興味深そうにのぞき込む2人へと視線を向ける。

「こんなリリーを見るのは、初めてね。こうやってみると、まるで只の可の子だわ」

リリーの無邪気な寢顔を見下ろしながら、ポツリと呟いたお姫様の言葉を意外に思うも、俺の知らないリリーには、それだけ余裕が無かったと察せられた。

「いや、元々、お嬢は、ただの可い娘っ子だったさ」

対して、銀髪の親父から発せられた言葉は、どこか懐かしさを含むものだった。

「そう言えば、貴方達は同郷だったのよね?」

「ああ、同じ村出だな。彼は長老の孫娘だったよ。あまり裕福では無かったが、それでも健気に病の母親を看病していたさ。量もある子だったから、村の人気者だったなぁ」

「ふぅん。この顔を見ればそれも頷けるけど……」

お姫様が、言い淀むも、それを鼻で笑うと、親父は苦笑いしながらも、その先を続ける。

「ま、いつものお嬢は、鬼……だからな」

「それは、貴方達が馬鹿ばかりするからでしょ? 今回の件だって、何でまた魔力を與えようとしたのよ。リリーが壊れた様に、こ・れ・に固執していたのは、理解していたでしょう?」

溜息を吐きながら、チラリと俺に視線を向けるも、すぐに視線を外すと、親父を睨む。

「いや、そりゃ分かってたんだけどよぉ。こう、ほら、男と見込んだからには、俺も何かしたいと……」

「その結果、こ・れ・に泣かれて、リリーもお冠じゃ、話にならないわよ」

「それは、まぁ、なんだ。……すまん」

しょげる親父さんの顔を見て、俺も何か悪い事をした気持ちになる。

と言うか、今のやり取りを見て、思い出してしまう。

やはりあの悪夢は現実のものだったか。あの慘狀を脳裏に浮かべ、俺は震いする。

殘念……でもないが、おっさんと授プレイは、俺にはハードルが高すぎる。

リリーとの授……というか、魔力供與だって、未だ恥ずかしいながらも、漸く慣れて來たばかりなのだ。そんな俺にとって、が迫って來る景は、悪夢を通り越して絶の一言である。

一瞬、脳裏にそんな暑苦しい景が過り、俺は弱々しく首を振ると、その映像を頭から追い出した。

殘念ながら、俺は至って普通のしか持ち合わせていないらしい。ある意味、喜ばしい事ではある。

「ま、いいけどね。けど、さっきの話は本當なのよね? だとすると……」

そんな言葉を呟きながら、お姫様は何かを考え込むと、俺へと視線を落とす。

「こ・れ・は、私達の會話を理解している事になるわよね?」

「そうだな。つーか、分ってんだろうな。さっきから、むずがりもしねぇ。まるで、俺達の會話を邪魔しない様に、気ぃ使ってるみたいじゃねぇか」

ふむ。単に、二人の會話に聞き耳を立てているだけなんだけど、まぁ、好意的に取ってもらえるなら、どちらでも良いだろう。

「ふぅん? 単に、私達をどうやって懐するか考えてるだけかもしれないわよ?」

しかし、先程から、このお姫様は、妙に俺に対して警戒わにしているな。

もし、渉事をするなら、これほどの下策は無いと思うのだが。俺に聞きたい事、沢山あるじゃないのかね?

まぁ、その辺りは、まだいという事だろうか? それとも、そう見せかけるための演技か?

いずれにせよ、今の俺は言葉を発する事が出來ないからな。言語は日本語しか使えないし。

森の皆には日本語を教えていたから通用したが、果たしてこの人達には通用するのだろうか?

まぁ、もしかしたら、異世界チートでさっくりと通じちゃうかもしれないけど。

冒険者ギルドでは、読むことはあっても、書く事は無かったからなぁ。試しておけばよかった。

そんな後悔をしている間に、お姫様は一人、言葉を続ける。

「ねぇ、私達の言葉が分かるんでしょう?」

突然の問いかけに、俺は一瞬、きょとんとしてしまうも、首を縦にかした。

そんな俺の様子を見て、「ほれみろ、分ってるじゃねぇか」という、親父の得意気な言葉と、眉をしかめるお姫様の表が対照的に映る。

だが、お姫様は一瞬見せたその表を消すと、張した面持ちで、口を開く。

「じゃあ、あなたは……」

そんな聲がするりと、この場をでる。

「……人族の敵なの?」

その言葉に、今度は俺が言葉を失うしかなかったのであった。

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