《比翼の鳥》第27話 起床、そして穏やかな日々(9)
何を話し合っていたのかはいまいち不明ではあるが……何だか良く分からないに、會議も終了となり、解散という雰囲気が流れ始めた。
のだったが……やはりと言うか、俺の予想以上に、事態は早く進み始める。
「あー、お嬢。ちょっと良いか?」
そう口を開いたのは、先程、若者達とのやり取りで、口を開いていた大柄の男だ。
「はい? 何でしょうか? ウトムルさん」
「あのな……その、言いにくかったら良いんだが」と、前置きした上で、ウトムルと呼ばれた大柄の男は、一気にそのに溜まった疑問を口にする。
「その、背中の赤ん坊は……例の……なのか?」
その言葉で、場の空気の溫度が一段、下がった気がした。
皆の目が、まるで吸い込まれる様に、こちらに向く。しかし、その視線に込められた思いは、大きく隔たったの様に、俺にはじられた。
どうやら、実働部隊の方々は、ある程度事を理解しているようで、その一言で、困った様な、興味深そうな表を浮かべる者が多い。
対して若い者達は、不思議そうな表をその顔に浮かべている。狀況がいまいち摑めていないであろう事が、その様子から見て取れた。
ああ、來ちゃったよ。いや、まぁ、そうだよねぇ。
俺が眠っている間に、その説明が済んでいることも期待したが……やはり甘かった。
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思わず、額に手を當てたくなる衝を抑えつつ、俺はリリーの言葉を待つ。どうやら、張しているのは俺だけでなく、部屋の皆も同じようで、良く分からない迫が、この場の雰囲気を重く縛り付けている様にじる。
「はい、この方がツバサ様ですよ!」
だが、流石は、リリーと言った所か。そんな空気を全くじている様子もなく、嬉しそうに振り返りながら俺を見ると、笑顔で言い切る。
それだけで、どこか空気が弛緩した様になり、その場の雰囲気が一気に軽くなる。何このセラピー的な何かは。
見ると、大の大人の男共が揃いも揃って、その満面の笑みを見て、何故か顔を赤らめていた。
いや、何故こいつらは、揃いも揃って、リリーの笑顔に騙されているのだ。
おい、そこのおっさん。しっかりしろ! 俺と言う存在が何なのかを確認するんじゃなかったのか?
だが、俺の心からの叱咤激勵は屆くはずも無く、リリーの笑みと、嬉しそうにゆっくりと振られる尾に、皆は釘付けの様だ。
「姉……最高っす」「うむ、良い笑顔じゃ」「俺、お嬢の笑顔の為なら、死ねる」「あの尾、むしゃぶりつきてぇ……」
とか、かなり骨抜きにされている様子の呟きが、そこら中に溢れている。
あの尾は俺のだ。お前にはやらん……。と、妙な獨占が一瞬湧き上がるも、首を振って、邪念を追い出しにかかる。
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しかし……もう、この部隊、駄目なんじゃなかろうか?
そんな想が、一瞬、俺の脳裏をよぎるも、そんな殘念な想いは、取りあえず、棚に上げて置く。
そこで丁度、ウトムルと呼ばれていた獣人と俺の視線がぶつかった事で、彼は我に返ったように、咳払いを一つすると、口を開いた。
「いや、失禮した。という事は、その赤ん坊は……お嬢の……その、あのだな……」
だが、その言葉は何故か要領を得ない。そんな様子を見て、俺やリリーだけでなく、若い獣人達も首を捻る。
それに対して、実働部隊であろう練者たちは、その心境を理解できているらしく、不安そうなをその瞳に宿しながら、り行きを見守っていた。
そこで再度、俺と彼の視線が錯するに至り、彼は何かを決意したようだ。
「その赤子。お嬢の、いい人……だと聞いたが、本當だろうか?」
「いい人……ああ、はい! ツバサ様は、私の旦那様になる方ですよ!」
空気を読まないリリーが満面の笑みで、この場に核弾を投下する。
いや、待て、こら。今の流れで、そんな事言ったら……。
「「「「「「うおぉおおおおぉ!?」」」」」」
一瞬にして音を失った部屋を、恐る恐る見渡した瞬間、今日一番の絶がこの部屋を揺らした。
そこから、正に、カオス。阿鼻喚の地獄絵図だった。
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流石に、実働部隊側の練者達は、ある程度覚悟していたようだった節があり、割り合い冷靜にその言葉をけ止めていた。
中には、首を振りつつ、「やっぱりか……」とか「お嬢……くぅ、幸せになぁ……」と、妙にこう、老した雰囲気を醸し出しつつ、ポツリと呟く方もチラホラと見けられる。
何と言うか、孫を見守るお爺ちゃん的な……そんなじだろうか?
対して、若い衆の反応は、俺の嫌な予の通り、激烈だった。
「うおおおぉん! 俺、姉と結婚する筈だったのにぃ!?」
「ざけんな! お嬢は俺達のお嬢だ!!」
「んだとぉ!?」「やるかごるあぁ!?」
唐突に、泣き出す者。そして、喧嘩を始める者。
だが、それはまだ、良い。各自の中で騒いでいるだけだからだ。問題は、他の多くの者達で、その者達は、リリーの言葉に納得行かないらしく、彼に詰め寄る姿があった。
「待ってくれ、姉!? 何でだ!? その赤子と、本當に、添い遂げるつもりかよ!?」
「はい!」
いや、無理だから。赤ん坊と添い遂げるって何よ。
そして、その言葉を聞いた獣人が目のを失って倒れた。大丈夫だろうか? と心配したが、次の瞬間、若者達の一団に引きずられるように回収されていく。
「お前……良くやったよ……」「俺、お前のこと、嫌いじゃなかったぜ……」との聲が聞こえたが、俺は黙殺する。
そして、そんな打ちひしがれたような集団とは別の場所から、またも、若者の一人が吐き出されるように、リリーの前へとやってくる。
「お嬢、考え直せ!? 生首なら百歩譲って良いが、赤ん坊と言うのは……」
「ツバサ様ですから、大丈夫です!」
リリーの満面の笑みをけて、「ぐほぉ!?」と奇っ怪な言葉を発すると、そのまま仰け反るように倒れ……またも、一団に吸収されていった。
うん、意味わからん。生首なら良いのか? むしろ、未來がある分、赤ん坊の方が良いのでは? って言うか、リリー、幾ら俺でも、このままでは無理ですよ?
そして、そんなコントの様なやり取りが、その後も、延々と続く。
「姉!! 好きだ!! 結婚してくれ!!」
「ごめんなさい。私がしているのは、ツバサ様だけなので」
「うわぁああああ!? そんなぁああ!?」
目の前で玉砕特攻し、文字通り砕け散る者。ああ、膝から崩れ落ち涙する様が、心を抉る。
しかし、それを笑顔でキッパリ斷るリリーに、俺は戦慄するも、彼の迷いない言葉をけて、しだけ照れくさくなり非常に微妙な心境を持て余す。
「そ、そもそも、尾も耳も無いそいつの、どこが良いんだ!?」
「全部です!」
実に清々しい聲で、そうキッパリと口にする。雰囲気から彼が満面の笑みを浮べている事は、背中に背負われた俺でも、想像に難くない。そして、嬉しそうに振られる尾からも、それは容易にじられる。
そして、どうやら彼の喜ぶ姿は、俺がじている以上に獣人達には、らしく映るらしい。
何か重い音が響いたので視線を移せば、そこでは何人かが、顔を真っ赤にしながら昇天している姿があった。
更に見ると、何ともだらしない顔をした大の男たちの集団が目の前に広がっている。
駄目だ……この部隊……早く何とかしないと。
そんな風に半ば諦めの気持ちを抱きつつ、いつ終わるとも分からない、この何とも言いようもない景を眺めていたのだが、リリーは何かを思いついたらしく、「あ、そうですね」と呟くと、徐に、おんぶ紐を緩めると、背中に背負っていた俺をへと抱く。
その瞬間、我に返りどよめく男ども。
「く、くそぉ、あいつぅ!?」「お、俺も、姉のに、顔を埋めたい……」「埋めるほど無いけ……ぐはぁ!?」
おい、最後の奴、死にたいのか?
そう考えるや否や、目にもとまらぬ速さで、リリーが指弾を打ったのを俺はでじたが、時すでに遅かったようだ。
「おい!? しっかりしろ!?」「大丈夫だ! ある意味、ご褒だぞ!?」「姉の……匂い……うへへ」
前言撤回。既に手遅れだ。もう、そのまま倒れてなさい。
そんな風に呆れていた俺だったが、今度はクルリと反転させられると、背中をリリーのに預ける形で、皆と対面することになる。
俺とリリーに、容赦ない視線が降り注ぐものの、彼は意に介せず、そのまま笑顔で口を開いた。
「皆さんも、ツバサ様とお話すれば、その素晴らしさが分かる筈です!」
そうして、俺は、皆の視線に曬される。
いやぁ、リリー……それは、無茶でしょ。俺、まだ話せないんだけど。
俺は困りながら、リリーを見上げるように振り返るも、彼の心は既に決まっているようだった。
そそり立つ耳と、何故だか不明だが、妙に自信満々のドヤ顔が、彼の心を雄弁に語っている。
あ、駄目だ。この表は、もう完全に俺がなんとかすると、信じ切っちゃっている時のだわ。
改めて視線を獣人達に戻すも、多くはリリーの姿を見て、呆けているようだった。一部、俺に視線を向けている者もいるが……ああ、先程から、場を仕切っていたウトムルと呼ばれている獣人も、こちらに目を向けている。
きっと、俺の存在がリリーにとって害悪であるかどうかを見極めたいのだろう。
ベイルさんは、何でか俺の事を買ってくれているようだが、ここでも試されているようだ。
まぁ、この狀況では、どうであれ、俺が何かしてみるしかないだろう。
一瞬、前から検討していた方法が、頭の片隅を過よぎる。
俺が眠りに付く前に、あの竜が使っていた方法だ。
殘念ながら、解析していたファミリアごと異空間に格納されているので、未だに詳しい原理は不明であるのだが……実は、やり方の取っ掛かりだけは摑めている。
あの竜が使用していた念話とも言えるものは、特別な魔力を薄く放出しているのが特徴的だった。
恐らく、言語を圧して波のように広げ、それを直接相手へと屆けているのだろうと推察できる。
実はその方法は、決して目新しいものではなかったのだ。思い返せば、俺の家族でも使っている者がいた。そう、ヒビキだ。
殘念ながら、俺は彼の言葉を正確に理解することはできなかったのだが、我が子達は理解していた。
恐らくだが、正確に言葉を伝える為には、け手側に対応した形で言葉を変換する必要があるのだろうと俺は思っている。
霊である彼達は、獣であるヒビキと親和が高かったのかもしれない。対して俺やリリー達など獣人には言葉が正確に伝わっている様子はなかった。
しかし、彼が発する鳴・き・聲・には、想いが乗っていた。
つまり、伝え方が違っていたか、聞く方のけ方が違っていたか、そのどちらかが原因で、相手に正確に言葉が屆かなかった可能が高い。
しかも俺は、何となくではあるが、彼の想いを常にじ取ることが出來ていたのだ。ならば……聲に魔力を載せることで、言葉は無理にしても、想いを伝えることは可能なのではなかろうか?
いや、もしかしたら、今まで無意識のに、そういった現象が起こっていた可能は高い。
ルナが俺の心を恐ろしい度で読み取っていたのは、比翼による影響だったとしても……その他の人々が俺の心を組んでくれる機會が多かったのは、それだけでは説明がつかないからだ。
特に、先日のベイルさんの行も、俺の魔力から何かをじ取ったのであれば、ある程度は納得が行く話だ。
まぁ、それを踏まえても、意味不明な部分も多いが……それは、とりあえず、置いておく。
兎も角……ぶっつけ本番になってしまうが、試す価値はあるだろう。
問題は、どの程度の魔力を消費するか読めない點だ。場合によっては、またぶっ倒れる可能もある。
うーん、まぁ、ヤバそうだったら辭めればいいだけだし。
それに、聲に魔力を載せるだけだから、それほど、消費しないと思うんだよな。
うん、やってみてから判斷しよう。
俺は、半ばやけくそになると、心持ち、大きく息を吸う。そんな俺のきを、どうやら、ウトムルと呼ばれた獣人だけは、目に止めていたらしく、その顔に怪訝な表を浮かべていた。
よし、では行くぞ! 魔力を制して……うごごごご、減る、減っちゃう!?
俺は、から一気にその量を減らして行く魔力をそのにじつつ、完全にリリーに骨抜きにされている群衆に向かって、聲を上げた。
「あばぁこんにちは、皆さん。あうあ佐藤 翼と申します、うあ~あう~あうぁ~宜しくお願いしますね」
どうやら、魔力枯渇までは行かなかったようで、しだるくなったの、意識は保てていた。
そんな魔力を載せ、想いをそのままに発せられた聲を聞いた獣人達は、一瞬、キョトンとした顔を見せると、一斉に俺を見る。
うお、怖っ!?
一瞬、仰け反った俺だったが、そんな俺を見つつも、皆、戸った様周りを見渡し、各々に聲を上げ始める。
「なんだ……今の?」「誰かの聲、聲か?」「お前か?」「いや、俺じゃねぇよ!?」
「いや、聲って言うより……」「ああ、意思そのものと言うか」
目の前に広がる揺の渦。だが、その様子を見て、俺は、このやり方で正解だったと確信する。
ふと、リリーの腕に力がり強く抱きしめられた事で、俺は視線を彼に向ける。
見ると、満面の笑みを浮かべ、こちらを潤んだ目で見下ろす彼と目が合った。
「久しぶりに……お聲を聞きました。……いえ、じました。私、嬉しいです……」
ポツリとそうらした彼の目から、涙が溢れそうになるも、それを良しとしないように直ぐに上を向く。
そうして、一瞬、堪えたようにに力をれると、次の瞬間には、いつもの彼がいた。
「どうですか! ツバサ様のお言葉が皆さんにも伝わったでしょう?」
そうして、揺する皆にかけられたリリーの聲に、先程の極まった様子であったという面影はない。
しっかりと前を向いて、彼らに自信満々の笑みを向ける彼は、いつも通りのである。
そうか。皆の前では泣けないか。そりゃそうかもな。
本當に立派になったんだなぁ、リリー。
だけどな。とりあえず、尾の制は、もうし練習した方がいいな。
彼の気分を代弁するかのように後ろで舞い上がっている埃を見て、俺は心で苦笑するのだった。
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