《比翼の鳥》第28話 起床、そして穏やかな日々(10)
ざわめきが申し訳程度に響く部屋だったが、それも徐々に波が引くように収まってきた。
それは、リリーの疑う様子もない姿が、そうさせているようにも思える。
「い、いや、俺は、認めねぇぞ!!」
だが、そんな靜けさを否定するかのように、力強くぶ若者が一人。
それは、先程の言い合いで、若い衆の音頭を取っていた獣人だった。
その表に悔しそうなを滲ませながらも、俺に挑むように視線を向けてくる。
「マイス……もうよせ」
だが、流石に、目に余る行だったようで、先程、ウトムルと呼ばれていた獣人が、靜止するように聲をかけた。
「いやだ! 俺ぁ納得できねぇ! だって、たかだか赤ん坊だ! それが、ちょっと何だか分からねぇ方法で喋ったからってなんだって言うんだ!」
いや、普通の赤ん坊は、何だか分からない方法で喋らないと思うんだが。
心でそう思わず突っ込みをれるも、その聲に勢いがある為なのか、諦めたくないだけなのか、同調する聲がチラホラと起きる。
「そ、そうだ! 別に喋るくらいなんだ!」「それと、姉に相応しいかは別問題だ!」と、聲が上がるにつれ、また、元の喧騒が復活しようとしていた。
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「そもそも、その赤ん坊をずっと背負ってたらいざって時、どうすんだよ!? お嬢の負擔が増えるだけじゃねぇか!? それなら他のやつにそいつの面倒見て貰った方が良いだろう!?」
「そうだ! お嬢一人が危険な目に會うのはおかしい!」「赤ん坊は、お嬢から離すべきだ!」
その聲にも、賛同の聲が上がる。確かに、その主張には一理ある。まぁ、俺もちょっと前だったらそれでも良いと思っていた。
リリーの負擔になりたいわけではないからな。
だが、彼の決意を知ってしまった。彼の今までの苦労を知ってしまった。
それを知って、俺は彼を拒絶することは出來ない。むしろ、それならば、積極的に彼の役に立つ方法を模索するさ。
だが、そんな彼の心を知らない若者達は、それを理解できない。
彼の心が本當にむを、彼らは知ろうとはしない。
彼らの都合の良いみを、彼がんでいると思いたいのだ。
だから、彼らは思い至らないんだ。その主張が、彼を傷つけているという事に。
ふと、視線をリリーへと向ける。その目には、何のも湛えていなかった。無表。それが、今の彼の心を雄弁に語っていた。
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そして流石にこの狀況を、ウトムルさんと呼ばれている獣人は、快く思わなかったようで、眉間に刻まれた皺が徐々に深くなっていく様子が俺からも確認できる。
うーむ。これはそろそろ、一喝が出るんだろうな。
そう、理解し、俺が耳を塞ごうとしたその時、リリーが何のもないまま、本當に不思議そうな聲で、こう呟く。
「皆さん、もし今ので納得頂けないようでしたら……それでも良いんですよ?」
その瞬間、音が消えた。
そして、リリーは俺をらかく抱きしめると、とても穏やかな聲で、続きを語る。
「皆さんがどう思おうと……私の心は、もう決まっていますから。それは、ウトムルさんを初め、昔から助けて下さっている方でしたら、良くご存知でしょうし」
それは、言葉こそらかいようだが、完全な拒絶だった。
そして、何より、先程から俺はリリーの顔を振り返ってみることが出來ない。
何故なら俺の背を通して染み渡る気配が、俺の本能を刺激しているからだ。反的に泣き出そうとするを抑えるのに必死である。
そして、その騒な気配は、殺気とまでは行かないものの、圧迫を伴って部屋全を支配していた。
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おいおい、リリー、なんつー気配を撒き散らしてるんだ。
みれば、先程まで威勢の良かった若い衆は、今や完全にリリーの気配に飲まれて萎している。
対して、古參の者達は、冷や汗を浮かべるものもいるが、多くは苦笑しながらも、じる様子はない。むしろ、この狀況を楽しんでいる節すらじる。
「ほれ、お嬢がヘソを曲げおった」「若い者は無茶するねぇ」
そんな聲がこの場の雰囲気を解すように、かけられるに至り、圧迫が霧散する。
「もう……。私だっていつまでも子供じゃないんですから」
そう拗ねるようなりリーの聲に、漸く場が落ち著きを取り戻した。
そんな怒りを買った若い衆達はさぞかし落膽しているのだろうと思っていたのだが、見ると多くは、震えながらも何故かリリーに熱のこもった視線を向けている。
「さ、流石、姉だぜ。久々に、キタぜ」「お、俺も、チビリそうになった」「「だが、それが良い」」
なんだか駄目な會話が聞こえてくるが、俺は黙殺する。あいつらのペースに乗ってはダメだ、何も考えるな。
俺が頭を降って、余計な考えを追い出そうとしていると、突然、會議室のドアが勢い良く開き、大きな音を室に響かせる。
「おい! いつまで會議やってんだ!? 訓練すっぞ!!」
何か聞き覚えがある聲が響いたかと思うと、それもそのはずで、
「あ、ダグスさん。今、終わりましたよ。ちょっと若い子達がごねちゃって遅くなりました。」
リリーがそうにこやかに答えながら振り返った事で、先日ぶりに彼の姿を視界に収めることになる。
どうやら先程まで稽古でもしていたのか、上半を完全に出し、湯気すら上がっている狀態での登場に、俺はトラウマが蘇って反的にを固くすると、逃げるようにリリーのへとしがみついてしまう。
筋怖い……!? らかい方が良い……!! 來ないでぇえ!?
だが、そんな俺の行に気づいた様子もない彼は、そのまま顔をしかめると、
「んだぁ? お嬢に対して、奴らがゴネるなんて珍しいじゃねぇか。……ははぁん? なんだ、もしかしてツバサの事か?」
それはもう楽しそうなを聲に滲ませ、そうリリーに問いかけた。
「そうなんですよ。若い子達は、ツバサ様の凄さが分かってくれなくて。折角、ツバサ様が喋って下さったのに」
「おお、まだ目覚めて數日でそれか。やっぱ、すげぇな。流石、俺の見込んだだけはある。だが、そうか。まぁ、それじゃ奴らも納得しねぇか」
そうなんだよなぁ。俺の凄さ云々より、単純にリリーが取られるっていう思いの方が強いだけなんだろうし。
話を聞きながら、漸く、落ち著いてきたを制し、俺は改めてダグスさんを見る。
ぐ、大筋が……いや、顔を見ればなんとか……髭……ぐむむ、いや、俺のよ、嫌がる気持ちは分かるがこらえろ。
何故かに嫌悪が染み付いてしまったらしく、反的に顔を背けようとする作を、気合で阻止する。
別に彼が嫌いなわけではないのだ。あの不幸な事故も、彼の思いやりが暴走したって言うだけだし。
しかし、心は思った異常にトラウマをけていたようだ。彼を見るのも一苦労である。
「お、そうだ。じゃぁ、いっその事、みせてやりゃぁ良いんだよ」
「みせる? いえ、流石にツバサ様はまだ、戦える狀況じゃないですよ?」
そうですよ? 何とんでもない事言ってくれるかな!? 
流石に、炎の槍フレイムランス一つも打てない俺じゃ、話にならないよ!?
リリーだけでなく俺も反対したが、そんな様子を見て彼はニヤリと口元を歪めると、何とも楽しそうに、こう口にする。
「いや、戦うのは、お嬢だよ。ツバサを背負ったまま戦える姿をみせりゃ、奴らも、ちったぁ、納得するだろ?」
そして、その提案は、何故かリリーだけでなく、満場一致で支持されたのであった。
「ツバサ様は、何も心配しないで良いですからね? 私が守りますから」
リリーがふわりとした笑顔で、背中の俺に聲をかける。
結局、どうやらリリーが俺を背負ったまま戦う姿を見せるという形で落ち著いたらしく、今は、廊下を移中である。
どうやらこの先には訓練場があるらしく、そこでリリーと若い衆との実戦形式で訓練を行うことになったらしい。
それが決まると、ダグスさんに追い立てられるように、若い衆は會議室から蜘蛛の子を散らすように出ていった。
俺達は、ゆっくりとそれを追う形になる。ちなみに、更に後ろには、古參の者達が俺達にゾロゾロと著いてきているという構図である。
「しかし、面白いことになった」「うむ、久々にお嬢の戦う姿を堪能できるのぉ」
俺の背後からはそんな呑気な聲が聞こえてくる。
まぁ、彼も俺の知っている頃より、かなり場數を踏んで強くなっているようだし、心配はないと頭では理解している。
だが、それでも、一抹の不安が過るのはどうしようもない。
そういう意味では、この機會は、案外、良かったのかもしれない。
だが、何だろうか? 何かを見落としている気がする。
とても大事なことを……はて?
そうこう考えているに、視界の先が明るくなってきた。どうやら外のようだ。
考えてみたら、この前の離れが崩壊して以來、初めての外である。
しかも、あの時は夜だったから、晝間に外に出るのは、初めてかもしれない。
リリーが一歩踏み出し、俺は外の世界へと出る。
瞬間、視界が白く染まり……そして、何か変なじがした。
ん? なんだ? この何とも言えない覚は? こう、ぬるま湯のような何かにったような? まとわりつくような何かに足を踏みれたような?
だが、それ程不快なわけでもなく、慣れてくれば違和も薄れていった。うーん?
首を捻って考えるも、良く分からなかったので、とりあえずは棚上げすることにした。
歩みを止めないリリーに運ばれることで、視界にってくるものがあり、そちらに視線を移す。
視界にってくるものは、木々だけで、それもかなり遠くに見える。
どうやら、思った以上に広い空間のようだ。恐らくサッカー場が2~3個はる。
そして、勿論、ここが訓練場で間違いないだろう。
ちなみに、地面は土のままだが、しっかりと踏み固められており、思いの外、歩きやすそうである。
周囲は、森が覆っており、この訓練場も、森を切り開いて広げたと思われる。その為、やや歪んだ長方形のようなじに広がっているじがする。
よく見れば端の方は、まだ切り株が殘っている場所が多かった。椅子の代わりにでも使っているのだろうか?
そして、リリーの進む方を見れば、何だか妙にやる気満々の集団がいた。その數、ざっと30人程。
見てくれと放つ雰囲気は、完全にヤンキーそのままである。
「やっとお出ましですかい。姉、覚悟は良いですかね?」
訂正。マイスと呼ばれていた若者の口にした言葉もヤンキーのそれだった。
「俺、今日こそ、姉の尾を……」「いや、馬鹿、まずは太ももだろ!?」「いや、あの板のような……いや、何でもないっす」
流石に學習したか……。そのままやられてくれれば、一人減ったのに。
とりあえず、こいつら全員死刑で。リリーにらせるとか無いから。
憤りが勝り、流石に俺もちょっとイラッと來たので、本気でやることにした。
しぐらいなら無茶しても、何とかなるだろう。どうやら、さっきのじでは若干魔力が増えているようだし。
俺はに魔力を流し、いつでも魔法へと変換できるように循環させることにした。
その瞬間、に力が漲る。
ん? 何だこれ? 魔力量は大したこと無いはずなんだが……。
「マイスさん。ツバサ様を侮った罪……で償ってもらいますからね?」
リリーが何か変な発言をしているのを頭の片隅で聞きながら、俺は、別の事で戸っていた。
魔力が……増えていく?
循環させる度に、俺の保有魔力が僅かずつではあるが、何故か増えていくのをじる。
試しに【アナライズ】を自分にかけてみて、それが間違いでないと確信した。
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いやいやいや……おかしいから。最大値超えて魔力あるから。しかも、100倍近くって何よ。
あ、けど、最大値もし増えてるな。やっぱり、魔力を枯渇させると増えるのか。
「今日こそ、姉に一泡吹かせてやりますよ! おめぇら! 気合いれていくぞぉ!!」
マイスと呼ばれていた獣人が吠えると、周りの若者衆も同調し吠える。
だが、俺はそんな事に気を取られている余裕はなかった。異常事態である。
うーん、もしかして、【アナライズ】がバグっているとか無いよなぁ?
そう思い、試しにリリーに【アナライズ】をかけてみる。
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おいおい、リリー……魔力が一億あるぞ。
まぁ、そりゃ、前より強くなったって言ってたけどさ……。
なるほど。確かに、前の數値と比べて全然違う。
ちなみに余談だが、俺が眠りにつく前、最後に見たリリーの保有魔力は、數萬の程度だった。
いや、それでも、獣人族の中ではべらぼうに高かったんだけどね?
最後に見たのはいつだったか……あれは、竜との一戦が終わったあとだったかな?
ちなみに、我が子達は余裕で京の桁を超えていた。
ただ、ヒビキでさえ、あの當時で數百萬位だったから、今のリリーはそれよりも魔力量が高いということになる。
ちなみに、一般的な人族で數百。ボーデさんは三千を超えたかどうか位だったかな……。
獣人族は、強者と呼ばれるもので五千クラスが最大値だった。
あ、けど、ゴウラさん率いるガーディアン達は萬に屆こうかという所だったかな。あれは特別だった。
あのまま研鑽していれば、今はもっとびているはずだ。
そして、対峙する若者衆達に【アナライズ】をかけてみる。
軒並み三千~五千程度。
どうやら、俺の知っている大の平均値と一致することから、【アナライズ】がバグっている訳では無さそうだ。
そうだとすれば……うん、あくまで魔力だけ比べたら、もう、話にならないレベルだ。
勿論、魔力は指標の一つにすぎない。だが、これ程の差だと……うーむ。
とりあえず、魔力の増えた理由は良くわからないが、怖いから魔力はに流して強化に使っておこう。
リリーの能力は、俺の知っている頃に比べて格段に上がっているようだし。
超高速でかれたら、首が折れそうで怖い。リリーなら、うっかりでやりそうだ……うん。
思わず悲慘な未來を想像してしまい、俺は震いする。
そうしているに、魔力が周り、馴染みだしたようで、が軽くじるようになった。
ついでに、知覚も強化するか……魔力は……
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うん?? 使っているはずなのに、何でか更に増えてるんだけど? 大丈夫なのか? これ?
流石に不安になってきたので、リリーに聲をかけようとしたのだが……。
「では、お嬢、始めるぞ。両者、初めぃ!」
時既に遅く、俺のあずかり知らない所で、模擬戦の火蓋が切って落とされたのだった。
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