ゆっくりと過ぎ去る景を橫目で眺めつつ、ずっと俺を覗きこんでいるリリーに視線を戻す。

彼に抱きかかえられているので、俺にはあまり振が伝わってこないが、周りに響く音を聞けば、それが実際は、結構なであると気付く。

突然、大きな音と共に、視界が揺れる。車が何かに乗り上げたのだろう。

「すいません、ツバサ様」

何故かリリーがすまなさそうに曇った表を浮かべるが、俺は気にしてないと首を振った。

彼はそんな俺の態度を見て、眉を下げながらも、し遠慮がちに微笑む。

今、彼の脳裏に浮かんでいるのは、きっとあの綺麗でしなやかな獣だろう。

彼の背は、本當に安定していたし、何より乗り心地が抜群だったからな。

別に張り合う必要も無いだろうに……彼は……ヒビキは特別過ぎるんだから。

リリーにそっと大丈夫だと、改めて目配せをして、俺は彼の頬に手を添える。

それだけで、リリーの憂いは消えたようだ。

いつものほんわかとした笑顔が戻って來て、尾がわっさわっさとふられ始める。

リリーよ……ちょっと単純すぎやしないかね？

そう思いつつも、とりあえず、落ち込まれるよりは、比べるまでも無く良い事だと思い直し、俺は改めて窓の外に広がる風景に目を移した。

一面に広がる広大な農地。

一定區畫毎に、異なる作が植えられており、それは何だか違いのタイルをちぐはぐに持ち寄って合わせた様にも見える。

今目の前には、濃い緑が鮮やかに広がっていた。視覚をし強化して見れば、どうやらキュウリともズッキーニとも見える太めの実が、鈴なりに実っていた。

その奧には、トマトを大きくしたような、鮮やかな赤い実が、これまた緑の壁に張り付くように、実っている。

これは、食材も々と追加できそうだな……。

牧歌的な音を響かせながら、俺達が乗り込んでいる車は、ただひたすら進んでいく。マチェット王國首都に向かって。

それは、お姫様が退場してから、數日後の事だった。

早朝に、早馬……いや、早蜥蜴にのった騎士と誰も乗っていない車が、突然訪問してきたのだ。

話を聞くところに寄ると、至急、王城へと向かってしいとの事。

その為の車……正確には蜥蜴車であるらしかったが、リリーはそれに乗る事を最初、良しとしなかった。

まぁ、理由としては至って単純で、彼が走った方が早いからだそうだ。

どういう事だと一瞬、思わなくもなかったが、前の俺も強化すれば、普通に蜥蜴車以上の速さは出せていたと、すぐに思い至りその件は流した。

使者の騎士さんは、めっちゃ引きつった笑みを浮べていたが、とりあえず気にしない事にする。

だが、そうは言っても、使者さんの面子というもある。

その辺りの機微は、彼にはわからない様だったので、事を理解した俺が、蜥蜴車に乗ってみたいと彼にお願いして今に至る。

まぁ、実際に乗ってみない事には、どういうか分からないしね。

そんな風に、渋々と言ったじではあったリリーと、蜥蜴車に乗り込み、後の事をダグスさんに任せて、今に至る。

一応、貴賓者用の車らしく、嫌味にならない程度に裝飾された車は、通気も確保されており、思いの外快適であった。

ただ、やはり、揺れる事だけはどうにもならないらしく、時々、轍や石に乗り上げて車が激しく上下するのだ。

俺はリリーに抱かれているから、対して振もじないし、リリーも上手く振をけ流しているようで、それ程、被害は無いようだが……これでは、普通の人なら腰を痛めてもおかしくないと思う。

一応、座席にはらかな弾力のある布が敷いてあるも、気休め程度にしかなっていない。

やっぱ、元の世界の道路って凄かったんだなぁと、改めて実する。

そりゃそうだよね。だって、ずっと平らなんだもんね。

こっちの道は土が剝き出しの上に、大小問わず石が埋まっているから、不規則な揺れ方をするんだよ。

加えて車も堅い材質のらしいから、傷むのも早そうだし、振もダイレクトに伝わってくる。

異世界人がいるなら、タイヤの一つや二つ開発しなかったのかと憤りもしたのだが、はてさて。

まぁ、そうは言っても、ゴムは見た事が無いし、代替品も必要だろう。

俺も試行錯誤しないと作れる気がしない。まず、原料からして、それらしいが無い。

お約束のサスペンション絡みから手を付けるべきか……。

そんな事を小一時間程考えていたが、先程と比べ、徐々に風景が変わって來た事に気付く。

明らかに、人の手がっていない農地が増えて來たのだ。

その見捨てられたと思われる農地は、先程の鮮やかだった所と比べ、見るも無殘な姿を曬している。

そんな中、殘っている農地に手をれている農民の姿がちらほらと見えたが、表も薄く、そして疲れた様な、そんな雰囲気を纏っていた。

黙々と、ただ、それしかできないからとでも言うように、生気なくくその姿を見て、俺の心がざわついた。

乾いた土を延々と曬すその景は、道を進むにつれ徐々に増え、更に一時間ほど進んだ先では、先程の眩しい緑の絨毯はすっかりと見なくなった。

よく観察すると、土が抉れたり、一部、が開いたりしている所が、そこかしこに見られる。

中には大きな何かが、作をなぎ倒して進んだ後のようなもあった。

これは……中々に穏やかではないな。

これも影、と呼ばれる生の仕業なのだろうか？

そんな思考の中、その枯れた大地の遙か彼方に、霞む様に見える都市。

俺の雰囲気を察したのか、リリーが俺の視線を追い、そして、納得した様に頷くと口を開く。

「ツバサ様、あれがこの國の王都　ハイランドですよ」

枯れた大地に橫たわる様に見えるその都市は、まるで臨終の際、言葉も無く死を待つ老人の様に、俺には思えたのだった。

車が都市にると、その印象は更に強固なへと変わる。

農業を主産業としている國の様で、街並みもそれに準じた様子を、そこかしこに見せていた。

平屋が多く、一軒一軒の面積がやや広い。そして、路地には店が並び、整備され幅も広い道路は蜥蜴車の往來も活発である。

一見すれば、活気あふれる景ではあるのだが、それは表面上である事を、俺はじ取っていた。

人々の往來は、激しいの、通り過ぎる景に映る人々のその目に力が無い。ただ、黙々とくロボットのような印象すらける。

一見すれば、ほのぼのとした日常の一風景にじられる景も、多くの違和を伴って、俺の目に飛び込んでくる。

それは、爐端で談笑する人々の笑顔の寒々しさであったり、客を集める天商の聲が殆ど聞こえない事も、その印象を更に強くする要因だ。

道行く人々が時折、俺達の乗る車に向ける視線には、何のも伴っていない。すれ違い様見えるそんな人々が浮かべるこの表を、俺は良く知っている。

諦め。

俺にも馴染み深いそのが、どこに行っても垣間見える。

どうやら、この國は思った以上に疲弊しているようだ。もはや、一刻の猶予も無い様に、俺には見える。

最初、それは影が関わっているのかと思っていたのだが、どうやらそれだけでも無いようだ。

なくとも、この都市に戦の傷跡は無い。つまり、影の脅威はまだ都市までは屆いていない事になる。

なのに、この有様である。この疲弊した環境は、戦とは別の要因があると、俺の勘が告げていた。

そう、これは元の世界にいた時、時々じたと同じだ。ベットリと張り付いて橫たわる淀みの様な嫌な空気をじるのである。

それは、戦とは一見無縁な世界の中にあっての閉塞であったり、出どころの不明な圧迫であったり……そう言った漠然とした空気の中に混じった不安を煽るが、この國にも確かにあるのだ。

冷靜に考えてみれば、おかしな話だった。

影への戦力としていているはずのリリー達の部隊が、あんな辺鄙へんぴな所に、まるで匿されるかの如く、隔離されているのだから。

獣人に対する反からかとも思っていたが、それもどうやら違うらしい。

何故なら、都市の部には、普通に作業をする獣人の姿がチラホラとみられるからだ。そして、その首には、首も無い為、奴隷として従事しているという訳でもなさそうだ。

ならば、リリー達のような戦力を生かすなら、まず王都の防衛が主となるのではなかろうか？

なんせ、ここは王國の要であるし、そこを守れなければ王政などあっさりと瓦解しそうなものだが。

それをしないという事は、それ以上の戦力が王都にあると思っていたのだが……現狀を見るに、どうやらそれは、必ずしも正解とは言えない様だな。

そんな風に、現在の狀況を分析していた俺の耳に、ふと、遠くから屆いたであろう異質な喧騒が聞こえて來る。

耳を澄まし、魔力を回して強化すると、「泥棒！！」という、び聲が何度かはっきりと聞こえた。

どうやら、泥棒と思しき者が、こちらに向かって來るようである。

穏やかではないな。

そう思いながら、リリーを見ると彼は俺に笑みを浮べるにとどまった。

どうやら、く気は全く無いようである。

リリーの立場だったら、サクッと捕まえに行けそうなものだが。

それとも、ここの警邏けいらは優秀なのか？

そう思い、【サーチ】で人のきを追ってみるも、警邏らしききは、見られなかった。

併せて、泥棒らしき人にも當たりを付ける。一人だけ、そこそこの速さで移する者がいるのだ。

多分、こいつが泥棒っぽいな。路地を巧みに抜け、しかも、駆け足位の速さを保ち続けている。

【サーチ】で俯瞰ふかんした狀況に置いて、他の者が歩いている狀況と比べれば、この者のきは明らかに異質で目立つのだ。

この人が、本當に泥棒であるならば、このままだと、確実にこの車とすれ違う事になりそうだ。

警邏がそもそも、泥棒の存在に気付いていないのか、それとも全くく気が無いのかは、この狀況からは判斷できない。

だが、現狀、このままであれば、この泥棒と思しき人は、まんまと逃げおおせるであろうことは、想像に難くない狀況だった。

彼の格や立場も加味すれば、ここでかない理由は無いと思うのだが……。

不思議に思い、彼の手を二回叩くと、その疑問をぶつけてみた。すると、帰って來たのは意外な言葉だった。

「大丈夫ですよ。この街には、そうですね……正義の味方がいますから」

苦笑ともとれる歪んだ笑みを浮べた彼の口から、この世界では馴染みの無い言葉が出た意味を理解できず、一瞬、思考が停止する。

そんな中【サーチ】に、明らかに一般人のそれとは違う反応が引っ掛かった。

同時に、彼の獣耳も、一瞬、何かを捉えたかのように、ピクリとく。

ん？　何だこの反応は？ 

それは、明らかに一般人を遙かに凌駕する速度で移し、真・っ・直・ぐ・にこちらへと向かって來ていた。

そう、高さが無いとはいえ、多くの建屋がひしめき合うこの區畫を、直・進・している。

その事実と、きを詳細に見るじでは、屋の上を伝って移していると推察できる。

リリーの耳が、激しくき、その者が向かって來るであろう方向へ顔を正確に向ける。

「あ、こっちに來ちゃいましたね」

何だか、気の抜けた様な、酷く殘念そうな聲を、彼は溜息と共に吐き出した。

どうやら、彼の言う『正義の味方』とやらは、この異常なきをする者の様である。

「車を止めて下さい」

リリーがごく當たり前のように、そう言うと、し遅れて慣を殺しながら、車がゆっくりと道端に寄りながら停車する。

そこは、泥棒と思われる反応と、直進する異常な反応の者がぶつかるであろう場所のちょっと手前であった。

「暫くの間、ちょっと騒がしくなると思います。ツバサ様、ごめんなさい」

俺は、気にしないという意思を示す為、首を振りつつ、リリーの様子を伺うも、彼がく様子は全くない。

という事は、戦闘で騒がしくなると言う事では無いな。そもそも、彼が出て行けば、一般人にが生えた程度など、瞬殺だろうし。騒がしくなり様が無い。

車をここに止めたのは、恐らく騒ぎに巻き込まれるのを恐れての事だというのは、想像できる。

ただ、彼がかない理由も、そして、五月蠅くなると言う彼の言葉の意味も、謎なままだった。

まぁ、いいや。見ていれば分かるのだろう。リリーがかないのであれば、なくとも差し迫った脅威ではないという事だろうし。

俺は開き直ると、リリーにお願いして、窓から外の様子を見せてもらいつつ、【サーチ】で周りの狀況を細かく追っていた。

どうやら泥棒と思しき人が、路地のからゆっくりと姿を現す。

痩せぎすなその軀をすっぽりと覆い隠す様なローブ姿と、ギラギラとる目つきのアンバランスさが、この者が一般人では無い事を語っていた。見るからに裏の世界の者である。

同時に、異常反応者も同じ通り沿いにある、し高さがある建屋の屋上に到著したようだ。

どんな奴だろうかと一目拝むために、注意してそちらを見ていると、一瞬、そこから通りを覗きこむ、その者の姿が見えた。

えっ？

その異様な姿を見て、俺は言葉を失う。

いや、なんか、変なが見えたって言うか……あれ？　おかしくない？　俺の目がおかしくなったのだろうか？

だが、混する俺を置いて、事態は進んでいく。

泥棒と思しき人が人混みに紛れつつ、大通りを悠々と歩を進める中、屋上の人は何故かきもせず、ジッとを潛めていた。

そして、泥棒と思しき人が、背の高い建屋の前へと來た時……それは突然起こった。

響く大音響。それは、何故か俺には耳馴染みのあるメロディだった。

例えるなら……いや、例えなくても、何処をどう聞いても、戦隊ヒーローが登場する時の様な、あの獨特のフレーズである。

そのメロディを聞いて、ただ歩いていただけの群衆から、大きなどよめきが起こる。

「この音は！」「彼だ！　彼が來たんだ！！」「どこだ！？」「近くに悪人が居るぞ！」

一気に喧騒が起こる。見ると泥棒と思しき人は、一瞬焦った様な表を浮かべるも、ローブを目深に被り、その存在を隠そうとしていたが、その行がかえって怪しさを引き立てる結果となったようである。そのきに、不信を抱いた周りの幾人かが、一斉に聲を上げた。

「こいつじゃないのか！？」「見るからに怪しいぞ！」

そんな聲を発端として、泥棒と思しき人から人々が距離を取り、結果として、その者を中心とした円形の空間が出來上がる。

そのきは洗練され、まるで訓練されたかのように、よどみ無く行われる。そんな中、周りを囲まれ、完全に逃げ場を失った泥棒と思しき人は、焦ったように周りを見回していた。

そんなぶっ飛んだ狀況に、理解がついていかず、ただ傍観者とり果てる俺。

そして、リリーは何故か、また小さく溜め息を吐く。

「天が呼ぶ！　地が呼ぶ！！　悪を倒せと、正義が燃える！！」

その様子を見て彼に問いかけようとしたのだが……その前に、先程の建屋の屋上から、そんな聲が聞こえた。

それは、人が発したにしては不自然な程、鮮明に俺の耳に屆く。見れば周りの人々も同じだったようで、泥棒と思しき人を始め、多くの人がその建屋の屋上に目線を向ける。

「あそこだ！！」　「あの真っ赤な服は！！」「彼だ、彼が來てくれたんだ！！」

そう。その聲を発したと思しき人は、先程の驚異的な速度でこちらに向かって來た後、高い建屋の屋上に待機していた人だ。

そして、その姿は、こちらに來た俺からすれば、あまりにも異様で、しかし良く知っただった。

にピッタリと吸い付くようにあつらえられた服は、もはやコスチュームのそれである。

鍛え上げられたわけではないだろうが、見苦しくない程度には見られるつきが、想像できてしまうほど、その服はに著している。しかし、そのが問題だ。真っ赤なのである。もう、めちゃくちゃ人目を引く。

背丈はここからでは正確には分からないが、俺と同じくらいだろう。勿論、今の俺ではなく、前の俺ではあるが。

そして、腰には黒いベルトに、何故か金縁の刺繍。中心には金屬製のバックルがあり、しかも、その金も巧に作られているようで、幾何學模様のような複雑な文様が太のを反し眩しくる。

足には、真っ白いブーツ。それが膝下まで覆い、同じ様な手袋が手首までを完全に覆っている。

には黒い生地で『力こぶ』を模したような意味不明の文様が走っている。

そして、その顔は、ほぼ８割が卵型のヘルメットで覆われていた。勿論、そのは赤く、目の部分はスリットのったように黒い。

唯一、地の見える口元が、笑みの形で固定されているのを見て、俺は既に、考えることを放棄した。

そう、どこからどうみても……。

「この私がいる限り、悪の栄えた試し無し！！！　フィジカルレッド、ただいま參上！！」

戦隊モノのヒーローじゃないか。

両手を腰に置き仁王立ちをした彼の名乗りと同時に、何故か背後に赤い煙を伴った発が起こる。そして、それを見て一気に湧き上がる観衆達。

考えてもいなかったヒーローの登場に、俺は魂が抜けた様に、その景を見守るしか無かったのだった。