最初に攻撃を仕掛けたのは、遠距離からのサラの弓矢だ。

勿論ただの弓と矢では無い。エルフ族が得意とする、自然に存在する霊の力を借りて屬を付加する、霊魔法を使った弓矢だ。

その度も威力も、普通の弓矢の數十倍──厚さ30cmの鋼鉄で出來た壁を容易たやすく貫くまでになる。

流石にコレだけで仕留める事は出來ないだろうが、不意を突いたりするのには十分役に立つ。現に（真祖）の注意が矢に集中している。

勝人はブーストをかけ、音速を越える矢と同じくらいのスピードで回り込む。

魔力がく（魔法を使う時など）と、周囲に漂っている魔力・魔素が振し、波となって伝わる──つまりは魔力波が発生し、接近を気取られない様、ギリギリまで魔法を使わない。

振った剣が相手に當たる瞬間に魔法剣を使う。

タイミングは、バッチリだ。

矢を躱す、摑む、撃ち落とす──何をするにしても隙が出來る。そしてその剎那に、勝人の魔法剣が背後から襲い掛かる。

タイミングは、バッチリだった ・　・　・　────。

気付けば、高い天井を見上げていた。魔王城とは違って、魔法陣が刻まれていないソレを見上げながら、一瞬今まで何をしていたか考え混んでしまった。

すると、いきなり発音が鳴り響いた。急いで立ち上がりながら、先ほど起こった事を思い出す。

一閃のが己に當たるのを気にも留めず、（真祖）は優雅に指を鳴らした。

その瞬間、凄まじい衝撃が躰を襲ったのだ。床や背後の壁は抉えぐれ、剣に込められた魔力はロウソクの燈火の如くかき消された。　そして勝人は後ろに……そう、背面跳びを失敗した様に頭から地面に叩き込まれたのだ。

──恐らく脳震盪を起こしたのだろう。回復魔法を使いながら、辺りを見回す。

『悪を貫き、聖なる道を創り導かん────』

「イグニファイトアローッ！」

「グ・ラ・ン・ド・イ・ン・パ・ク・ト！」

「…………はぁ！」

「蜂鳥ハチドリの舞い！」

どうやら気を失っていたのは數秒程度だったらしく、各々攻撃している様だ。

しかし…………ミランナの生み出した線やサラの火焰の矢は、（真祖）の眼前で弾かれているし、ドラグリアの爪でも屆かないし、グランの大地の衝撃に関しては（真祖）が宙に浮いてる為を最早論外。あとギリアヌスの刺突なんかは、ヒラリと余裕で躱されている。

（……俺でさえブーストをかけなきゃ躱しきれない刺突だぞ？）

明らかに相手は余裕綽々。と言うより、一度も攻撃らしい攻撃をしてないのにも関わらず、簡単にあしらわれている。

（……コイツは、余裕ぶっこいてる場合じゃないな。ひょっとしたら、全滅なんて事になりかねない）

勝人は覚悟を決めると、スイッチをれる。

それは人間としての、勇者としての本能をフルに目覚めさせる事──言いかえれば、生が無意識のに設けているリミッターを解除し、取り払う事。

以前はブチギレたり、命の危機が迫った時に勝手に切り替わっていたのだが、幾度となく修行修行を積み、何時でも使える様にしたのだ。

ただしリミッターであるから、それを超えて使うのはオーバーヒート、に多大な負荷を與えてしまう。

…………が、そんな事を言っていられないだろう。

心臓が1度 トクン──と鳴り、カァァと中が熱くなる。溢れ出す熱と力が、意識を高ぶらせていく。

「────ブースト、十倍」

途端に、全てのきが急速に引きばされていく。それに伴い、視界が暗くなっていく…………勝人にとってのが目に到達するスピードが遅くなった為だ。

「うぐっ！？」

十倍────の大きさが約10分の1の、例えば子犬何かとじる時間が同じになっている。 つまりは犬の疾走が、人の腕を振る速さ並に見えたり、それと同じスピードでける速さだ。

筋など、のあちこちが悲鳴を上げ始めるのは、當たり前。

その痛みを堪え、ほとばしる敵意や殺意を剣に込める。

「う、おおおおおぉ！！」

トップスピード、一瞬足が床にのめり込み──一気に駆け出す。

…………いや、數十メートルの距離を二、三歩ほどで行ったのだから、最早空と言っても良いかもしれない。

とにかく、その全スピードを使い剣を振る────！

とっさにを捻り、進路を変える。（真祖）からより離れるために。

………………目が、合ったのだ。

犬の腳の回る速度よりも速く迫り來る勝人と、しっかりと目を合わせ、そして嗤わらったのだ。

「──────────くぉ───」

（真祖）は、何かを言っている。

「─────るぇ────く───ら──い─の速さで喋れば、汝にとって丁度いいのかな？」

そう言って、（真祖）は普通に　・　・　・　・　こちらへを向けた。

「んなっ、馬鹿な……！」

人間にとっては余りにも速すぎる時の流れの中、（真祖）は楽しげに目を細めた。

「面白い…………さすが“世界の恩恵”をけているだけある」

そう言って、ゆっくりと手を上げ──と言ってもかなり速いが──芝居がかった優雅な様子で、また嗤った。

「お前…………何を知ってる！？」

世界の恩恵……つまりはチート能力。そしてその事を知っているこの（真祖）、一何者なのか。

「ふむ、吾輩はただの（神祖）に過ぎないが…………たぶん、汝が知らぬ事もなからず知っているであろう」

勝人は、これまでずっと口にしてこなかった不安があった。それはすなわち、元の世界に帰れるのか？　というものだった。

──勝人は、無言のまま剣を構えた。

「そうだ、それで良いのだよ　！知りたければ力を示す。この世の理ことわりだ───」

そしてらかな作で細剣レイピアを構える（真祖）。

「さあ──來るがよい。己の全てをかけて、力ずくで吾輩を従えてみよ！」

「言われるまでも無えっ！　……はぁぁぁああああ！！」

ブーストをもう１段階上げ、全力で跳んだ。

再度數十メートルの距離を一瞬で詰め、剣を振り下ろす！

──が、（真祖）は慌てた様子も無く、それをけ流した。

「うおぉっ！」

持って行かれそうになるを、左足を一歩前に踏み込み、引き戻す。　さらに左前にある右手、剣を右上に振り上げる。

これも（真祖）は華麗に舞い、事も無さげに躱すと、急激にピッチを上げての刺突。

ギリアヌスと同じ位、もしくはそれ以上に鋭いそれを、サイドステップで何とか躱しきる。が、急なきの変化に、明らかに反応が遅れた。

「ほぅ、今のを躱すか……汝の世界で言う“蝶のように舞い蜂のように刺す”をやってみたのだがな」

言う最中にも幾度も突きが襲い來るが、ギリギリを見極めて避け続ける。

「どうした、きが鈍くなっているぞ？」

「う…………っるせえ！」

ブーストが徐々に解けて來ているのだ。……が、もう一度“ブースト”する。

「あああっ！　魔法剣『デトロイト・ライト』！」

隙を見て、吸鬼の弱點である屬の魔法剣を使う。

そこらの喰鬼グールならば、れ出しただけで灰に還す事が出來る程の威力。だが────

「ほう！　ならば………魔法剣『ヴラッティ・ソード・レイ』」

真紅の波がそれを飲み込み、迫り來る。

「うおぉぉぉおおおおおっ！！」

ソレを、最早“魔法”とも呼べない様な、“波が勝手に避けて行く”イメージでやりきる。

「何と！？」

「魔法剣『ドラグーン・サンダーボルト』！」

言葉を待たず、雷と衝撃波を叩き込む。

「────ふんっ！」

「んなっ──！？」

しかし、あのか細いレイピアで一刀両斷されてしまう。

……………そして、とうとうその時が訪れる。

（くそっ、ダメだ……ブーストが！）

段々と周りの音が、はっきり聞こえて來る様になる。

また視界も明るくなり、何かを言う（真祖）の聲も高く、早口になって行く……………

「はぁっ、はぁっ……」

「────何だ、もう時間切れか」

「はぁっ…………くそっ！」

（けよっ！　もっと速く、もっと強く！）

…………自惚れではないが、勇者パーティの中ではやはり勝人が圧倒的に強い。

（────魔王の時と同じ様に、皆を逃がすか？）

しかし、もうそんな時間も余裕も無い。常に“魔法”で大気中の魔素を取り込んではいるが、とても間に合わない。

（このまま死ぬのか？傷一つ負わせられないまま──）

勝人の目の前に、諦めの文字が浮かび上がり……。

（嫌だ…………………そんなのは、イヤだ　・　・　・　！

勝てなくても良い、死んでも良い。だけど……このまま何も出來ないまま終わるのだけは、絶っっっ対に嫌だ！！）

何かを、引き寄せる。宙に漂う魔素を、腹の奧底にある熱を……。

意識が薄れて行く──が、それと同時に確かにじる……最期の、限界の力を。

「はぁっ、はっ──────！」

────ブチンッ

ナニカが、全部崩れ　・　・　・　・　て　・　消えて　・　・　・　無くなっ　・　・　・　・　た　・　。

「────！」

時が、止まる。

空中の埃1つ1つがピクリともしないのが見える。

…………いや、これはあくまでブーストだ。限りなく全てがスローになったのだ。

中が燃えるように痛み、鼻が吹き出た。あちこちの管がブチブチ　・　・　・　・　と悍おぞましい音をたてながら切れ、到る所から出している。

──しかし、それだけだ。

頭の中が真っ白になり、余計な考えが全て吹き飛ぶ。

「あ、あ……あぁあああああああ！！！」

もう、何も気にしない。ただ出せる力の全てを出し切る。

……構えも何も必要ない。ただ何も考えず、ただ本能のままに、ただ殺意のままに────駆ける。

「──っ！？」

のそれに限り無く近い速さで、後ろから切り付ける──が、恐ろしいまでの反応速度で防がれてしまう。

…………だが、その（真祖）の表から、どこか余裕のが無くなっている。

「な──！」「がぁっ！」

発せられる言葉も待たずに、さらに回り込んで右下から斬り上げる。それがついに、（真祖）の頬に一線の傷をつけた。

（いける……！）

反撃が來るよりも早く、左手に持った剣で振り下ろす。さらに魔法で創り出した剣を右手で握り、の回転を利用して橫に薙ぐ。

そこで襲い掛かって來た突きを、跳び、後方に一回転し、躱す──そして足が地面と接した瞬間、剣をクロスさせ一瞬で接近。

防の為に上げられたレイピアを左手の剣で抑えつつ、さらに踏み込みながら力を切先に集中させ、線銃の如く突き刺す。

────が、それを華麗なバックステップで躱されてしまい、制が崩れ、思わず蹈鞴たたらを踏む。

（真祖）がその機會を逃す筈がなく、蜂の様に鋭い突きを放って來た。

重心が前に向いたを、半ば倒れ込む様にして躱そうとする。

「……ゔぐああっ！？」

────何とか心臓からは外したが、右手がから切り離された。

業火で炙られた様な痛みを我慢し、一瞬思考する。

腕を生やす時間も魔力も勿ない。どうするか……。

（──いや、良い。このまま、行く……！）

結論は、特攻。この朽ち果てようとも、この一撃は、決める。勝人は、考える事をやめた。

「──────ッ！！！」

…………もう自分で何を言っているのか、理解していなかった。

勝人は、中から沸き上がってくる灼熱を左手に込め、ただそのまま、その手を振り下ろす────振り下ろしている途中から意識が急速に薄れ、剣が（真祖）の額に直撃し、凄い轟音が鳴り響いた時にはすでに、完全に意識を手放しているのであった……。