《どうやら勇者は(真祖)になった様です。》14話 1-7 覚醒
「……わたし、は──」
夕日がちょうど沈んだ頃の薄暗い部屋の中、大きな、天蓋の付いたベッドの上に、大小様々なぬいぐるみに囲まれたがを起こし、ポツリと呟いた。
「思い、だした──なんで、わすれて……」
その可らしい小さい口からは、それに似合わぬ口調で、されどもらしいき通った高い聲が、紡ぎ出された。
「──そう、わたしは……タカノ、カツヒト」
、吸鬼の真祖であるロザーリア・レイゼンは、既にこの世に存在しない人の名前を口にし、一つ一つ何かを思い出して行くかの様に聲を出した。
「そう、ちきゅう、にほんで生まれて──18さいで、しょうかんされて……」
────コンコン
「ひうっ!?」
『姫様ー、よる……朝ですよーってあれ、珍しいですね。もう起きてるなんて」
そう言いながらってくるディア。
「あ、え〜っと……」
「あぁ、昨日は大分早くお休みになられましたもんね」
「あ、うん」
心大慌てのロザリー。いや、この場合は勝人か……昨日、元仲間のサラに出會った事がトリガーとなったのか、突然、勝人としての記憶と意識は目を醒ました。
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それがのものと混ざり合い、現在頭の中はパニック狀態。
なんとか目の前のケモ耳メイドの名前と、としての普段のしゃべり方を思い出し、命令を下す。
「え、えっと──ディア、今ちょっとちょうしがわるいから、すこし1人にしてくれない?」
「えっ、大丈夫なんですかっ!?」
「あ──うん、しばらく休んでれば、よくなるから……」
「は、はい…………あ、何かありましたらすぐ聲をかけて下さいね!」
「うん……」
そうして再び1人きりになるロザリー。
「なにがどうなってるの……」
もう一度記憶をたどる。
「えぇっと……ミランナ、ギリアヌス、グラン、サラ、ドラグリアとわたしの6人で、まおう──グラトニウスをたおして……」
そして學校を創り、世界に戦爭が訪れぬよう、各地を回った。
「きゅけつきの、しんそ……しんそ? とうさま?」
そこまで記憶を整理した所で、サッと青ざめる。
「父さま……いや、ヴラキアース・レイゼンは、きゅうけつきの神祖。そして、わたしが────」
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フラ〜っとベッドに倒れ込むロザリー。こうなると、先ほど言った「調子が悪い」も本當のように見えなくもない。
ミイラ取りがミイラになる、ではないが、真祖を倒しに行った己が真祖になろうとは思いもしなかった勝人は、なからずショックをけていた。
「わたしがしんでから、どれくらいたったんだろう……」
仲間の年のとり合から予想する手もあるが、唯一會ったのは、長の遅いサラのみ。大して考察の材料にはならない。
『──だいたい、二ヶ月ちょっとかな』
「っ!?」
突然の聲、ひどく驚きながら周囲を見渡す──窓、閉まっている。扉、閉まっている。ベッドの下、ディアが毎日掃除をしているのでホコリひとつ落ちていない。
では、一どこから──?
『ちょっと……ネズミかなにかと、かんちがいしてない?』
──居た。彼は、ベッドの上に居た。しかし、ベッドの上で座っている訳でも、寢っ転がっている訳でも、また立っている訳でもない。
『よーやく見つけたのね……』
絹の様にしい銀髪に、の様に紅い瞳、陶の様にき通った明あふれる白い、その容姿は整い過ぎていて、一見巧に作られた人形の様にも見える。が、その姿はしけていて─────そんなが、ベッドの上に浮いて ・ ・ ・ いた。
「だ、だれっ?!」
『え、わからないの?』
キョトンと首を傾げる。
「わたしに、ういてる知り合いはいない!」
『う〜ん……あ、ちょっとあかりつけてよ』
何で俺が……そう思いながらも、壁に付いているランタンに火を燈す。
──先代勇者タケシの知恵なのか、この世界には魔石を使った照明などの魔道と言うがあり、上流階級のお宅なんかには1つ2つ設置されている。
しかしなぜか、この城には無いのが勝人には謎であった。
吸鬼は余程真っ暗でなければモノは見えるので、この照明は大してを出さない。──ロザリーとしての記憶に寄れば、そうらしい。
……ぼんやりと明るくなって行く部屋。改めて見てみると豪華でゴシックでフリフリな裝だ。
つい昨日までは全く意識していなかったが、今はそのま趣味さに顔が引き攣る。
『じゃあ、そのまま窓に行って』
(何言ってんだ? んな事しても反して見えないだろ……)
「────え?」
そこには、宙を漂うと、そのと全く同じ姿をしたが────
『うんうん、そういえばカガミないもんね、このやしき。自分のかお知らなくても、むりないか』
「これが──わたし? ……あぁ、そういうことか」
勝人は現在、高野勝人としての記憶もろろんロザーリア・レイゼンとしての記憶もある。しかし意識は勝人のものだ。
ではロザリーとしての意識はどこへ行ったのか。
……そう、この宙に浮いているなんちゃって幽霊こそが、勝人に対してのロザリーなのだ。
しかし突然に分け隔てられ、分離したのではない。例えば自の敵カタキであるヴラキアースを憎む気持ちはなからずあるものの、大好きな父様であるという気持ちもあるのだ。
『お〜い、どうしたの、きゅうにかたまって』
「あ、いや……何でもない」
さて、どうしようか……と勝人は考える。勝人の脳には選択肢がいくつか浮かんでいた。
一.勝人の意識の存在を隠し、數百年をこの場所で暮らす。……神相手ではバレるのも時間の問題であろう。
二.自分の敵をとる。……これも不可能だろう。今の戦闘能力がいか程のものかは分からないが、全盛期で軽く殺されたのだ。葉うはずがない。
三.こっそり屋敷を出て行く。……城の近辺には町どころか村1つなく、居ない事がバレればあっという間に追い付かれて、捕まるのが目に見えている。
(せいぜい、正々堂々ぶつかるのが今の俺に出來ることだろう)
『どうしたの? きゅうに立って』
「けっちゃくを、つける」
『けっちゃくって、まさか…………』
「……できれば、話し合いですませるつもりだけど、むこうがその気なら、たたかう……」
『────』
悲しいとも、哀れみとも取れる表のロザリーの前を通り、重厚溢れる(一見木の様だが、鋼鉄の様にい)材質不明の扉を開けると、驚いた表でコチラを見つめて來るディアが立っていた。
「姫様、お加減は……」
「ディア、それよりも父さまの所に」
「え、あっはい」
有無を言わせぬ口調で言い、二人で石階段をコツコツと降りて行った。
ちなみにロザリーの部屋は“開かずの塔”と呼ばれる、以前は牢獄だった所を改裝したもので、魔王に攫われたお姫様が閉じ込められる様な塔だ。
構造は円柱狀の建で、下から石の螺旋階段がずーっと続き、一番上にドーナツ型の広い部屋がある。1/4はクローゼットだ。
なお塔は黒百合の庭園の奧にあり、ヴラキアース達が居る本館までは、階段で五分、庭で十分、おまけに食事の部屋まで五分と、計二十分も歩かなければならず、毎朝晩の運となっている。
階段を降り切り、花々を目に庭を抜けて行く。──それなりに高い生垣から忽然と姿を表す城。名前は『処零館』。
なお後に“魔王”と呼ばれた魔は、ここで吸鬼の神と戦い、その左小指を喰らった事で“魔王”へ至ったのである。
その魔王の城は、もしかしなくても、ここ処零館を參考に作られたのだ。
造りは尖頭アーチ、リブーボールド、フライングバットレス等を取りれたゴシック様式で、一見するとどこかの大聖堂にも見えるのではないだろうか。
外見もそうだが、一番凝っているのは〈禮拝堂〉(仮)だろう。実際誰も禮拝しないので(仮)となっているが、ここには日ではなく、僅かな月明かりによって耀く絢爛けんらんなステンドグラスがあり、それを眺めるのがロザリーの日課となっている。
閑話休題。
その屋敷に辿り著いた二人は、食堂へと足を進める。
そして扉の前に立った勝人は、靜かに言う。
「ディア、わたしがよぶまで、ぜったいに中にらないで」
もし闘う事になったら、巻き込まない自信がない。それに、ディアに己の正を明かす勇気が、まだ持てないからでもあった。
驚いた表で「え……?」とハテナを浮かべるディア。
「いいから。──そこで、まってて」
困した表ではあるが頷くのを確認し、勝人は扉に手をかけ、靜かに押す。
ギギギギ────
心做し、扉は見た目より重たく、冷たい気がした。
「──おはようロザリー。よく眠れたかね?」
悠然と佇むヴラキアースと、その傍らに控えるバラメス。その何もかもを見したかの様な瞳に、思わず立ち竦む。
「どうしたのかね? ロザリー、何か言いたいことがあるのなら言いたまえ」
「……っあ、え……えぇと」
しかし零れる様にれ出すのは、か細い聲だけ。しかこのままでは拉致があかないと、覚悟を決める。
「え、えと……ぜんせのきおく、もどった…(もごもご)」
「──────ほう」
(言っちゃったああああああ!!)
覚悟を決めたは良いものも、急に鋭くなったヴラキアースに心臓はドキドキと暴れ回っている。
「まさか“繭の創生”を経てもなお記憶を保持する……これ程までに強力な魂だとは、やはり我輩の目に狂いは無かった様だ!」
「ひぃ! …………ふぇ?」
一瞬で消されるとばかり思っていた勝人は間抜けな聲を上げ、恐る恐る目を開ける…………と、何故かドヤ顔したり顔、うんうん頷くヴラキアースがそこにいた。
「聞いたかバラメスよ! やはり我輩の勘は優れているのだ」
「その様で座いますね、主様」
「うむうむ…………してロザリー、いつまでそうやって突っ立って居るつもりだ。早く座りなさい」
「え? あ、はい……」
あっけに取られ、言われるがままに席に著き──
「じゃなくてっ!!」
──バンッとテーブルを叩きながら立ち上がる。
「どうしたのかね? ロザリー」
「ロザリーじゃなくて、わたしはカツヒトなんだって!」
「何を言っておるのだ…………お前には、ロザリーとしての記憶もあるのだろう?」
「そ、それは…………」
「それに、そのはロザリーのであるし、カツヒトなる年は、もう存在しない」
「なっ!?」
「ではロザリーよ聞くが──お前は死者の記憶を保有したからと言って、ロザリーではなくなると言うのかね?」
「……………………」
己のアイデンティティを々に打ち砕かれ、思わず制を崩し、テーブルに手を著いてしまう。
「ロザリー……? いや、ちがう、ちがうちがうちがうちがう! ───ぁぁあああああああああ!!」
ガタンッ! と大きな音をたて、脇目も振らず部屋を飛び出すロザリー。
「姫様っ?!」と驚くディアの聲からも逃げるかの様に、駆けるのであった…………。
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