《どうやら勇者は(真祖)になった様です。》19話 1-12 旅立ちの日

雲一つない空は吸い込まれそうなほど澄み渡り、開かずの塔の部屋にパステルを屆けていた。褪せたように白い室は元々の黒さを和らげ、しんとした靜けさが満ちている。

しかしその部屋の主人の姿は、普段寢ているベッドにも、室のどこにも見當たらなかった。

すでに塔の中に、人の気配はない。

「──ロザリーよ、寂しくなったら、いつでも帰ってきなさい……」

「ん……」

「主様……そんなに寂しいのなら、一緒に見送りに來れいいのでは?」

「馬鹿言え! 我輩が寂しがる訳がないだろう!!」

「そうですか……」

さて、レイゼン一家が集まっているのはここ、処零館正面門の跳ね橋だ。

城の方にはヴラキアース、外の方には馬車の者臺に座るバラメス、馬車の扉の前に控えるディア、そして眠たげに立ち、ヴラキアースを見上げるロザリー。

そう、人間の國にある學校に通うことを、ロザリーは決めたのだ。

ロザリーとしてはここに殘りたい気持ちは強かったが、勝人としては目的を達する千載一遇の大チャンス。

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い糸でい付けられた様に重たい口を開き、「わたし、學校いきたい」と言ったあの日から數日。

の回りの世話をするディアと、北方から學校がある國までは遠いので途中まで送ってくれることになったバラメスを引き連れ、ロザリーは今旅立とうとしていた。

それにしても哀愁を漂わせるこの男は、別れの雰囲気を絶妙に醸し出しているのだが、如何せん彼の他は誰も寂しがっていない様子で、逆に浮いてしまっていた。

しかし、それも仕方ない事だろう。初めての子供、それも一人娘が一年とたたず巣立ってしまうのだ。しかも永劫えいごうに近い時を生きる吸鬼の神祖からすれば、ほんの剎那にしか過ぎない時間しか一緒に暮らせなかったのだ。

しかも、本來なら心寂しがるはずのロザリーも、生憎そんなは眠気に持って行かれている様だった。

「いって、きます……」

そして捨てられた子犬の様な目のヴラキアースにあっさりと別れを告げ、ロザリーはディアのエスコートで馬車に乗り込んだ。

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「気を付けるのだぞ……」

「ん……」

最後にそう言葉をかけ合い、最初はゆっくりと、徐々にスピードを上げて馬車は走り出した。

1人見送るヴラキアースと、その背後に建つ、ロザリーが生まれ育った……勝人が死んだ処零館も、段々とその影を薄くして行った。

鬼によってられている2頭の馬の足取りは非常に力強く、みるみるに速度を上げていった。今や馬車は、風だ。

窓の外を流れる景は、閑散とした針葉樹から徐々に、広大な草原へと変わっていく。

淡く青白い日のは、いつの間にか煌々と天から地上を降り照らし、風が暖かく草原を駆け巡った。

──そよ風が馬車の中へ流れ込んできた。ディアは目を細め、気持ち良いですねと顔を戻し、そこで自分が仕える主が寢息を立てていることに気が付いた。

「……ほんと姫様って、絵になるなぁ」

真っ直ぐに垂れ落ちる銀糸は、風にわれ鈴音をたてて揺れた。それと同じのまつは艶あでやかに縁取っている。

ケープから覗く可らしい指先には、綺麗な爪がり、らかに広がるスカートから長くびた足は、細くも付きが良い。

小さなは、霞の様であって、また獨特な存在を放っていた。

それにしても、とディアは呟く。

実際問題、ロザリーは學生として上手くやっていけるのだろうか、と心配になっていた。

この件について言い出したにはディアであるが、それはあまりに優しすぎる主人の將來を心配したからこその提案であって、その実それによって起こるであろう問題については一切考えていなかったのである。

ロザリーに救われた時に勢いで雇ってしいと言われた時のことを踏まえると、それがディアの分の様であった。

再び窓の外へ視線を戻したディアは、憂げに溜め息を零すのであった。

疾風の如く街道を駆ける2頭の巨大な黒馬は、その隆々たる軀、筋を惜しげもなく駆使し、鼻息荒く馬車をひいた。

明らかに通常の馬を凌駕した速度を出すこの馬は、バラメスが魅了チャームを使い、の限界を超えさせて走らせているのである。

しかしそれでいて、吸鬼のを極僅かに與える事で、驚異の力と、再生能力を付加しているのだ。

さて、その馬をるバラメスだが、彼もまたロザリーのを案ずる1人であった。

勝人曰くいけ好かない飄々とした奴で、何を考えているのか分からない──そんな男であったが、なんとバラメスは心かに、自熱家と自認していた。

バラメスは吸鬼としては非常に長く生きた者であった。元は処零館の近くの國で酒場を営んでいた彼は、怠惰な神祖ヴラキアースによって連れ去られ、執事として吸鬼にされたのだ。

當初こそ、強制的に服従を強制される屈辱と恨みとの間で激しく燃え上がったいたバラメスだが、ヴラキアースの妙に人間味ある人柄にれていくに、次第に心を許して行ったのである。

これでも人間だった頃は、綺麗な奧さんを貰い、子供は娘がしい──などとんでいた事もあるバラメスは、しかし口下手で無想だったせいか一度も人が出來ず、処零館にいる事でその僅かな可能もなくなってしまい、に関しては泣く泣く諦めていたのだ。

けれどもそんな中、ロザリーという存在が誕生したのである。嬉しくない訳がない。

持ち前の「何考えているか分からない」格のせいで、當のロザリーからはあまり好かれていなかったが、そんな事とは知らず、バラメスはロザリーを本當の娘の様にしていたのであった。

だから、生まれて間もないロザリーが旅立つ事に、バラメスもまた彼を案じていたのだ。

殘念な事に、もうすぐ人里。數分後に迫っている別れの時を思い、寂しさの溜め息を零すバラメスなのであった。

「……ま、……めさま、ひ……ま……ひめさま……」

そんな聲と共に優しく肩を揺さぶられ、ロザリーは淡い眠りから目を覚ました。

と言っても、文字通り“夢見がち”な狀態だが……。

「な……に……?」

「著きましたよ。ここからは私達2人で、徒歩で移です」

「ん……」

ディアに促されて馬車を降りるロザリー。その間に、バラメスが荷を降ろしていた。

「……いっぱい」

「え? あぁ……荷ですか。まぁ替えの類や下著とか、食糧……あと調理道に武。必要なはかなり多いですからね」

そこでロザリーは、生前の事をぼんやり思い出していた。

この荷の山を見てロザリーが違和を覚えたのは、勝人だった頃は異空間収納があったからだ。

「まぁ荷は、荷車で引くので心配いらないですよ。……それより、ちゃんと日傘を差して下さい」

「あ、ん……」

人にとってはぬくぬくと気持ちの良い日も、吸鬼にとっては殺人……殺吸鬼ビームだ。

ドレス同様、白のレースがふんだんにあしらわれた日傘は必需品だ。

さて、そうこうしている間に荷車を1頭の馬に繋ぎ終わり、再出発の準備が終わった。

「では、私はもう帰ります……2人ともくれぐれも気を付ける様に。それと──」

もう帰る、と言ってから、オカンの様にガミガミと注意をしてくるバラメス。これ以上は切りがないと踏んだディアによって止められるまで、話し続けていた。

ようやく馬車に戻り、名殘惜しそうに去って行くバラメスを見送り、荷車に乗り込んだ2人は聖都へ向かい、進み始めるのであった──。

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