《異世界で、英雄譚をはじめましょう。》第十三話 予言の勇者③

左利き。

またの名をサウスポー。

確かに僕は左利きだ。サウスポーだ。だが、それがどうしたというのだろうか? 左利きは珍しいことなのかもしれないが、生まれる確率はそう珍しくないはずだった。

いや、もしかしたらそれは僕がもともと生まれた世界だけの事象であって、この世界では違うのかもしれないけれど。

「左利きは神の一族だけが得ることのできる、実に特殊なものだよ。一般人が左利きにしようとしても、なぜか左利きにすることは出來ない。もちろん、フル、君が一族の一人である可能も十分有り得たが、そんな人間が生まれたという報もない。となると……」

予言の勇者しか、その可能は有り得ない――ということか。

僕は校長の話を聞いて、そんなことを思った。

「……まあ、理解できないのも解る。急にこんなことを言われて困することも致し方無いだろう。だが、だからこそ、理解してもらいたい。君が世界に齎すものは、君が思っている以上に凄いことだということを」

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◇◇◇

寮は地下にあるため、空が見えない。

だが、今日は特別に上級生の居る寮の空き部屋を使ってもいい――先生たちにとってもそちらのほうが狙われたとき対応しやすいのだという――とのことで、僕たち三人は同じ部屋で寢泊まりをすることになった。

「それにしても、上級生の部屋が空いているからと言って、三人を一つの部屋に押し込めるのはどうかと思うけれどね」

ルーシーの言葉ももっともだった。実際、この部屋は僕が寢泊まりしていた部屋と比べれば広い。だが、それも限度がある。二人くらいなら何とかなるだろうが、三人となれば話は別だ。やはり三人ならばもうし広い部屋か、せめて二部屋にしてほしかった。

「まあ、でも、ルーシー。贅沢は言えないわよ。せっかく先生が私たちを守ってくれて、そのために特別措置としてこの部屋を使っていいとなったんだから。ね、楽しみましょう? 辛気臭いとなんでもやっていられなくなるから」

そういうものだろうか。

正直、僕はまだ気持ちの整理がついていなかった。

校長から言われたこの世界に召喚された真実。それをし遂げるために、僕はどうすればいいのだろうか?

いや、そもそも。

僕はほんとうに予言の勇者なのか?

斷定しているだけで、ほんとうはただの人間なのではないか?

もしそうであるならば、きっと肩かしだと言われるに違いない。そんなことは言われたくない。たとえ、『あなたたちが勝手に勇者だと崇めたのでしょう』と僕が否定したとしても。人間はどの時代だって、祭り上げるだけ祭り上げて、実際違ったらあとはポイ捨て。昔そう崇めていたかもしれないが――なんてことでお茶を濁す。そういうものだ。

「ねえ、フル」

メアリーが僕のそばに寄ったのは、そんな時だった。

僕は一人でベランダから月を眺めていた。この世界の月は、なぜか知らないけれど二つある。一つはもともとの世界にあったような、とても見覚えのあるそれだが、もう一つは――し平べったく見える。けれどもこの世界の人間はそれも『月』なのだという。あれも衛星――星なのだろうか? きっとそう質問しても、それをほんとうの意味で答えてくれる人間がどれほどいるだろうか。そんなことを考えていた。

それは現実逃避に過ぎない。

僕が校長から『予言の勇者』と言われた――紛れもない事実から目を背けるために、必死に考え付いたことに過ぎない。

「あなたが來ること……正確に言えば、あなたが別の世界からやってきたということ、実は私は知っていたの」

「え?」

それは予想外だった。

というかここにきて新事実が判明しすぎだ。

「なんとなく予想はつくと思うのだけれど……実は私はもともと祈禱師の子供だったのよ。祈禱師の子供、というだけで箔が付くものなのかもしれないけれど、私は母親の顔を見る前に――捨てられた。いや、それは言い過ぎかもしれないわね。正確に言えば、ほんとうの母親の顔を知らないのよ。知っているのは、私を育ててくれた叔父さんと叔母さん……もちろん、その二人はのつながりなんて一切ないのよ。けれど、捨てられていた私を、ここまで育ててくれた――」

「顔も知らないのならば、なぜ君は母親が祈禱師だと知っているんだい?」

僕はその話を聞いていればきっと自然に浮かんでくるだろう疑問を、メアリーにぶつけた。

メアリーもその質問は想定済みだったのだろう。すぐに頷くと、ゆっくりと澱みなく答えていく。

「私がこの學校に學する一年前、突然父が私を訪ねてきた。當然叔父さんと叔母さんは驚いたわ。十數年前に私を捨てておいて、突然やってきたのだから。けれど、父は詫びた。そして、私をずっと引き取っていてほしいと言ってお金を渡した。それは、私の養育費としては將來分も加味して充分すぎるほどだった、そう言っていたわ」

「メアリーの父はお金持ちだった、ということか?」

「解らない……。けれど、その時に父は話してくれた。私の母は祈禱師なのだ、と」

「さすがに、自分の子供を捨てた理由は教えちゃくれなかったわけか」

僕はそこまで言って、自分の口を手で覆う。言っていいことと悪いことがある。今のは確実に後者――悪いことに屬する。メアリーが今の言葉を聞いて烈火のごとく怒ったとしても、僕は何も言えない。それほどのことを、僕は自然と口に出したのだから。

しかし、メアリーはそれを聞いて一笑に付した。

「そうだよね……。やっぱりフルもそう思うよね。安心して、昔の私もそんなことを思って訊ねたわ。けれど、答えてくれなかった。當たり前といえば當たり前かも知れない。自分の娘に、娘を捨てた理由を訊ねられて答えられるわけがない。それは今思えば、當たり前のことだったのよ」

果たして、それはほんとうにそうだったのだろうか。

今となってはメアリーの父親にそれを聞く機會など到底殘されてはいないわけだが、とはいえ、メアリーの父親がそれを隠していたのには、きっと何らかの理由がある――僕はそう思わずにはいられなかった。

「ところで、メアリー。それと僕がこの世界にやってくることを知っていたこと。それはどう繋がっていくのかな?」

「あ……。ごめんなさい、実は夢の中でね、神様を見たのよ」

「神様……って、ガラムドのことかい?」

僕の言葉に、こくり、と頷くメアリー。

「夢の中で、神様は私に言ったのよ。予言の勇者を手助けしろ、って」

神様直々の言葉とは、參ったな。

そんなに世界を破滅させたくないのなら、神様が自ら手を下せばいいのに。

そんなことは、口が裂けても言えないと思うけれど。

「だから私はフルがやってきた瞬間、ピンときたわ。あ、予言の勇者がやってきたの、って」

「けれど君は初日、僕を起こしてきたよね? まるで僕がずっとこの世界に住んでいたかのような扱いをしていた。それは、僕がこの世界にやってくることを知っていて、あえて演技をしていた……そういうことなのかい?」

核心を突く言葉だったのか、メアリーは俯いてしまった。

「……メアリー、もし気分を害してしまったのならば、それは申し訳ない。けれど、僕は知りたいんだ。もしそうならば、うんと頷いてくれないか」

そして、メアリーはゆっくりと――ゆっくりと頷いた。

「なあ、そろそろ眠らないか? 明日に響くぜ。明日の夕方にはみんな帰ってくるんだろ? ……正直僕だってこんな雰囲気壊したくなかったけれど、言いたいことだけは言わせてもらうよ。これで睡眠不足になって授業中に眠ってもらっては困るからね」

いいタイミングで、ほんとうにいいタイミングでルーシーがってきた。

僕はそれを聞いて、微笑む。

「これをバッドタイミングだと思うなら、君の目は節だぜ? 今は超絶好のチャンスだった。いい機會だよ。話もうまい合に切れたし。……さて、それじゃ寢ることにしようか、メアリー」

「そうね」

メアリーは短く言うと、僕よりも先に部屋の中へろうとした。

「……それにしてもメアリー」

「うん?」

メアリーは振り返る。

僕はメアリーのほうを向かないまま、二つの月を見て、言った。

「今日は、月がほんとうに綺麗だね」

「そうね、ほんとうに。いつもなら、こんなに明るくならないのに。それじゃ、私はもう中にって寢る準備をするから。フルも早く寢てね」

「了解」

そう言って頷いて、僕もメアリーの後を追うように、部屋の中へとっていった。

ほんとうに月が綺麗な、夜だった。

こんな夜は僕のいた世界でもあまり見かけなかったかもしれない――そう思って、名殘惜しく、僕はベランダの扉を閉めた。

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