《異世界で、英雄譚をはじめましょう。》第十四話 予言の勇者④
二日後。
二泊三日と言われた研修も終わり、普通ならばもう戻ってきていてもおかしくないはずだった。
しかし、誰も戻ってくることは無かった。
「……誰も來ないね」
ルーシーは言った。その言葉に僕は頷く。
確かにその通りだと思う。ほんとうにどこへ行ったのだろうか? まったく理解できなかった。
「……みなさん、おはようございます」
サリー先生がってきて、いつもと様子がおかしいことに気付く。
サリー先生はこの事実について気付いているということなのだろうか?
「學生全員、どこへ消えてしまったのか……あなたたちはそれについて聞きたいのでしょう」
サリー先生は唐突に核心を突いた発言をした。
確かにそれは聞きたかった。どうしてこんなことになってしまったのか――理解できなかったそのことを、もし知っているというならば教えてほしかった。
「……きっと、気付かれたのでしょう。この世界を滅ぼしたいと願う存在が、この世界を救うと言われている勇者が呼び出されたということに」
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「勇者が呼び出されたこと……そんなこと、解るんですか?」
「それは、はっきり言って私が言いたいわ。けれど、そうなのでしょう。だって學生は戻ってきていない。予言の勇者が復活したことは、私たちしか知り得ないはず。けれどこんなことになってしまった。……原因は一つしか考えられませんよ」
それを聞いて、僕は、僕がその原因を作ってしまったのだと思い、深く後悔した。
はっきり言って呼び出された側である僕が迷を被っているわけだが、この世界の人間にはそんなことどうでもよいことだ。人間は誰も、自分さえ良ければいいと思っているのだから。
「そして、校長にこの事実をお話ししました。すると校長はこう言いました」
「ハイダルク城に保護してもらう。そのために、君たちにはフィールドワークをしてもらうのだよ」
サリー先生の言葉をさえぎるように、誰かの聲が聞こえた。
その聲がしたほうを向くと、扉のそばに校長先生が立っていた。
「校長! どうしてここに……」
「先生を通した発言を聞いてもらうよりも、君たちに対して私の発言を直接話したほうがいいと思ったのだよ。突然の方向転換で、ほんとうに申し訳ない。ほんとうならば、私の手で君たちを守りたいものだが……それにも限度があることもまた事実だ。それについては、申し訳ないと思っている」
「いえ、別に……」
「だが、學生を狙った後は、君たちを狙うはずだ。學生を味して、予言の勇者ではないと判別しているだろうからな。正確に言えば、予言の勇者かどうか選別していると言ってもいいだろうが……その細かい話についてはどうでもいいだろう。學生のことについては、私が全力で助け出す。それが、私の役目であり責務だからだ」
校長先生はそう言って、大きく頷く。
それに続いてサリー先生も大きく頷いた後、僕たちのほうに向きなおした。
「そういうことです。私たちがあなたたちを守ることが出來ないのはほんとうに殘念であり心苦しいことではありますが……いつか必ず、あなたたちが戻ってこられるような學院にします。それが私たち先生の役割です」
つまり恒久的ではなく、一時的な措置。
サリー先生はそう言っていた。
ならばそう難しいことではないのだろうか? 実際、ハイダルク城までどれくらいの距離があるのか判明していない現狀、途方もない未來について予想しているだけに過ぎないけれど。
「私の古い友人がハイダルク城……ああ、今あそこは『リーガル城』と呼ぶのだったか。つい古い名前で呼んでしまうな。まあ、それについてはどうだっていい。そこに古い友人が居て、そこに匿ってもらうことにした。どれくらい時間がかかるかは解らないが……君たちに危機が迫らないように、我々も頑張るよ」
「ということは……」
メアリーは何かを察したらしい。目を細めてサリー先生に問いかける。
「サリー先生、校長先生。私たちは……この世界を救うために、旅に出ろ……ということなのですか?」
サリー先生も、校長先生も、その言葉について明確な解答を示すことは無かった。
ただ狼狽えるような表を、仕草を、雰囲気を見せるばかりだった。
◇◇◇
次の日は、とても寒かった。
ベッドから起き上がりたくなかった。
昨日のような部屋ではなくて、僕のためにもともと用意されていた部屋だった。
ベッドのかけ布は今の僕にとってとても重たく、起き上がるのを拒むようだった。
そして僕自も、起き上がることを拒んでいた。
ノックが聞こえたのは、そんな時だった。
「フル、ってもいい?」
そう言ったのは、メアリーだった。
僕は何も答えなかった。答えたくなかった。答えられなかった。きっと恥ずかしい解答しかメアリーに提示することが出來なかったからだ。
するとメアリーは勝手に中にってきて、ベッドの上に腰かけた。
僕はベッドの中に引きこもり、メアリーはベッドの上から僕に問いかける。
「……ねえ、フル」
「何だい」
「……世界を救うとか、勇者とか、そういうこと私はあまり解らないけれど」
そう前置きして、メアリーは言った。
「そういうこと、私は素晴らしいと思うな。自分の役割がある、ということを言えばいいのかな? まあ、誰も役割が無いことは無いと思うけれど、あなたの役割はとても素晴らしいことだと思うのよ」
「……解らないくせに、何を言っているんだよ」
「解らないからこそ、よ。あなたのことは解らない。けれど、それは同時に逆のことでも言えるでしょう? 私のことを、あなたは解らない。そしてあなたのことを、私は解らない」
「そうなのかな……」
けれど、突然勇者だと言われて揺しないほうがおかしい。
そして學生が消えた原因が――僕かもしれないと言われて、悲観しないほうがおかしいのだから。
おかしくない。おかしくない。
僕は普通だ。正常だ。
これこそが正常であり、そう考えないほうが異常なのだから。
「ほんとうに、そうなのかな」
メアリーは、さらに僕に疑問を投げかける。
「仮にあなたがそう思っていたとしても、それは間違っていることだと思うよ。きっとあなたはそれが普通だと認識しているのかもしれないけれど、私から見ればそれは異常だと思う。そもそも、誰もが見て『普通』なんてそう簡単に見つからないことだよ。だからこそ、あなたが勇者として選ばれて呼び出されたことも、私たちがあなたについていくということも、きっと最初から決まっていたのよ」
メアリーは、優しい。
彼は巻き込まれた側であるというのに、どうして彼はそこまで僕に親にしてくれるのだろうか。
そんな彼の優しさが――とても嬉しかった。
「取り敢えず、外に出ているからね。準備はもうできているからさ。あなたも準備が出來たら、いつもの教室に來てね。私とルーシーは、いつまでもあなたのことを待っているから」
そう言って、メアリーは部屋を出ていった。
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